ぎょう乃介雑記

ぎょう乃介雑記

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2006年11月28日
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カテゴリ: 雑記


今年の初めには軽々と抱っこができた娘が、ここのところ、重くて重くて、
ひょいと抱えあげることができなくなりました。
「あ~、たいへ~ん、もう、今日はおやつなし!!」
と、カミさんによる日課の体重計チェックで、プチダイエット強制執行宣告される日々が続いています。

この間まで、まだ背が低くて、手が届かなかった洗面台の水栓レバーにも、背伸びをしてやっとだった壁面の電灯スイッチにも、
「じぶんでできるよ、よけいなことしないで!!!」
と、今では当たり前のように手が届く娘を見ると、ふたまわり以上も体が大きくなっているのがわかります。

カミさんの実家で、時々、じいじが柱に鉛筆で、孫の身長を記録しています。

その姿は、童謡の歌のようなほのぼのとした風情で、その柱には、はっきりと、母と娘の二代にわたる成長の証が刻まれています。
「かあちゃんのこの一番低い印まで、まだだいぶあるね、そのうち届くよ」

体の成長と共に、娘のしぐさや好みに女の子らしさが顕著になってきました。
髪を後ろで束ねてゴムで止める指の動きは自然で、しなやかにできますが、実は、うまくなったのは、ごく最近。
「髪が顔にかかっているから、結わえてあげようか?」
「もうひとりで、じょうずにできるよ!」
お絵かきで描く人物は、必ず中世ヨーロッパの貴婦人のような、腰のくびれた髪の長い、ロングドレスを着た女性です。
「これが、かあちゃん、これ、ようちえんのせんせい、じょううずでしょ?」

シンデレラや白雪姫の絵本の挿絵や、ディズニーアニメの影響もあるでしょうが、それを好む「女性共通の心理」が、娘の中にも、きっとあるのだと思います。

<男の子らしさ・女の子らしさ>の性差について、
「幼児期から強調することはその子の将来の可能性の芽を摘むかもしれませんよ・・・。」

でも、それって、どうでしょう。

「女の子だからサッカーはダメよ!」
「男の子なのにいつまでもお人形で遊んでちゃダメだぞ!」
と<ダメ>を出して禁止をすることと、
「女の子は、優しい言葉遣いをするものよ。」

と言うのとでは、根本的に違っているのではないかな。

「女(男)だからダメ」という言い方が性差を強調しているのではなく、<ダメ>な理由の説明に<男・女>を挙げたに過ぎないと思うのです。
<男の子らしさ・女の子らしさ>は<こうあるべき>という枠からはずれそうなので<ダメ>という事がいけないのであって、性差を強調すると「可能性の芽を摘む」と考えるのは誤解でしょう。

<男の子らしさ・女の子らしさ>を強調したとしても、プラスに作用することはあっても、決してマイナスにはならないのです。
女の子は優しく、かわいく、従順に、男の子は元気、わんぱく、たくましいことが将来の可能性の芽を摘むとは思えないのですが、いかがでしょう。

現代は、<男の子らしさ・女の子らしさ>がないがしろにされ過ぎているようで、少し不安です。





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最終更新日  2006年11月28日 18時08分18秒 コメント(10) | コメントを書く


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