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大まかなデザインが決定し、次は大きさをどうするか。大きさをどうするかによって、必要となる材料の量が決まってくるので、予算によって建物の大きさが決まってくるということだ。これは経済寸法を基準にして考える。型枠の板が182cm×91cmなので、これの倍数でいけば良いのである。高さは364cmで決定なので、あとは広さをどうするかだ。横91cmをつなげて行くと、10枚で910cm=約9m。9m四方の真四角の建物を作ると、81平米の建物が出来上がることになる。基礎に使う砂利は、60cm以上ひかないと冬の凍結があるらしい。となると、81平米×0.6m=48.6平方メートル分の砂利が必要だということだ。さらに、型枠板は単純に考えれば10枚×4方×2段+天井50枚=130枚必要になるのだが、これを前述した方法で三分の一にする。
2007.03.16
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参考にしたのが地中海にある建築物である。あそこは気温は高いが日陰は涼しい、その条件の下でお金のかからない建築様式になっているらしい。そこでひさしの下にアーチをつけて、外観をリッチな雰囲気にしようという事になった。しかしデッサンすると「大工さんどうやって作るの?」的なものになってしまい、デザインは良いが出来るかわからないシロモノになってしまった。これにはさすがの尾藤さんもうーっとうなっていた。しかし後日尾さんから連絡があり、その部分を大工に聞いたら、「できるってよ。こう、こうするんだってよ」と説明が入った。(説明は長いので省略します)じゃあ出来るのかー、ということで、ひさしの下にアーチをつけるということで決定。
2007.03.15
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でも、夏は南の窓だと暑すぎないだろうか。それから、レストランの前は雪が溜まったらそのまま下に落とせるようにしないと雪を除ける作業がものすごく大変なので、レストラン前は狭くしたいが、夏は広々とした前庭があったほうが良い。少しでも快適かつ合理的なデザインにしなければならない。夏は30度冬はマイナス20度の環境の中で、いかにデザインするか。予算があれば超機密性の設計で、夏はクーラー冬は暖房で済むが、こちらの事情はそうではないので、金のないやつは頭と体力を使うしかないのである。そこで一つのアイデアが湧いた。基本はコンクリートの箱型の建物である。これを、南側の屋根を180cm壁より出して、ひさしにする。そうすれば雪はある程度防げるし、夏は日よけになる。このアイデアで建物そのもののデザインは決った。あとは細部のデザインである。
2007.03.14
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おおまかな工法を理解した後は、外観のデザインの話になる。経済寸法でいくと同時に、冬にトラブルのない設計にしなければならない。モデルになったモービル小屋には人が住んでいないし、雪を除けるという発想のもとに建てられていない。降ったらそのまま、人が入らなくてもよいスタイルである。しかしレストランはそうはいかない。お客さんの事を考えると、まず冬の事が頭をよぎる。まず、建設予定地は北から風が吹くので(つまり北側に雪が多く積もる)、南に窓をつければ北の窓は必要ないのではないかと考えた。また、南側の窓を開閉式にすると暖房効率が悪いから、はめ殺しの窓にしよう、と尾藤さんは言う。
2007.03.13
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こんな話しを1回で理解した訳ではなく、尾藤さんの海荘に何度も出向いてはその度に同じ話しを聞き、ようやく理解したのである。ある時は、秋田の友達から新米のきりたんぽ送ってきたから鍋しようよーと、持ちかけては建築の話し、あるときは知り合いがシャコをどっさり持って来たから食べに来ないかと言われ、シャコの殻をむきながら建築の話し。密漁のアワビがどっさり来たから来ないかと言われ、アワビのステーキ(生より火を通したほうが断然美味しい)を食べながら建築の話し。こんな感じだった。
2007.03.09
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後日、尾藤さんの海荘にまた遊びに行った。もうレストランの事は望みの薄い気持ちになっていたので、特にその話をしにいった訳ではなく、「この前の建築士の筑紫がこう言ってたよ。無理だよなー」というような話を何気なく尾藤さんにした。すると今度は尾藤さんが、「何言ってるのー!プロの話は信じるなって。経験のある大工はサイズさえ分かれば図面なくても建てれるの。まず、何せ経済寸法で建物のサイズを決める。いわゆる材料の規格で建物を作るの。規格そのままで使えば切らないで済むしロスもないからね。そして単純な形にする。それは長方形、それ以外ダメ。こっちを少し出すとか引っ込めるとか、ちょっと変わったことをしようとすると、手間と材料がかかる。そしてそれが全て金額にはねかえってくる。そうすると、経済性でサイズと形が決ってくる。それからデッサンなど繰り返しして、イメージを創り上げる。大体決ってきたら、内部の間取りなどを考える。そして入り口の位置、窓の位置、トイレ・厨房などの水周りの位置が決れば、配管の位置が決る。あとコンセントの位置も大事だな。そういうのを全部決めたら、土木の重機を借りて、引退した土木作業員でも頼んで1週間で土木工事を終える。そこに砂利をひいて配管を床下に作り、それから大工に頼む。大工はそこに型枠を造っていく。型枠が出来たら生コンを流し込む。型枠は経済寸法でいくから切る作業もない、切っていないので使い回しがきく。どういう事かというと、型板は約180×90センチだから、天上までの高さを2枚分の高さつまり360センチにする。まず型枠を組んで下段を作り、そこにコンクリートを流し込む。そうすると建物の下半分が出来る。固まったら下段で使った型枠を外して、上段で使う。壁上段が固まったら、さらにそれを外して天井で使う。そこまで使いまわすと、型枠板の必要数が三分の一で済む。あと、屋根は特に大事だ。雨漏りすると困るし。屋根は壁より20センチ位外側に出せば壁を伝って雨漏りしない。断熱材は型枠の内側に入れてコンクリートを流せばそのまま完成となる。あとは浄水槽が必要だ、あそこら辺は下水道がないからな。手順は分かっているから心配するなー。これを全部プロに頼んだらどうなると思う?現場監督は必要だし、設計士が図面を書くし、おまけに建築会社の利益まである。資金がいくらあっても追いつかないよ。」
2007.03.08
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やはり現状でいくらかかるか全く分からなかった。尾藤さんが物置を建てた頃とは資材の値も違うだろうし、同じ土木工事・同じ地域でも、場所が違えば条件は全く変わる。ある週末、尾藤さんの別荘(海荘)に遊びに行こうと出発し、買い物がてら大型スーパーに寄った。そこで偶然一級建築士の友達筑紫君に会った。「何してるの?」「ブラブラしてたよ。」「これから友達の家に行くけど一緒に行かない?」「いいの?」「いいよー、行こう行こう」と、筑紫を連れていった。そして海荘でお互いを紹介して、庭でバーベキューをしながら建築談議となった。その後、レストラン計画の話を打ち明けた。「いいねー、安く設計するよ」ってな感じでワキアイアイだったが、金額を言うと筑紫は「全く何を言ってるの??」となった。「土を自分で盛って竪穴式住居を作っても、まぁ家として住めるからねー」と。つまるところ、尾藤さんの言った金額では土盛り程度しか出来ないということだ。しかし、実はこの別荘(海荘)も尾藤さんがスノーモービル物置と同じ工法で建てたものだったので、話しは早かった。建築法の全てを、その建物の中で壁や天井を指差しながら説明した。筑紫は色々な質問をして、尾藤さんは答えていたが、こっちは基礎のきの字も知らないド素人なので、はたで聞いていても全く分からなかった。帰りの車の中でもう一度筑紫に質問攻めをしたが、帰ってきた答えは「絶対無理。お前が無職で時間があって、なおかつ尾藤さんくらい知識とバイタリティーがあれば別だけど。」そーかー、まず無職が無理だなー。と思い、少し落ち込んだ。その時はプロの筑紫の言う事をそのまんま信じてしまったのである。
2007.03.07
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次に建物だ。何せこちらは財産なんて縁のない貧乏人、いかに安く建てるかの検討に入らなければいけない。尾藤さんは、「母屋の隣にモービル入れている小屋あるだろー。あんな感じの建物でどうだ?」「あれかなりデカイよね?」「うん70坪の平屋。」「そんなにでかいのかー。しかもあれ鉄筋コンクリートだよね、いいけど高そうだよなー」「ふふん。あれ幾らで建てたと思う?」「知らんよー、そんなの。」僕はそういう事を何も知らずに生きてきた。建物の基礎ってのが何だか分からずに、恥ずかしい思いをしたことさえある。興味の範囲外であった。ただ思ったより安いのは確かなようだ。しかも金額だけではない。このあたりは降雪量が5mにもなる地域である。尾藤さんは件の平屋建てを20年前に建てたらしいが、この地域で手入れをしないで、屋根の雪下ろしもせず、冬の間5mの雪を乗せたまま20年も壊れずに現存しているのは、尾藤さんのその物置しかないのだ。イコール、あれと同じ構造のものを作れば少なくとも20年はこの土地で建っていられるという事になる。ちょっと慌てた。モービル遊びのときはただの物置としか見ていなかったので、記憶があやふやで細部まで覚えていない。「もう1回よく見ておいでよ。」そこで、改めて偉大な物置を見にいくことにした。外部から見ても内部から見ても、建物そのものは見事に壊れていなかった。窓枠には全てベニヤ板が打ち付けてあってまさに物置だが、建物そのものは相当頑丈に建っている。雨漏りもなし。大丈夫だー。僕の心は次のステップに向かっていた。
2007.03.05
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まず、その広大な土地のどの部分に建てるかの検討に入った。やはり道路沿いで目だって、車が入りやすく、何といっても眺望が良いところ。その条件にあった場所はすぐに見つかった。道路から2メートルほど高くなった小高い丘のようになっている場所がある。「ここがいいんじゃないか?」と尾藤さんは言ったが、僕は眺望が気に入らなかった。道路をはさんで前に木と防風壁があり、せっかくの山の景色を遮るからである。そこで、丘を上がってもっと上に造ろうと提案した。すると尾藤さんはこう言った。「上にすると、お客さんが歩く距離が長くなる。夏はいいけど、冬に雪が降ったとき30mも歩きたくはないでしょ。あと、土木工事に金がかかりすぎるよ。」そこで、尾藤さんの提案通りの場所で、屋上にも上れるようにして眺望を楽しませるという結論になった。(写真は尾藤さんと僕の後姿)
2007.03.02
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先に書いた尾藤さんの別荘(海荘)と違って何の使い道もなく、冬にスノーモービルで遊ぶためだけにある土地といっても良い。周囲の国有林の中はモービルで走り回ってはいけないことになっている。新芽をモービルのキャタピラがダメにするからだ。なので、大手を振って遊べるのがその尾藤さんの広大な土地なのである。僕はスピードが嫌いなので、ゆっくりと沢を下って雪景色や川のせせらぎを聞きに行ったりと、冒険をするよりトレッキングに近い遊び方をする。あと、スノーボードをロープで引っぱってもらい、ウェイクボードの雪上編みたいな遊びをしたり。先に書いたレストランの話は、そんな遊びを何シーズンかしていた時にフッと尾藤さんが言い出した事だった。「ここにレストラン作ったらどう思う?」「ん?冬は良いだろうけど、夏はわからないな。」というのは、尾藤さんの土地の横を走る幹線道路は、とある有名なスキー場への通り道だからである。僕は夏はそこを通らない。「でも夏も結構車通るんだよなー。」「へーそうなんだー。」調べると確かにそこは観光道路みたいな感じだった。展望台があるし、夏も車の通りが多い。なおかつ、ほとんどレストランの類がないのである。じゃあ作ろうかー、と、ごく簡単な発想で、話しがスタートしたのである。
2007.03.01
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ある時尾藤さんが、そこにレストランを建てないか、とぼそっと言った。尾藤さんは、海荘とは別の場所に広大な土地を持っている。そのときは何気なく聞いており、まさかここから話が発展してゆこうとは思っていなかった。その土地は、国道沿いの峠の頂上に近く、標高800m位の場所。そこの国道沿いの右手の広大な一帯が尾藤さんの土地らしい。そこの一角に2階建ての別荘(山荘)がポツンとあって、横にはテニスコートが1面、奥に大きな物置とブルが入っている東屋がある。
2007.02.28
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次の日僕が仕事に精を出していると、プルプルとメールが来た。見るとメールは尾藤さんからで、持ち上げているのは魚。尾藤さんの胸から腹の下まであるので、どうみても60センチ以上はある魚(あいなめ)と横に異国の女性を携えている写メ付きだった。メッセージには、モリで獲ったと書いてある。悠長に釣るのも面倒なので、土佐モリを入手して漁をすることにした、というのだ。ウミンチュか?こんな浅い海にそんな大きなあいなめがいるのか?と僕は半信半疑だった。そこで次の週、僕も尾藤さんと一緒に潜ってみた。すると、本当にいたーっ。大きい。(このエリアではそんな大きなあいなめは釣れないよ、と釣り人は誰も信じてくれない。だが、大きく成長する魚は目の前の餌が大丈夫かどうかの危険察知に長けているのではと思わずにはいられない。修羅場もくぐるだろうし釣り糸をくぐって生き延びているのじゃないかなー、と思った。)尾藤さんにモリを借り、僕も魚に挑んではみたが、潜りが下手で魚の深さまで行けない。急いで尾藤さんを呼んでポイントを案内すると、見事に魚の深さまで潜り、真横からモリを突いた。ゲット。暴れる魚をモリに刺したまま、抜けないように岸まで運んだ。水から出してみると60センチはある。で、すぐに内臓を出して持ち帰った。そして尾藤さん邸で、刺身にヅケにあら汁に、とあいなめ尽くし。死後硬直で身がゴリゴリするくらい硬いが、新鮮だからおいしいんだー!とか言いながら、おいしく頂きつつ、その時はあいなめが高級魚だとは知らなかった。
2007.02.27
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ある時、ウニやアワビやナマコにも飽きたので、魚を釣ろうということになった。僕はシュノーケリングが好きなスイマーなので、まずウニを潜って採ってナイフで割り、ウニの身を海中にばら撒き、撒き餌にして魚を集め、その上にシュノーケルをつけて体一つで浮かびながら釣り糸を垂らすという何とも不思議な釣り方を編み出した。泳ぎながら竿を持って魚が針にかかるのを上から眺めるという楽しさがあったが、これは夏でも水温の低い北海道では20分ともたずに体が冷えてしまい、長続きせず挫折した。
2007.02.25
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また下に広がる海がものすごく綺麗で、生き物がたくさんいる。その海に入り、ウニやアワビやナマコを採ってラッコのように海中で食べたりもする。(別にラッコの真似をする趣味がある訳ではなく、密漁監視船の目を逃れるためだ。)ある時、ウニやアワビやナマコにも飽きたので、魚を釣ろうということになった。
2007.02.23
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ところで、尾藤さんは早々と仕事をリタイヤして悠々自適に暮らすお友達。彼が住まうのは、標高600M位の海と街が一望できる別荘(海荘)。尾藤さんはそこで苦心の作の英国風庭園や愛するバラやハーブ達に囲まれて園芸老人的生活を送り、たまに人恋しくなると人里に降りてきて、昼夜平日土日祝日の別なく、老若男女入り混じって楽しく大酒をかっくらう。まるで昔話の狸のようなおやじである。話しは逸れたが、夏はその尾藤さんの別荘に行って、泊まりでガーデンパーティーをやったりもする。これまた楽しく、老若男女入り混じってバーベキューに酒を喰らい、パティオに設置したスピーカーでイケイケな音楽を大音量でかけ、庭先で踊りまくったりする。(お陰で、騒音公害になるような場所でもないのに、たまにお巡りさんが覗きにやってくる。大麻でもやってるのじゃないかと思われたらしく、尾藤さんの愛しのハーブちゃん達をしげしげと眺めて行った。)
2007.02.23
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ところが数日すると、地主さんとの共通の友人である尾藤さんから連絡が入り、「道が無かったときは二束三文だった土地なのだが、道がついたので価値が出て、地主さんが貸し惜しみムードになっている」と知らされた。僕も「そんな降って湧いた話なんかあるのかなー?」と最初から思っていたし、心優しい地主さんとトラブルめいた事になるのも嫌だったので、ここも縁が無かったんだと思い、あっさり諦めた。あそこに林道がまだついていなかったら、今頃は毎週チェーンソーをもって森を切り開いていたかもしれない。切り出した木を引っ張り出して、まずは道路を造り、それから笹を刈ったりなんだりと手を入れて、別荘を作っていたのかなー。残念ーーー
2007.02.22
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次にきた話は(よくもこうタイミングよく話が舞い込んだものだと思う)、幹線道路の峠からしばらく入った真四角の土地だった。僕の大好きな山が眼前に見える、グッドロケーション。そこの持ち主は持っていたのを忘れていたらしく(ここら辺が北海道開拓2世のおおらかさ?)、僕と話をしているうちに「そういえばー」てな具合に話し出した。「あそこに15000坪の土地があるが、そこまで続く道がないから、道を自分でつけるなら自由に使いなさい。その代わり重機は自分で買わないと開拓できないよー。なんなら来週地図をもってきてあげる。」と言い出した。へーいいなー、と思った。こちらは聞いた住所を不動産屋の友達に伝え、その一帯の住宅地図を取り寄せて、準備してみた。ついでに実際の土地を見に行こうと考えたのだが、ランドマークといえばその土地の下手に採石場があるのみで、市内からのアクセスを考えようにもその土地を特定する事すら出来なかった。北海道は広大なのだ。一週間後、再び地主さんに会って話すと、「GDPとかいう航空写真で見ると、知らない間にその土地まで林道が通ってるよー、あんたラッキーだねー」と言われた。まだ現地にも行ってない上に、道をつけるのがどれだけ大変かわからない状態だったので、言われるままにラッキーなんだーと思い、その森に生えてる木を切ってログハウスをつくる計画なんぞ話していた。何本木があれば良いだろうとか、地主さんも「俺も手伝うからよー、手伝ってくれる友達も紹介するからよー」と、二人で時間を忘れて夢のようなログハウスを頭の中で建てていた。
2007.02.22
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週末は北海道トマムスキー場に行ってきました。友人がリゾートホテルの会員だったので、まとわりついて押しかけで泊めてもらいました。今年はここも雪が少なく、また10年前なら夜は寒くて外に出られなかった記憶があるのですが、今年は大丈夫。温暖化かなー。滑りは解放区という、本来はコース外を、パトロールの人の注意説明を聞いて、リフト下や森の中を滑ってきました。なかなかでした。終わったあとは風呂とプール。
2007.02.21
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しかし、そんなウホウホ的レジャーを楽しむうちに、別にここに来たければ本多さんの所に遊びに来れば良いじゃん、という気になってきた。それに、ここは広域農道から少し山に入ったところにあるので、冬はスノーモービルでないと来れない。決定的だったのは、件の土地の持ち主が相場を大きく上回る金額を提示してきた事だった。本多さんにもやめとけーと言われ、やはり夢の別荘地はここではないなー、と思った。☆次にきた話は(よくもこうタイミングよく話が舞い込んだものだと思う)、幹線道路の峠からしばらく入った真四角の土地だった。
2007.02.21
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出来上がった天婦羅を一同喜々としていただいた。だが次第にその顔つきは微妙になり、やがて首をかしげ、ついにとある疑問が発せられた。「…何かガソリン臭くない?」「そうだねー…なんか匂うねー」「どっかに灯油がこぼれてるのかな?」と言いながら、匂いの元を追っかけた。すると突然、一番囲天婦羅鍋に近かった直子女史が、衣が入っている鍋をつかみ、鼻に近づけた。「これ…もしかしてこれじゃない?」一同唖然とし、鍋を廻して匂いを嗅いだ。間違いなくガソリン臭。よく見ると、天婦羅の衣は鍋の中で怪しく分離している。いずみちゃんは、酔った勢いでテーブルの上に置いてある飲料水の白いポリタンクを無視し、テーブルの下にあった青い灯油のポリタンクから、小麦粉の鍋にたっぷりと注ぎ込んだのである。これを知ったいずみちゃんはショックのあまり一同に謝り謝り、(おおらかな本多さんは「大した違いじゃねーよ」と更に灯油天婦羅を口にして見せたりしたが)挙句の果てに大泣きして奥の部屋に走り込み、篭城してしまった。みんなで慰めて扉を開けさせるのにしばらくかかった。今となっては感慨深い初夏の思い出の一こまである。
2007.02.20
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赤い鼻を益々赤くするほど魔法の水を飲んで台所に立っていたいずみちゃん。山荘の持ち主・本多さんに、「天婦羅粉はどこ?」「小麦粉でいいよ~」「ボールはどこ?」「そこら辺の鍋使って~」「飲料水はどれ?」「ポリタンクの中だよ~」(雪解けの時期だったので、山荘にひいた湧き水に細かい泥が混じっており、あらかじめろ過した水を飲料水としてポリタンクにためてあったのだ)てな感じで聞きながら、準備を順調に続けていた。この時、桜ちゃんは早くも第一のちょっとした異変に気付いていた。囲炉裏端からふと振り返ると、天婦羅の衣を用意しているいずみちゃんが、なぜか台所の床にしゃがみこんでいる。でもその時はさしたる異変とも思わず、お箸でも転がしたのかな?なんて桜ちゃんは思っていた。しばらくすると、天婦羅の衣をボールに入れていずみちゃんが登場、みんなで囲炉裏を囲んで炭火で天婦羅。いずみちゃん・直子女史・桜ちゃんの女性陣が、仲良く頭を並べて天婦羅の面倒を見ている。3人は、椎茸のほかにもイタドリ・ウドなど、次々に揚げていった。いずみちゃんは、「あ、触らないほうがいいよ。動かすと衣が脱げちゃうから」なんて先輩らしく桜ちゃんに言っている。桜ちゃんは、「ん…?ウン…」なんて首をかしげながらお返事。後で聞くとこの時、桜ちゃんは第二のちょっとした異変に気づいていたらしい。強火でカラッと揚げているのに、揚げるそばからするする衣が脱げる気がする…?と思っていたのだ。
2007.02.19
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いずみちゃんはマラソンと、晩酌もしくは昼酒と、一度出ると1ヶ月位戻らない海外旅行をこよなく愛するごく普通の赤鼻主婦である。僕が「その鼻は酒焼けだよ」と言っても絶対認めない、普通の主婦である。ハワイのホノルルマラソンに出場するため2週間前から現地に入り、レース後現地で休養1週間、当然のごとく毎日酒てな感じの普通の主婦である。(去年いずみちゃんの別荘に泊まりに行ったとき、僕はいずみちゃんの友達と一緒に晩酌を楽しんでいた。次の日の朝起きて、ちょっと二日酔いで具合悪いなーと思いながら居間でまったりしていると、いずみちゃんを含めた3人が起きてきて、おはよーなんて言いながら、水を注ぐように、ごくナチュラルかつ無駄の無い動きで、お互いのグラスに焼酎を注ぎ出したのだ。そして、朝から「乾っ―杯―っ!」だって。僕はすっかり二日酔いを治してもらった。朝8時前の出来事であった。)そんな普通の主婦が、めったに無いことに、とってきたキノコを天婦羅にしてくれるというのだ。
2007.02.16
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そんな本多さんの別荘地の隣に別荘を構えて、楽しくないはずがない。美味しくないはずがない。おまけに、件の土地の中には自然河川が流れているので、山女が釣れるのだ。しかも私有地だから魚が人慣れしてない(めんこい!)ので入れ食い状態。イクラでも餌に釣り糸を流せば、ものの20分でちょうど塩焼きで丸齧りが美味なサイズの山女が4人でたっぷり食べられる位は釣れる。ここまでくると、自然の力の偉大ささえ感じる。季節の変わり目が苦手らしくうつろな目つきをしているのを半ば強制連行してきた桜ちゃんが、到着してからものの2時間で、熊の子のごとくしぶきを上げつつ獲物をぶら下げて清流の中を走り回っている。そんな野生の王国的土地が、3000坪。これはいいなーと思い、土地を見がてら本多さんの別荘に通っていた。すると、本多さんの王国の豊かさを、その度に思い知らされた。敷地内に畑があるのは当然の事で、何よりうらやましく思ったのは土地の一角で大々的に椎茸栽培が行われていた事だ。時期になると、様々な品種の椎茸がムックリモコモコニョキニョキと原木から顔を出す。それをムッシムッシと手摘みにして、そのまま本多さん邸の母屋にある囲炉裏端で豪快に天婦羅にして食べると、これが美味しい。素焼きにして食べると、これがまた美味しい。バター炒めにして食べると、これがまたまた美味しい。椎茸にも鮮度があるんだー、とつくづく実感した。
2007.02.16
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次に来た話は、退役老人の本多さんからだった。「俺の土地の向かいの奴が、3000坪を売りたいって言ってるぞー。」そこは海の近くの本多さんの別荘地の向かい。海の近くといっても海岸線から10分ほど山に入った所で、海から近くはあるが、山の中。でも山菜の宝庫!(長い冬を耐える北海道人の血には、山菜をこよなく愛する遺伝子が組み込まれているのだ。)ある春、僕らは本多さんの別荘地に山菜採りに招かれた。そこは予想を遥かに上回る規模と豊かさの山菜王国だった。ウド、コゴミ、タラの芽、イタドリの芽、山百合の根、フキなどがざっくざく。おまけに本多さん独自の栽培方法でホワイトウド(根深葱・ホワイトアスパラと同じ製法だけど)まで食べられる。通常アク抜きという下処理が必要なウドが、そのまま食べられる。これがまたうまいのなんのって、酒を飲まずにいられるかって。この本多さんはウドを初めとして様々な山菜を手なずけており、驚いたことに落葉きのこ(これまた北海道人が骨髄から愛してやまないキノコ)まで自在に操っているのだ。この秋に本多さんの所でキノコ狩りをさせて貰った。同行したのはきのこ採り名人桜ちゃん、アル中気味の赤鼻マラソンランナーいずみちゃん、尾藤さんと尾藤さんの介護人直子女史である。それぞれ別荘にある手籠などをとり、庭と呼ばれる美しい傾斜地に立ち入った。本多さんによってきれいに間伐されたから松林は、ふっかりと落ち葉が積もり、よくよく目を凝らすと雨で濡れた草花にポコポコときのこが顔を出している。きのこ狩は不思議なもので、初め周りの色彩に溶け込んできのこが全く見えないのだが、一つみつけると、ほらそこ、ほらあそこ、といった具合にたて続けにみつかるものである。獲物は近年希少価値の高い落葉きのこだから、そんなに採れないだろうと思っていたのに、それぞれが手にしていた買い物籠やザルはすぐ一杯になってしまった。リンゴ狩り並みにざくざくモコモコと珠玉のキノコが生えているので(一同ウホウホのウキャウキャだった)、今年はどこでも豊作なのかと思いきや、他の所は軒並み不作だったらしい。本多さんは知っているのだ、落葉キノコの胞子を、湿った土に着床させる術を。キノコ王国を創り出す術を。しかしこの秘伝の技の説明はあえて省略しよう。
2007.02.15
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夜中に到着した2人を加えて、ゲレンデを滑り、滋賀から来たYちゃんの思い出つくりに、コース外を少々登り、裏山を滑った。一通り良い状態の雪を食べたあと、温泉へ。露天風呂の前は林間コースが通っていて、時々滑る人影が見える。
2007.02.14
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連休だったのでニセコアンヌプリで滑りました。友人Mが旦那所有の別荘に可愛い子分を連れて泊まっていると聞いたので、「俺も泊まりに行くからよろしくー」「了解ー、道がブラックアイスバーンだから気を付けておいでー」と、いつもの軽いやりとりで出発。金曜日の夜に6時に出発して到着が8時半。明日の朝1番のゴンドラに乗るとしても、まだ飲んで騒ぐには時間がある。到着するとMと若い衆が4人、滋賀県から来ていたYちゃんが既にかなりの量のアルコールを飲んでいたらしく、時にハイテンション、時にグラっと寝そうな感じで、僕も混じって飲んでいた。次の朝、8時には出発しなければならないのに、みんな起きてきたのが9時近く。これには僕はもう行く気になれなかった。しかし、気を持ち直して、みんなで出発。景色は最高ー。(奥に見えるのは僕の大好きな山)
2007.02.13
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ところが数日後、沢社長から、放送禁止の差別用語連発でぷりぷり怒りながらの電話が来た。「地主が法外な金額を言っているらしい。昨年までの地代の4倍の額だ」。「そうですかー。1年で4倍はあまり聞いた事が無いですねー」「あんたー、あんなバカな地主はほっておけー」で、結局取り次いでもらえなかった。「今年でこんな事言い出してたら、来年も何言ってくるか分からんぞー」と沢社長。結構(かなり)乗り気だったのだけど、それでこの話はボツになってしまった。それで判ったことだけれど、実はこのエリアはここ数年オーストラリア人が入植してきて、小バブルが起きている。地価の上昇率は全国で1番だったようだ。(元が安いから率で言ったらすごいけどねー)。という事で縁が無かったと思い諦めた。色々な人に「何か良い話しないー?」と吹聴していたので、又違う話が舞い込んできた。次に来た話は、退役老人の本多さんからだった。「俺の土地の向かいの奴が、3000坪を売りたいって言ってるぞー。」
2007.02.13
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帰り道は、写真名人の桜ちゃんは温泉ハンター桜ちゃんに変わっていた。桜ちゃんは前の月、おばあちゃん孝行のために2泊3日でこの地に湯治に来ていたため、ここらの温泉の良さを知っていたのである。「温・泉!温・泉!帰りに温・泉!いくぞ――――!!」てな感じであったので、とっておきの白濁温泉に連れていった。昼風呂はいつ入ってもいいものである。晴天の下で温泉につかり、肌をピカピカに光らせながら、帰りは山道ドライブで帰路についた。そして帰宅後早速、紹介してくれた沢社長に、「使いたいから地主に話してくださーーい」と鼻息荒く伝えた。「わかったよー、よかったなー。」こちらはルンルン気分。気の良い地元の人達とキロ単位のご近所付き合い。朝日と山見ながら朝風呂だー、遅寝朝寝でゲレンデだー。
2007.02.09
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そうだと答えると、「テレビ電話を使って現状を見せろ」と言う。「その手があったか!!」メカ音痴の僕が何とか使ってみると(スゴク便利)、カメラのレンズを佐伯さんの「そこをもう少し右、もっと上、行き過ぎ、そこそこ」などの指示通りに向けていくと、全景を見た佐伯さんは、状況を手に取るように分かったらしく(さすがプロである)、即座に助言をくれた。「曲がった鉄骨を治すなら夏に鉄が柔らかい時(冬は氷点下で鉄が硬い=脆い)に下からリフトで持ち上げて、真っ直ぐにする。住んでいれば、屋根の雪も降ろすだろうしー、そんな程度の修理で何とかなるんじゃないかー。雨は漏っていないから屋根は修理いらないだろなー。壁は何とかなるし、俺らが片手間で何とかしてやる。内装はきれいにしたければお金はかかる。だけど、とりあえず寝れれば良いんだろうし、何とか使うだけなら、お金かけなくても良いんじゃないのー。あとは徐々に大事な所とか、気になる所から直していけばいい。」解決ーーーっ!貰って使おうー、やったー、別荘オーナーだ!(一般の方から見れば別荘なんて呼べる代物ではないが、小市民の僕は家以外の建物を別荘と呼んでしまう。ごめんなさい。)このとき、前住人の置いていった家財道具の整理に近所の人が来ていた。聞くと「明日向かいの小学校でフリーマーケットがあるので、ここにあるものを捨てるのも、もったいないから出品する」というのだ。見ると、有名メーカーのスピーカー(JBL)とCDプレーヤー(パイオニア)があった。欲しいというと、あっさりそれを青田刈りまでさせてもらって、いい事が沢山だなーと思いながらオーディオをトランクに詰め込んだ。)沢社長にはお礼を言って、お手伝いの地元の人の良さそうなおじさん達に「近所付き合いが始まると良いですねー」(とは言っても何キロか離れている近所だが)と別れを言いつつ手を振って、その場を後にした。
2007.02.09
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僕もそこで絶景から目を現実にむけるように我に帰り、雪害の惨状に目を向けた。4-5mも積もるとH鋼もグンニャリ曲がるんだー、自然の力はすごいなーとつくづく思い知らされた。素人目に見ると、状況はかなり惨憺たる有様に見えた。玄関から左手に入った2つの6畳間の天井はおっこち、仕切りの壁は凸型に飛び出して、中の木の柱がぼっきり折れているのが見える。おっこちた天井板の間から天井裏を覗くと、鉄骨の梁がぐにゃんと捻じ曲がって、本来なら空を向いているべき面がこちらを向いていた。こんなH鋼は見たことが無いというか、H鋼ではなくJ鋼かT鋼に成り下がっている。これでもかっていうくらい桜ちゃんが細部を激写した写真を確認しつつ(細部にこだわりつつ、全体像のうちどの部分かちゃんとわかる様に撮影されていた。さすが写真名人である。)、こんな写真撮れたけどいいか?と佐伯さんに確認の電話をした。すると、「お前の携帯はフォーマか?」と聞かれた。
2007.02.08
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着くと、とある名山が左手に、裾野から頂上まで見渡せる。古い木造の学校の真正面。中に入ると、何より僕の心を捉えたのは風呂場だった。風呂場のガラス戸を空けた瞬間、僕と同行の桜ちゃんは顔を見合わせてニヤリとした。何せ、山の真正面に大きく切り取られた窓枠いっぱいに絶景が広がっているのだ。いわゆる昔の銭湯の壁に描かれた富士山の絵の実写版とでもいう感じかなー。居間からも、絵画が飾られた感じで、山のベストショットが望め、古くて狭くて、屋根まで壊れているボロ屋だが「ボロは着てても心は錦」と歌いたくなるような最高のロケーション。おまけに前住人が置いていったカラオケセット。「ああ、きっと前住人氏は、この名山を眺めながら絶唱していたんだろうなぁ…さぞかしいい気分だったに違いない!」と思いをはせていた。そんな僕は山の景観に夢中で、各部屋からどんな風に見れるのか頭も心もいっぱいになっていたが、目端の利く桜ちゃんはそこは違った。最大の問題は豪雪で曲がりくねった梁だ!と目をつけたらしく、家の中に残された家財道具を積み上げた上によじ登り、果敢に天井裏の撮影に挑んでいる。
2007.02.08
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突然「無料の別荘がある」と、知り合いの沢社長さん(趣味は鴨の餌付けで、鴨に山田君・高橋君などの名前まで付けて愛しんでいる)から、こんな話を持ちかけられた。別荘第一候補のこのエリアに、知り合いの多い沢社長に僕は以前から「泊まれる別荘がほしいー」と頼んでいた。「中二階の一軒家があってさー、去年から建て主が出て行っちゃってー。それが今年は運悪く豪雪で、誰も住んでないものだから雪下ろしを誰もしないでいたら、屋根の梁の鉄骨が曲がって仕切りの壁が壊れちゃったんだー。地代を地主に払って屋根と壁を直して使うなら、どうぞ貰っていいよー、って話があるんだよね。」「そういえば今年は雪が多くて、初滑りからパウダースノーだったしなー。しかしラッキー!」と思い、先輩の内装屋佐伯さんに食事しながら(呑みながら)相談。「まずは写真か何かで現状が見たい」と言われた。(佐伯さんとは、とある焼肉屋でよく会談する。ここの経営者白木さんも海の者とも山の者ともつかない人物である。先日この白木さんからメールが来て、過労で血尿出たから店休みまーす、と書いてあった。翌日心配して店に顔を出すと白木さんは不在で、聞くとサーフィン行っていたらしい。「過労血尿で店は開けられないけど、サーフィンは出来るのかーっ」と思わず突っ込んでしまった。)翌週末にすぐ、写真名人桜ちゃん(彼女の称号は都合により随時変わります)と共に現地へ出発した。
2007.02.07
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やっかいといえば滑落も恐い。この山は体標高400メートルくらいから木がなくなり、吹きさらしの状態となる。しかも上にいけば行くほど気温が下がるから、今まで地面が圧雪で覆われていたのが、白い氷に変わってくる。氷の状態だと、かえって登りやすい。履いているスノーシューは底に滑り止めの歯が付いているので、氷をかんでくれるからだ。しかし風のいたずらで、所々10センチ位氷の上に雪がたまっている所がある。そこを踏むと歯が氷まで届かず、滑って転ぶ事がある。これが運悪く急な斜面で起こると、滑落だ。滑り落ちている時は、どこで止まるのかわからず、肛門が切れそうなくらい体中に力が入り、何とか足をストッパーにして止める。それを他のメンバーが見て「もう無理だな、やめよう」となる。下山してメンバーに「30メートル位落ちましたよねー」と言うと「10メートル位だよ」と言われた。自分では恐怖で30メートル位に感じていたのだ。僕らは所詮一般人だと思い知らされる。何時間登っても、滑ると10分で終わり。しかし登ってしまう。雪山の魔力である。
2007.02.07
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遠足ではあるが、山の天気は変わりやすいので、着るものは少し多めに。しかしがんばって登って汗をかくと、標高が上がるにつれて気温が下がるので、汗が冷えて風邪をひいてしまう。これでホワイトアウトでもくらって、ビバークするはめになると風邪どころか致命的なので、とにかく汗は禁物。零下の気温でも、裸に近い格好で歩くこともある。冷気に体をさらして、体が熱くならないように、汗をかかないようにするのである。決して無理は禁物なのである。(人生のお勉強)。露天荘に出稽古に来るのは年間数十人。だが、この卒業試験を受けるのは決って3人。露天荘の大家の遠山さんと、海山の大先輩ヒロさんと、ひ弱な僕。毎年他の人はこの日だけ忙しいらしい。朝7時出発して大体4時まで(9時間)、日が暮れて万が一道に迷っても大丈夫な時間を帰り時間に設定する。しかしいつも6~7合目でタイムオーバーか自然の力に前にひれ伏す事になる。時に風、時に吹雪、時に霧、そしてホワイトアウト。ホワイトアウトはやっかいである。空が見えると地と天の境がわかるが、空いっぱいに雲がかかって真っ白い霧状態になると地面と空の境が分からなくなる。真っ暗の逆の真っ明だと思っていただければ良い。ただ真っ暗と違うのは、明るさがあるため視覚が働いてしまい、平衡感覚がやられる点である。前後左右上下が分からなくなり、この状態で滑るとすぐに転んでしまう。しかも前に転んだと思うと横に転んでるし、後ろに転んだかと思うと斜めに転んでいる。こんな状態ではプロの登山家ならともかく、素人は動けない。持っているスコップで雪をブロック型に切り取り、それを積み上げて風よけの即席壁を作り、みんなでくっついて熱を放射しないようにして晴れるのを待つのである。
2007.02.06
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こんな感じで、楽しくシーズンを雪とたわむれて遊ぶ。そして1シーズン終わると、合宿だけに?卒業試験がある。1000m超の山に、海抜0メートル位から頂上を目指すのである。装備はスノーシューという西洋カンジキをはいて、背中にボードを背負い、両手に折り畳みのポール(杖)を持つ。食料はおにぎりとチーズと水、スポーツドリンク、チョコレート(遭難用で、帰りに持って帰るためのもの)を携帯する。携行品は、雪崩れて友達が雪の下敷きになった時のために、ゾンデ棒と呼ばれる折りたたみ式長い棒(目処をつけて埋まっていると思われる所に突き刺して人を探す)、スコップ(雪崩で埋まった友を掘り出したり、天候不良のときに雪洞を作るため)と、お互いの位置を確認する発信受信機ビーコン(雪の下に埋まった友を探す時に使う)、このような是非とも使う機会が無いことを祈りたい装備で出発する。
2007.02.06
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ところで、この遊び方をした場合、スキーヤーとボーダーは決定的に運動量が違ってくる。スキーは左右の足がバラバラに動かせるが、ボードは両足固定式。スキーヤーは歩くようにスキーを滑らせポールで漕ぐ、いわゆる歩くスキー(ノルディックカントリー)で登って行くことができるが、ボード乗りは足を外して担いで歩きで登るしかない。ボードにのっている時は雪の上に浮くが、外すと腰まで雪に埋まる。これを歩かなければならない。なので、ベストな布陣はスキーヤー2~3人が最初に雪をふみつけて登り、そこに出来た道をボーダーが滑り降りた勢いで登るというパターン。もう一つのパターンは全員縦一列になり、雪を踏みつけながら歩く方法である。先頭は腰まである雪をこぐ、2番目は膝位になっている。次はスネ位というように、雪が踏み固められ、後ろにいけば行くほど、抵抗が少なくなり楽になる。後ろの人の天国なのだが、先頭は疲れるので、しばらく歩いて一番うしろにまわりきたるべき先頭に備えて呼吸を整える。2番目が先頭でしばらく歩き、また最後尾にまわる。次は3番目が先頭という感じで、5~6人でのローテーションでラッセル作業(雪を漕いで歩く)である。しかし、なかなか理想の人数が集まらないので、そうはいかない。なおかつ一度ボードを外すと装着するとき、靴とボードの間に雪がはさまって中々装着できない。もがき苦しみ、汗だくでへとへとになる。その姿を見ると、スキーヤーは「スキーで良かったーー」と必ず言う。写真に小さく見えてる後姿が物語っている。
2007.02.06
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露天荘に集まる人々は、海の者とも山の者ともつかない、ツワモノ先輩諸氏である。彼らは冬はスキー、夏はサーフィンてな具合で、年中山海問わずスポーツにいそしむ。しかもベテラン揃い、まさに百戦錬磨のツワモノなのだ。楽しい事、気持ち良い事は全てやり尽くしたような人々なので、こせこせとゲレンデなんぞ滑らない。彼らの至上の雪遊びは、パウダースノーを滑る事である。パウダースノーの醍醐味は、なんと言っても浮遊感である。道産子の僕は、スキーで滑り降りるくらいは難無くこなせていた。しかしスキーでは考えられないこの浮遊感によって、スノーボードにはまることになった。雲の上を滑っている、まるで孫悟空のような気分なのである。それからというものスキーは一切やらずに過ごしてきたが、最近は太いスキー(パウダー専門のファットスキー)も出てきており、スキーでもいいかなー、なんて浮気心が芽生える事もしばしばである。このパウダースノーは、当然のことながら誰も踏んでいない・滑っていない未踏の境地にしか存在しないため、これを徒歩で求めるのはなかなか大変だ。日によっては1本滑るのに2~3時間登り続けることもしばしばである。こんな事したくないよと思うこともあるが、体育会系な付き合いなので上下関係も厳しいのだ!諸先輩方が行くと決めた所には、僕も「良いですねー」と言いながら付いていく。ゲレンデでも良いのにー、と思っていてもである。しかも諸先輩は自由人が多く、シーズンに入ると毎日のように山に行って、もしくは露天荘に逗留してゲレンデを滑り込み、早々に体を作ってしまう。そこへいくと、週末ボーダーの僕は、週1回ペースでしか体を作れない。シーズンに入ってものの二週間で体力に雲泥の差ができる。そんな体力差の中で、シーズン初めから膝まで埋まる雪の中を歩いて歩いて、極上のパウダースノーを求めて行軍するのである。合宿である。夜は鍋になる事が多いのだが、ヘトヘトの体で鍋を見ると、ちゃんこ鍋にしか見えない。まるで露天部屋に出稽古に来ているかのような錯覚におちいる。
2007.02.06
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慣れ親しんだ都会の暮らしとナリワイの会社経営にどっぷり漬かってはや四十路。でも報酬は人並みにもらっているので、まぁまぁ満足かなーなんて思いつつ、現状維持のマンネリ生活。そして仕事が終わったら、友達と飲んで騒いでの毎日が果てることなく続いていた。そんな中で、別荘持ちの友人の影響もあり、何となく別荘をつくるのもいいかなー、なんて思いだした。そして片手間に田舎に土地を探しだしてからの話の運びは、モハヤ漫画級だった。とりあえずそんな所から、ちょこちょこ。夢の別荘の候補地として、酒とウィンタースポーツをこよなく愛する僕が最初に目をつけたのは、やはりスキー場の近所だった。夏は車で1時間程度の所が、冬吹雪くと倍の時間がかかる。早朝、寝起きのままで運転開始し、必死で神経を集中させて目を凝らしながらの運転。雪の壁と地面の区別のつかない半ホワイトアウト状態の中、下手にスピードを出すとスリップ→正面衝突→死亡なんてネガティブ発想を巡らせながらのデンジャラス小旅行。ようやく到着したら、急いで車を駐車場に入れて、そそくさとスタート。これがもし別荘を持ったなら、前日の夜に慌てず出発できる。着いたらのんびりと温泉にでも入って、ゆっくり食事して酒でも呑んで、さー寝よっかー、と眠る。朝ものんびりと起きて、オハヨー大自然、なんて言いながら朝風呂でも入って、じゃーそろそろいこっかー、くらいの悠長さで出発~。天と地の差があるって。先輩遠山さんがこのエリアにログハウスの別荘(露天荘)を持っていて、源泉から直接温泉をひき、石造りのプライベート露天風呂をしつらえている。そのロケーションは抜群で、森が外界と遮ってくれているため、素っ裸でも誰にも見られない。裸族万歳だ。ここを拠点にスキー場に通い出してからは、今更朝慌しいスタートなんて出来ない~、なんて思いだし、もし別荘を持つんだったらこのエリアかな、と考えていた。
2007.02.06
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