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チョッとだけ、ただいま~~・・・なーんて実は私、またもお引越しをしてしまいました。まだ、途中です。それに、おnewの方にはまだ慣れていませんし・・・しかしhana blogです。新しいblogへも来て下さいませね~~何時も来てくださっている方、何時もコメントを下さっている方、大変申し訳ありませんがブックマークをお願い致します
May 17, 2009
また、旅に出ます私の行き先はどこ?お願い、探さないで~~
May 15, 2009

毎回長くて申し訳ないのですが、明日まであと二回ほどお付き合いくださいませ。今日は、蓼科湖畔にあるマリー・ローランサン美術館について書いておこうと思います。チェックアウトと朝食の前に、まだ緑の少ない時期でしたけれどせっかくですから女神湖の周りをお散歩しました。ここの山菜の時期は、GW明けとなるそうです。確かにようやく木々が芽吹き始めてきたばかり、湖周辺の散策も新緑の時期でしたらもっと気持ちの良いことでしょう。そして何と言っても、こちらは紅葉の時期が最高のようです湖周辺の木々の紅葉、下に落ちた色とりどりの落ち葉で一面となる様子はとても美しいそうなのです・・・などと書き、その時期に思いをはせてみるともう一度訪れてみたくなってしまいますが昨夜の食事がとても満足できるものであっただけに、朝食もと思ってしまいますね朝食は別のところプラザホールにてのビュッフェ・スタイルのもので、出された内容もごく普通のものでした。中は沢山の人でいっぱいです。こんなに多くの人が宿泊されていたのですねぇ並べられた数々は、卵に地元で生産されているとの表示があったくらいでごく普通の品揃えです。パンやペストリー、フルーツ、ヨーグルトも、前回の新潟のホテルの方がずっと美味しかったように思えました。しかし宿泊してみて、お部屋はまあまあ、夕食は美味しくて満足!と、全体的な印象は良いものです。家からそれ程の距離でもないことからも、別の季節にもう一度行ってみたいものと思っております翌日はあいにくの曇り空、寒い一日です。予定していたロープウェイも山の上に行くともっと寒そうですし、「どうしましょ」と行ったところは「マリー・ローランサン美術館」でした。こちらの美術館、 隣に位置するアートランドホテル蓼科のオーナーが多年にわたって蒐集した個人コレクション100点余をもとに、マリーの生誕100年を記念して1983年に開館しましたものだそうです。淡い色調と簡潔なフォルムによる憂いをたたえた詩的な女性像という、独自の画風を作り上げた画家マリー・ローランサン。1920年代のパリでデビューをし活躍をした、当時はマリーに肖像画を注文することが上流婦人の流行となり、また舞台装置や衣装のデザインなどでも成功を収めました。画学生時代から晩年にいたるあらゆる年代の代表作を網羅した油彩画のコレクションを核として、美しい水彩画や、学生時代の膨大な量のデッサン帳を含む素描、希少な初期版画をはじめとする版画などの絵画作品が展示されておりました。また、マリーの原画による挿絵本や、画家自身の著作集、あるいは画集といった貴重書のコレクションまでも。館内は撮影禁止となっていましたので、内部で撮った画像はありません。最後にショップで、カンバス地の複製画をお買い物して来ました。その絵は今、我が家の玄関に飾ってあるのです。いまいちの天候のせいか、私達の後からも次々と入館してくる人がいましたけれど。「興味がないから、ふたりで行ってきて」と夫はホテルのロビーで待っておりました。確かに淡い色彩、この女性らしい繊細な官能を表現した画風は女性向けと言わざるをえないことでしょう。そこからすぐ近いところに、日本を代表する映画監督の小津安二郎記念館 無藝荘(むげいそう)があります。小津監督は 名作「東京物語」 をとり終えた頃、蓼科にあった脚本家の野田高悟の別荘「雲呼荘」 を訪れ、それ以降仕事場を蓼科に移し没するまでの7作品すべてのシナリオがここで書かれたという事です。2003年には、小津安二郎生誕100年を記念して小津監督・作品に魅了された国内外の監督・ゲストを招いて国際映画祭として「蓼科高原映画祭」が開催されて、それ以降その映画祭は現在まで続けられています。建物の内部は無料で公開をされていますので、誰でもが自由に中の見学が出来るようになっています。腰を屈めてはいる玄関、中は広い二間続きの日本間、北側には台所、洗面台、お風呂は五右衛門風呂です。火の炊かれた囲炉裏端で、来館者にガイドの方が説明をされていました。この後、私達もうかがう事ができました。蓼科の仕事場として、また蓼科での生活の場として野田夫妻と暮らした「雲呼荘」は既に取り壊されて残っていません。しかし映画関係者を招待したり、所用で来蓼した中央のいろいろな人々をもてなした迎賓館として、まさしく小津監督自らが心を解き放った場所こそが小津監督自らが名づけた現存する「無藝荘」なのだとのことです。「無芸荘」は戦前、諏訪の製糸業で名高い片倉家が蓼科の別荘として地元の農家の旧家を移築したもので、大木戸やくぐり戸、板戸や囲炉裏、屋根下全面に張りつけられたシラカバの皮などが特徴的な萱葺きの建物です。当時「片倉山荘」と呼ばれていたものを小津監督が「無藝荘」と名づけました。そうこうする内に、外では少しずつ雨が落ちてきています。帰宅するにはまだ早い時間ですが、やはりここは蓼科。だんだん気温も下がり、寒くなってきてしまいました。この日、最後に私達が訪れたところはどこでしょうか・・・・
May 13, 2009

日曜の日記に「今日は母の日」、何かプレゼントは・・・と書きましたが我家でも今朝、ゴールディンウィークの後に北海道旅行をしていた息子から大きなタラバガニが届きました。ほんの少し遅れたプレゼントです。札幌の二条市場に買い物に行くと言っておりましたが、送られてきたものはなぜか根室かに市場のもの。生きたままの、3~4Kほどの大きさのタラバです。発泡スチロールの箱の中には私のリクエストのウニも。その方が美味しいから、ウニが海水の中を泳いでいるパック入りの方をねってこのオレンジ色の、色の濃さは蝦夷バフンウニですね。それからなぜかホッケが一匹。北海道のホッケだから美味しいと思いますが、実は家の夫はホッケが大嫌いホッケは大きなお魚ですし、あの皮のシマシマも怖いようで、絶対に食べようとしないのです。こんなところは本当に子供みたいホッケはあまり塩辛くさえなければ、とても身体にも良いお魚です。それなのに・・・きっと私ひとりで食べる事になるのでしょうね。ところで生きたカニをさばくのに、何と我が家には魚用の出刃包丁がない今まではどうしていたかって?鯵や秋刀魚、イカ、塩鮭などでも、普通の万能包丁でも充分に切れます。大きなお魚を頂いた時には、実家へ持っていって母にやってもらっていました(実家には、出刃も刺身包丁もあります)私が全く出来なくなってからは、もっぱら近所のスーパーの鮮魚コーナーへの持込みをしておりました。しかし、せっかくの新鮮なカニです。美味しいものを美味しく食べる為には、その為のツールも必要と言うわけでして・・・そこで昨日から夫には、このチャンスに出刃包丁を買ってきてと頼んでおきました。昨日は、以前から気になっていた鍛冶屋さんで見てきたら、一挺がなんと2万円だとかホームセンターでしたら4000円くらいだそうです。「その中間はないの?」って思いませんか。実は連休前にも、毛蟹を頂いているのです。夫の会社の方が4月に、北海道の旭川に転勤されました。栃木~旭川転勤は突然の事だったようです。転勤を聞かされた夜は、色々と心配で眠れないほどだったそうですが・・・2~3週間後に連絡があった時には「北海道は最高です!毎日が楽しくて、いいっすよ~」ですってその方は、私達がまだ新婚さんの頃に何度か我が家の食事に招いていた中のひとりでした。今の若い人はそういったことを喜ばれないかも知れませんけれど、30年近く前は職場の先輩が後輩を家に招いて一緒にお酒を飲んだり、ご飯を食べたりをしていたのです。私達も、彼も、そのようなことをしていた最後の年代なのかと思ってしまいます。まだ幼い息子と遊んでいてもらう間に、私がお酒のつまみとなるものを用意したり、大量のご飯を炊いたりしました。大皿に揚げ物や、作ったサラダをのせて出して、皆さんが食べる様子を見ていた事が思い出されます。私が倒れてからは、出張も、宿泊を伴う会議、夜の送迎会等、全てを断ってしまっている夫。もうひとりでのお留守番は大丈夫、全く心配する事はないと思うのですけれどね今回の送別会へも欠席して、その代わりにお餞別を渡したのですって。それに対する御返しなのでしょう、紋別に近い雄武町のオホーツク海で獲れる新鮮な毛蟹が届きました。今日のメニューは、何時にない豪華版ですぞ~夫よ!早く帰ってきて~~!そして、この大きな蟹をさばいておくれ~
May 12, 2009

またGWのお話に戻ってしまいますが・・・ふふふ・・・夕ご飯は頑張ったから、ホテルのメインダイニング「ル・プラトー」でフレンチのフルコースなのです。レストラン入り口もご覧のようにシンプルそのもので、とても落ち着きます。ディスプレーされているワインの黄色いラベルは、ルイヴィトンジャパンが正規輸入するシャンパン「ヴーヴ・クリコ」でしょうか。夏には屋根が開閉してオープンエアのベランダ席になる、ガーデンテラスがなかなか良い雰囲気です。眼下に広がる女神湖が美しい、夏でしたら絶好のロケーションと共に食事が出来そうです。照明が落とし気味でしたから、画像が少し暗いかな案内されたお席、テーブルの上には見た事もないくらいにカラトリーが並んでしまっている まずは乾杯です母と夫は、この日通過してきた東御市の地ビール「OH!LA!HO」の生、私は白のグラスワインです。では、メニューをば・・・・和歌山産鮪のミキュイと蓼科牛赤ワインマリネのタルタル蛍烏賊と桜海老を添えて・八ヶ岳山麓日本鹿のロティ ソースシュヴァルイユパンは2種類よもぎパンと白のプチパン、よもぎパンは香りと食感がとてもgood!・メバルと蛤のアクアパッツァ・フォアグラのポワレ 花豆のスープ仕立てここまでが、第一弾です。スタッフがお料理の紹介をさらっとしながらサーブしてくれますが、カタカナばかりの名前は舌をかみそう。ここからは私もビールでまいります。・信州サーモンのポワレ 蕗と胡麻の香り・グラニテ=シャンパンととフランボワーズの氷菓美しい、クリスタル~~でも、特に味はありません。・信州櫻井和牛ロースのグリエと仔羊の香草パン粉焼き・ 桜風味のパンナコッタと苺のソルべこのお皿は真ん中の丸い部分が深くなっているので、苺のシャーベットの下にパンナコッタが隠れているのです。・蓼科産蜂蜜とくるみの焼き菓子&チョコレート・有機栽培の珈琲・紅茶以上10品。頂いたのはフレンチフルコース「Nature」 よりもお高い、グルメプランでした。食材にこだわって作られたメニューは、目で楽しんで、味は勿論の事。どれも皆とても美味しかった~ボリュームのある内容で、気分良くお腹が満たされました。こちらのレストランのレベルは、かなり高いものと思います。夜のロビーでは夕食後に、日替わりでロビーコンサートが開催されます。この日はサックスの演奏でした。女性のサックス奏者です。家の息子も週末には都内のバンドで活動をしているので、とても身近に思えてしまいます。一青 窈の「ハナミズキ」から始まり、映画音楽や、ジャズのスタンダードなど30分ほど、アルトとソプラノの両方の楽器を曲によって使い分けています。食後の優雅な一時ですね夜8時前後くらいまでは、フロント横でいくつかのイベントが行われていました。Tシャツの絵付け・実演販売コーナー。子供向けには木片ストラップ作り、ガラス細工・とんぼ玉作り体験など。その前には星空観察会もあったようです。そっと外に出てみました。夜のロータリーの雰囲気も素敵水盤がライトアップされていました。こんな時間に車から乗り降りしている人がいます、外に食事に行ってきたのでしょうか。部屋に戻ってからお風呂に入ったら、あっという間に眠くなってしまいました。寝る前に眠剤を呑まなくちゃなどと言っていた母も、すぐに眠ってしまったみたいです。出かけるとやはり何かと欲張ってしまうから、疲れてしまうのですね
May 11, 2009

ゴールデンウィークも終わって、例年でしたらもうとっくに食べているのが山菜料理です。しかし今年はなぜか、まだ我が家の食卓には一度ものぼっておりません。そんなことを話していましたら、道の駅で販売されている「シラキノメ」を頂きました。シラキノメは、一般には「コシアブラ」と呼ばれている山菜の女王様? 最近、タラの芽に匹敵するほど人気の出てきている山菜ですね。 ウコギ科の長く伸びた枝の先端に出る芽です。4月の終わりから5月の初めが採集の最盛期だそうです。タラの芽と同じく、今の時期に是非食べたい山菜のひとつです。柔らかい若い芽、これはやはり天ぷらにして頂きたいもの天ぷらの他では、ごまあえにしても美味しいそうです。バターで炒めたこしあぶらをご飯と混ぜるだけ(味付けは塩のみ)の混ぜご飯も。もうひとつの混ぜご飯の作り方は、炊きあがったご飯に刻んだのをたっぷりと放り込み、軽く塩を振ってご飯と一緒に蒸らします。蒸らしたところで混ぜ込めば出来上がり。これは特にウコギ科特有の香りを楽しむ調理方法だそうですから、是非チャレンジしてみましょう。春先に出回るセリ。田んぼに出る田ゼリをさっと湯がいてから刻んで、麺つゆとごま油で味付けをしてご飯に混ぜ込んだ、セリご飯は美味しく出来ました。これは、お勧めです。※コシアブラを入れてから炊きますと、色も香りも逃げてしまいますのでご注意を。。。天ぷらにしたら、やはり山菜は油とよくあいますね。口に入れると、あの独特の香り、上品な山の恵みが広がりました。しかし量が多くて、一度に食べきれないので困りました。そこで検索してみたら、保存方法で塩漬けにして冷凍保存する方法がありました。真似てやってみます。水分があると冷凍したときに凍ってしまうので、丁寧に水気を拭き取ります。面倒な作業ですが、これは念入りにします。そして出来たものはパックして冷凍庫へ。こうしたものは生のとりたてを素早く頂くのが一番です。そうかと言って、連日天ぷらばかりでも飽きてしまいますもの。冷凍しても美味しく頂く事が出来るでしょうか。葉の部分が溶けてしまって、繊維ばかりになってしまわないかしら昨日はとにかく暑くて、暑くてという一日でした。だから夕ご飯は、シラキノメと家にあるもので天ぷらを揚げて、それからおそうめん。早い!「男前豆腐」の冷奴に、山形の「だし」をのせて。これはどちらも、どこのスーパーにでも置いてあります。簡単メニューばかりでしたけれど、にとてもよく合いました5月の第二日曜日は、「母の日」ですね。我家のカーネーションは、ミニカーネーション母の日のプレゼントは何か差し上げましたか・・・
May 10, 2009

この日宿泊したのは、ホテルアンビエント蓼科です。以前は会員制リゾートクラブ事業や法人保養所事業を展開するセラヴィリゾート泉郷でしたが、会社更生法の適用を東京地方裁判所に申請した後はこの名前になったようです。3月頃に、夫の会社の保険組合を通じて申し込みをしました。女神湖周辺は、こうした会員制の大きなリゾートホテルが多くあるところでした。夏には避暑のため、スキーシーズンの冬にはウィンタースポーツを楽しむ高原リゾート地なのですね。長野県内でも標高の高いこの辺り、冬の間閉鎖されていた「ビーナスライン」も開通したばかりです。5月になっても氷点下になってしまうこともあるのだとか。女神湖周辺は、少しずつ春の気配が漂ってきたかも・・・と言う感じ前面に広がる女神湖と、敷地中央にあるガラスの教会がシンボルとなっています。教会の手前にあるのは、水盤型の池です。まだ緑が少なくて寂しい景色ばかりですので、夏の頃にまた再訪したい気分になりました。↑は、翌朝の散歩の時に撮ったものです。翌日は一日中雨模様の寒い日でしたが、朝のうちだけは青空がのぞいていたのです。右端は、チェックアウト前。一応は記念写真を車でエントランスに近づくと車寄せでホテルマンのお出迎えがあり、すぐにカートに荷物がのせられます。会員制だからでしょうか、フロントは木製の大きなドアとガラス、ホテルの外観も地味で落ち着いたものでした。チェックイン後、すぐに隣のディスクで係りの人とレストランの夕食時間を決めます。このホテルは思っていたよりも大きい。ロビー、プラザホール、レストランのあるホテル棟の他に、敷地内には三棟のアネックス棟が建っています。私達は3名での宿泊となりますので、アネックス棟の長期滞在も可能なお部屋・キッチン付きのファミリータイプになりました。入り口脇にクローゼット、バスルームの反対側には電磁調理器、電子レンジもあるミニキッチンが。その先は簡単な扉の付いたアーモアに入ったテレビや、ソファやイスのある八畳くらいのリビングになります。3人でも狭くはない広さはあるものの全体的には使い込まれた感じで、イスのデザインや色は???と思ってしまうソファベットがすでにベッドメイクされていたので、写真は撮りませんでした。荷物を置くバゲッジラック、ディスク、チェストのあるツインのベッドルームからは、ガラスのチャペル。その先の女神湖の湖面が、少しだけ見えました。バスルームは、特に洗面スペースは広くはありません。洗面台、おトイレへは全く段差のないバリアフリーです。お風呂の浴槽は古いタイプなのか、かなり深さのあるものでした。バスチェアの用意を依頼しましたら、ないとの事・・・家から一応はバスチェア持参で行きましたが、それはなしでも入浴は大丈夫でした。でもこのように洗い場のあるタイプのバスルームは、本当に入りやすくて助かります。アネックス棟への途中に、私は入れませんが露天風呂つきの大浴場があり、湖を眺めながら入浴が出来たのだそうです。このホテルは贅沢さとか豪華さとかはなくて、全体的にシンプルな造りだなぁって思いました。自由気ままに、のんびりするには良いところですね病気の発症、その後のリハビリ等ですっかり回り道をしてしまいましたが、こうして普通のホテルに宿泊出来るようになったことはとてもうれしい事です。それ以前も、温泉巡り、海外旅行と興味が別のところにありましたけれど・・・ハイピークシーズンでも手軽に宿泊の出来る、このような施設はこれからも利用していきたいものです。
May 9, 2009

チェックインの前に、もう一箇所だけ寄り道したところがありました。それは、御射鹿池(みしゃかいけ)と言う名前のところ。国道191号沿い、奥蓼科温泉峡の入り口にある神秘の池です。 日本画家・東山魁夷の「緑響く」という名画のモデルになったと言われています。また、シャープの液晶テレビ「AQUOS」のコマーシャル撮影もされたとの事。蓼科の奥座敷と呼ばれる奥蓼科温泉郷、そちらへの道のはずれに人知れずひそやかに水面を輝かせている池があります。御射鹿池は、人工による、農業用ため池でした。でもこの静かな、神秘的なたたずまいに、心惹かれるものがあったのでしょう私の見た御射鹿池は、まだ冬の気配が残るままでした。しかし、後数ヶ月したら・・・池の周りに広がる木々。深い様々な色調の重なる様子が、鏡のような湖面に写って・・・描かれた絵のようになるのでしょうね
May 8, 2009

昼ご飯を食べてから時間があるので、この辺りで少しは観光もしましょう。小諸、佐久から北上すると、軽井沢となります。しかし今回は、もう少し大人のムードでいきたいもの国道18号を小諸から上田方面に戻っていきますと、道路脇に案内板が出ているのですぐに解りました。目指したのは、江戸時代に北国街道の宿場として栄えたという海野宿(うんのじゅく)。長野県東御市((とうみし)にある北国街道の宿場町です。社会で習った五街道に次いで、重要な脇街道に位置づけられた北国街道。北陸道の高田(新潟県)と、中仙道の追分(軽井沢町)を結ぶ約140キロの旧街道は江戸時代の重要な幹線道路となっていました。佐渡で採掘された金の輸送、善光寺までの参拝客、北陸大名の参勤交代などで利用されて非常な賑わいをみせていたと言う。明治時代には宿場町の利用客が減った後は、養蚕業を主に生業としていたとの事です。駐車場からすぐの白鳥神社。この神社は、元領主海野氏の氏神だったという由緒のある神社だそうです。何年経っているのと思える太くて大きなケヤキの木が何本も、何本もあります。現在でも本陣、問屋、旅籠などの跡が残っていました。家々の開口部は、一階も二階も細い格子が組まれています。養蚕農家として利用されていた、海野宿特有の建物である海野宿資料館。靴を脱いで上がるのが面倒で行かなかったけれど、館内には海野宿の風土・歴史資料が展示されているそうです。勿論、お蕎麦屋さん、カフェもありますが、私が入ったのはガラス工房です。奥の工房では、その時も吹きガラスの最中でした。通り沿いに一際大きくて立派な門がありました。そこは、武士が宿泊・休憩をした本陣跡との看板が。大きな門構え、立派なつげの木に隠れた中庭の奥の母屋もとても大きい。東御市は、胡桃や巨峰の生産の盛んな土地らしく、周囲にはぶどう畑も見かけることが多くありました。ここの道路脇で売られる土産物には、ぶどうやりんごなどのドライフルーツ、胡桃や豆類、山のものを干した保存食が多かった。大切に保存された歴史ある家並み。道路には用水が流れて、芽吹いたばかりの柳、その両側には磨きこまれて黒く光った海野格子の家々が立ち並ぶのです。ここでのキーワードは、何といっても「うだつがあがらない」の「うだつ」でしょう。私も、立派な「卯建」が目に入ってきました。元々は隣家からの火を防ぐ為の防火壁ですが、裕福でなければ造れないものであったことから「うだつがあがらない」の言葉がうまれたそうです。昭和61年には「日本の道100選」に、昭和62年には「重要伝統的建造物群保存地区」に選定を受けています。同じ長野県内では、旧中山道の妻籠宿、奈良井宿の方が知名度は上かと思われるものの。こうしてかつての面影を色濃く残す海野宿も、なかなかに見ごたえがあるところ。江戸時代へのタイムスリップ気分も味わえるところでした寒くなる前に、今夜宿泊するホテルのある蓼科へ向うことにします。
May 7, 2009

ゴールディンウィーク最終日は、季節が逆戻りをしてしまったかのような雨でした。今日からは、昨夜帰宅したばかりのミニ旅行について書いていこうと思っています。ミニ旅行の名の通り、一泊でしたが長野へ遊びに行ってきたのです。今回訪れた長野県の蓼科 (たてしな) は、長野県中部と山梨県境にそびえる標高2,500~2,800mの峰が連なる八ヶ岳の西麓にある高原地帯。 内陸である事と標高が高い為に5月初旬でも山に残る残雪、花見と新緑、結果として三つの景色が一緒に楽しめてしまえるところでした。本州で一番最後に桜の咲くところとして知られていますが、6月になればツツジです。きっとその季節も、見事なことでしょう。宿泊したホテルは、女の神山と呼ばれる蓼科山を水面に映す女神湖の畔です。さてその朝の事。いつもでしたら早起きなど出来ない私なのに、連休初めからの連日のテレビニュースによる高速道路の渋滞情報が気になって早朝5時に目が覚めてしまいました。今回一緒に行く事になった母を実家に迎えに行ってからになりますので、まずは東北道へ。やはり朝から混んでいますね、今までのゴールディンウィークよりも車の数が多く感じてしまいました。その後は信越自動車道の群馬経由で長野までのコースとなりますから、道路の状況はその他の高速道路の様なことはありませんけれど、SAなどはやはり多くの人です。長野県内へ入って初めは真田氏の城のあった上田から、こちらでは上田駅前の長野銘菓「みすず飴」を製造販売する飯島商店でお買い物をしました。ここのお店は長野へ来る時には必ずと言うくらいに寄り道をしていますし、このブログ内でも何度か登場をしていますから今回は画像もレポもなしです。次はまだ午前中でしたけれど、夕食を美味しく頂く為に早めのお昼と参りましょう。夜はフレンチを予約しましたから、お昼は和食です。それも軽くがポイントですね。上田から東に少々戻ります。懐古園や、島崎藤村の詩「小諸なる古城のほとり・・・」の、小諸市内の「中吉(なかきち)」で頂きました。このお店は、以前夫婦で温泉巡りをしていた頃からいつも読ませていただいたあるご夫婦のサイトで知ったのです。築120年も経つ家屋を、そのまま利用してお店としています。小諸は今まではただ通り過ぎていただけでした。江戸から善光寺への参拝客の通った北国街道。その通り沿い、店舗の入口は小さいけれど風情のある粋な佇まいです。ドアを開けると静かにジャズが流れる店内は、昔懐かしいクラシカルなムードでいっぱいです。私の着席したテーブルの、隣には「箱階段」が。見上げると天井の一部は吹き抜けになって大きな梁の残る造り、それ程広くはない店内に開放感をもたらしています。店の奧に中庭が見えました。その横には小上がりの和室があって、ここではグループでの食事も落ち着いて楽しめそうです。すでに予約済みとなっていましたが、このテーブルは重厚な引き戸を利用したもの。店内はどこも、女性好みのとても良い雰囲気ですねお店のキャッチフレーズ「町屋でごはん」は、お箸袋にも書かれています。私と母の女性陣は、浅間高原特産の花豆を蒸篭でむした「花豆おこわ」を食べてみたかった。大きな茶碗蒸しも魅力です、そこで一番人気の千曲膳を。夫はおこわではなくて、冷たいお蕎麦のついているそば膳?にしました。それぞれに出されるサラダと野沢菜漬け、このサラダは結構美味しかったです。錦糸卵?と点心の皮をパリパリに揚げたものがトッピングされているの。かかっていたドレッシングは、オリジナルかしら。花豆が信州の特産品なのは前から知っていたけれど、こうして「おこわ」で頂くのは初めてです。甘すぎるいかと思っていた程ではない。大きな花豆はすごく柔らかくて、ちょっと甘めですがとても美味しく頂きました茶碗蒸しの上のトロリとしたあんは、生姜が効いていてこちらも初めてのお味。お蕎麦用の七味味唐辛子は、善光寺門前に店を構える「八幡屋礒五郎」の唐辛子。これは勿論の事ですね。長野県民は七味唐辛子と言ったら、こちらのブランドしか使わないのだとか・・・私もこの唐辛子は過去に何度か買って来たことがありましたし、今回も自宅用に購入しました。中吉・支店は、軽井沢にも出店されているとの情報もあります。元気だった頃、桜の時期訪れている懐古園はパスして、せっかくなので小諸駅へ行って見ることにしました。この駅は、しなの鉄道とJR東日本の共同使用駅なのです。軽井沢とその反対の長野行きが出ている、しなの鉄道。小海・小淵沢方面への小海線は、ここが始発です。駅構内で新鮮な野菜や山菜が売られているのは、面白いですね山ウドやミズナが新鮮で美味しそう~、タラの芽は売切れてしまっていました。
May 6, 2009

しつこいようですがこれで最後、高速に乗る前に見た「豪農の館」について書きます。 見かけによらず、古いものフェチな私。(念のため言っておきますが、これは本人自身が古いからではありませんのよ)最後に選んだのは、「北方文化博物館」でした。博物館の名前が付きますが、越後随一の大地主であった「伊藤家の館」なのです。平成12年に、国の登録有形文化財に登録されています。ここは新潟市内から東へ、阿賀野川の西岸に位置して「沢海(そうみ)」という集落内にあります。阿賀野川に近い為に大雨が降ると沢の海になるほどの地形だったことからそう呼ばれたそうです。受付で入館料800円を支払い中へ入るのですけれど、私は手帳の提示のより無料、夫は半額になりました。明治15年から8年がかりで建てられたという、豪農「伊藤家」の本邸です。外堀でぐっるっと囲まれた広大な敷地内にはいく棟もの木造の建物、中でもこの本亭は大変に大きなものです。「豪農の館」と呼ぶにふさわしい、豪壮さを備えている大玄関。観光客も多く訪れるのでしょう、団体入口と個人入口とに分かれています。内部には、天皇・皇后を初めとする皇族方、画家の東山魁夷 、枡添大臣など、ここを訪れた方々のパネルの展示もされていました。江戸時代中期に農民から身を起こして豪農への道を歩み、代を重ねて巨万の富を築いていった伊藤家一族。全盛期には、1市4郡60数ヶ町村に田畑1,370町歩(1,372ha)を所有し、越後随一の大地主としてその名は県下に鳴り響いていたそうですが、このお屋敷内を見学すると豪農の館と言われるだけのことは十分に感じられました。伊藤家の昭和期の作徳米は3万表余りであったとのことですから、これは江戸時代でしたら大名と同じです。部屋だけで64室って充分にそれを物語っていますね。40M近くある廊下 軒の横梁が杉の一本ものと言うのにもビックリです。材料は全てここまで、福島県の会津から川で運んだとのことです。「大広間」や「お座敷」の様子・・・実際はもっともっと広いのです。こちらが使われるのは冠婚葬祭などの特別行事のみ、年に数回程度の時だけのですって。100畳のお座敷って、どれだけ広いの?って感じですね。左側の数枚は、屋内から見た「回遊式庭園」の様子です。個人の庭とは思えない、とても贅沢な造りとなっています。 邸の中には漆器や陶器をはじめとした、沢山の美術品が展示されています。伊藤家歴代当主のコレクションですね。今は静かな台所の様子も。家族の他に60名近い使用人がいたと言われています。かまどでは毎朝1俵(60K)のお米を炊いていたそうです。スゴッ!手入れの行き届いた庭園、こちらには約300本のツツジが。毎年色とりどりに咲いて、訪れる人々の目を楽しませてくれるのだそうです。北側へ回ると大藤棚がありました。この時にはまだ全くでしたけれど、今月にはうす紫の花が満開となることでしょう。私にはたぶん今年最後となる、枝垂桜の木。他にも八重桜の木も何本か。八重桜は何度見ても、可愛くて、華やかです。「飯米蔵」として使われていた白壁の「集古館」やお茶室、その他にも幾棟も。 また敷地内には同じ新潟県内の三条市、柏崎市から移築復元した建物もありました。けた外れなスケールの大きさ、当時の農民達との暮らしの違いに目を見張りました。お土産物屋さんでは、お土産や地酒もしっかりと揃えて置いてあります。ティルームやレストラン、そば処、パン屋さんまでもあるのです。農地解放後の現在でさえこんなに広いのですから、はるか彼方へ思いをはせると想像さえも出来ません。そちらで遅めの昼食を済ませて、帰りも同じく休日割引を使い自宅まで帰ってきました。その時には栃木県内の那須付近が少々渋滞したくらいで、6時過ぎには家にたどり着く事が出来たのです。さあ、すでに始まっている今年のゴールデンウィークですが、今年は高速道路がかなりの渋滞となるのでしょうか。私達の行き先は近い、それに大人だけ、翌日もお休みですから、心配はしておりません。それよりも今、こんなに晴天が続いてしまう事、天候の方が気にかかってしまいます。どうか皆さんもお休みを楽しんでくださいね
May 2, 2009
これは「大人の塗り絵」です。地味な野草ばかり・・・タンポポ、土筆、スミレ、カラスノエンドウ、ナズナ、ハナ大根など・・・一見すると目立たない、地味で身近にある花ばかりなのです。ピンクや紫、黄色、淡い緑の色鉛筆を使い、パステルっぽく可愛らしく塗ってみました
May 1, 2009

今日は少し戻って、先週のこと。金曜の夜に、都内にいる息子が家に帰ってきていました。前回帰省したのは12月の末でしたから、その間に私達が彼の乗るオートバイを届けに行った際に会うには会ったものの、久しぶりのこととなります。お土産は、乗り継ぎの合間にいつもの大宮駅構内の土産物コーナーで購入したと言う、「祇園・辻利」の茶だんご。他の多くの方が買っていたので、真似してみたのですって。宇治茶の祇園辻利と言えばテレビCMでもお馴染みです。私は行ったことないけど、京都でも老舗の茶問屋さんなのでしょう。辻利の文字を見れば、「どんなかなぁ。美味しいのかなぁ」と期待も上がると言うものです。でもしかし、中のお団子は想像以上にミニサイズ。お上品なのか、茶だんごだからこんなにミニなのか串に刺さった6本入りで600円って、やっぱりお値段はお高めです。辻利のものは全てがお高い!!お団子って、昔っから旅にはつきものですね。歩きつかれた時に口にするお茶とお団子・・・これだけで、気分はリラックス~~ほら!あのリラックマだっていつも寝転んで食べているのですもの。全国各地の銘菓にも岡山のきび団子、四国の坊ちゃん団子、都内には言問いだんご、羽二重だんご、追分だんごというのもありますね。食べ飽きているから今回は買ってこなかったけれど、新潟には笹団子があります。上がその噂の、茶だんご。小さいサイズですが茶の味がキリッとしてて、美味しくいただけました。でも私は「茶寮 都路里」の抹茶パフェが食べたくなってしまったのだ辻利も、都路里も、どちらも「つじり」と読みます。都路里のパフェーは、濃厚で上品な抹茶の味の抹茶生クリームに、抹茶カステラ、抹茶白玉、抹茶寒天、あんこ、栗と、全てが美味しいの。病気になる前に食べたのは、都内一号店だった「カレッタ汐留」内の都路里でした。行列で有名なのですが、その時はそれほどでもなかったのです。甘党でも満足する量、食べでもあったことですし、その美味しさには並んでまで食べた甲斐があると思いましたせっかくでしたからその時に、同じフロアーにある台湾の点心の店「鼎泰豐(ディン タイ フォン)」の小籠包も食べておけば良かったなぁ。沢山の人が並んでいたので次があるさなんて。石巻の「鮨勘」のお寿司を食べたのだった。今の私は次が来るのに、普通の人よりも時間がかかるもうひとつは、お馴染み「東京ばな奈ワールド」のお菓子「チーズうさぎ」です。真っ白に焼いたスポンジ生地のロールケーキです。ふんわりとやわらかい生地で、ほんのりとした甘さとさっぱりとした酸味のあるチーズクリームが巻かれています。今回はサイズが、何時ものより小さめです。別に文句を言うわけではありませんが、金欠だからお土産も小さいのかと思った。しかし、そうでもないようで???どちらもなぜか、あっという間に食べてしまったのでも息子よ、母はおやつには困ってはおりませんぞ!君が買ってきてくれたおやつを食べ終わっても、まだまだ大丈夫なのである昨日は紅茶にぴったんこなラスク、大きな栗ドラも。贈答品としてお馴染み「ユーハイム」の「リーベスバウム」だってあるのだ私今日の午前中は、しっかりとリハビリに励んできましただから少しくらいは太ったって、良いのさ
Apr 30, 2009

リンク先のtontonさんの旅行記を読んでいたら、また沖縄へ行きたくなってしまった私です。でもそれで、思い出したものがある。知念のスーパーで買ったスパム、二缶のうちまだひとつが残っていた事を。そこで今日のお昼は、適当・スパムにぎりを。昨夜の夕食の後、残ったご飯を俵型のおむすびにしておきました。おむすび型は三角だけではないのだ!100円ショップには、俵型にする為の型もあるのです。そのご飯をチン!して温めて、スライスしたスパムを焼いてのっけただけで出来上がり!フッ!フッ!フッ!超簡単な沖縄の味を楽しめる、ジャンクフードなのですよ。近所のスーパーでも見かけるものの、むこうで買った時のお値段の方がやっぱり安いの。数分の一でした。このタイプは減塩なので、お味も丁度良いと思いますでもどうしてこんな身体に悪そうなものって、美味しく食べられてしまうのでしょう。巻いた海苔が細過ぎました?ご飯とスパムの間には、味のアクセントにふりかけちゃんが。冷凍庫にスライスして入れておいたゴーヤをトッピングなどという、小細工だってしてあるのさ。これなら誰でも作れる、それにきっとそれなりに美味しいはずです。ゴーヤはすでにスーパーでも並べられていますけれど・・・私は夏のお安い時に買って、いつでも食べられるようスライスしてジップロックに入れて保存しておきます。こうしておくと一年中食べることが出来るだけでなく、冷凍する事によってゴーヤのあの独特の苦味が取れてしまうから、湯がいたり、お塩を振ったりの手間がはぶけて一石二鳥の便利さがそれはキノコ類も同じ。キノコでもシイタケは石突きの部分を取るだけの丸のまま、シメジもナメコも、冷凍保存が一番なのであ~る。このスパムにぎりを二個も食べてしまったので、先ほどまでの1時間半外へ歩きに行ってきました。その証拠は、ちゃんと↓にあります。今を盛りと・・・咲いている花たち。秋の紅葉した葉も美しいものですが、今だけにしか咲いていないハナミズキの花。でも、この白くてお花に見える部分はお花のガク、中心の塊の部分が花なんですって。同じようにこの季節、どこででも目するのはツツジですね。いつも歩くお散歩コースの途中で、民家の生垣になっている紅花マンサク。そこに花が咲きました。このピンクのリボン状のヒラヒラを見る度に「良いなぁっ」て思って、毎年楽しませて頂いております。早春の山に咲く普通のマンサクと違い、こちらが花の時期が少しだけ長いかとも思います。葉の色も綺麗に変化しますから、この木は本当に長く楽しませてくれる木ですね。風が吹くたびに震えているのはドウダンツツジの小さな白い花。自宅の庭にも一応はあるのですけれど、我が家は日当たりが余り良くないのか、花は咲きませんし、葉が真っ赤に紅葉することもないのです。淡い黄色の八重咲の小さな花を咲かせるモッコウバラ、もう咲き出しています。成長が早くてビックリするくらいに沢山の蕾をつけます。大量に花が咲く大きなモッコウバラの開花、その姿は圧巻です。最後は庭で咲いていたシャガです。花瓶に挿すようにと、日曜日に夫が切ってくれました。一見すると地味な花です。でも良く見ると、真っ白な花びらに橙色のアクセント、青紫色の斑点が目立った彩りとなっています。次々と咲きますが、その花は一日で終わってしまうようです。いよいよ明日から、ゴーデンウィークの始まりですね
Apr 28, 2009

軍事・交通の要として上杉謙信の時代から重視されていた信濃川河口は、ここをめぐって七年もの間、景勝勢と新発田重家との間で激しい戦いが繰り広げられた歴史を持つところです。しかしその地も現在では最先端のウオーターフロントとなり、美術館、ホテル、展示場、コンサート会場等をもつコンベンションセンターへと変わって、「朱鷺メッセ」と呼ばれているのです。その大きな建物の前にあったのが「万代島ふるさと市場」でした。時間がある、中も気のなるので、こちらの内部も探検する事に致しましょう。ここは、寺泊の市場のミに版です。新潟と言えばやはり高級魚のノドグロかな。伊豆の方ではノドグロと言わずに赤ムツと呼んでいましたが、目にした感じはノドグロの方があっているかと思ってしまいます。この下がっているのは鮭でいいのかしら?市場の一角にはやっぱり、魚沼産のコシヒカリが。さすがはブランド米、よいお値段をしていますわねぇ朱鷺メッセのビルに隣接して、佐渡汽船の建物もありました。佐渡へは、カーフェリーと高速船のジェットフォイルが出ています。天然記念物に指定されている朱鷺と、流人の悲しい歴史、日本海の豊富な海の幸を持つ佐渡ヶ島。「よし!この分なら佐渡へも行ける。大丈夫だから、いつか行こう」って、夫が。だから今日はその下調べと、フェリーのお見送りだけこちらの港では、あの北朝鮮の貨客船「万景峰(マンギョンボン)号」の姿を見かけることもあるのだそうです。最後は「信濃川ウォーターシャトル」への乗船です。朝、夫に「今日は何する」と聞かれた時、「船に乗りたい」と答えたけど「私にも乗れるかなぁ~」何に乗るにしてもそうなのですけれど、自分の脚に自信がないので、まず初めは心配をしてしまうのです。電話で問い合わせをしたら「大丈夫、乗れるみたいだ」って、「やったぁ~~!」と、ここでも単純そのものの私なのでした朱鷺メッセ前から乗車して、新潟私立歴史博物館、常用文化財の萬代橋をくぐり、レンガ造りの重厚な建物・旧新潟県庁を見て。日本一の大河として知られる信濃川をめぐる観光水上バス 「信濃川ウォーターシャトル」の観光クルージングは約45分間。大人1人1,200円でした。いつでも、どこででもシャッターチャンスを逃さない私、でも撮られる方では緊張してしまいますね朝もゆっくりでしたのに、午前中だけでもこんなに色々することが出来たのでした。
Apr 27, 2009

以前の私達、食事付きの旅館やホテルに宿泊しない時には、普段はあまり行く機会のない居酒屋さんを楽しみにしておりました。夜の街へはお友達や勤務先の方と行く事はあっても、我が家のような田舎に住む場合、どこへ行くのも車が多いので家族揃ってはそう頻繁には行けないのです。食事の後、お布団へ直行も魅力のあるものですが、夫婦や親子で居酒屋さんでの一杯もなかなかに楽しいものなのです。さて、この夜。周辺の情報も、地図もないもない私達。ロビー内のコンシェルジュ・ディスクによって、「これから食事に出かけるのですが、どこかお勧めのところってありますか」と聞いてみます。「どのようなお店がよろしいですか」私:「和食のお店か、居酒屋さんへ行きたいのです」いくつかの候補地を探してもらい、外に出てみました。日中の温かさと比べて、風が冷たく感じました。でもそれほど暗くはないから、私でも危なくはないの。目指していたお店は、予約が入ったとかで満席です。その先に見えた明かり、え!こんなところに「かに道楽」がって、こちらの看板はお部屋からも見えていたものでした。新潟市の古町にも、かに道楽があるのですね。かに道楽の地下「いけす道楽越佐」へ参りましょう。エレベーターで降りると、そこにも夜の街が。お堀の中にはお座敷がいっぱい。店の中央にどーんと大きないけすがあるので、そこで自分で釣り上げることもお楽しみのひとつ。いけすを囲むように作られた長いカウンターに座ります。まずはやっぱり、生で「乾杯」つきだしはホタルイカorサザエ。後で頼んだスーパードライ、ラベルにはここでもしっかりと「愛」の文字が。このお店、箸置きは船の形、グラスには鯛マーク付き店お勧めのオホーツクから生で直送してきたズワイガニを、半身はお刺身に、残る半身は焼きカニにしてもらいましょう。今までズワイって細くて食べた気がしないなんて思っていましたけれど、タラバよりも味がある感じがします。生も焼きも、どちらも「甘くて、美味しいぃ~~」カニ味噌は甲羅焼きで出てきました。佐渡で捕れたカワハギは薄造りにしてあります。肝が濃厚でした。揚げたて熱々のカニシューマイに、烏賊刺し。握りずしは地物の黒そいに、墨イカです。 夫のオーダーした鯛めし「なんか遅いねぇ」と話していたのですが、一緒に頼んだおすしをオーダーの時に初めに頼んだものをキャンセルしたので、鯛めしもキャンセルしたと勘違いされてしまっていたのです。それからまた30分以上もかかるとの事ですから、それまで待つ事は出来ません。町を歩いていて見かけたのはロシア人の方達?地理的にもやはり近いからなのでしょう。ホテルのエレベーターで出会ったロシアンおばさん達、日本のおば様達もグループになると迫力があるものですけど、身体の大きさと声の大きさで最強と言う感じですね読んだ本の紹介をしたことのある、作家の椎名誠。彼の書く旅行記やエッセイの中で印象に残ったのは、ロシアを旅した時の「ニエット=ロシア語でノー」おばさん。まだ冷戦時代のソビエトの時代です。どこかへ行こうとする時、何かしたいことがあっても、「ニエット」の一言で却下されてしまったと言う。朝食会場の「バイキングレストラン 津波喜(つばき)」の入り口です。オムレツと目玉焼きは、このようにシェフの作る熱々のを出来たてのが頂けます。メニューの品揃えはごく普通かな。土地のものはお漬物や煮物、栃尾の油揚げなどが並んでいました。私のデザートに取ったいちごは、新潟で生まれて新潟でしか栽培されていない越後姫。鮮やかな赤い色、栃おとめと同じくらいに甘くて美味しかったです。私達は宿泊料金プラス@500円で頂いたので、これだけを別料金で食べると@2,310ですから、やっぱりお得ですね。うにパパさんのコメントに書かれていた様に、萬代橋と信濃川沿いの桜を眺めながらの朝食は、良いムードでした。ここでチョッと面白かった事が。このホテルの宿泊客にもロシアの方が多いものですから、朝食を食べている方も多かったのです。「ロシアの人も、お米のご飯を食べるんだね」「ご飯を食べている人もいるな。さっき俺の前でご飯をよそっていた人、ご飯はいいんだけど味噌汁までご飯茶碗によそっているんだ。変だったな~」って解っているんだけど、少し違ってしまったのね。惜しい!もうひとつ、「あれ、どこかで見た人だなぁ」って思ったら武田鉄矢さんでした。夫に言うと、今朝の新聞に出ていたって。「新潟県内各地で撮影された映画「降りてゆく生き方」の上映挨拶に来てるって書いてあった。」「へぇ~泊まっているんだ」って感じでしたが、他の方は気がついていなかったみたい。 テレビで感じるあのアクの強さ(失礼!)さすがに普段は出ていませんでしたね。お腹がいっぱいで満足って、単純すぎます?次は観光なのだ~~つい欲張ってしまう私です
Apr 25, 2009

この日宿泊したホテルオークラ新潟は、金曜日の夜遅くになってから探して予約したところでした。町の中心部の萬代橋(ばんだいばし)」のたもとに位置しています。上の画像は、夜の外出から帰ってきた時に撮ったもの。かつては市内に多くの堀があって水の都、「柳都」とも呼ばれていた名残の柳です。信濃川沿いには、芽吹いたばかりの柳の木がまだ沢山残っています。先週から新潟市はふるさと村を中心にチューリップフェアが開催されていました。 なんとその数、9万本だとか。昼間見た萬代橋の両側に置かれたチューリップも、色鮮やかで可愛かった。予約したお部屋は「訳あり」の、お得なプランです。どうして訳ありかと言うと、十五階建ての中の低層階でお部屋のすぐ脇にホテルのチャペルが建っているというもの。これはネットでしか出ていないのだそうです。「別に寝るだけだから・・・」と予約をした訳でしたが。チェックイン時には「そのプランのお部屋がいっぱいですので、普通のツインルームをご用意させて頂きました」ですって。車寄せにいるベルボーイさんも、お部屋への客室案内係のお姉さまも、さっと荷物を持ってお話をしながらの案内をしてくださったりして、とっても感じが良いの左上は、6階のエレベーター・ホールです。なかなかお洒落でしょと言うわけで、窓の外はチャペル・ビューではなくて普通の景色です。部屋は、クローゼットに続いて荷物置き場があって(バゲッジ・ラックですね)ミラーつきのデスクへと続くごく一般的な造り、あまり広くはなかったですけれど。。。チェストの上のテレビは液晶ではありませんでした。チェストの開いている引き出しに入っていた、スタンドカラーのクリーム色のパジャマ。これは、とても着やすいもの。それにスタンダードなお部屋なのに、クローゼットにタオル地のバスローブも下がっていましたしね。アメニティの数もごく普通でしたが、「タオルをもっとご用意しましょうか」との気遣いがあったことはうれしい事でした。バスルームが、「もしかしたら・・・」と心配していたユニットバスではなかった事も満足です。部屋と全く段差のないバリアフリーでした。洗面台には、お化粧の時に便利な拡大ミラーがちゃんと付いている。勿論、おトイレはシャワートイレです。バスルームはとてもコンパクトにまとめられています。入浴時には狭く感じられたものですが、これは私達だけの事ですから仕方のないこと。予約時に依頼しておいたバスチェアも、ちゃんと用意されていましたホテルのフロントロビーはかなり広々としていて、この脇とチェックインカウンターの右奥にあったショップはどちらも大きくて立派でした。※RCがいくらだったかって?それは内緒です車で行く場合は、駐車料金が別途かかります。以前に金沢では駅前のホテル日航に宿泊しましたけれど、その時も感じたのは接客の良さ。お値段的にもビジネスHとそれ程は違わないのですから、せっかくでしたらこういった大手のホテルに宿泊した方が気分が良いものだと私は思ってしまいます。病気をきっかけにして、ここ3年ほどはバリアフリールームを中心に宿泊を続けてきました。しかし脚力や体力が以前よりはずっと劣るものの少しずつ戻ってきたことによって、こうした普通のツインルームの利用が可能になった喜びはかなり大きなものです。こうしてほんの少しずつであっても、元の生活に戻って行きたいものと思っております。さぁ少し休んだら、今度こそ新潟の夜を楽しみに夜の街へ行くのだ!
Apr 23, 2009

夜には冷え込むものの、季節がめぐってすっかり春ですね。昨日は夏を思わせる暑さに・・・そのせいなのか、夜間は雨が降り続いていました・・・その雨も植物にとっては、恵みの雨となることでしょう。チューリップの終わった庭は、次に白やピンクのツツジの花が咲きだしています。そんな庭の片隅で咲いているのは、ツリガネズイセン(釣鐘水仙)です。淡いパープルの透き通った小さな花びら。お部屋で花瓶に挿したら、ほんのりとした甘い香りが漂いました。全く話題が変わって、たけのこの旬は4~5月です。 生のたけのこは旬の明確な食材のひとつ。季節感を大切にする日本料理では、春の味覚の先駆けとなるものです。家庭料理ではそこまでは早くないものの、この時期になるとつい探してしまう食材のひとつですね。たけのこは時間がたつとえぐみが強くなるので、スーパーにも売ってはいますが出来れば掘りたてのを頂きたいもの。火曜日に、夫がたけのこを買ってきました。日光にある、何時も私達が野菜を買っている直売所で求めてきたのだそう。まだこの時期は、人気のあるたけのこです。朝掘りのものが並んでいるから、午前中に買ってしまわないとすぐになくなってしまうと言います。私が買うとしたらもっと小さくてずんぐりとしたのを選ぶと思うのですが、随分大きなのを買って帰ってきました。男性だから、これも仕方のない事ですね直売所とはいえお店で買ったものは収穫から時間がたっているので、アク抜きが必要です。たけのは時間とともにえぐみが強くなり、香りが抜けて固くなってしまうので、早めにアク抜きをしましょう。と言うことで、その夜すぐ湯がいておいてもらいました。鍋にたけのこがかぶるぐらいの水と米ぬか一握りと唐辛子2本位を入れ、たけのこが浮かないように落とし蓋をして1時間ほどゆでます。米ぬかは、お茶やティーバック用の紙のバッグに入れて使うと、たけのこを水洗いするときに楽かと思います。昨夜の夕ご飯は、早速たけのこご飯にしました。たけのこご飯と言ってよいのか、ご飯を酢飯にして、たけのこ、人参、油揚げと一緒に煮ておいた具を混ぜたご飯です。穂先の柔らかな部分は、ご飯用に使い、残った硬いところはたけのこの煮物に。おかかを入れて煮た土佐煮も好きですけれど、頂きものの木の芽がありましたので調味料だけでシンプルに煮ました。こうして見ると色が濃く感じますが、それ程お醤油を沢山使っているわけではありません。我家には、薄口しょうゆなんていう上品なものがないだけ何時たけのこを買ってきても大丈夫なよう、調達をしておいた山椒の葉。少々時間が経ってしまっていますが、食べ始めたら香りは充分でした。一年中、何時でもどこででも好きなものを頂ける現在。たけのこにしても、水煮や缶入りのもの、冷凍野菜としても売っているくらいです。でもせっかく食べるとしたら、やはり季節感は大切にしたい!初物だったたけのこは、独特の香りと歯ごたえでやっぱり美味しいたけのこを食べて、それが終わったら次は山菜です。タラの芽や、ワラビ、コシアブラなど・・・山菜の季節がやってくるのですね
Apr 23, 2009
旅の途中ですけれど・・・今日は全く違う話題です。今週に入ってから、テレビのニュースでも取り上げられているこちらの話題について・・・・ネットニュースやあちこちののブログにおいても、上の女性の話題でにぎわっていることかと思います。スコットランドから来た、このスーザン・ボイルさんの映像は、既に多くの方が見てご存じのことでしょう。同じおばさんとして人のことをあれこれ言えないのですが、この話題にはやはり彼女の外見が影響していると思うのです。ニュースで見たときに、私も会場にいる観客や審査員と同じ気分を味わいました。彼女が歌い出した瞬間におきた、会場全体の変化!熱狂!3人の審査員の表情も、驚きから喜びへ。You Tubeより・・・天使の歌声! 47歳スーザン.ボイルいやにドレッシーなワンピースに包まれた太目の身体、全体から感じられるスタイルの野暮ったさ。それに対する観客と審査員の冷たい視線。彼女はずっと独身のまま過ごして猫との二人暮らし、今は求職中の身なのです。しかし堂々とした態度で、自分の夢は「プロの歌手になること」と言い切ります。年を「47歳」と答えた後の、「ありえない」って感じに驚く審査員の意地悪な質問にも「そんなの私の一面に過ぎないわ」と、腰を振って軽くいなすユーモア感覚。「これまでチャンスがなかっただけよ」と、それが全く嫌味でも何でもないところが良いのです。歌ったのは「レ・ミゼラブル」の中の「夢やぶれて」。そして「目標はエレイン・ペイジ」だと。この番組で初代チャンピオンだったのは、現在世界中から注目されているオペラ歌手・ポール・ポッツです。彼の事も、テレビCMでご存知の事でしょう。You Tubeより・・・冴えない男の才能が発掘されたとき昨年「ブリテンズ・ゴット・タレント」に出場し、「トゥーランドット」の名曲「誰も寝てはならぬ」を熱唱して初代王者に選出されました。「歌手はあくまでも夢。実現するとは思いもしなかった」と、彼は語る。少年時代は貧乏でシャイで容姿も悪いため、いじめられっ子だったと言います。小学生のころから教会の聖歌隊に参加し16歳頃にオペラに夢中になる。社会人になってからもレッスンを続け、アマチュアオペラの舞台にも立ったが病気とケガに見舞われて歌から離れる。絶望の日々を送っていた時にインターネットで見つけたのがこのオーディション番組だったのだ。顔中不安いっぱいの中年男性から素晴らしい歌声が放たれて、番組は驚きに包まれました。発売された彼のアルバム「ワン・チャンス」は、2007年7月23日付で全英初登場1位。3週間連続で1位を記録。全世界で300万枚以上ものセールスを達成したとの事です。ポッツの半生を描いたハリウッド映画「 ワン・チャンス」も制作が予定されています。小さなきっかけからこんなふうに世界中から注目を浴びてしまう事もあるのです。良い意味で、人生と言うものは何があるかわからないものですね。
Apr 22, 2009

新潟と言えば、冬に降り積もる大雪と、その雪解け水から生まれる新潟米や日本酒。そしてはるか佐渡沖までおよぶ、豊富な漁場に恵まれた日本海です。私には久しぶりの日本海でした。この日は、晴れた温かな日。海を間近に見ると、思わず深呼吸をしたくなってしまう。釣り人がポツンとひとりで釣り糸をたらしている後姿が見えます。地平線が、半円を描いているような気がしてきませんか。まずは新潟市内から海沿いを北へ、魚のアメ横・寺泊へ行く事にしました。たとえ1泊にしても、出かける時にはどこへ行こうか考えたり、調べたりをする事が私は好きしかし今回は、前日書いたように急に思いついてのお出かけです。取りあえずはお昼ご飯を兼ねて、寺泊のお魚市場をぶらつこうと思ったのでした。ここは新鮮な日本海の幸と旬の味がずらりと並ぶ、魚の市場通り。いきが良さそうで、新鮮、品揃えの豊富さは港町・寺泊ならではですね。先月行ってきた茨城の那珂湊と比べても、とにかく安い!特に蟹、蟹、蟹~!蟹が山積みになっている~~!蟹好きな家の夫さん「買いたいなぁ~~。でも、今日買ってもなぁ!?」ってお気の毒にね私はどちらかと言うと、蟹よりも海老の方が好き寺泊と言えば、やはりイカやさざえ、ホタテを串に刺して炭火で焼く浜焼きでしょう!どこの店にもこの浜焼き売り場があり、通りには美味しそうな匂いが漂っています。駐車場には他県から訪れる観光バスも停車しており、この日も大勢の観光客で賑わっていました。私達も臭いにつられて、浜焼きを買って食べました。イカもホタテも、すごく肉厚で美味しい焼いた後もこんなに厚くて大きいイカって、元の大きさは?と思ってしまう。それから寺泊のうずら豆や栗が入ったおこわのおにぎりに、蟹の出汁がたっぷりと出た蟹汁で、簡単なお昼です。海沿いをのんびりとドライブして、駐車スペースのあるところでは海を眺めたり、写真を撮ったり・・・この季節でも、海を眺めに来ている人は結構いるものですね。私も砂浜をお散歩したりもしました。砂浜に打ち上げられたボトルには、見慣れない文字が。中学生のグループが、海に向かって何かさかんに叫んでいる。言っている事はよく解らないけど、「若いって、良いなぁ~」羨ましい事ですね完全な夕暮れまでにはまだ時間がかかりそうです。さぁ、こんやのお宿へ!参りましょう~!
Apr 21, 2009

先日の日記に「今月はお泊りなし」と書いたばかりなのですけれど・・・・・金曜日の夕ご飯の後です。夫が突然に、「明日の予定は?どこか行きたいところはあるの?」「別にないわよ。それにもう桜はいやだって言ったばかりでしょ」「桜はもう沢山だけど・・・どこかへ行こうよ。混んでいないところ、宮城か、山形か、新潟か、山梨か。どこでも良いから、今から泊まる所だけ予約取れないかな。ビジネスHでも何でもいいだろ?」「ずいぶんと急ねぇ!」「行きたくないのならいいけど、喜ぶかと思ってさ!」ですってうれしい事を言ってくれるではありませんか。このお出かけ好きな私がそんな行きたくないなどとは間違ってもありえないことですものね。この時にひらめいた今回行くとしたらしばらく行っていない新潟へ行きたいなぁって。その前後にも海水浴や温泉巡り等で、新潟は何度も訪れていたですが。新潟県村上市にある「日本海に沈む夕日と温泉」の瀬波温泉。そこには子供が高校生の時に子育てが終わった記念か?何かは忘れてしまったものの・・・子供を家において、初めての「ふたり旅」をした思い出の地なのでした。日本海を見に食べに行くとしたら新潟が良いとそこで早速に大手宿泊予約のサイトで検索してみたら、まだありました。日本海側最大の拠点都市である新潟市内の中心部、信濃川にかかる萬代橋の隣に位置するホテルオークラ新潟。このホテルに宿泊するお得なプランが、我が家の予算に見合った額で出ていたのです。予約の完了したのがもうすでに夜の11時でしたから、準備は翌朝にしてこの夜は休む事にしましょう。あくる朝は早くに目が覚めるかと思いきや、起きたらいつもと同じ7時です。まずお薬を飲んで、簡単な朝食を食べて、それからまたお薬を飲んで、用意が終わり家を出たら9時近くになってしまったのです。以前でしたら、朝の5時でも6時でも出発できたものでしたのに、どうしてこんなに時間がかかってしまうのでしょう。こんな時には本当にヤレヤレと何時も思ってしまうのですが、突然にでも出られるようになっただけ少しは進歩しているのでしょうね。3月の末から始まったETC搭載機による「休日割引」、これを利用して一日で今までよりもほんの少しだけ遠出する。またどこまで行っても1000円で済むのかを、夫は実感したかったようです。家から新潟まで、高速を使ったコースはいくつかあります。5月の連休に上信越自動車道は利用する予定がありますから、それに近頃も何度も利用しているので、今回は東北道~磐越自動車道を使うコースにしましょう。今年の大河ドラマ「天地人」。主人公の直江兼続や上杉謙信ブームで盛り上がっている、彼らゆかりの地・「越後路」ドライブがこうして始まったのです。トップの画像は、市内の至る所に張れられていたポスターです。車中から眺める周囲には、芽吹いたばかりの木々の淡い薄緑色で盛り上がったようにデコボコと見える山々が広がっている。そこに山桜の淡いピンクや白が混じって、「綺麗~~」の言葉が何度でも出てきてしまいます。郡山JCTで左折してしばらくすると、南東北最大の湖「猪苗代湖」が見えてきます。北に目をやれば、そこには会津磐梯山の雄姿も。そこからはもう山ばかり。この季節だと言うのに、まだ真っ白に雪をかぶっているのは山形方面の山々なのでしょうか。いくつもの山、数え切れないほどのトンネルを抜けて、ようやく新潟県に入りました。この付近からは、道路は阿賀野川に沿ってまいります。五泉市では、道の両側に絨毯のように広がるチューリップ畑を見る事が出来ます。小学校の時にチューリップの生産量の日本一は「富山県」と習ったものでしたが、切花の生産・出荷量は、新潟県が一位で「県」の花にも指定されているのだそうです。高速で走行中にも、一面に広がる色とりどりの花の鮮やかさには目を奪われました上の写真は、翌日の帰り頃に撮った五泉市のチューリップです。9時に出発して栃木から新潟中央Iまで約300キロ、途中の休憩をはさんで時間にして約4時間かかりました。そして、問題のゲートを通過いたします。本来でしたら6000円弱のところが、出口の表示金額はきちんと1000円ぴったりでした。その瞬間の表示版をシャッターチャンスとねらったことはねらったものの、やはりワンテンポ遅かった~!しかしとりあえずは、良かったわねぇ!・・・と言うところでこの続きは明日へ。次回は、食欲の方なのですわよ
Apr 20, 2009

ここまで来たなら帰りには寄っていきたいところが、あと一箇所あります。昨年のこの時期、雨の振る中をわざわざ見にやってきた東武日光線のローカル駅の桜です。取り壊しが決まったもの、保存を訴える地元住民の手によって約30メートル離れた場所に移転された日光線下小代駅の旧駅舎。前回開かれていた駅舎前の「花まつり」、偶然にも今回も同じようにやっています。きっと同じ日に訪れてしまったのでしょう。と言うか、4月の第二週の日曜日って決まっているのかもしれません。比べてしまうと白っぽく見えるソメイヨシノ、その隣りに目指す桜の木が並んである。昨年とは違ったルートで訪れましたが、遠くからでも「あの木?」とすぐに解りました。私の住む市内ではもう終わってしまったソメイヨシノも、ここではまだ残っています。冷たい雨の中で眺めた昨年とは変わって、今年は大変な上天気で暑いくらい!青空の下、桜の色が一段と鮮やかです。木の下で眺めていたら、お隣の人が「これはエドヒガンザクラです。100年くらい経っているでしょう」って。なになに、普通の桜よりもピンクが濃いと思ったら、そうなんですねでも100年経っていると言うのは違っていますよ。これを植えたおばあちゃんを私は知っているのですもの。そう、リハビリのために通所しているディケアにいらしている○○きい(植えたおばあちゃんの名前です)・おばあちゃんの植えた桜なのです。私の周りで、この木の事を知る皆さんは「きいちゃん桜」と呼んでいます。現在60チョッとの息子さんが6歳の時に植えたと、ご本人がおっしゃっていますもの・・・「毎日、毎日、お米をといだとぎ汁をかけて育てたんですよ」って。でも桜の成長って早い。60年弱でこんなに大きく、太く、立派に育ってしまうのですね。 個人の植えた桜の木がこんなに育って、今はすっかり駅のシンボルツリーにまでなっている。地元の方達からも愛されている桜になってしまっているのって、素晴らしい事!ディに行ったら、きい・おばあちゃんにお話しなくては・・・お祭は終わりみたいで、お片づけの最中でした。私は新駅舎内を探検して、路線図や料金のチェックも。古い方の駅、内部の様子は以前と全く同じ、でもお祭だからかお茶を飲めるようになっていて、コーヒーの良い香りが漂っていました。そうする内に午後も遅くなってきたから、私達も帰りましょう。いつもと同じく直売所に寄って、お野菜を買って。春野菜のウドやセリがありました。地元の方が売っている地卵も買っていきましょう。タケノコが出ていなかったのは少し残念です。帰りの車中。夫が「もう、桜はいいから。もともと好きじゃないし、毎日のように見ているからもう飽きた。」ですって。そうよね。ここ三週続けて、桜を追いかけたお出かけが続いてしまったのですもの。解りました。県内の桜はさすがにもう終わりですから、もう「行きたい」とは申しません。しかし桜は終わっても、これからツツジ、藤、バラ、アヤメ、ボタン、石楠花と、まだまだ花の季節はこれからなのだよフッフッフッ!それに八重桜がすぐそこに控えているのです。この私、大人しく家にじっとしていられるかな。それが問題なのであ~る!
Apr 17, 2009

もう、いいよ~と言う声も聞こえてきそうですが・・・他にも撮ってきましたので、あと少々ご覧下さい数年前までは敷地内の奥にあった幼稚園、その前庭にも桜やその他の植物が植栽がされていました。法蔵寺は、この階段を上った奥に広がっています。私の隣の坂道を上がっていきました。どちらも趣のあるものと思います。白やピンクの花々。他に黄色いレンギョウや、赤いボケの花も。 木々が芽吹いたばかりで、全体的に早春の色合いが感じられますね。家のご近所ではすでに終わってしまった、ピンクのヤシオツツジが盛りを迎えています。水曜のディにヘルパーさんが自宅で満開になったのを持ってきて下さって、テーブルの上を華やかに飾っていたカイドウの花。日光のカイドウはまだ蕾のまま。それでも、この花の色の鮮やかさは想像できると言うもの。桜は日本だけにある訳ではありません。しかし私達の生活の中にしっかりと根付いて、日本の風土で「特別な花」として愛でられてきた歴史を持ちます誰もが愛してやまぬ花が、「桜」なのですね。「桜と雅楽」で私達を楽しませてくれた境内の桜たち。寺のHPを見ると、夜にはライトアップされている模様です。もうひとつ、桜のライトアップのニュースがありました。お隣・福島県から、今週末の三日間だけの「三春の滝桜」情報が。_____________________________________________________国の天然記念物で日本三大桜の一つ、福島県三春町の滝桜が満開となり、14日夜に初めて本格的にライトアップされた。春雨の闇夜に、滝のように降り注ぐ薄紅が浮かび上がった。 推定樹齢千年。高さ13.5メートル、根回り11メートルのベニシダレザクラは、開花時期の2週間だけで全国から約30万人の観光客を集める。 樹木に影響があっては一大事とこれまで夜間照明は控えられてきたが、開花後なら大丈夫との樹木医の判断で実現した。とはいえ14日のテストを経て、今週末17、18、19の3日間限定。午後6時開始で午後9時には消灯するという。この滝桜の「子孫樹」が、昨春、東京都港区にオープンした商業施設「赤坂サカス」のシンボルツリーになっている。子孫樹の普及に尽力した三春町の園芸業、宗像宗光さん方から移植された。宗像さんは今年1月に老衰のため100歳で亡くなった。全国各地から様々な桜の木が集められた赤坂サカスのなかでもひときわ目立つ存在だ。地下鉄赤坂駅から階段を上がると、真正面で訪れる人たちを出迎えてくれる。______________________________________________________ライトアップされた滝桜の姿は、いかがですか
Apr 16, 2009

先週、地元のフリーペーパーで気になる記事を発見しました。4月12日(日)午前11時~・午後2時~、日光市の法蔵寺で恒例の「春の演奏会“桜と雅楽”」が開催されます。同寺で練習を重ねる“のりがおか雅楽会”の会員が、きらびやかな平安装束を身にまとって演奏します。曲間には雅楽解説も。伝統音楽“雅楽”の美しい音色を楽しんで、来場者には“お茶席無料接待”もあります。入場無料。また、今回は境内で“地元愛好者による日光そばのふるまい”(1杯300円)も。・・・とのこと。法蔵寺のある大桑地区は日光参詣のための御三家の本陣や、宿屋、茶屋、造り酒屋などがある村であった。江戸~明治へ時代、戊辰戦争時に幕軍がたてこもった法蔵寺。慶応4年土佐藩・兵士の焼き討ちにあい、村は戦火に見舞われました。法蔵寺も山門を除いて焼失してしまったのでした。そして現在、雅楽の普及に力を入れている「のりがおか雅楽会」による演奏会が、毎年春と秋の二度、この寺で開かれているのだそうです。春は華やいだ桜の下で、秋になると境内の紅葉の中、雅楽の荘厳な調べが披露される。2000年に結成された同会の演奏会は今年で10回目とのこと。会員の皆さんの毎週の練習の成果が披露されました。烏帽子に、色とりどりの直垂(ひたたれ)や狩衣(かりぎぬ)姿で登場。笙(しょう)や篳篥(ひちりき)などによる演奏が始まると、境内はさながら平安時代の雰囲気とも言えるかと。この日の演目は平調音取(ひょうじょうねとり)、雅楽の代表曲・平調越殿楽(ひょうじょうえてんらく)のほか、平調鶏徳(ひょうじょうけいとく)、壱越調迦陵頻急(いちこっちょうかりょうびんのきゅう)の四曲。最後に特別に「さくらさくら」の演奏も披露されました。私達には、東儀秀樹の篳篥(ひちりき)の音色を生かしたポピュラー音楽の編曲や自作の演奏により雅楽も少しは身近なものとなってきてはおりますけれど。奈良や京都などの地域に比べたら、ここ関東地方ではふれる機会のないものです。私も生の雅楽の演奏見たのは、三重県の伊勢神宮以来の事です。その時には、演奏にあわせた舞いも。松の緑、桜のピンクをバックにこれまた美しい色合わせの装束をまとって踊るその姿の美しい事ったら!夢を見ているようでした満開になった桜の下で、意外にも多く集まっていた聴衆の皆さん。その誰もが静かに豊かな音色に聞き入っていました。 到着が遅くなってしまったから、座ったお席は後ろの方になってしまい演奏の様子をよく見る事は出来なかったものの・・・目には桜、耳からは雅楽と、この上なく優雅な気分に浸れたのですこの日は、お釈迦様の誕生を祝う「花まつり」も一緒に開催されていました。小さなお釈迦様の像が安置されていて、甘茶をそそいでお祝いする方々も多くいました。演奏後のお蕎麦屋さんには、すぐに行列が出来て・・・最後のは、ご主人様の帰りを大人しく待つワンコと、遊んでいた子供達の姿です。
Apr 15, 2009

春を通り越して、初夏になってしまったかのようなここ数日です。着ているものも、一気に羽織っていたジャケットを脱いでカットソーだけで充分になってしまいました。人によってはTシャツでOKですものね。昨日も午前中いつも通り訪看さんと一緒に歩きましたが、その最中からはもう汗だくです。週末の疲れプラス、午前中の歩きが効いたのか、夕方の訪問マッサージの後はもう起きていることが出来ませんでした。そこで少しお昼寝をして起きたら、すっかりのどが渇いてしまって「そんな時には牛乳だ!」と牛乳の一気飲み・・・なんと健康的な私。でもしかし、夕ご飯の前に牛乳を飲んでしまったから、それだけでお腹がいっぱいになってしまったの・・・これはこれでトホホな事ですねそこに帰宅した夫、間の悪い事に彼はのどが乾いていた。帰宅するなり、冷蔵庫から缶ビールを出してきて、まずはいっぱいとなりました。ビールはごく普通の缶ビール、私達はいつも500ミリ缶をふたりで半分こにしています・・・カワイイモモデショおつまみに買っておいたスナック、これは少し珍しいかな。サッポロビールで出しているサッポロビヤクラッカーです。ビール酵母エキスの入った、袋から出した時、口に入れる時にプンとビールの香りのするクラッカーです。ビール工場の見学をしたりすると、最後にビールの試飲が出来ますよね。その時に出されるおつまみなのかも知れません。私達のお気に入りスポットであった那須高原の銀河高原ビール、その跡地が今は建物もそのままで「サッポロ森のビール園」となっております。ビール工場とレストラン、ショップが併設された大きな施設です。ここでは出来立てのオリジナルビール「那須 森のビール」や「無濾過」の樽生ビールが飲めるのだそう。このクラッカーも置いてあるのでしょうか。ビールと同じ香りのする、サクッと軽めなミニクラッカーです。赤いグラスは、沖縄で買った琉球ガラスです。ベネチアングラスが少々チープになったって感じ?でしょうか。夫のはブルーですでも私、さっき牛乳を飲んだばかりでお腹が空いていないの。喉が渇いたり、お腹が空いている時のビールは最高に美味しいのですけど、今はそうでもないのよ~千葉県・鴨川の、お魚の干物を沢山頂きました。それで昨夜は早速、干物を焼いて、日曜日に揚げた天ぷらの残りをさっと甘辛く煮て、かき菜のおひたし(菜花の一種です)、ゴマ豆腐でした。もうお腹いっぱいの私、ご飯は一口しか食べられませんでした。鯵が5枚に、イカの一夜干しが2枚、キンメダイが2枚に、縞ホッケ、ツボダイ、鯖、秋刀魚と、そのどれもが巨大なのでこれだけで冷凍庫がいっぱいなのだ。頂くのは嬉しいけど、食べるものは二人暮らしだと食べるのも忙しくて、もてあまし気味になることが多いのです。この分でいくと、当分の間は干物尽くしの毎日になりそうな予感がしてしまいます。ただ焼くだけで食べられてしまいますから、簡単で良いですけれど・・・今、雨が降り出しました。予報どおりですね。庭も置いてあるプランターの土もカラカラに乾いてしまっているから、これは恵みの雨です。それは人も同じ事。何となく髪がぱさついてしまったりしていたから、良かった事に致しましょう。それに今日も午前中に、すでに歩きにも行って来てしまいましたからね今日の花は、南アフリカのケープタウン地方が原産だというフリージアです。これは珍しい赤いもの。かつて球根で植えたものが残っていたのですね。そのお隣は、イキシアです。とてももろい花ですね、切っている最中から花びらが落ちてしまいます。これでは切花には向かないです、だからお花屋さんで見かける事がないのでしょうか。
Apr 14, 2009

日本人にとって、特別な花はやはり桜です。外国へ行った時に、もし日本の代表的な歌をとリクエストされたなら、「さくら~さくら~」と「桜」を歌うのではないでしょうか。人は誰もが春を待ちわびて、桜の花で、春の到来を実感する。心に迫る、不思議な花、桜。そんな桜を追いかけて、私は昨日も桜前線と共に県内を北上して来ました。花の命は短くて・・・の言葉通り、開花したと思ったらパッと開いて、パッと散り始めてしまった桜。散る桜吹雪は美しいものの、残った枝は新緑におおわれるまで少しの間は寂しいものです。朝は曇り空でした。「今日はいまいち晴れていないから、あまり綺麗に見られないかも」と心配しながら、日光まで出かけてきました。市内の桜、北の日光市境付近へ行くとまだ花はかなり残ってはいましたけれど。それでも途中からは空も明るくなって、だんだん晴れてきました。どんなに近くても、お出かけは晴れの方が楽しい、気持ちの良いものですね初めの目的地は、関東でも有数の大型温泉地である鬼怒川温泉です。11・12日は「鬼怒川温泉さくらまつり」が開催されていたのです____________________________________________________________________________________鬼怒川温泉駅前商店会は、鬼怒川温泉駅前の桜並木通りの開花時期に合わせた4月11、12日の2日間、鬼怒川温泉駅前広場にて「鬼怒川温泉さくらまつり」を開催します。 とちぎTV「うたの大様カラオケ予選会」やよさこい音頭桜並木パレードなど、さまざまイベントを予定しています。主 催:よさこい音頭桜並木パレード日 時:4月11日(土)、12日(日)イベント: 11日:とちぎTV「うたの大様カラオケ予選会」 11・12日:よさこい音頭桜並木パレード、花咲じいさんによるガラマキ 12日:温泉まんじゅう無料配布(抽選券付1500名) 鬼怒川温泉ペアご招待券ほか豪華商品が当たる大抽選会や歌謡ショーなどを開催。*その他、地元音楽家や芸人によるショー多数予定。____________________________________________________________________________________鬼怒川の桜は、ちょうどこの頃が満開の時。鬼怒川温泉駅前の、駅のまん前に立つ「鬼怒太」の像です。鬼怒川だから、小さいながら鬼なのですね。到着した時はもうかなりの人で混雑が始まってしまっていました。温泉まんじゅうの無料配布、大抽選会も終わってしまっていました。広場内の足湯にも本当は入りたいと思ったのですが、人が多くて、そんな中で注目されて入るのは抵抗があって諦めました。お祭りに出場する、派手なはっぴ姿のお姉さん?がいっぱいいて、その姿にはビックリ少し待っていたら、右端のような派手に踊っている姿が見られたことでしょう。「温泉まんじゅうががぁ~~~~気になっててぇ~~~ガソリン代がかかってももぉ~~~こんなところまで来てしまったぁぁ~~~~」「あると思います」・・・天津木村風に・・・もう、古い?どちらにしてもおバカな私ですでもこれだけではないのですけど、それはまた後日ゆっくりと紹介いたしましょうお昼は、やはりお蕎麦ですね。実はその前後に、甘いお菓子を食べたり、おせんべいやコーヒーと。この近くにはグルメスポットが沢山あるのです。あまりお腹も空いていなかったのですが、食べておきませんとタイミングが狂ってしまいます。今日のお店は「純手打ち 原宿そば倉」さん。住所と店名は原宿ですけど、東京・渋谷のとは違って日光市の原宿です。近所には超人気店「小百田舎そば」のお店が、こちらへも以前食べに行っています。夫が言うには、空いていてゆっくりと食べられるからこちらの方がすきなのだそうです。見せの両側は畑のそば処。お店においてあるチラシ、箸の袋には「原宿小町」って書いてあります。「ダッタンそば」と「日本そば」の相盛りのセットがあるお店。せっかくなので私は、ルチンたっぷりの健康食ダッタンそばとの相盛りにして食べ比べをしましょう。左の方・黄色がかっている方が、ダッタンそばです。天ぷらのオーダーはしませんでしたけれど、お隣の方のを見たら大きなふきのとうがゴロンとのってていてこれにもビックリしました。これから夏季限定に出される「ちたけそば」のちたけと同じく、ここのご主人が山で採ってくるものだそうです。ダッタンそばは初めての味、しかし食べやすさや美味しさはやはり普通のお蕎麦の方がって思ってしまいました。でも、いつも言っている事ですが、この辺りのお蕎麦のレベルは本当に高いです。え!ここ?と思うようなお店のほうが特に美味しいのですそれは1月の沖縄の時にも感じたことでした。香川の讃岐うどんも、同じような感じなのでしょうか。
Apr 13, 2009

庭に咲いたチューリップの写真です。(4月8日・朝9時頃、撮影)最初にピンクが咲いて、次に赤、その後に黄色と紫が咲きました。白はまだのようです。子供に戻って歌ってしまうくらいに、綺麗に並んでいますねここ数日のこの温かさ、きっと週末には散り始めてしまうことでしょう。そのお隣は小さいけれど、鮮やかなブルーの色をした忘れな草です。真っ赤な小さい花は、クモマソウ。こちらも朝日を浴びて光っています。昨年、鉢に寄せ植えしたものが少しだけ残っていました。華やかなランの中でも際立つ華麗な花は、カトレアです。花の女王とたとえられる花ですね。カトレアの名は発見者のイギリス人の名前からきているのだそうです。水曜日はディの帰りに、近所にある桜並木でお花見をしながら帰って来ました。他の皆さんは、車窓から見ていたようです。私はちょうどデジカメを持っていたので、車から降りて撮ってきました。(4月8日・夕方の4時頃、撮影)見事なほどに満開になった桜です夕方の為か空が曇ってしまって綺麗に撮れませんでしたが、春風にハラハラと散る桜も楽しめたことが良かったです。花びらがひとつひとつ一枚ずつ離れて散るのではなく、花がそのまま一個ずつ落ちていました。桜の下をお散歩して歩く人も、この季節になると沢山いるのですね。私の靴の裏に、桜の花がくっついて、車の中に移動してきました。それを見たときに嬉しくなりました
Apr 10, 2009
戦後間もない昭和21年、闇市で子供の誘拐事件が発生した。誘拐されたのは実業家・久我敬三の5歳になる一人息子息子である勇一。脅迫状の文面は新聞の活字を切り抜き、貼りつけたもので「百圓紙幣で百萬圓を用意しろ」との要求が。身代金を持参するよう指示されたのは久我の運転手であった。警察官数十人が受け渡し場所となる闇市全体を取り囲み、運転手の行方を見守る。しかし警察は身代金を奪われたうえに、犯人を逃がしてしまうと言う大失態をしてしまう事となる。その事件は未解決のまま15年の時が経ち。この未解決の誘拐事件と、15年後の昭和36年におきた家政婦の殺人事件とが、少しずつからみあうストーリー展開となっていく。亡くなる前の母の言葉・・・「自分は母親の本当の息子ではなく、母親が誘拐してきた子だ」。過去を思い出して、自分自身の出自、自分の親にまつわる謎に悩み苦しむ谷口良雄。谷口良雄の話と、家政婦殺人事件を追う刑事たちの話が交互に描かれて、ストーリーは進んでいきます。二つの話がだんだんと絡み合ってゆきながら、良雄と恋人の幸子、捜査一課の輪島と井口、同じく一課の神崎と遠藤(警察独特の縄張り争いも絡んでいる為)の三者が、それぞれに違ったアプローチで事件の真相に迫っていくあたりは面白く読めたのです。読み進めていくと、かつての誘拐児が良雄であった事は明らかになってくるのですけれど、その誘拐した誘拐犯の姿は中々見えてこない。人と人の関係、それは家族間でも「生まれる」のではなく「育つ」ものなのだと、作者が語る小説のラスト。しみじみと切ないけれど、あまりにもストレート過ぎないでしょうか?読んでいる方が冷めると言うか、引いてしまうとしか思えないです。最終的にこれですか?それなら犯人の執着の凄まじさに力を入れた書き方のほうが良かったのでは?と思ってしまう。良雄の見つけ出した証拠の品、これにも意外性がなくて最後が期待はずれになってしまうものです。小説の舞台を昭和20~30年代にしているのは、DNA鑑定等・・・現代の科学捜査との関係でしょう。その時代のムードは良く描かれていると思います。 本の出だし部分の、終戦直後の混乱した時代の描かれ方、高度成長期の始まりの頃の時代背景については充分な筆力があると思い読み始めました。かなり期待しただけに、途中からだんだんつまらなくなってしまったのは惜しいです。何とも救われない思いの残る、エンターティメントの面でも地味な印象を受ける本です。ミステリー作家の登竜門的な乱歩賞、本の巻末に、昭和30年の第一回から平成19年の第53回までの江戸川乱歩賞・受賞作品のリストがあります。この受賞メンバーとリストには、興味深いものがあります。現代のミステリー小説の世界で活躍する作家の名前がずらりと並んでいます。過去に自分の読んだ小説もいくつかはありました。その前に、今回の賞の選考に関わった選考委員の内田康夫、大沢在昌、恩田陸、天童荒太、東野圭吾による選評あり。こちらは読み応えを感じることが出来ました。本作は、第54回江戸川乱歩賞受賞作品となります。江戸川乱歩賞ということで期待して読むと、残念な思いをしてしまうかもしれません。
Apr 9, 2009

栃木へ行ったら、行ってみたいお店がおりました。フレンチのランチがリーズナブルなお値段で食べられる、可愛いお店です。大平山へのお花見の車の渋滞を抜けて、目指すお店へ急ぎました。到着してみたら、そのお店・・・何とお休みです。定休日でもないのにいったいどうした事でしょう。山へお花見に行ってしまったのでしょうか。 「どうしようか」と言いながら、一応はメモしていった次のお店「まさらかれいやランデヴー」さんへ。最初に、お店の外観でまずはガッカリ次に驚いたのがお店の内装・インテリアです。最近流行っている、カフェとかによくあるレトロっぽいインテリア?いいえ、それとは違っている、不思議なムードが漂っている店内のムード。使われているイスもテーブルもあまりにも古すぎて、かえって新鮮に目に写る?感じのするものが並んでいています。どちらにも、ビックリしてしまいましたでもそれはオープン当時のままの家具を、そのまま使ってるだけという解りやすいものみたいです。「ここって失敗かも。でももう面倒だし、お腹もすいてることだし・・まぁ、いいか!?」期待をせずにランチメニューのお安いほうから、夫はカツカレーセットを。私は「ハンバーグセットにしました。すっかりのどが渇いてしまったので「フレッシュ・レモンジュースも下さい」とオーダーしました。しかし良い意味で、私達の期待を裏切ってくれました。出てきた料理が皆美味しかったのです ガラス・プレートのサラダ、大盛りでドレッシングもたっぷり、ペンネ風マカロニサラダもついている。笑ってしまったのはスープでした。サラダと一緒にカップスープを置いていったので、すぐに飲んだ夫。「このスープ、おかしい」「変わった味だ」「え?そうかなぁ」と私も飲んでみました。見た目が濁っていたのでミックス野菜のポタージュかと思ったのでしたけれど、「何これ?解んない」ウェーターさんに「これは何スープですか?」って聞くと「豆腐となめこのお味噌汁です」ですって。なんて、紛らわしい事を!お味噌汁だったらスープカップではなく、お椀で出してください夫のカツカレーは、揚げたてのカツにかかっているカレーもサラリとした中にスパイスの効いた美味しいカレー。私の食べたハンバーグ、ボリューム満点でお肉が良いのかファミレスの冷凍のものとは全く違っている。ソースはドミグラソースで、ちゃんと洋食屋さんの味でした。そしてご飯も美味しかったのです・・・なーんて、先程のスープで私達の味音痴なのがばれてしまったと言うのに・・・レモンジュースを飲みながら窓の外を眺めれば、目の前には春の日差しの中で輝く麦畑が広がっている。なんかゆっくりとくつろいでしまう、のんびりムード満点のところです。お店は好き嫌いの分かれるところだけど、お料理は美味しいから良かったね。それに接客も、とても感じが良いのです。これでお店を綺麗にしたら、もっとお客さんが入ることでしょうに。どれもきちんと調理してある正しい洋食屋さんのお味でしたもの。創業は1979年との事ですから、そこできっと時が止まってしまっているのでしょうね。こうして桜を見て、カタクリの山へも行って、ランチを食べて、帰りには松屋さんの草もちを買って日曜日が終わりました。車窓から見る景色は山もピンクや白で彩られて、もうどこもかも春の気配でいっぱいです。日曜日とは関係ありませんが、今日のおやつは「レモン牛乳」。県出身のお笑いコンビU字工事の初めての著書「レッツゴー!!栃木熱血お国自慢」にも登場する、県内にしか売っていない牛乳です。出された本は連日20冊以上が売れて、県内においては大ベストセラーとなっていると言います。我々から見たら彼らの芸は、楽しくて、温かくて、真面目で、一生懸命で・・・と、やはり応援したくなる。レモンの味はしないけれど、牛乳の色がかわいらしいレモンの色をした甘い飲み物だから、疲れた時(今日はディへ行ってリハビリでした)にはピッタリなのだ 。あまり意味はなかったかな~~ただのレモン繋がりと言うだけの事でした。ごめんね、ごめんね~~!
Apr 8, 2009

続いていますね、晴天の毎日・・・そして私の花巡りも、続いています日曜日に栃木まで出かけた理由、それはこの季節にしか見ることの出来ないカタクリの花の群生を見る為でした。以下、日曜に撮ってきたカタクリの花です。ここでも白いアズマイチゲの花(三枚目の小さな花)が咲いておりました。県内のカタクリの花の群生地と言えば、佐野市の三毳山(みかもやま)にある「万葉自然公園カタクリの里」が知名度は一番なのですが。ここは毎年NHKの朝のニュース番組内に中継される、都内からのツアーバスも次々とやって来るなど、この花を目的に訪れる人の数が半端ではなく多いのです。しかし3月下旬から4月上旬にかけてはカタクリの可憐な紫色の花が一斉に咲きそろい、白色の花をつけるアズマイチゲと競うように咲き乱れる光景はまさに圧巻と言得るかと思います。元気だった頃は、毎年のように見に出かけたものでした。家からでしたらその手前の栃木市の星野地区。山間の小さな村、時がとまった様に静かに佇む地域です。ここでも毎年、カタクリの花が美しく咲くのです。そしてこちらも毎年、多くの人で賑わいを見せるのです。星野の里ではマンサク、ロウバイが先ず最初に咲いて、次には節分草や福寿草が花の季節の幕開けを飾ります。以前見たときには数株でしたが、ザゼンソウもありました。今はきっとその数も増えたことでしょうね。初夏に咲く尾瀬のシンボルともいえる水芭蕉の花も、丁度見頃でした。普通の民家の間を抜けて山の方へ行く形になりますから、ここにはその庭先でこぼれた椿の花も見ることが出来ました。別名「編笠百合」(あみがさゆり)の名を持つバイモ(貝母)が咲いていました。次はお馴染みのレンギョウです。この水仙は、色も花の付き方も可愛い手前のショカツサイとのツーショットです。 上の桜は寒桜の一種なのでしょうか???道路の脇に並んで咲いていた。見事に満開でした。星野はまだ子供が小さかった頃に何度か訪れたところでした。前に行ったところだからと、油断をしていた私。あの頃から比べたら年齢も上がり、身体もすっかり不自由になってしまったというのに・・・何しろカタクリは山野草の花、山の斜面に咲く花です。行き着くまでの上り坂がこんなにきついものとは思いもしませんでした。それに上ったら、下りなくては帰りが心配になってしまって、実はほんの入り口付近を見ただけで帰って来てしまったの。下り坂は幸い、心配をしていたほどの事はありませんでしたけど。もし転んだりしたら、大変なところです。でも普段使わない筋肉を使った、良い運動になったことだけは確かな事ですね確か昨年の日記でもカタクリの花はアップしたかと思います。でもあの時よりは綺麗に撮れたかと・・・これは自己満足以外のなにものでもありませんけれど・・・4月の上旬には終わってしまうカタクリ、間に合って良かった!現在はジャガイモからとるデンプンに替わってしまいました、地下の球根からとっていた片栗粉。今もその名前だけは、残っている花なのです。種から育って開花するまでに7年もかかるのですから、いくら可憐な花とは言えむやみに乱獲することは控えねばならない事ですね。
Apr 7, 2009

今日も午前中の予定は終了です。昨日、今日と本当に温かいですねぇ。先ほどいつものお散歩から帰って来ましたが、なぜか心配になるくらいの上天気です。そして先週末には、家の近所でもようやく桜の開花が見られました。そんな昨日もぽかぽか陽気に誘われて、いつものことですけれど・・・・夫とドライブに出かけたのです。今年に入ってからすでに4ヶ月。暮れから新年にかけた沖縄年越し旅は、楽しい思い出がいっぱいです。でもあんなケチケチ旅でしたのに、思いのほか費用がかかってしまって・・・やはり年末年始のハイピークシーズンに個人旅行をするってお金がかかるのです。それが、我家の家計に影響をしておりました。とは言え、周りはすでに春もうそろそろ、どこかへお出かけしたいものと思いませんか。昨年、ようやくバリアフリールームからの卒業をした私。ベッドのある洋室、そこにプラス貸切風呂があったら、以前に比べてずっと選択肢も広がると言うものですね。そこで安くあげる為、夫の会社の保険組合を通しての会員制のリゾートトラストの利用を考えました。東北の(お隣の福島ですけどね)桜の開花に合わせて、福島県の天栄村に数年前オープンしたエクシブ那須白河への予約申し込みをしたのですけれど。こちらは出来てまだ新しい事、そしてエクシブの中でも豪華なグランドエクシブであるなどで、人気が高いのでしょう。希望日の予約が取れず、ガッカリした気分になりました駿河湾に浮かぶ初島、その初島に建つ初島クラブへずっと以前に予約を入れた時も駄目だったのです。同時に申し込みをした、来月の長野の方は予約OKでした。こちらはエクシブよりもランクの落ちる泉郷のホテルです。どちらかと言うとエクシブへのお泊りの方が期待が高くて、楽しみにしていただけに「あ~あ」って感じでしょうか。と言うことで・・・今月も結果として宿泊はなしです。週末には、日帰りでドライブする事に致しましょう。そこで、昨日の桜です。上の桜は、県内の栃木市の桜。家からは、車で30~40分くらいでしょうか。大平山へお花見に行く車の渋滞も出来ていました。咲いていた桜は、何箇所かで撮りました。二枚目のは菜の花との対比が可愛いかなぁと車中から撮ったのですが、微妙~?木がまだ若いから、花の付きが少ないようです。下の草餅は???お昼を食べたレストランに、地元のレストランガイドが置いてあり、そこに掲載されていたのが松屋さんの和菓子。和菓子部門では、堂々の一位です。今は随分と立派なお店になってしまいました。周りにないもない旧道の脇にポツンとあった古いお店の頃から、売られている和菓子類がどれも美味しいので買いに行っていたのです。見ていたら食べたくなってしまって・・・しかし、お目当てのイチゴ大福はとうに売り切れでした。でもこの草餅だって草の香りが高い、美味しいお餅です。昨日、家に帰ってからお茶にして食べたのです。花よりも団子の気持ちも、大きいのいずれにしても、春なんですねぇ今日も怖いくらいの日差しの強さ、温かさです。でも、昨日の目的はこの桜だけではないの。それはまた、明日
Apr 6, 2009
いつの間にかすっかり遠ざかってしまっていた椎名誠の本を、久々に読みました。高校受験に失敗して、落ちこぼれ救済校へ入学した津田尚介。この本は、彼の市立羽賀高校入学からの一年間が描かれたものです。そのモデルとなるのは、作者・椎名誠自身。尚介は入学後すぐに柔道部に入部して、そこに生きがいを見つけるのでしたが・・・それとは別に、ひたすらに喧嘩にあけくれた熱い日々、ほろ苦い思い出の描かれた自伝的青春小説となっています。タイトルの「麦の道」とは、高台にある校舎まで続く麦畑の道の事。それはその年頃の若者の心境を表したものとも言えるかもしれない。突然であったり、なりゆきからの時もある。なぜなのか解らない喧嘩、喧嘩の日々が続いていくのです。作者自身の体験から場数を踏んでいるだけに、その始まりそうな空気の読み方、喧嘩の手順、やめる時の決断の仕方などのタイミングのつかみ方。その辺りの描写は抜群に上手です。登場する人物達は高校生とはいえ、キャラの濃い個性的な面々ばかり。子供は子供なりにその生活の中で、生き抜く手段の一つとして、勉強する、運動に励む、人気者になるとか・・・様々な事があるだろう。尚介はそこに喧嘩をすることを選んだのでした。ピリピリと緊張の続く毎日、でも決して卑屈にはならない、すじの通った、チョッと悪い生徒である事を。もう子供でもない、とか言っても大人とも言えない高校時代。私のその年齢の頃を省みても、さめた目で周囲の大人を観察して、作られたルールにもやたらと反発をしていました。だからと言ってそれを表だってあからさまにする事も出来ず、いつもよく解らないけれどいらだっていた思いが強い。勿論、映画やドラマの中でのようなデートや恋愛経験もあるはずもなく、改めて暗かったなぁって思ってしまいます。この中に登場する異性は、通学電車内での気になる女学生・佐野厚子と、美術部の上級生の玉造さんのふたり。ふたりとも、きりりとして健やかで魅力的な存在だ。(小説ですもの)事あるごとに出る尚介の口癖「まあいいやどうだって…」と、さめていた気持ちには大いに同感出来る。常に生徒に対して理不尽な暴力をふるう保健体育の教師・国政への復習、これは可愛いいたずらだと思うけれども・・・それを果たせずにラストを迎えてしまうのは、すっか尚介ファンとなってしまった私には寂しいこと。この作者独特の表現の面白さ、軽やかなテンポの良さからあっという間に読み終わってしまいました。椎名誠は、かつて私がかなりはまった作家の一人でした。(デビュー~の略歴)流通業界の専門誌の会社でサラリーマンとして働きながら、1976年に同僚達と「本の雑誌」を創刊する。同年、「さらば国分寺書店のオババ」でエッセイストとしてデビュー。エッセイの「あやしい探検隊」シリーズ、初期には「かつをぶしの時代なのだ 」「もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵」等。友達4人で暮らした小岩のアパート、6畳一間の共同生活を書いた「哀愁の町に霧が降るのだ 」。「新橋烏森口青春篇」は20代のサラリーマン時代を題材に、朝日新聞に連載された「銀座のカラス」はその後を。旅行記としては、「地球どこでも不思議旅」「インドでわしも考えた」「シベリア夢幻」「パタゴニア-あるいは風とタンポポの物語り」「ロシアにおけるニタリノフの便座について」「シベリア追跡(江戸時代に漂流した漁師、大黒屋光太夫の足跡をたどったエッセイ)」小説では「犬の系譜」「白い手」まで、ほぼ1980年代のほとんどの小説やエッセイは全制覇しています。その後、本人の興味がSFの方へ向かった為、書かれた「アド・バード」「水域」も読むには読んだものの、私にはあわないと感じました。作者自身の息子の成長を捉えた私小説「岳物語」はベストセラーとなりましたね。「ガクの冒険」、石垣島を舞台とした「うみ・そら・さんごのいいつたえ」「白い馬」では映画監督としても活躍。お友達のMさんと共に彼の講演があれば出かけ、映画の公開にあわせては即見に行ったりと、小学生だった息子連れで一時はおかっけをしていたくらいでした。その後に書かれた小説・エッセイには関心がなくなってしまっていたものの、今回のこの小説は面白かったです。久々に満足しました。彼にはやはりこういったシンプルなものの方が似合うと思います。
Apr 4, 2009

今週の金曜は、通院日でした。毎年夏になると利用している屋内プールの利用と、使っている補装具の新規作成のためです。装具・・・今はまだ自分でも装具がないと怖いし、歩くにも力が入りませんから結局作ることになっております。まずはプールですが、利用する為の手続きが意外に面倒なのです。プールのある建物の事務所に行って、医師に記入をしてもらう為の診断書を頂いて来なくてはなりません。(一般の利用者はこの手続きの必要はありません。体力測定をするだけ)その書類を持って行き、かつてお世話になった担当医師の診断書記入を待ちます。幾つかの問診はあるものの、今回が三度目の利用ですから今まで通りに記入していただければ問題はないかと思います。その診断書だけではまだまだ・・・後日、保健婦さんとの面談がもう一度ある。以前はそれは内科医だったのですけれど、昨年からは保健婦さんになりました。これも形式だけのもの、とは言ってもひと月に一度だけですから今月もう一度出かけることとなります。先日の日記に書いた装具・・・これは身障の手帳を利用して作成すると料金の1割負担で済みます(ひとりひとりの足にあわせたオーダーメイトなので方足でも高い!4万円以上します)そのためには住んでいる市の窓口へ申請をしなくてはなりません。必要なものは・補装具意見書・補装具見積もり書(こちらも事前に業者に連絡して、自宅まで郵送をしてもらう)・身体障害者手帳・印鑑・補そう具交付申請書・・・これは窓口にて記入する。この手続き終了後、約2週間前後で決定通知書が手元に届く。そこでようやく、装具のかたどりをする為に装具診外来の予約をとるのです。装具の作成は3年事となるとは言え、何とも面倒で時間のかかる事。ただでさえひとりで外出する事の難しい私なのに今回も、市役所の窓口へは夫に行ってもらいました。通院には実家の母に一緒に行ってもらう為に来てもらっておりますけど・・・それが叶わない人は、自分ひとりだけでやらなければならないのです。身体が不自由だから、電車やバスに乗る事だって危険な私達。このシステムを決めた人達はそんな事構わないと思っているのでしょうか優しさがないわねぇ。プールと装具の為の診断を受け終わると、時間はもうお昼です。敷地内には食堂が二箇所あることはあるのですけれど・・・はっきり言ってどちらも不味いの。だから売店でパンと海苔巻きとお茶を買ってから、お外で頂きましょう。時間的にも、一日で一番温かな時間です。病院のお庭に続いている、広い広い雑木林。そこにある水鳥のいる池の東屋でお昼にしました。とにかく簡単なお昼でしたけれど、美味しかった!でもこの場所は、入院中に家族が来た時には車椅子に乗って気分転換のためにいつも来ていた想い出のあるところです。その頃のことが思い出されてしまって、食べていたアンパンの味もほろ苦くに感じました。あの頃は本当に何もかも情けなくて、心細くって、悲しかったなぁ~~時間になりましたので、かたどりに参ります。自分ではもう少し小さめでもOKかと思いその旨話してみました。しかし脚の緊張のことを考えたら今までどおりのほうが良いとの事ですから、全く同じような出来具合になるのかしら。会計を済ませて、行きに依頼したタクシーの運転手さんに連絡をしてそこで少し待ってから帰宅したらもう4時でした。「ふぅ~、病院てどうしてこんなに時間がかかるのでしょ。疲れたね~」と話しながら、お茶にします。この日のおやつは、大きなオレンジ・デコポンと大宰府銘菓の「梅が枝餅」です。お餅の入れてあった箱のデザインも可愛いので、撮ってしまったのだお餅は、塩味の効いた焼餅です。お餅の上に、梅の花が型押しされてま~す。梅が枝餅はデパートの九州物産展でも実演をしているから、ついつい買ってしまっていたのです。次回はまた今月の24日に、プールの面接と、装具の受け取りに行かなくてはね。事前に母には「遅くなるから泊まっていって」と言っておいたのでしたが、「今日は暖かいし、外もまだ明るいから今日は帰るわ」「また、24日には来るから」って帰ってしまいました。おニューの装具も出来ることだし、プールも出来るだけ利用して身体を使う事にしなくては・・・毎年春は次々とお花は咲くし、お出かけの方で忙しいのですけど。今年は早くからせっせとプール通いにも勢を出すことに致しましょうこの身体になって、私も間もなく4年目に入ります。
Apr 3, 2009
この男らしいタイトルに惹かれて手にしたのは、山本一力の「背負い富士」。皆さんご想像の通り、これまで何度も小説や映画の題材となった「清水の次郎長」が主役の本です。作家・山本一力がお馴染みのキャラクター清水の次郎長像に挑み、時代小説のニュー・ヒーローとして書き上げたのが本作。江戸から明治へと変わる時代の変革期、その激動の幕末に己の才覚と運で人生を切り開いていった男がひとり。200年前の清水湊(後の静岡県静岡市)、船持ち船頭・三右衛門の三男に生まれ、母方の叔父で米穀商の甲田屋・次郎八の養子となった長五郎。養父・次郎八が米相場であぶく銭をつかんだことから地道な商売や家族を省みない状態になった時、長五郎は四百両を越える大金を盗み出し江戸へ出奔する。その後、なりゆきから人を切ってしまいに渡世人になるが。諸国を旅して見聞を深め世間を知った長五郎は、いつしか東海道一の大親分・清水の次郎長と呼ばれることとなる。そこには、命がけで長五郎についていく森の石松をはじめ、大政、小政ら、次郎長一家オールキャストも登場してきます。そしてもうひとりの主人公は、長五郎と偶然にも同じ年・同じ日に生まれた鮮魚屋やま魚の次男・音吉です。小説の流れは、70歳を過ぎた音吉が東京から訪ねてきた二人の聞きてに次郎長との物語を語るという構成になっています。音吉をはじめとする登場人物たちの主な話し言葉は、以前行った西伊豆・戸田(現在は沼津市)の漁師の船長さんと同じ。多額の借金を返す事を目的に、作家になる事を決意した作者。高知県生まれだけあって、子供の頃の将来の夢はかつお船の漁師になる事だったと言います。そのせいもあるのか、船で海へ出るシーンの描写は詳細で、魅力的です。愛する妻・お蝶のあっけない死、子分達の中でもひときわ可愛がっていた石松の非業の死と、泣かどころの用意もあり。一家による石松の死の復讐は、この作品のクライマックスとなります。そこに登場してくるのが、こちらもお馴染み都鳥三兄弟、吉良の仁吉や、黒駒勝蔵。男気のある、それでいて身近なものの前では愛するものを失った悲哀も現わす、魅力ある次郎長の人物像とその半生がダイナミックに描かれています。富士を背負ってまっすぐに生きたその半生、そこにつねにあったものは「義理と人情」。その男っぷりは・・・男も惚れる男の中の男!静岡県の清水と言ったら、今の人達には、さくらももこの「ちびまるこちゃん」の方がお馴染みかもしれませんね。この本の前に読んだのは藤沢修平作品「夜の橋」でした。どちらも味わいのある作品ながら、同じ時代小説でもどちらも全くムードの違った人情時代劇となっている。爽やかな読後感で、山本一力作品には最近結構はまっております。今回は「まとい大名」を借りてきてしまいました。
Apr 1, 2009

青空の下で、見事に育った薄墨桜を見ました。その他にも近くにある、大きな広場内でも咲いている桜が何本かありました。こちらは端っこにあった、枝垂桜です。木を下から見上げて撮っています。枝垂桜の中には、ソメイヨシノよりも早い品種があるのですね。まだ気温も低いのに、朝晩はこんなに冷え込むと言うのに・・・ちゃんと咲いている。花って偉いなぁ!他にもっと色の濃いものや、大きな木がありました。でも、その側ではすでに宴会が始まっておりましたから中央のステージ上では、歌と歌う人、その歌に聞き入る人達。この公園は、この4月中旬頃の八重桜がそれは見事なところですその時にあわせた「天平の花まつり」は多くの人出で、大変な賑わいとなります。建ち並ぶ出店で売られるお弁当や、お惣菜はほとんどがどれも美味しい。手ぶらでふらっとやってきても「花も団子もと・・・」と楽しめるお花見スポットであるのです。そんな出店がすでに数件オープンして、シートの上では宴会の真っ最中、楽しそうなグループがいくつもありました。次は、川口安行寒桜です。寒桜は名前の通り、桜の中で一番早くに咲く桜。葉が出る前か同時に開花してしまうと言いいます。花は淡紅色の一重咲きです。蕾は紅色、花びらの中心が濃い感じでしょうか。全体的に優しい感じがします東京都のすぐ隣りに位置しながらも、まだ自然が残っている川口市。そこは母の実家があり、私が生まれてから何年か過ごしたところでした。川口は昔から園芸農業が発達して、中でも安行は植木の産地として全国的にも知られるところであります。なお、ソメイヨシノは全くの蕾だけ、咲きそうな気配は全くありませんでした。春の到来を知らせる花、日本人にはやはり桜です。日本全国に桜の名所は何箇所もあります。しかし特に遠出をしなくても、身近なところにも素敵なお花見スポットが意外にも多くあるはずです。これからの、春うららの日々。のんびりと、桜めぐりを楽しんでみませんか。しかし無理をして、一足早めにお花見をしてしまった私。今週末から来週にかけてがお花見本番だと言うのに、さぁこれからどうしましょ
Mar 31, 2009

青空と薄墨桜の木をバックに、記念撮影をするワンコ連れの家族の姿ようやく晴れた先週末です。そして県内でも、少し早めの桜の開花情報が出ました。自宅から30分ほどのところにある薄墨桜が「今週末には満開!」とのニュースです。我が家の夫さん、土曜は仕事でしたからお休みは昨日の一日だけでした。午前中はお掃除をして、お布団を干してと、ふたりで家事を。しかし早めにお昼ご飯を食べてから、早速お花見に行ってきてしまいました。淡墨桜(うすずみざくら)とは、岐阜県本巣市(旧・本巣郡根尾村)の淡墨公園にある樹齢1500年以上のエドヒガンザクラの古木である。根尾谷淡墨ザクラは天然記念物に指定されている。淡墨桜は蕾のときは薄いピンク、満開に至っては白色、散りぎわには特異の淡い墨色になり、淡墨桜の名はこの散りぎわの花びらの色にちなむ。三春の滝桜(福島県三春町に咲く)と同じ、日本三大桜または日本五大桜のひとつと言われる。・・・Wikipediaより。苗木を分けて、岐阜県や愛知県内あちこちに淡墨桜の子孫が植えられているとのことですが、県内に咲く薄墨桜もその子供達だったとは三春の滝桜は、私もダウンする前にすでに見物済みです。下野市は、平成18年に河内郡南河内町、下都賀郡石橋町及び同郡国分寺町が合併して誕生しました。県内でも春一番に咲く「薄墨桜」が、こちらにはあるのです。この天気、この青空ですもの。どうしても行かなくてはとなりますでしょこの地に淡墨桜の実生苗(みしょうなえ)を植えたのは昭和60年との事ですから、私がここで初めて薄墨桜を見たのは植えられてすぐの事だったのですね。お友達と見に来てから、夫や子供ともここへは来たのです。広い遺跡後にポツン、ポツンと植えられた桜はまだあの頃は細くて頼りのないものに見えたものでした。勿論お花も少なくて、寂しいものでした。お花見する人達もこんなにいなかった、地味な桜の思い出となっていましたけれど・・・・それからまた実生された、まだ若い木がこちらです。お花の咲く時期が他よりも遅いのか?この木ともう一本の木だけはまだ花が咲き初めで、ピンクの色が濃いのです。右側と比べてみると、随分色の違いが感じられます。また、ソメイヨシノと比べると花びらが細めに出来ている。花のひとつひとつも小さいのです。その分、花付きが多いように感じられます。随分と枝が下まで下がって、地面に届きそうなほどのところまで花が咲いています。蕾のときは薄いピンク、満開に至っては白色、散りぎわには淡い墨色を帯びてくる・・・薄墨桜の特徴そのものですね先ほどのワンコ達、今度も並んで、並べられて、記念撮影です。見ているだけで心が和む、可愛い風景です。他にも桜がありましたので、明日も続きます。
Mar 30, 2009

昼の時間のこの暖かさそれに比べて日暮れまでの時間は伸びましたけれど、日が落ちてからの寒さはまだ真冬並みに感じてしまいます。昨夜も夫が「外はみぞれだ」と言いながら帰ってきました。県内でも、日光・霧降では2~3日前には雪だったとも聞きました。今日も昨日の続きです。たった今、撮ってきたばかりの花々です。今の時期、外を歩いて目に入ってくるもの・・・それはやはり、水仙の花ではないでしょうか。明るい黄色だから?それとも群生して咲いているから?ギリシア神話で、美少年ナルシッサスが水面に映る我が姿に見とれたまま花になってしまったものが水仙と言われていますね。こちらのは一個一個の花が大きい、ひと際立派な水仙でした。中ほどの・・・こちらも花弁の多い、豪華な八重咲き品種の水仙です。こんな変わったロート型をしたのも水仙。水仙の原種に近いもののようで、ブルボコディウムと言う名前は難しすぎて覚えられません。花の形が星を思わせる、薄紫の優しい色合いの花ニラ。葉がニラに似ているから花ニラとは、お気の毒です・・・次は、オオマツユキソウ、スズランズイセンとも言われるスノーフレーク。釣鐘状のスズランに似た白い花が下向きに開いて咲くのです。とがった花びらの先端近くの緑色の点々は良い感じのアクセントになっています。この姿は可愛らしい柔らかい早春の陽射しの中、いちはやく春を告げる花のひとつにショウジョウバカマがあります。私は高山植物だとばかり思っていましたが、こうして普通のお庭でも咲くのですね。ショウジョウバカマという名は「猩猩袴」の意味。空想上の「猩々」(オランウータンの意味もある)赤い頭の毛と見立て、花の下の葉を袴と考えたものだと言われているのだそうです。ピンクや黄色が多い花壇で、小さいけれどしっかりと自己主張しているのは紫色のムスカリです。普通の紫とは違った、このムスカリはとても変わった色をしています。以前に白いムスカリを植えましたが、翌年には溶けてなくなってしまったのか?紫色に化けてしまったのか、白は一本もなくなってしまったの芝桜のお隣は、今が盛りの桜草。この花は先週夫が頂いてきたばかり。これだけ元気なのは桜草の原種に近いものなのかも。花壇とは別に、鉢植えにしたヒヤシンスもようやく咲き始めてきました。後ろの方にクリーム色とピンクが隠れています。球根の時には、色の違いが全く解らないまま植えたのです。でもちゃんと色とりどりになっている。綺麗でしょプランターのノースポールは、まだまだ元気!花の名前はノースポール=アラスカにある町の名前なのに、今が一番綺麗なのかも。最後は、昨日と同じくチューリップ。玄関先で、次々と新しい色の花を咲かせています。チューリップは可愛い花ですが、咲いて開いてすぐに散ってしまうのです。そう思うと、結構贅沢な花ですね足元には、次の忘れな草のお花が。ブルーの小さな花がもう咲き始めているのです。昨日、開花宣言が出たソメイヨシノ。お散歩コースにある桜の木々たちは、蕾も先週と比べたら随分と大きく膨らんで、その先端はもうすっかり桜色。それでもはじけて開くまでは至りません。それに、一本、一本の木をじっくりと観察してきましたけれど、桜の木ひとつとってみても個体差の大きさを感じてしまいました。地面からは、黄色いタンポポ、深めの蓬色をしたヨモギ(って、当たり前ですね)所々から土筆もにょきにょきとお顔を出して。。。吹く風は冷たかったけれど・・・そう、もう季節は春なのです。
Mar 28, 2009

今日も午前中に、すでに歩きに行ってきました。日中の温かさに比べて、朝晩はまだまだ冷え込みが激しいと感じますけれど・・・昨日、私の住む市でも「桜の開花宣言」が出されました。例年と比べても、やはり早いと感じます。家の周りでも、次から次へとお花が咲き始めてしまっています。このままではとても間に合いそうもありません。今日と、明日は、ご近所のお花をアップして参りましょう。庭のユキヤナギが、こんなにも巨大になってしまいました。美しい名前の花なのに・・・きっと強い品種なのでしょう。毎年の事ですが、夫が切っても切ってもこうなってしまうのですから。弓なりにしなやかに垂れる枝に、雪を積もらせたような真っ白な花。そこに出始めた緑色の葉が少し混じっている。散った花びらは小さくて、まるで米粒のようです。そのお隣は、真っ青な空にひと際映えて咲くハクモクレン。白い大きな花は、白いシャンデリアを逆さまにしたみたい。先のユキヤナギと同じく桜より先に咲いて、周りの景色を一変させてしまう魅力のある花です。(どちらも、週の初め23日に撮りました。ハクモクレンは今日見たら、すでに茶色に変色をし始めているのです。)白いヤブツバキ(藪椿)です。ここに咲いていることに、今まで気がつかなかった私きっと下ばかり見て歩いていたのね。次はマンサク科の仲間「トサミズキ(土佐水木)」にも似ている、ヒュウガミズキ(日向水木)。淡黄色の花、花数が少なくて木が小ぶりな事が、この木の特徴なのかしら。よく似たトサミズキの花が長く垂れ下がるのに対してヒュウガミズキの花は短く垂れ下がりません。ヒュウガの名が付けられていますが、九州の日向には自生していないそうです。今、私の庭では(・・・オイオイ)秋に植た球根、そのチューリップの花が見事に咲いています。水曜日に、切り取ったチューリップをディに持って行きました。この花があると、お部屋がパッと明るくなる気がしてしまうのです。チューリップと言えば国内では富山、ヨーロッパではオランダですね。「三銃士」をかいたA・デュマの小説に「黒いチューリップ」と言うのがありますけれど、さすがに黒いのは咲いておりません。チューリップには臭いはありませんが、一緒のヒヤシンスもオランダの花。こちらはとっても良い香りがするの。いつも歩いている川縁には黄色い菜の花、紫色の花大根。これにはショカツサイの別名も。お散歩中にどこからかジンチョウゲ(沈丁花)のあの独特の香りもしてきます。私には嬉しい季節の始まりです 明日は地面から咲く花編です。
Mar 27, 2009

今日は、少しだけ真面目なお話です。改めてここでお話しすることでもありませんが、私の足は4年前の脳内出血によって壊れてしまいました。リハビリの結果歩くことはどうにか出来るようになったものの、現在も杖と装具と呼ばれる補装具は手放せなくなってしまっております。私の使っている装具は、高さが比較的短くて踵が大きくあいている短下肢装具(オルトップType)です。装具は他に、踵の部分がおおわれたシューホン Type、靴と一体になった靴型装具とかもあります。装具を装着すると市販の靴を履くことはまず無理です。ですから入院中からずっと今までの間、病院やリハビリ用品を扱う専門のお店でリハビリシューズを購入して履いてきました。リハビリシューズは、靴の脱着やゆとりを考えて履き込み口が大きく開き、つま先も他の靴に比べてゆとりがあります。装具を使用していても脱げませんし、多くが布製なので軽い。左右別販売も可なので左右異なるサイズの購入も可能とよいところもあるにはある。しかし、なんと言ってもそのデザイン、靴のデザインがダサイのだぁ~「どうしてこんなにもダサイ靴ばかり。カッコ悪い~~」と文句を言いながらも、この4年近くはずっと履き続けていました。だって私には、靴のデザインよりも安全の方が大切なの私は外出の時だけでなく、家の中でも靴を履いているから・・・朝起きて着替えをする時に装具を付けて室内履きの靴を履き、夜寝る前の入浴の着替えまでの間中ずっと一日中そのままでいるものだから。リハビリシューズは、5足ほどもっています。それでも半年ほど前からはリハビリシューズではなくて、外へ行く時には手持ちの中の一番幅広の靴を履くようになっていました。ハイキング用に買ったレザーシューズです。その中敷を取ると、どうにか装具付きでも履くことが出来たからです。しかし今、季節は春女性でしたら、そろそろオシャレをした~~いと思うこの頃です。そこで私も先日、思い切って普通のスニーカーを買いました。今までどうして買わなかったのでしょうか。それは貧乏で、スニーカーを買うお金がなかったから・・・なーんてねそれも少しはありませけれど、普通の靴を履いて歩いても大丈夫なのかとの不安が大きかったからなのです。少しの無理をして転んでしまったら、今までの努力はどうなってしまうのでしょう。また骨折なんてことになれば、もう終わりですもの。それと、好きなデザインの好みの靴を買うこともできないと言うのに、お店に行くのも面倒でした。装具を付けた私の左足のアップ・・・いきなりで失礼します右は買って来た、おnewのスニーカーです。もし合わなくても惜しくないように、ノーブランドのもの。ここでもデザインよりも、安全と履きやすさを優先しました。どちらも軽めです。私の足のサイズは22,5センチなのですが、装具の関係で23,5と24センチのを選びました。春っぽい白と、一応はレザー?の黒です。昨日、今日と、通所のリハビリへも履いていったから、これからも大丈夫かと思います。もう二度と以前のようなヒールのある靴や細いミュールは履けなくなってしまいましたが、これからはスニーカーでオシャレをしなくてはねそしてもっともっと良くなったら、脚を出してスカートをはきたい。もう何年間かスカートをはいていないから、つまらなくて仕方がないの。でも、何事も一歩、一歩ですものね。たったこれだけのことでも一歩前進と言えるでしょうか。スカートをはくのはまだでも、少しはオシヤレをしないといけませんわよね
Mar 26, 2009

月曜日またも夫が、山のように沢山のふきのとうを採って帰ってきました。県内でも北の黒磯の方、地元の人でさえあまり行かないような山の中で採ったのだそうです。「もしかしたら」って行ってみたら「ふきのとうが、こんなに出てたんだ」ですって。「もう、採るのが面白くて、面白くて・・・」なんて言っています。それは潮干狩りや釣りも同じですから取る楽しみは理解できるものの、猪なんかが出てきたらいったいどうするつもりなんでしょ。ところでその大量のふき。せっかくなので、それを材料にふき味噌を作ることにしました。独特のほろ苦さが甘味噌に包まれた・・・ご飯が進むふき味噌です。_____簡単に作り方を_______ふきのとうはよく洗い、たっぷりの熱湯で茹で、水にさらしてアク抜きをする。お鍋に、お味噌・砂糖・みりんor料理酒を鍋で軽く煮立て(お味噌2に対して他は1くらいの分量で)、そこへ刻んだふきのとうを混ぜて煮る。作り方と言っても、ただこれだけの事です。以前はもっと適当、細かく刻んだふきのとうを最初に油でいためてから調味料で味をつけていました。(調味料は同じです)どちらの作り方もいいみたいです。そして、出来上がったふき味噌はどちらも同じようなものです。持ち帰ってきた半分くらいの量なのに、こんなに沢山出来てしまいました。減塩のために薄味に、お味噌が少なめでふきのとうの量が多い。これは都会の人から見たら、贅沢なふき味噌かと思いますふき味噌の焼きおむすびも作ってみました。瓶詰めの方は今日ディへ持って行って、お昼ご飯に出しました。生のふきのとうも一緒に。ついでと言っては変ですが、芋がらをもどして芋がらの煮物も。芋がらに、人参、油揚げ、小さくくっついているのは干し湯葉です。芋がらは里芋の茎を干した伝統保存食。このように地味に見えるけれど、ふき味噌も、芋がらの煮物もどちらも奥深い味なのですぞなーんて、威張ったりして。。。。まだ若く綺麗な私・・・ウッソ~!どうしてこんな田舎風の煮物ばかりを作ってしまうのでしょう。自分でも、不思議で~す。また、ふきのとうをそのまま食べるならやっぱり天麩羅が最高!と言うわけで、メインは天ぷらです。ふきのとうと、家の冷蔵庫にあるものだけで適当に天ぷらを揚げました。しかし夕食の時、テーブルの上を見た夫「なんか今日のメニュー、お金かかっていないね」ですって、失礼しちゃう「ほんとね。ほとんどがただのものか、もらい物ばっかりねぇ」と納得をした私でしたが、「材料はただでも、手間はかかってるわよ~」下段・右側のは、このところ毎回食卓に上っている小女子の佃煮です。この佃煮は静岡の沼津のものを送って頂いたのですけど、味が良くてとっても美味しいのゴマもたっぷりで、カルシウムもたっぷりと、身体にも良いのです。先のふき味噌と、この佃煮があれば、他におかずがなくてもご飯が進むことは間違いありません。それから食材の少ない、こんな時こそが主婦の腕の見せ所というもの。いつもいつもご馳走ばかりだと飽きてしまいます・・・などと言うほどは、勿論食べていませんけれど。そう思いません?※ふきのとうはもう市内ではとっくに終わってしまって、どこにも売っていないのですって。看護師さんやボランティアさん達に、とても好評でした。今日は先週までの温かさと一変してしまった寒い一日でした。
Mar 25, 2009

猫ちゃん達に会いに行く前、またも行ってしまいましたのそれはビュッフェスタイルのレストラン近頃、市内でも増えている自然食を主体にしたバイキングレストラン。身体に優しい地元栃木産野菜が中心となった、「野の苺」は、私も以前から気になっていたところなのです。「健康を食べにきてください」のキャッチフレーズどおり、野菜は有機・特別栽培や無添加のものばかり。食材の「地産地消」にこだわったお店なのです。旬の季節野菜などこだわり素材をつかった、身体に優しい、自然が身近に感じられるもの。メニューもかなり豊富で80~90種類ぐらいあるそうで、行く日や時間で微妙にでてくるものが変わるとのこと。店の雰囲気もおしゃれです。休日だからか女性客でかなり賑わっていました。それもスラッとしたスタイルの良いお姉さんばかり店内の中央が、お料理の並ぶメインルーム。半個室スタイルのテーブル席が、その周りをぐるりと囲むように並んでいます。私達の到着した12時半で、すでに店内の待合室には待つ人々の行列が出来ていました。しかし、カウンター席ならOKとの事なのでそちらに着席しましょう。「早速取りに参りますわよ」と言っても私はトレーが持てないから、取るのは私、夫に持って運んでもらいます。ずらり並んでいるのは、野菜中心の惣菜料理。添えられたドレッシング、ソースの種類も多いです。(人の多さに、さすがにそこでは写真も撮れず)料理はバイキング定番のコッテリした高カロリー料理ではなく、有機野菜をつかった和食。何よりも野菜類が美味しかったですサラダ類、大根やキュウリなどの浅漬け、大根の柚子漬け、煮物や天ぷら類が何種類か・・・お漬物は美味しくて、お替りをしてしまいました。有機・減農薬・無添加の素材と新鮮で旬のものを使っているだけあって、HPにはその生産者の紹介も載っています。ご飯は、玄米、十二穀米、白米、おかゆなど。ドリンク類は、健康に良さそうな飲み物ハーブティの種類が多かったです。こちらも棚に並ぶティポットから自分の好きなティポットを選んで、好みのティバック、カップを各々が自分の席で好きなように淹れて飲むスタイル。他にジュース、牛乳、コーヒー。私はカプチーノにしました。どうしても欠かせないのは、最後のお楽しみのデザートです。冷蔵ケースがおかれていて、ケーキ、ジュレが何種類かおいてあります。ケーキが数種類、フルーツ、ジュレ、杏仁豆腐、プリン、ソフトクリーム、トッピング用のドライフルーツ、ミニホットケーキ、チョコフォンデュ、アジアンスイーツ豆乳花(トールーファ)など多数ありました。私は最中の皮にソフトクリームを絞り、その上にフルーツと小豆餡をのせてオリジナルデザートを作りました。ホットプレートで自分でパンケーキを焼く事も出来ますよ。こんなのって、子供連れには受けそうですね。三巡目のプレート、真ん中の串に刺さった黒いのはチョコバナナです。それほど好きでもないものの、見ると作りたくなってしまいます。次々に新しいメニューが補充されて、その度に「○○が出来ました~!どうぞお召し上がりくださ~い」コールが!結構賑やかです。私達の座ったカウンター席は細長いテーブルに並んで座るスタイルで、外の景色を眺めながら食べる形になります。それって我々のような中年夫婦には、ピッタリなスタイルですねどれも薄味でいて、それぞれの味も美味しいから満足しました。こういったスタイルはどうしても食べすぎてしまいがちですけれど、野菜をたくさん食べられるのが良いですね。 ランチ(大人) 1600円 休日は1800円 ディナー(大人) 2100円のお値段は、価格相当かと思います。それにしても食べ過ぎだろうって?それよりも、しばらくしたらまた行きたくなってしまうかも。それが問題なのだ
Mar 24, 2009

ここ連日は晴れれば暑い、かと思ったら急に冷え込んだりと、一日のうちでも変化の激しい毎日が続いています。週末は、世間では三連休。例のETC搭載機導入による高速道路一日乗り放題のニュース、連日放送されております。しかしあいにくと我が家、夫さんが土曜日はお仕事と飛び石のお休みです。その金曜日も昨日と同じ、朝から雨降りの一日でした。今月は、週末になると雨ばかりです。そんな日って、どうしても何かをする気になれません。目的もないから、つい朝からだらだらとしてしまって・・・・夫が「鬼怒川へでも行ってみようか」って。「鬼怒川って、猫ちゃん?」(以前の日記に書きましたけれど、鬼怒川河川敷に住み着いている猫ちゃんファミリーの事です)「違うよ。鬼怒川温泉のワールド・スクエァで餃子祭をやってるから、鬼怒川で餃子食べてこようか」「今から?なんか面倒だなぁ」と言いながら、・・・でも、出かけてきました。それは餃子祭ではなくて、川原がお家になっちゃった可愛い猫ちゃん達に会いに。少しでも暇な時間さえあれば、猫ちゃん用に安い魚肉ソーセージとかチーズを持って食べさせに行っている夫。そう、今ではすっかり猫おじさんになってしまってる~~その様子を私が息子に話したら、「まるでそれって、おじいちゃんじゃない」と。そう夫に言っても、本人は平気です。「だって、癒されるんだぜ」「可愛いんだから~」常に車にソーセージとチーズを常備する事だけは、忘れないのだそうです。今やすっかり専用ペット状態みたいですね。出かける用意をする辺りから、空も明るくなってきました。河川敷に着いてみると、いつもの場所に先にワンコ連れの他の車が止まっていました。「他の人とか犬がいると、警戒して出てこないから、今日は無理かな」と夫。しかし、「オ~イ。オーイ」と呼んでみると、シマシマ柄のお母さん猫?がすぐに出てきました。何かないかと臭いをかぎながら、夫めがけて擦り寄っていきます。「な、可愛いだろ?」「これが一番素直で、本能のままって感じで、可愛いいんだ」そこへ車へ戻ったはずの先程のワンコが「ねぇ遊ぼうよ」とやって来ましたから。猫ちゃんは餌を食べているところではなくなってしまって・・・車の下へ逃げ込んでしまった。でもこのワンコも諦めない、どうしても遊びたいらしくヨタヨタした足取りで車の周りを周っています。飼い主さんによると、もう相当なお年のおじいちゃんだとのお話でしたけれど、とても人懐こい?猫懐こい?性格のワンコちゃんみたいです。住んでいるお家のご近所に仲良し猫さんがいるから、猫を見ると遊びたくて仕方がないのでしょうとの事です。グルグルと10周くらいしてからようやく諦めて、飼い主のお母さんと帰っていきました。夫の手からソーセージをもらって食べている、夫曰く一番可愛いやつそうする内、藪の中から色違いの猫さん達が次々と姿を現してきました。白柄と薄茶色のシマシマちゃんは少しだけ身体が小さめだから、子猫なのかな。下段の二番目、身体の太っているのはオス猫だそうです。いつの間にかこんなにおデブになったのだそう。下段の一番右にいるのは、夫が「食べたくて仕方がないくせに素直じゃない。顔も、態度も憎たらしいヤツ」って言っている、噂のヤツね確かに、納得!何度もこちらに通っている間に、夫が得た情報によりますと・・・元々はここに住んでいたホームレスのおじさんが飼っていた猫のカップル、それから生まれた子猫達だそうです。一番可愛いお父さん猫(=joeさんのお家の蘭丸ちゃん似です)は、冬が来る前にいなくなってしまったのだそう。可愛いし、大人しいから、誰かが連れて行ってしまったのかも。それにしても変ですね。お父さん、お母さん、子猫が三匹のはずでしたが・・・いつの間にか増えている以前よりは慣れたとは言え、まだまだ警戒心の強い子猫ちゃん達。私達は餌を食べさせたいだけ、何もするわけないというのに、すぐにこんなポーズで構えるの。オイ君達、そのポーズとその目つきは可愛くないわよ持っていったソーセージとホットケーキを全て食べさせたから、また来週ね。寒い冬を無事に越せて良かった!良かった!冬の間中、私もずっと気になっていたのです。すっかり晴れた、温かな午後でした。どこからか、ウグイスの鳴き声まで聞こえてきていました。私には、今年初のウグイスです。もうすっかり、季節は春ですね
Mar 23, 2009
先週の新聞紙上に・・・・精神障害者の社会復帰支援施設「ハートピアきつれ川」(栃木県さくら市)のホテル部門が経営難のため今月20日で閉鎖されるとのニュースが。以下、長めですが引用しました・・・・ハートピアきつれ川は、22の客室と温泉がある宿泊施設に、精神障害者の授産施設が併設されている。精神障害者が就労訓練として接客や配膳(はいぜん)などに携わる全国初の施設だった。県などによると定員は入所者、通所者合わせて50人。現在は約30人が利用し、うち9人がフロント業務や配膳、清掃などをしている。一般のスタッフも50人ほどいる。施設を運営しているのは全国精神障害者社会復帰施設協会(高野修次会長、全精社協)。96年4月の開業当時は、全国精神障害者家族会連合会(全家連)が運営していたが収益が上がらず、建設費20億円のうち全家連が銀行などから借り入れて負担した約8億円の返済が経営を圧迫した。02年には国などの補助金の流用が発覚。5億円以上の返還を命じられるなどして07年4月に自己破産して解散し、その後は全精社協が事業を引き継いでいた。しかし累積赤字は約2千万円に膨らむなど経営は苦しく。全精社協は12日、20日以降は宿泊客を受け入れない方針を同省に伝えた。全精社協の高野会長は「今後は別の形で就労支援ができる態勢を作りたい。働いている人たちは就業能力が高く、希望があれば一般の会社で働けるよう全面的に支援したい」と話している。関係者によると、約50人の精神障害者が働くなどしているハートピアや、全家連本部ビル内などで直接運営していた授産施設と作業所については、今月1日、社会福祉法人などに事業譲渡しており、これらの施設を利用する精神障害者の居場所がすぐになくなるという事態は避けられる見通しである。豊かな自然に恵まれたさくら市は、その名前の通りに4月ともなれば見事な早乙女の桜並木が訪れる人の目を楽しませてくれます。歴史ある喜連川の街、その地から湧き出る温泉は良質なものとして温泉通の間でも評判が高い。心の病を持った人々やその家族の「安心して利用できる保養施設が欲しい」という願いを実現した形で作られたこの施設。こちらは私がその年の一月に、リハ病院を退院後に初めてのお泊りを経験したところでした。 思い出してみますと・・・車で上った丘の上、周囲の自然と調和された建物が山の中腹に静かに佇んでいました。建物全体に木材が多用されて、内部もコンクリートや和紙などの素材の良さが生かされていると感じられます。客室からの眺めもとても良いものでした貸切風呂やレストランでの接客等の居心地の良さも思い出されるもののひとつです。「料金も安いことだし、公共の宿なんか大したことない」と宿泊する前は思っていましたけれど、そのような事は全くありません。先の問題・・・この大掛かりなホテル建設がきっかけになって財団の運営が逼迫したのなら、その先頭に立つものの責任は重いものと。負債が大きくなりすぎたので自己破産しますで、済む事なのでしょうか。多額の保険料を投入して建設された挙句に、その数分の一かのの価格で投売りされた「かんぽの宿」同様の結果となってしまっているかと思う。精神障害者を雇用している宿泊部門の閉鎖で、全国でも先駆的だった障害者の社会復帰訓練の場が失われることになることは、働いていた人達、それを見守り続けてきた家族に迷惑を、今後に対する不安を与える結果になってしまったのです。今後いったいどうなってしまうのか、一日も早い営業再開を希望したい。ようやくどうにか歩けるようになっただけの、あの頃の自分の状態。「家に戻ったけれど、これからいったいどうしよう」って思いながら、一日一日を心配しながら過ごしていた。本人だけにしか理解できないと思う、どうしようもない不安や心細さが思い出されます。それに夜に夫が帰宅するまで一日中、ただひとりでどこかへ出かけることも叶わない毎日の閉塞感も大きかったのです(それまでがあまりにも自由気ままな日々であっただけに余計に)だから、何処でも良いから出かけたかった。でもそれがどの辺りまで自分には可能なのかどうかも解らない、ひたすら気分転換をしたいなぁとの気持ちで探して行った処がハートピアでした。宿泊したのはバリアフリールームでしたが、それでも楽しかったです。それだけではない、別の意味でも私の格別の思い入れのあるところなのです。ここを予約したことで情報を得ようとネットで検索したことで、Tさんのブログに出会いました。それから始まって現在まで続いている、TさんやMさんとのお付き合いへととつながっているのです。更に、別のTさんやSさんといった方々との関係まで広がったことで、私がここまでブログを続けられたひとつの原動力になったと言えるものなのです。どうやって書くのもわからない状態で、ブログをまだ始めたばかり・・・その時の日記がこちらです。2006年4月18日。改めて読み返してみると、同じ人とは思えないくらいに短くあっさりと書いていますねこの頃は、ブログの書き方、写真のアップの仕方、その編集の仕方も何も知らない、出来ない状態だったのです。「ハートピアへはまた行きたい」と書きながら、行く前にその機会がなくなってしまいましたでもこれからもお出かけはしますわよ。どこへでも。旅は、お出かけは、私にとってはリハビリのひとつなのですからね。そのためには脚を鍛えて、体力ももっとつけなくては!これからもずっとずっと、リハビリなのだぁ!初心を忘れずに、今日もこれから歩きに行って来ましょう
Mar 21, 2009
突然ですけれど、「ザカット・サーベイ」って知っていました?実は私も、先日その名前を聞いたばかりですチョッと覚えにくいネーミングですが、簡単に言えば国内版発売時に大ブームを巻き起こしたあの「ミシュラン・ガイド」と同じ、レストランガイドです。1979年にアメリカ・ニューヨークで誕生したと言う、ザカット。「食」を愛する一般の人々へのアンケートによる回答を統計処理する方法を考案後、その結果を基に「料理」「内装」「サービス」の3項目を各30点満点で評価する。寄せられたコメントを多く引用しても、お店の紹介をしているのだそうです。1999年に、東京にて初めてのレストランサーベイ(調査)を実施して「2000東京のレストラン」を発刊。2001年には、「2002大阪・神戸・京都のレストラン」 が発刊されているそう。そしてZAGAT国内初の地方版・観光ガイド「長野のレストラン&ホテル」が、3月19日より全国書店にて発売となります。通常は書店には置いていなくて、サイトからのオンライン購入が入手する方法みたいです。また面白い特徴として、サーベイでの投票に協力する事で、完成本が一冊無料進呈となること。 長野は良く遊びに行くところです。ですから明日発売の長野版はとっても気になるのです。外国人に大変人気のある観光地のひとつも長野県内にあります。長野と言ったら、私達には善光寺なのですけれど。外国の方にうけるところ…・・・意外にも、長野県と新潟県の県境近く、山ノ内町渋湯田中温泉郷の最奥の地獄谷野猿公苑だそうです。ここは温泉に入るお猿さんで有名なところ。外国では、野生の猿を目にする事自体が珍しい事なんだとか。それは別にしても、この本、私が遊びに行く時にも参考になるかもしれません。ランチのお店を決める時の基準のひとつになるかも我ながら、私ってミーハーだ~特にグルメでもなく、ガイドブックに掲載される店になど食べに行くかどうかもわからないと言うのに・・・西原理恵子(それから神足裕司による)グルメレポ漫画「恨ミシュラン(うらみしゅらん)」を読んだ時には、世間的には名店と呼ばれる店、ウン十年の歴史を持つ老舗も、容赦ない切り口でバッサバッサと斬っていくその語り口に大笑いしたものでした。でも、欲しいぞザカット!!「映画評」もありましたしね。これはやはり早速、投票しなくては
Mar 18, 2009
映画のタイトル「カサノバ」と言えば、数々の女性スキャンダルを巻き起こした伝説の男、プレイボーイの代名詞ともいえる名前。先日見た「ダークナイト」で、ジョウカー役を鬼気迫る名演技で見せたヒース・レジャーが、カサノバを演じたのがこの映画です。監督は数々の傑作映画を生み出している、名匠ラッセ・ハルストレム。映画の舞台となるのは18世紀のイタリアのヴェネチアです。映画の冒頭、修道女を情事の相手にする、女性であれば誰もがその魅力の虜となってしまう男。ジャコモ・カサノバ=ヒース・レジャーは不貞の罪で、死罪を言い渡される。ヴェネチア総督のとりなしで何とか無罪となるものの、カーニバルが終わるまでに良家の女性との結婚を命令されてしまいます。そんな中で彼は、女性の解放を唱える、剣の腕も男勝り、男性名で本も書いてしまうと言うフランチェスカ=シエナ・ミラーと出会う。自分の正体を隠したり、勘違いしたりという展開は古典的で、イギリス映画の「恋するシャークスピア」に似ているって思いました。想像していた官能的なシーンはなく、綺麗でロマンチックな場面の方が多いです。カサノバとフランチェスカのふたりで気球に乗ったシーンは、特に現代とは違い写真や映像がないから、カサノバの名前は知れ渡っているものの本人の見極めが出来ない。カサノバが恋するフランチェスカが、現代的なのも一般受けを狙ってのことかな。私には、彼女がどうも若き日のダイアンレインに見えてしまうのです。さすがに脇役も揃っています。フランチェスカの婚約者・パプリッツィオ=オリヴァープラットは相変わらず上手いし、面白いし。フランチェスカの母=レナ・オリンとの恋に発展して・・・全ての人が幸せなハッピーエンドへ・・・これもお約束とはいえ楽しいプッチ司教=ジェレミー・アイアンズ、この人今回はいつも演じる役とは違い憎まれ役。それを楽しげに演じているところに余裕が感じられて、笑えるのです。カサノバが多くの女性を求める理由。それは子供のときの母との別れが彼の中で大きな喪失感となっているとするエピソードが、初めに出てきます。本当に自分の愛する人に出会い、家族が出来たカサノバ。この後はどうなるのかも気になるハッピーな映画でした。でも、その主役のヒースがもうこの世にはいないところにほろ苦さがあります。過去にも何度も映画化されて演じてきたのはハンサムばかりと、演じる役者によっては嫌味な役どころをさらりとさわやかに見せたところがヒースの魅力です。「ブラザーズ・グリム」「ブロークバック・マウンテン」に続いて主演したのがこの映画でした。本作でも、知的なところもある、繊細さを持つ主人公を好演したヒース・レジャー。ヨーロピアンなムードが似合うところも人気のひとつでしたけれど、意外にも彼はオーストラリアのパースで生まれたオージーです。二十歳のとき「恋のからさわぎ』でハリウッドデビューを果たし、その後も 映画「パトリオット」では主演のメル・ギブソンの息子役。「ROCK YOU!」「チョコレート」「サハラに舞う羽」と、どんな役も演じる役を選ばず、幅広く活躍していただけに、まだ二十代の若すぎる昨年の死が、改めて残念でなりません。特別にハンサムではない、どこにでもいそうな可愛いお兄ちゃん、でもその優しげな眼差し、それでいてワイルドな魅力も持ち、低音の声が特に素敵ジョーカー役では、これが活きましたね。見る前には、官能的なムード満点な大人の映画かと思っていましたが、かなり笑えるコメディタッチの楽しい映画でした。ハルストレム監督らしさの感じられる、ハートウォーミングなこの映画。スウェーデン・ストックホルム出身のこの映画監督。スウェーデン時代に撮った映画「やかまし村の子どもたち・シリーズ」は、私も家の子供も大好きな映画でした。ハリウッドに渡ってから、ジョニー・デップとレオナルド・ディカプリオを主演に「ギルバート・グレイプ」を。スパイダーマンこと トビー・マグワイアが主演した「サイダーハウス・ルール 」。再度ジョニデとジュリエット・ビノシュで「ショコラ」を、こちらにも監督婦人のレナ・オリンは出演していました。忠犬ハチ公で私達にはお馴染み、日本映画の「ハチ公物語」。このハリウッドリメーク版は、この監督によるものとのこと。主演の仲代達矢にかわって、ハリウッド版ではリチャード・ギア主演で映画化されたという。バロック時代を彩る音楽、出演者達が身にまとう豪華絢爛な衣装も必見の美しさです。最後に・・・もてる為の条件は、カサノバいわく「追うのではなく、追わせろ」。これがもてる男のポイントだとか。ヴェネチアを舞台にした映画に、イタリア貴族の末裔であるルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」がありました。私がヴェネチアで宿泊したホテルもたった1泊でしたが、この映画と同じヴェネチア・リド島のホテルでした。ヴェネチアの風景が至るところに出てくるこの映画。世界中からやってくる観光客のあふれる中で、いったいどうやって撮ったのでしょうヴェネチアに行きたくなってしまう事は間違いない映画、とも言えましょう。
Mar 17, 2009

朝方には少しだけ冷え込んだものの、日曜日は快晴の一日でした。吹いている風さえ、気持ちが良いと感じたくらいです。どこの家でもベランダには目いっぱいのお布団や毛布が並び、洗濯物も満艦飾に干された有様が見えます。それは我が家も同じこと。午前中のお掃除の最中に、些細な事から久々の夫婦喧嘩になりました。夫に言われた言葉が気に入らなかったからです。その事に反論をしていたら、涙も出てきてしまって・・・こうなってからは、すぐに涙が出てきてしまう。これも後遺症のひとつ?精神年齢が子供に戻ってしまったのかな。他所ではぐっと我慢している分、家ではこらえ切れなくなってしまうのです。家にいる時くらいは自分を抑えたくはない(それだけ甘えていると言うこと?)言うだけ言って私が自分の部屋にこもってしまっていたら、部屋に来た夫が「こんな喧嘩をしていても仕方がない、外へ行こう。お昼は前から行きたいって言ってた、すし○亭へ食べに行こう」って。「すし○亭は別に行きたくない。お外へお散歩だけ行く」気分を変えて、昨日は何時とは違ったコースを歩きました。近所の小学校への通学コースは、もう15年も住んでいるのに自分の脚で歩いて行ったのは初めてです(車ではしょっちゅうですよ)イチゴを作るビニールハウスが建ち並んでいます。内部の気温が上がりすぎてしまうためか、ビニールの一部が開いています。とそこからは、緑色のイチゴの葉の部分、真っ赤に熟した可愛らしいイチゴの並んでいる姿が見えている。それは目にするだけで、何とも心が和む景色そのものハウスのむこうには真っ白な雪をかぶった日光・男体山や那須連山の姿が。その先の、もっと真っ白白になっているのは群馬・新潟の県境辺りかしら。病気になる前はあの辺り、冬でもかまわずに何度も遊びに行ったものでしたけれど。気のせいか川縁の緑も、色が濃く変化しているように感じてしまいます。川面に映るこの緑と、空の色も何とも言えなく綺麗です。雑木林の中で、白と淡いピンクの梅が咲いています。とっても日当たりの良いところでは、まだ背丈は短いものの紫色の花大根が咲き始めているのです。4月に入ってから咲き始めるものと思っていたのに、これは早い!花大根と同じように、ブルーのオオイヌノフグリも太陽の光を真っ直ぐに受けて堂々と咲いていました。(花びらの部分が小さいから、光ってしまったから、見づらいでしょうか)こうしているうちにご機嫌の直った私。単純ですことだって、せっかくの日曜日ですものね。金曜日に夫が黒磯方面で採って来てくれたフキノトウがありました。夕食には、それを天ぷらにしました。これは蕗の仲間の中でも特に小さい、山蕗の子供なのかしら。でもこの何とも言えない、草花の萌えいずる淡い色合い。口にした天ぷらの香りの高さ、ほろ苦さは、春そのものを頂いた気分になるものです(揚げた天ぷらは、この写真で見るよりは実際にはもう少しだけ良い色。緑です)青々とした空にぽっかりと浮かんだ雲、吹く風、日に日に濃く元気を増す草花。そのそれぞれに、春を感じた一日でした
Mar 16, 2009

やはり午前中は雨でした。昨夜のこと。「明日は雨みたいだなぁ。布団干しも出来ないから、明日は実家(私のね)でも行くか」って、夫が。「そうね、雨だと何も出来ないし。どうせだったら途中の岩舟のフラワーセンターの大きな温室の中も見たいなぁ。それからいつも横を通るだけの、道の駅みかももね。」「じゃ、それで決まり!」今朝は外が静かなせいか、起きるのが遅くなってしまいました。外を見たら、思ったとおりに雨でした。起きてすぐに、母に遊びに行く旨を連絡して。。。実家に行く時に、特にあらためてお土産としてのものを買っていくとかはあまりないです。家にあるものを持っていって、そのかわりにしてしまうことが多いように思います。家は二人暮らしにしては、食べる物が多いからかもしれませんね。だから私の体重も順調に増えていくばかりなの今日は、お茶に新しい白い急須、玉コンニャクに豆かん天、イチゴジャム、湯葉の含め煮、鯛めし用の鯛、チョコレート、ジャガイモなど。それから頂き物の水飴。兵庫県の「琴城 ヒノデ阿免本舗」の水飴です。もち米だけを原料として、麦芽糖化した無添加の水あめだそうです。こっくりしたべっこう色で、コクのある。しかしすっきりとキレのよい甘さ、とても美味しい水飴なのです。こちらの水飴は「はなまるマーケット」の、はなまるカフェ「おめざ」で紹介された事もあるったとのこと。入っていた箱には、このように美しい風景の掛紙が掛かっていました。ふたつ頂いたので、一個は母に持って行きました。用意されていたお昼ご飯をお腹いっぱい食べて、のんびりとお茶を飲んだりしていたら、ようやく雨が止み晴れてきました。でものんびり、まったりとくつろぎ過ぎてしまったから・・・何だか出かけるのが面倒になってしまって。温室のお花を見ることも、道の駅へお買い物へ行くことも、どうでも良くなってしまいました。夕方までずっと、家の中でゴロゴロしてしまった感じです。そんな中でやっていたのは、この見た目が「なんかシュールなネコちゃ~~ん!」を作ったこと。毛糸を紙に何重にも巻き巻きして作ったもの(これでも一応は手のリハビリよ)小さいけどお耳や目は、フェルトを切って貼り付けました。でもおリボンを結ぶ事だけは出来ないから、それは母にやってもらいました。黒猫の方は、魔女の宅急便の相棒の黒猫「ジジ」のイメージね小さいバスケットの様なカゴに入れると可愛い感じかしら。今日はないので、家にあった陶器のミニ鉢の中へ。こうして実家へ遊びには行きましたけれど、特にこれと言うこともない一日でした。明日は晴れそうですね。朝からシーツなどのお洗濯に、お布団干しと。家事で終わる一日となることでしょう
Mar 14, 2009

先週の金曜日は、憂鬱な雨の一日でした。外へも出られずに、ずっと家の中に閉じ込められてしまって・・・でもそんな日でも、嬉しい出来事が京都に住むある方から、嬉しいプレゼントが送られて来ました。陶芸家である息子さんが焼かれた器です。箱を開けた瞬間に、「素敵~!」と思わず声が出そうでした。春の季節を先取りした様な、美しい色合い。手に持ってみると、しっかりと手に馴染んで、その重みも存在感を主張しているかのようで。よ~く見てくださいな。一点一点、手作りで焼き上げられたものだから、色合いも描かれた模様もほんの少しずつ違っているのです。縁の茶色の部分には落ち着いた艶がありますね。焼き物ののことは全く解りませんが、釉薬のかけ方で微妙な色の変化で出てくるものなのでしょう。どちらの土を使った、何焼きと言うのでしょうか。そのような事はおいといて、毎日の生活で楽しみながら実用的に使っていくことが大切なのでしょう私の作る食事でも、このような高級陶器で頂くと美味しく感じるかな。本来なら懐石のように、焼きもの、またはお野菜の炊き合わせなどを上品に盛り付けるところですが。使い始めが、このような簡単サラダで失礼致しますこの日のメインデッシュは、道の駅で買って来た新鮮野菜ばかりを使ったサラダです。レタス、キャベツ、キュウリ、トマト、レッドオニオン、アスパラガスなどにハムです。ドレッシングは紅茶で有名なフォション、と言ってもお取り寄せしたものではなくて、国内メーカーSBから発売されている「FAUCHONシリーズのごまドレシング」を。ゴマドレって色々ありますが、私は以前に神戸から取り寄せしていた「三木さんの胡麻ドレッシング」が一番かと思いましたけれど、あれですと注文するのに本数をまとめてになってしまいます。ドレッシングはそれ程大量に消費するものではありませんから、美味しいのは解っていても注文を躊躇してしまっていました。それに比べたら同じくらいに美味しくて、一本買いが出来るこちらのドレッシングは手軽です。ゴマがたっぷり入っているだけでなく、3種類のきのこ(マッシュルーム、ポルチーニ、舞茸)入りと言うところがポイント!?「タルタルドレッシング」「 シーザーサラダドレッシング」なんかも美味しそう。今度買ってみましょ。パリのフォションではお茶したことがありましたけれど、お値段もよかった。後から入店した外人客(私達の方がそうかな?)、メニューを見ただけで出て行ってしまった、そうそうおトイレも広くて綺麗でビックリでした。おトイレおばさんにはちゃんとチップをあげましたよ。SBのサイトを見ると、マスタードで有名な「MAILLEマイユ」。これもお土産で買って来たものです。今はお家にいても、世界中のものが簡単に手に入る時代なのですね。私のように海外へもう行けなくなってしまった人にも、便利そのものと言うことですね ※器の絵を描きましたがあまりにも出来が悪過ぎて、今回はアップせず。ごめんなさい。
Mar 13, 2009
「許されざる者「ミリオンダラー・ベイビー」で、二度のアカデミー監督賞を受賞。その後も「ミステック・リバー」「硫黄島からの手紙」と撮る作品はどれもが傑作ばかり、監督として優れた仕事をし続けているクリント・イーストウッド。今回の作品は、歴史に埋もれていた実話を映画化した「チェンジリング」です。今から80年前の1928年。シングルマザーのクリスティン=アンジェリーナ・ジョリーは、ロサンゼルス郊外の町で9歳の息子ウォルターとふたりで暮らしていた。ある日、同僚に泣きつかれて断り切れずに休日を返上して仕事場へと向かう。暗くなって帰宅すると、家でひとり留守番をしているはずの息子の姿がどこにもなかった。その5ヵ月後警察から息子が見つかったとの連絡が。しかし再会したのは、ウォルターではない別の少年だった。ここまではテレビCMで流れている・・・映画の本題が始まるのは、実はここから・・・・「チェンジリング」とは「取り替えられた子ども」の意味をもつと言う。この映画はお母さんが我が子探しをする映画、でもただそれだけで終わらないところは、さすがはイーストウッド監督によるものかと。知らない少年を警察からに押し付けられたクリステインは否定をするが、警察は勿論、警察が差し向けた医師からもその態度を批判されてしまい次第に孤立していく。警察の無能ぶりを伝えるマスコミと、約半年経っても少年を見つけることのできないロサンゼルス市警への反発を恐れた警察が、適当な少年をウォルターの身代わりとした。この事件は、当時のロサンゼルス市警察の恐るべき体質が背後に隠されていたのである。少年自身は自分はウォルターだと言い張り(実は大変な嘘つき少年であった)、クリスティンが一人暮らしをしている間に子供が邪魔になったからそのようなことを言っているのでは?と疑惑の目を向けられる始末。しかし彼女の願いはただひとつ、失踪した息子を探す事であった。クリスティンの不屈の戦いはここから始まる。しかし対するのは、腐敗しきった巨大な警察組織。権力に立ち向かうには、たったひとりの女性の身では手ごわ過ぎた。出向いた警察でその組織によって勝手に精神錯乱との病気をでっち上げられ、彼女は精神病院に強制入院されてしまうのである。そこは絶対的な支配と暴力、精神と身体を蝕む薬が全ての、刑務所よりも恐ろしいところ。入ったら最後、逃れる術はないと思われた。そんな環境の中で事あるごとに今の事実を認めるようサインを強制されるが、それに対して毅然と「ノー」を言う、何事にもひるむことのないクリステンの態度。彼女の身を案じた市民活動家ブリーグレブ牧師=ジョン・マルコビッチの助けで病院からは出るが、そこにまっていたのはウォルターはすでに殺されていたのでは?という報道であった。忠実に再現された80年前のロスの街並み、当時の車や路面電車、ラジオといった「時代」を意識させるものの数々。アンジーの着る、当時のファッションの優雅さも必見すべきもの。イーストウッドの演出に導かれたA・ジョリーの名演も素晴らしいです。全身で表す息子への愛情の強さ。実話の持つ重みをしっかりと受けとめて演じています。アンジーとJ・マルコビッチ以外に、あまりメジャーな俳優を使っていないのは、セットにお金がかかってしまった為でしょうか。しかし返ってそれによって、私はストーリーに感情移入できたように思えました。ここで描かれた信じられないようなエピソードのほとんどが、脚色ではなく事実だったのですから。警察に逆らい邪魔をするもの、特に弱い立場の女性、身寄りのないものなどを精神病院送りにするという当時のロサンゼルス市警察の腐敗した体質が強く描かれている。病院から出たクリステインの戦い、それは警察組織と一人の人間との戦いである。人は自分達の面子や保身のためであればここまで非情になれるという事。自らの不利となるものは、闇から闇へと葬ってしまおうとする。振り返ってみればわが国においてもそれはいくらでもあり得る事かと・・・・また、誰もが持つ面倒な事には巻き込まれたくはないという気持ちや無責任さも描かれていると思います。犯人のゴードン・ノースコットが死刑の前後に錯乱する様子、自分の犯したことは忘れ去ってしまったかのようで、人間の身勝手さがそこに見えた。それに対して、事件で逃げきった子供が数年後に見つかって警察に調べられているシーン、被害者であるのに関わらず自分が名乗り出なかったばかりにその後も犠牲者が出たと自分を責める少年。これら全てを言い表すものは、ありきたりな言葉ですけれど、人間のもつ「善」と「悪」。心の中の「光」と「闇」。人の持つ「強さ」と「弱さ」。彼女の「ホープ=希望を持ち続ける」と言う台詞には、まだ生きているかも知れない息子を何とかして助け出したいという一途な気持ちが現れている。人が何と言おうと、自分だけの心の中では「信じよう」という事。物静かに流れるテーマ曲、しかし訴えるものは重く、深く、大きい。他国の人権問題へまで干渉をしてくる国・アメリカ。そのアメリカ国内でさえ、女性には何もできないだろうと思われていた時代であり、その頃のの女性の立場は目を覆うほどに低いものであった事には驚きました。過去の上映作品にも数々あった猟奇殺人事件もの。異常な誘拐殺人者と検察官との対決を描いた「羊たちの沈黙」。カーティス・ハンソン監督の「LAコンフィデンシャル」に描かれたのは50年代のロス市警の腐敗ぶりでした。「デッドマン・ウォーキング」でテム・ロビンスが監督して私達に突きつけた、死刑制度の是非など・・・・ここから連想された映画が幾つかあります。ミステリー仕立てに始まっての2時間を越える長編。それに関わらず、一気に見終わってしまった気分です。共に涙する事はなかったけれど、心に残ったものは深く大きかったです。圧倒されました。アンジーの迫真の演技、見るものがぐいぐいと引き込まれる飽きさせない展開、ミステリアスなラストへと、C・イーストウッドの演出はさすがだと思います。2~3本の映画を続けて見てしまった、そんな気分になる映画です。※本映画の開始前に、イーストウッド監督・主演作「グラン・トリノ」の予告編が。「チェンジング」と同じ年に公開されたこちらの作品。現代のアメリカ社会の変化を見据えたテーマを持つ映画として、本国では大ヒットを記録したものだとの事。こちらも是非見たいものですね。
Mar 11, 2009

日光市街から放射状に延びる日光街道、例弊使街道、会津西街道は数十キロ続く杉並木街道となっています。樹齢約400年もの老木がうっそうと茂る、昼なお暗いその並木道。日曜日は曇り空の下でしたから、なお更でした。その杉を原料とした日光の特産にお線香があります。街道沿いの杉並木公園ではそのお線香作りにも使われる水車が、なん基も立ち並んで回る様を見ることが出来るのです。その近くには、日光土産のひとつ「甚五郎せんべい(そのネーミングは、眠り猫の左甚五郎から)」や、先日私の行った「日光金谷ホテル」のパン工場などもあります。そんな中、一番多いのはお蕎麦屋さんでしょうか。目的の買い物が済んで、次は早めのお昼と参りましょう。旧・今市方面へ行くと決めてすぐに思ったことは、お昼はどこでお蕎麦を食べようかと言うこと昨年までスタンプラリー開催中、今市手打そばの会の全店舗を、六週もした(その内、何度かは私も同行しています)夫から、良く聞かされていたお店が何軒かあります。今回は、その中の一軒「梅谷」さんへ。お蕎麦そのものも美味しいけれど、あそこは店の奥さんが感じが良いんだ。それに綺麗で、上品なんですって。市街地の中ほど、夏の間何度か天然氷のかき氷を食べに行った「松月」さんのすぐ真向かいにありました。ここは明治から続く老舗のお蕎麦屋さんです。しかし奥さんがお寿司の職人さんなのでお寿司も食べられるという、私のような食いしん坊にはピッタリなところ「両方食べたいから、お蕎麦も一口、ウウン、二口食べさせて」と、私は上寿司をオーダー。ご飯は小さめ、でものっているネタはかなり大きくて厚いです。マグロもイカもホタテも、私の上品な口ではとても一口では食べられません。お寿司には、お味噌汁か、温かいお蕎麦が付きます。当然お蕎麦をお願いしました。夫はもり蕎麦の大盛りを。私達って、こんな時必ず私の方が高い方を頼んでしまうのです。どうしてでしょう?途中から女将さんと、世間話をしました。お蕎麦屋さんだったご主人が亡くなってから、4年になるそうです。「それからはひとりで試行錯誤のし続けで、これまでやってきました。」「どうやったら美味しくお出しできるか、そば粉と粉の配合を変えてみたりもしているのですけれど・・・難しいです。」「手打そばの会でもいくつかの案は出ますが、盛り上がるまではいきません。」それからラーメンと比べて、お蕎麦の方が価格の高い理由も聞いて納得しました。小麦粉と違って、そば粉は国産が100パーセント(中国産などの輸入物は、インスタントやコンビニなどの価格の安い商品用へ。またはファミレス風の低価格のチェーン店用みたいです)原材料費の高さ、また職人さんの手間賃が、出される商品の価格に関わってしまうから、どうしてもこれ以上下げることが出来ないのだと。今まではただ食べるだけ、そこまで想像する事など出来ませんでしたけれど・・・・なるほど、野菜にしても果物にしても、他国に比べて多くの手間暇のかかっている国産のもの達。もっと大切にしていかないことには、美味しくて、安全なわれわれの食生活の維持は難しくなるばかりですね。夫の言うとおり、女将さんは綺麗で、言葉にも訛りがなく上品でした。美味しいお寿司とお蕎麦を食べて、私も満足ですでもそれだけじゃない、少しは「食」についても考えさせられました。それって、ほんの少しだけですけど・・・次の映画は書く事がありすぎてまとまりそうもないから。また、明日です。
Mar 10, 2009
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