花散る里

2004年10月24日
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今日は月に一度の体験教室でした。


話の内容は嫁姑、夫や恋人の話、そして親。
酒乱の父親に包丁を突きつけられて、殺されかけた話をした人がいて、
話の流れでうちの両親の話をつい出してしまった^^;
「親が本気で子供が嫌いなわけない」とか「悲観的に考えすぎだ」とか
いろいろ言われたけど、そーいうもんじゃないのよ^^;
悲観もしてないし、そういうもんなら仕方ないって話で。
でも理解できないんだろうなあ…^^;


男の子を欲しがっていた家に口減らしで養子に出されたのだけど、
いろいろあって、物心がついてから実家に帰されてしまった。
その際、口さがない大人から「いらない子供」とか「厄介者」という言葉を
さんざん聞かされて育っているので、人にそういうことを平気で言える人なんです。

母親は7人兄弟の真中で、普通の容姿で、要領悪い子供だったらしく、
私の祖母とは今ひとつうまくいってなかった。
私が幼い頃、子供ながらになぜ母親が祖母にきつく当たるのか不思議だったけど、
美貌の姉と妹にはさまれ、「醜い子供」「だれに似たんだろう」
と面と向って言われていたようだし、余り手もかけられなかったみたい。
姉(長女)が母親代わりだったとも聞いています。
大人になって、母親(祖母)に仕返ししてたんだろうなあ…^^;


そもそも無理の始まりで。

こどもはまだいらないと思っている時期に、
私ができちゃったうえ、気がついて始末しようと思ったら、
すでに4ヶ月過ぎてて産むしかなかったそうで。
その上、自然分娩できない状態の子供で帝王切開しなければならない上に、

何とか生まれたものの、双方がなかなか受け入れがたい状況だった訳で。

(育った環境の賜物か^^;)物心ついた私に、父ははっきり「いらなかった」「迷惑だ」
「始末しようにも間に合わなかった」と。他人にも平気でいってました^^;
母親も何かにつけ「馬鹿」「愚図」を連呼してたし、
両親ともどもヒステリックに体を張った“しつけ”するのもよくあることで。
当時は幼児虐待なんて言葉もなかったし。

私が20代前半の頃、母親に
「子供は作らない。あなた達みたいな親になって、私のような子供を作り出したくないから」
と言ったら、
「あんたはこんな親にならなければいいことでしょう?!」
と言われました。(自分が悪かったって認めてるってことですね^^;)
そんな簡単に言うなよ…^^;
母(両親とも)は子供に優しくとか、暴力はいけないなんて思いつきもしなかったらしい。

子供時代の私は両親を恨んでる。
その気持ちを抱いた子供は私の中にまだいるし、自分が同じ事をしないとも限らない。
自分に余裕を持って、子供と向き合える状態にならないと親になんてなれないよ^^;
連鎖は断ち切らないと。
そのために自分がもっと強くならなきゃなあって、思ってるだけなんだけどなあ…。

と、ここまで話したいんだけど、私が「要らなかった子供」と言う話のあたりで、
もう非難ごうごうですw;
話の流れで両親と私の関係の話題が出ちゃったからには、
あらましを理解してもらいたかったけど、なんかもう面倒くさいや。

今日4~5ヶ月ぶりに母親に電話したら、最愛の息子
(私の弟です^^離れたところで暮らしてる)が、帰ってくるとかで機嫌よかった。
父もいつもなら電話を代わっても切ってしまったりするのに、
なんだか饒舌でした。
ギクシャクしてかみ合わない両親との会話の内容はどうあれ…*w*;
機嫌よく、夫婦仲良く元気でいてもらいたいです。
なんかあっても私は自分の面倒見るので精一杯だからね^^;





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最終更新日  2004年10月25日 20時14分58秒


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