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羽田さんのオーラの色は「よくわからない、さあ大変です。」と江原さん。番組始まって以来の発言です。羽田さんご自身の色はとても美しい、無垢を現すピンク。それでも守護される三人の方の色が、入れ代り立ち代りして一定ではないよう。こだわりがあるようでいて、何でも取り入れるスポンジのような柔軟さ、吸収力、受け入れる力がある方。その分、気分も変わりやすく、周りの方からつかみどころがないと言われるという羽田さんを、江原さんは「完全な霊媒」と。憧れを抱いているイギリスには、行かない方がいいそう。羽田さんの前世は英国貴族で、夢のとおり、政略結婚を。いまも大好きだというピアノも、当時弾いていらっしゃったとのこと。江「ピアノが一番のお友達。心がざわついたり落ち着かなくなると、ポロンポロンと弾かれていた。」羽「なんだか思い出してきた。変な言い方ですけど、その映像が懐かしい気がします。」当時の兄弟のなかでは、女性ひとり。政略結婚をしたのも、家族のため。美「昔はそれが当たり前だったのよ。恋愛結婚で成功して結ばれるなんて奇跡だったの。戦前は全部、世界中が。いまは恋愛結婚が当たり前でしょう?日本でさえ、『恋愛結婚?親の顔が見たいわね。なんて不道徳なの。』って言われたくらい。家と家の結婚、政略結婚、親の決めた結婚式、これが当たり前、ノーマルだったの。それ以外はふしだらと見なされてたの。まして英国はね。」常識は変わる、真理は変わらない、ですね。【人生ノート】人を助けたいというのも、当時仕えていた人たちの苦労をたくさん見てきたから。江「大変そうな労働者の方を見ると胸がいっぱい、心が痛くて痛くて、しかたがなくなるんです。どうしてこんなことを自分で感じるんだろうとか。」羽「この人たちが幸せにならなくちゃだめって。そんな世の中あるかーって思っちゃうんです。」仕えていた人たちの子供に、そっと窓からパンをあげていたのも、直には接することができないため。皆からとても好かれていたそう。美「それは貴族の家では、絶対にやっちゃいけないことなの。使用人は使用人、つけあがらせちゃだめ、こうしちゃいけないああしちゃいけないっていうのが、貴族社会ではあるんですよ。それにものすごく反発したのね。」政略結婚をしたあと、嫁ぎ先が没落して非常な苦労をした。羽「それも感覚に残ってはいるんです。どうせこの家に行ったところでそんなに救われないのにって思っているところまで見たんです、夢で。」美「見たのではなくて、思い出したのね。」羽「本当に期待していたとおりだったら、喜んで行くのに、そうじゃないっていうのを知ってるのに行かなくちゃいけない、というのを繰り返し。」さらに当時は、本当にお好きな方も他にいらしたのだそうです。美「記憶力がいい人なのね。人間は2,3歳から、人によっては5歳くらいまで前世の記憶を全部持っているのよ。子供に聞くとね、前世のことをしゃべりますよ。なかにはずーっと覚えている人もいるの。」 【前世を記憶する子どもたち】 嫁いだ先で、焼き討ち、暴動に巻き込まれて逃げるなど悲惨な状況に。そのときの経験からテロの夢を見たり、何が起こってもいいように常に心の準備をしている。最後は街中の古い建物の最上階、つまり屋根裏部屋、使用人が住むような粗末な部屋で生計をたてるために行っていたのが、占星術を生かした霊能者。水の鉢をかき回して、見えたものを伝えたりしていたそう。羽田さんが幼いとき、星占いの本を一回読んだだけで、星座の期間や相性などをすべて覚えてしまったというのもこの経験から。貴族社会から屋根裏部屋まで、波乱万丈の人生。イギリスに行けば、その過酷な思い出してしまう。だから行かない方がいいと江原さん。 【ヨーロッパの家】羽田さんは地位や名誉で人を区別したり、鼻にかけたりすることが大嫌いな方とも。羽「周りに、嫌いなんでしょう、顔に出てるよって。そういう風に生きている人をみると。」美「まず、権力が嫌いなのね。」江「それでいて、職人さんは好き、何かの職人さんに会うと、もう根掘り葉掘り聞いたり。」羽「本当にそうなんです。」美「それとかね、例えば工事現場で陰日なたなく一生懸命やっている人をじっと見るでしょう?そういう人、好きでしょう?」羽「持っているアメをあげたくなったりだとか。車にのってお団子を食べていたとき、隣のタクシーの運転手さんと目が合って、にこっとしたら『いいね、団子』って言うからひとつあげたら喜んでもらってくれて。そういう心の交流が大好きなんです。」美「善良なのに、働いても働いても報われない人っているじゃない。そういう人を見ると、じっとしていられなくなるのね。」これも前世で、貴族生活と、没落したあとの暮らしの両方を経験しているため。守護してくださる方のひとりは、インドの行者さんで非常にパワーのある方。カルマの法則で、行ったことは良きことも悪いこともいずれは還ってくるものなのだそうですが、羽田さんに害を及ぼした方が、報いを早く受けるのはこの方の影響。こういう方が守護していると、大抵は霊能者、それも物理霊媒(念力で物を動かしたり、物理現象を起こす霊能者)になると。江「物を動かすとか、エクトプラズムを出すとか。」羽「お嫁に行けなくなりそうな。見ている男性が引いた音が聞こえたんですけど・・・。」スタジオは忍び笑いに包まれます。江「でも羽田さんはわいわいするのも好きだけど、お独りが好きでしょう?」羽「そうですね。一人の時間がないとすごくストレスが溜まる・・・っていうことは?」江「人って、意外と自分のことをわかっていないことが多いんですよ。頭や気持ちだけで、縁がない、縁が無いって言うけど、実は縁が欲しくない人がいるんですよ。都合のいいときに相対してくれる人がいればいいでしょ?」羽「うんって言ったら、それまでですよね?」美「うんとおっしゃい!」スタジオ内を何度も笑いの渦にする羽田さんのひょうきんな面に影響を与えているのが、お伊勢信仰をしていた武家の奥方。羽田さんは「天岩戸」という言葉にも心に響くものがあるようです。美「お伊勢様、天照大神ね。」羽「伊勢神宮に行くと、自分の中が流れて行く感じっていうのがあります。」美「あそこのパワーはすごいから。日本の守護神ですから。」【愛の話幸福の話】羽田さんはここ一年ほどで意識改革があり、とてもいい勢いが出ているということ。天井に現れたのは守護してくれているお坊さんで、三つ目のメッセージは「やりぬくこと」。国「二回出てきてくれたんですね。一回目は声だけ、二回目は顔を見せてくれた。わかっただけでもすっきりしますね。」羽「そうですね。やり遂げるってことは確かに私の弱点というか。」羽田さんのオーラの色がどんどん変わるのは、たくさんの守護霊と電話交換手のようにプラグを繋いでいるから。江「面白い話のときはお伊勢信仰の女性、怒っているとインドの行者さんにプラグが入る。」羽「納得しました。それでみんなに変わってるって言われるんだなって思いました。」これは皆さまも同じ。大事な場面など、守護してくださる方にプラグを繋ぎたいときは丹田(おへその下あたり)に力を入れて意識されるといいそう。羽田さんには、他にも興味深い面があるようです。美「あなたは会社にいれば企画室とか、アイディアを考え出す力、想像力、妄想癖を持ってるのよね。」羽「周りにもいっぱいいるんです、そういった人たち。私たち『妄想族』だよねって。全員、会話もないのに自分の妄想の中ですごく楽しんで『たのしかったね』って言ってるんです。私たち、妄想だけで生きてゆけるって。」美「それは持って生まれた先天的な財産なの。苦しいこと、悲しいこと、嫌なことがあっても、妄想でリフレッシュできるのね。」羽「今度、取材を受けたとき、趣味・特技の欄に『妄想』って入れておきます☆」江原さんのもうひとつ気になることが、羽田さんのお宅にあるぬいぐるみ。どこに置いても何故か気に入らないにも関わらず、大切な方からもらったので、捨てることができない。江原さんによると、目が光っているのが見え、念が入っていると。こういったものはお焚き上げに出した方がいいそう。【スピリチュアルプチお祓いブック】美「お寺とか神社でね、大きなところはお焚き上げの場所というのがあります。受付に行って、お焚き上げお願いしますって、いくらかお布施をあげてくればよろしいの。」美輪さんのところにも、こうったものが持ち込まれるようですが、どうぞこういった社務所にいらしてくださいとのこと。今回も様々に学びがありましたね。読んでいただいてありがとうございました。***オダギリ・ジョーさん、加藤あいさんなど、他のゲストの方の回を読んで下さる方は「精神美(オーラの泉など)」へ************************************************本日5月13日、午後3時51分より、満月が始まりますね。メールマガジンをお届けいたしますので、ご登録いただいている皆さま、よろしくお願いいたします。「『恋でキレイに~源氏物語で恋愛セミナー~ 』源氏物語を題材にした現代に通じる恋愛セミナーを中心に、ヨガ・心理学・手作り石鹸・自然療法・文化などを交え、楽しくキレイになる方法を。新月と満月の日に、あなたも生まれ変わってみませんか? 」毎月、満月と新月の始まる時間に発行予定。ご興味をお持ちいただいた方は、よろしかったらバックナンバーをご覧下さいませ。『恋でキレイに~源氏物語で恋愛セミナー~ 』
May 13, 2006
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故・田宮二郎さんのご子息であり、俳優・キャスターとして活躍される柴田光太郎さんは、ご結婚前に恐ろしい体験をなさったそうです。柴「いま結婚して6年になるんですけれども、結婚する前に渋谷を歩いていまして、あるところで昔からよく知っている方とばったり会ったんですね。その方は霊感が強いという風に、僕は聞いていた女性だったんですけれども。『あ、今度、僕が結婚する相手です』と紹介したときに『ああ、そうなの』と言った瞬間にその方の目が、ガッと見開いたんですよ。僕が見たのは、その方の首がガーっと近寄ってきて、グルッと回って戻ってゆく姿だったんですよ」美「ろくろ首みたいね」柴「そう、ろくろ首みたいな。それで僕、びっくりして、いつも仲のいいはずなんだけれども、何も言えなくなっちゃって、動揺して『あ、また…また会いましょうね』って、そこのところを去ったんですよ。『僕、何を見たのかな?』と思って歩いて行ったら、うちのかみさんが『あの人、誰?』って言うんですよ。『何?どうしたの?』『あの人の首が伸びて、自分のことをずっと見てた』僕だけじゃなくて、うちのかみさんも同じものを見てたというので、これは何なんだろうなっていう…」美「両方、同じものを見てたのね」柴「同じものですね」江「そういう現象があるということは、よほどの念を持っている人ですよ。それはあまり、よろしくない念ですよね。あちらが寄ってきたのは、品定め。『どういう風に使えるかな』というような思いを常に持つ人なんじゃないかなと思うんですよ」柴「ああ、そうですか…いつもは、普段は本当に仲良くお酒を飲んだりとか、そういう風な方で…じゃあ、うちのかみさんのことを品定めに入ったんですかね…」江「そうですよ。ただ、女性は女性に対して、ただでさえ厳しいでしょう?芯にはすごく、女性を持っている人なわけですよ。だから品定めと、後はまれに、人を見て付き合い方を決めてゆくタイプの人…」国「すみません、まだその方との関係というのは…」柴「その方は、去年、お亡くなりになってしまって…伺いに行こうか、どうしようかと思っている時に、この世を去られてしまったので…」江「よかったんじゃないですか、それで…」美「お父さんが、足を引っ張ってたのよ。あなたの。行かせないように、足止めしてたの」柴田さんのお父様・田宮二郎さんは『昭和のクールガイ』と呼ばれた大スター。美輪さんとも親交が深かった田宮さんは猟銃で自らの命を絶たれるという衝撃の最期を。柴「今から30年前の話なんですけれども、1978年12月28日に…自殺をしまして…僕が最後に会ったのが12月24日、クリスマスイブなんですね。その日、僕は、大学のスキー部の合宿がありまして、父親と久しぶりにスキーショップで買い物をして、スキーの道具を買って、並びのイタリアンレストランで食事を食べて…我が家っていうのは、父親、母親、弟、僕の、この四人なんですけれど、四人で集合先であった大学まで車で行ったわけですよ。それでいよいよ、僕がバスに乗って出るという時に…僕が父親にかけた言葉は『行ってきます』じゃなくて『さよなら』だったんですよ。言った瞬間、僕『え?』って思ったんです。何故かというと、実は父親が亡くなったのは、躁うつ病という精神的な病を抱えた末で…本当に父親は『生きるか、死ぬか』ということを、毎日、闘っていた男なので、絶対僕たち家族は、絶対、そういう言葉は言わないんですよ。ところが、その時に限って僕の口を出たのは『さよなら』だったんですよ。僕は慌てて…でも、どうしようもないわけですよ。言葉を…変えようと思っても変えようがないくらい、強い言葉なんですよ。『これは困ったな』と思って『行ってきます』という風に、もう一度言い直して、それで家族が見送って…その時に三人が並んでるんですけれども、僕に手を振っているんですが、父親だけ足が見えなかったんですよ。暗くて、夜の9時過ぎだから、これは何かやはり…『暗闇だから見えないのかな?』と思って、僕も一生懸命、体を揺らして見ようとするんだけれども、父親の足だけ見えないんですよ。ちょっと僕は気持ちを残したまんま、東京を離れてスキー場に行ったんですね…28日に、父親が亡くなった日なんですけれども、僕はスキーを終えて、お昼ご飯の準備で、お茶をみんなに注がなきゃいけない。大きなやかんだったんですね、ふうふう言いながらやって…そうしたら外れるはずのないフタがポロッと取れて、熱いお茶がバーッと手にかかったんですよ。みんな周りが『大丈夫か!』って声をかけたんですけれども、僕、何にも熱くないんですよ。何にも熱くなくて、それをはらった時『何かあったな』って思ったんですよ。翌朝、たまたま僕の主管の、担任の先生がいらっしゃって『柴田、帰るよ』と、東京に。『実は、こうだ』という風に、赤倉の駅で先生に言われた時に『全てそういうことか』と…なるほど、『さようなら』と言ってしまったこと、足が見えなかったこと、そしてお茶がかかっても熱くなかったってことは、それだったんだ、という風に…僕の中で…繋がりはしたんですけれど…でも実際、それは僕の解釈ですから、本当にそれがそういうことなのかどうかは、わからないんですよ。あんまり僕、こういうことは、話をしないんですけれども…今日はどうしても、このことを伺いたいと思って…」江「だからやはり、あの…予知っていうものでね…知らせというか…だからきっとその時点では、もう覚悟を…なさってたんだと思うんですよ」柴「本人の中で覚悟ということですか…」江「…」美「…言いなさいよ…言うのよ…お父さん…」柴「いますか?」美「今」江「というか、さっきからというか…」美「いるの」柴「僕、スタッフの方にお伝えしたんですけれど、今日、昼ぐらいから、ものすごく肩がですね、痛くて上がらなくて…」美「右でしょ?」柴「そうなんです」美「男は右に来るのよ。女の霊は左に来るの」柴「そういうことだったんですか」続きます。「オーラの泉の日記」
June 29, 2008
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今月公開される映画撮影中の不思議な体験をお話下さった杉本彩さん。杉「この映画(「JOHNEN 定の愛」)を撮影する前から自分が霊媒体質であるということはわかって、色々な体験をしていたんですけれどこれほど異常な体験をしたのはやはりこの映画が初めてだったんですね。去年の12月位にこの作品がクランクインをして、慰霊堂(東京都慰霊堂 関東大震災の身元不明の遺骨を納め、死亡者の霊を祀るために創建された)にお参りに行くというシーンがあったんですね。『どうせ来たんだから、ちゃんとお参りしていこう』と思って、あの…慰霊堂の中の最前列に歩いて行ったらですね、もう急に…こう…空気がガランと違うんですね。心臓が、もう胸が押し付けられるみたいになって、頭は割れそうになるし誰かわからない人の悲しみがワーッと湧いてきて、涙は溢れてくるし、息は苦しくなるし『ああ、これはおかしい。完全にまた何か憑依されたかもしれない』と思って慌ててその最前列から遠のいてですね、まあ呼吸を整えて、そのまま撮影場に即行したんですね。次のロケ現場の控え室に入って『これは何か…悪寒もすごいからやはり何か浄霊か何かしていただかなきゃいけない』と思って、いつも見ていただいているある霊能者の先生にお電話をして『今度お願いしますね』という話をして電話を切った直後にですね、あの…その慰霊堂で私の中に入ってきた未成仏霊の方々がですねもう溢れるように出てきて…その方々が15人くらい、1時間半かけて次から次へとその方々の苦しくて悲しい死に際が再現されてゆくんですよ…霊能者の先生にすぐ電話して『こんなことになっていて、大変なので』そうしたらびっくりされて熊本から飛行機で飛んで来て下さったんですよ。現場で霊能者の先生の浄霊が始まりまして、そうしたら自分の一番の芯の中にいらっしゃったのがやっぱり阿部定さんなんですね。彼女がやはり色んなことをお話になるんですよ」美「例えば?」杉「何が言いたいのかといったら『やはり愛について自分はすごく言いたい』とか私を通してお話になるんですね。完全に彼女の人格というものをその浄霊で私は体現しているので。それが起こる前に、役的に解釈していたのは『すごく凛とした気風のいい感じの、粋な下町のお姐さん』っていうことは自分の中で解釈はあったんですけれど、それだけじゃなくて別の側面は『少女みたいで、ものすごく無邪気で、健気で可愛い人』なんです、純粋で。それを自分が体感しているので、わかるんですよ。『こんなに可愛い人だったんだ』とかっていうことで。その日を境にころっと自分の演じ方が変わったんですね。だから私にとってまあ表現者としては大変貴重な体験だったんですけど私、本当に一年ちょっと前までは、まったくそういう自覚がなかったんです、自分が霊媒体質だということが」国「あ、そうなんですか?」杉「一年ちょっと前くらいから、急に何か色んな形で開花し始めて『何で今になって、こんなことがしょっしゅう起こるのか』ということが、すごく不思議で…『何を自分でどうしたらいいんだろう?』『何故一年ちょっと前からこんな風な体験が頻繁に起こるんだろう?』って…」高「僭越ですけれど…最後はいい話で終わった方がいいですよ。何か楽しい話で…もう、いま話している間、こっち(左の肩 杉本さんは高嶋さんの左となりにお座りでした)がもう…」杉「重くなってきました?」高「はい。それでさっき、定さんが『少女みたいな』としたじゃないですか。そうなんですよ、と言ったらフッと軽くなったんですよ」杉「だから、彼女のことを誰かがお話になっていたり、彼女がすごく自分のことを理解されているという話題とかになると、すごい自分の中でものすごく感情が動いてくるんですね…」江「あの…さっきも浄霊なさったという話なんですけれども、高嶋さんのおっしゃるように私も申し訳ないんですけれども、あの…阿部定さん、現に憑依してますよ」杉「あ、そうだと思うんですよ。今の段階では、やはりずーっと一緒にいるということ。やはり離れてくれないんですね。というのは、映画の公開が終わってひと通り彼女が何を言わんとしているかということを、私が代弁者として伝え切れて初めて出てって下さるのかな…という風に感じていて。今の段階では、何をしても絶対に離れて下さらないんですよ」江「それでいてね、杉本さんの日本人離れした雰囲気の方とは、まるで違っていて見える方はどちらかと言うと、お巫女(ふじょ)さんの顔立ちの方。体格もね、あまり大きい方じゃなくて…」杉「ものすごく小柄な華奢な人でした」江「…まるで、ほしのさんに着物を着せたような、それでもっと年を重ねたような感じの方が杉本さんの肩に手を置いているんですよ。ただね、あまりのまれ過ぎてはいけない。これ…このままでいっちゃうとね、杉本さん、今のお仕事、できなくなっちゃう…あの…変な言い方だけれど、そっちの方の仕事しなくちゃいけなくなっちゃう☆」杉「例えば、ちょっとでも怖い話だったりとかいう作品は、本当にもう…恐ろしくて絶対に無理だと思うんですね。それで何で彼女が私に来ているかということも…何か私、20代の時から彼女の存在がすごく気になっていて彼女のキャラクターをモチーフに歌の歌詞を書いたりしたこともあって…何か自分の書いてる小説に彼女の名前が出てきてたりとかいうことで非常に彼女に対する…」美「関心がね」杉「…関心が昔から高かったんですよ」江「それでね、非常に共感できるところがあるでしょう?」杉「はい。自分の人生を犠牲にしてまで人を愛すということの…その…女のすごい情念みたいなものって、どんなものなんだろうっていうことをすごくそれに対する探究心が、非常に強いんですね」江「…ただね、それはそれでいいとしても…やっぱりね…今後、差し支えるだろうと思うんです、色々と。あの…体質的なことがね…どこかで封印した方がいいんじゃないかと…思うんですよね。でないと、あの…どちらが人生の主になるのかが…ズレてゆく可能性がある。だから役者よりも…何かそういう世界の方で生きちゃうみたいな風に…☆『新霊能者登場!』みたいに☆なっちゃう。阿部定さんが今いるってこと自体、あとは杉本さん自身の気持ちの切り替えで切り替えられると思うんですよ。今、美輪さんがおっしゃったようにね。『あなたは、あなただから』分析してね、自分は自分だし、そうであれば大丈夫なんだけれどもいったんこう…ドアを開けちゃった、ドアが壊れたような状態っていうのはいったんは修復しないとね。その修復をするにはどうしたらいいかというとやはり自分の中でいったんは『閉じる』という意識をまず持つところから…」杉「難しいことですね…」江「いまだにご自身を理解してほしいところがあって、彼女は…」美「あのね、甘やかしちゃいけないのよ。甘ったれてるの、頼ってくるというのはね。『頼るとは何事だ!』『自分を救うのは自分ではないか!』ってね。『人に迷惑ばかりかけて。だからそういう風に苦しむんだよ、馬鹿野郎!』言ってやらなきゃ駄目。そうして『謙虚な気持ちで、私はとにかく、人として生きるのは大変なのに人として生まれさせていただいて、それなのに、煩悩とか色欲とか、そっちの方ばかりに走って。神仏にちゃんと敬意を表して、先祖の供養もして、ちゃんと徳を施させていただかなくてはいけないのに、それができなかったということは申し訳ないことをしました』そう思わなければいけないって、言ってやればいいの」ここで上原さんが立ち上がり、セットの座席から降りて去ってゆかれました。国「いまちょっと、上原さんが体調を…壊して…」美「受けやすい方だから…」江「そうそう…」国「高嶋さんも大丈夫ですか?」高「こっち(左肩)に来て、ここ(右肩)から…今ちょっと…自分でいろいろ祓って…☆」美「…どうしたんですか、さくらちゃん…」江「戻っては来られないんですか?戻られた方がいいです」美「そのままあちらだと、ちょっとね…」上原さんが戻って来られました。上「ごめんなさい…すみません」江「大丈夫、大丈夫、しっかりすることなの。おびえると駄目なの」美「変におびえる必要はないのよ」国「気分が悪くなったんですか?」上「気分が悪くて…動悸がだんだん…」美「怖がりだからね、もともと」上「そうですね…」美「そういう時には自分自身で『念彼観音力 念彼観音力 念彼観音力 衆怨悉退散(ねんぴかんのんりき しゅおんしったいさん)!ええい!』ってやってやるのよ。ね。そうすると、自分自身がパッと。そうすると、離れて行くから」☆念彼観音力 衆怨悉退散 彼の観音の力を念じたならば もろもろの怨敵はことごとく退散するだろう 「愛と救いの観音経」より 訳 瀬戸内寂聴さん江「あのね、あんまり…何ていうのかな…過敏症になるのは、よろしくなくて…そうすると余計にそういうのが強くなるでしょう?」美「いい?なめられちゃ、あかんのよ。『なめたら、あかんぜよ』と言っていればいいの。さくらちゃんは女優でしょう?イケイケのスケ番の役をやったつもりでいればいいのよ。『テメエ、この野郎、何甘ったれてやがんだい、どけ!』って言ってやればいいのよ。そうすると寄って来ないから。おびえていると、やっぱり脅かしたくなるのよ」ほ「強い気持ちでいれば、そういうこともなく…」江「人間関係は、生きていても同じじゃないですか。同じこと、全然。『霊だから』ってそんなに変わって考えないことなんですよ」美「霊だからとか超能力とか、スピリチュアルとか霊魂とかそういう言葉に煩わせられないこと。当たり前のことなんだから」江「ほしのさんのマンションとかね、お隣の人がドアをコンコンとやってビクビクするのがわかったら、余計にやって面白がったりするじゃないですか。でしょ☆それで、一回、話を聞いてあげたりなんかしたら二度も三度も来たくなっちゃうかもしれないし☆」美「だから、いい人のところにみんな来るのよ。借金するのと同じ。『あの人、貸してくれそうだな』というところに、お金を借りに行くじゃない?『こいつ強欲で絶対に貸してくれないな』と思ったら、最初から借りに行かないじゃない?それと同じ。だから『金貸してくれ』ときたらね、『自分で働け。貸してやったら、お前さんのためにならないだろう。甘ったれるんじゃない』そうしたら、その人は自立するんですよ。それと同じ理屈」国「いやあ…これは新コーナーですけれども、物凄くハードな…☆」江「とんでもないコーナーが☆」国「ちょっと驚いているんですけれども…」【オーラのワンポイント】☆ ちなみに精神医学では… 憑依とは自分に何かが取りついたという妄想や自己暗示により興奮や錯乱、幻覚などが起きる状態。何かが取り付いたと信じ込む前に、医師の診断を受ける必要がある場合もある。【オーラの言葉】☆ 霊は人間と同じ。怖がればつけ上がる。人間関係と同様 毅然と接すればよい。読んでいただいてありがとうございました。17日の不思議体験SPもアップする予定です。
May 18, 2008
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ご家族を思いやるお父さまから伝えられるメッセージとは。江「…さっきのことも一応、お父さんの名誉のために代弁しておきますけれどね、その…『靴を捨てるな』とか何とか…物欲があるわけじゃないの、別にお父さん…そうじゃなくて『まさか俺を忘れようとしてるわけじゃないだろうな?』って言いたいわけ☆」国「なるほど。可愛い☆」江「それと後、その…あみるさんがね、その番組で会うっていう前日にね、出てくるのも『何で江原さんに相談しなきゃいけないのか?それは、俺だろ!』と☆『自分だろ、訊く相手は』ね?だから『自分をさておいて何もね、江原に訊くことはないだろ』と☆それ位、寂しがりなの。それとね『オーラの泉』に出たことも意味があってね…要するに、この回っていうのはご家族に対するメッセージでもあるけれども、みんなに…自分のファンの人たちとかに『自分はこうやって元気にいるよ』っていうことを知らせたい」国「うーん…なるほど!」江「最高でしょ?電波使うの☆」亜「テレビでね☆『オーラの泉』で☆本当にそう思います☆」江「ね☆」国「ファンの皆さまにも『元気ですよ』ってことを…」江「言いたいんですよ。それと後…寂しいの☆(手を振って)『忘れないでねー』っていう…気持ちもある。でも…そこからもう一歩、一段、お父さん変わったのね。で、何で気がつかないのかな?って思うの。現実的にも色々起きているのに…だから生まれ変わり…そう簡単に生まれ変わらないんですよ。そうじゃなくて、方便でお父さん、言っているわけ。だって皆、それぞれ家庭を持ったでしょう?『親離れ子離れしなくっちゃ』って意思なの。お父さんも『自分でこれだけ寂しがりやだけれども、そこでいつまでも子供たちを余り過干渉になっちゃいけない。子供たちも伴侶がいるのに、お父さん、お父さんって言わせたら、家庭が上手くいかなくなっちゃう。だから、俺じゃない。伴侶だろ?』っていうことをそれぞれに言って…だから『まだそんな早いよ』って言っても、そんなことはない。お母さんのところには行ってるから☆だってお店に居るのが見えるんだもん」あ「お店☆」江「うん」亜「そういう気はしてました」国「お店って何ですか?」あ「あの…奈良で母が…カフェとライブが出来るスペース…町家を改装して…で、そこでよく姉弟でライブをやったりとかもするんですけど…凄く…そこでライブをすると…あの…コーラスとして参加してきたりとか…」亜「そうですね☆」美「そうでしょ?」あ「音として出てきたりだとか…」国「全然…霊感あるじゃないですか☆」あ「ええ?☆」国「コーラスとして参加するわけですか、お父さん」あ「そうです、聞こえるんですけど…」国「へえ…」あ「それは家族だから聞こえるんだと…」江「特定霊能だから霊感がないと思ってるんじゃない?だからお父さんとか、限りある人だけ。いつもそうっていうわけじゃないから、霊感とは思っていないの」あ「そうですね」国「あ、でも、そこには顔を出しているっていうのは分かるわけですか?そのお店に…」亜「聞こえますね、本当に…(耳を指して)ここからとかじゃなくて、全体的にこう…入って来る…」江「それはだって、家族一番の絆じゃない?音楽」亜「そうですね…」江「みんなそれぞれ…あの…お父さんにとってはやっぱり、お母さんっていうよりも自分のお嫁さんでもあるわけだし…だからそういった意味では『この人を最後まで守らなければいけない』っていう気持ちが物凄く強いのね。『今、自分自身が、この世に思う未練というものが一つあるとすればやっぱりお母さんのことだけ』って。『やっぱり自分の奥さんがこの世を去るまでは自分の責任だな』と。『迎えに行くところまでは、やっぱり自分の責任だなという風に思ってる』と。『自分自身のやりたいこと、何でも全部やらせてくれたし、だから迷惑も一杯かけたし、今になって強く思うのは子供たちっていうのはやっぱり大事、けれどやっぱり奥さん』『自分がやっぱり、自分達同士で選んだ相手同士なんだし、責任がそこにはある。そのことを、それぞれの家庭でもしっかりと、そのことを理解して欲しい』と。お父さんとお母さんのことをね」美「素敵ね、夫婦は…」江「だからお父さんらしい考え方だと思うんですよ。うん…ただね…不思議なことを1個だけ言うんだけどね…元々やっぱり、生前からそういうタイプだったかな…分かんないけど…間違ってもやっぱり『おじいちゃん』っていう呼ばれ方はしたくないらしいの☆」あ「『グランパ』って呼んで欲しいって言ってました☆」江「ね?それがだからね、最近やっぱりね、そのお孫さんとかね…」あ「今、うちの子たちは『英五じい』って呼んでるんですけど☆」江「『じい』はいらないみたい☆」美「いや、それはね、私のような年代になるとね、よくお分かりになると思う、その時になって…というのはね『おじいさん、おばあさん』でね、一応、世間体があるから相槌は打たないといけないから打ってはいるんだけど、お腹の中は煮えくり返ってる場合があるんですよ☆よくそういう話を…何処へ行っても聞くの」亜「あ、確かに。うちの母は孫から『マッキー』って呼ばれているんですよ。でも父は『英五じい』☆」美「それは絶対止めた方がいい」あ「もう止めだ…☆」国「そうですよね…江原さんを使って、この時間で…『頼むから、じいって言うのは止めてくれ』っていうのは…相当なんですよね、それは」亜「同じ世代の方々は多分、『そうだ、そうだ!』って思ってるかもしれない☆」国「そう思ってるわけですよね」江「確かにこういう場じゃなかったら…『おじいちゃんとは言わないでくれ』とは…誰も伝えられないもんね☆」あ「そうですね☆」国「そうですよね☆」【天国から家族へ届くメッセージ 河島英五さん】☆ 今も元気です。そして孫たちに おじいちゃんと呼ばせるな。読んでいただいてありがとうございました。出門英さんのご家族のお話は、後日アップする予定です。「オーラの泉の日記」
August 29, 2009
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田宮二郎さんと親交の深かった美輪さんが大スターの真の姿を語られます。美「あなたのお父さまは…私は長い付き合いだったからねえ…学習院の1年坊主で、京都から出てきた時に知り合って、ずーっと知り合いだったからね…」国「どんな方だったんですか?」美「いやもう…ひと言では言えないわよ。努力、努力、努力…まあとにかく、びっくりするくらい、努力家。ダンスを踊ると、羽のように軽く踊るしね…まあとにかく…いろんなものを持っていた人で…本当に、勝新太郎さんがね『あんなに上手い役者だとは思わなかった』っていう風にね、玉緒さんに言ってたっていうけど…ただね、何でも一生懸命でひたむきなのが、結局、自分で自分の首を絞めちゃったのね。いろんな原因が重なって、重なってひとつの結果が出たんですよ。人間の死ってそういうものですよ。ひとつの原因で結果が出るものじゃないんですよ」俳優業以外のビジネスで負債を抱えられたことなど様ざまな原因が重なり、非業の死に至ったお父さまからのメッセージとは。江「柴田さんに言いたいのはね、息子に対して、1つだけ詫びていることがあるんですよ。あのね『息子の声にも耳を傾けなかった時がある』要するに、近寄れなかった時ってすごくあったんじゃないかと思うんです」柴「言っていますか?」江「うん。やっぱり父だから、親として、甘えたいとか、いろんなことも話したい。それで、ちょっと自分も助けになりたいような時もあったりするけれど、自分の方から近寄せない。そういう部分もあって『可哀想なことをした…』って言ってね、無念とかね、悔やみを残してしまうから『それだけは済まなかった』という風におっしゃっているんですよ」国「何かそういうことっていうのは、あったんですか、子供の頃…」柴「いや…たくさんのことが…ありましたよ…本当に…やっぱり…自ら命を絶つということはね…やはり余程のことがないと僕は…できない。それをサポートするのは、僕よりも母親であったり、周りの者は本当に大変でね…あの時は本当に…裏切られたって…恨みましたよね…『本当に、ようやく、ここまできたか』って思った時に、ズドーンっていわれたときには…本当にね…」家族のサポートで躁うつ病から徐々に回復し「もう大丈夫」と思われた矢先の突然の別れ。柴田さんの声に耳を傾けなかったことを、父親である田宮さんは詫びておられるそう。美「だから私はもう…墓場に行くまで一切、チャックでね、自分の胸だけにしまっている、いろんなわかっている原因がありますよ、彼の。そりゃあ物凄い葛藤があったわけですよ、心の中でね。亡くなった後、いろいろなことがわかって理解すれば、もう聴く耳を持ってね、ちゃんと…物凄く頭のいい人だったから」江「でもね、みんな誰しも、どんな人も、乗り越える時が来ることなんだと思うんだけど…親も、一人の人間なんですよ。世の中って、親のことを良くも悪くも思ったりとか、いろいろあるけれども、それというのは『親という人格』を勝手に作り上げちゃっていて。そこで知らなくてはいけないのは『親は、一人間である』『人生を先行く先達であるというだけで、立派でなくてはいけないとか、親も人間としての脆さとか、様ざまなものを持っていて、当たり前なんだ』『自分より長けたところも、未熟なところも、持っていて当然なんだ』これを両方知っていたら、子が親に対して徒になじることもないし、親も親風吹かすこともないし。いずれね、どこかの年齢のときに、親を一人間としてパッと見れる、そういう時期、瞬間が、多分やってくるのではないかなという風に、思うんですけれどね」柴「僕も、求め過ぎたところがあったのかもしれませんね。やっぱりこう…『息子なんだから』とか、そういう風に思うと、父親に対して『この野郎』って思う気持ちもあったんだけれど…だから逆に謝りたいという気持ち…」江「でも、年齢もあると思いますよ。その時のね…」美「あの頃に言っても、お分かりにならなかったわね…」国「勝俣さんもつるのさんも、お父さんでいらっしゃるわけですよね。今のお話というのも、やはり子供との関係とかいうものも、考えるものが…」つ「うちの両親はすごく、やはり仲が良くて、お父さん、お母さんが楽しく生きていて、そういった姿を見て『僕もこんな親になれたらいいな』『こんなお母さんのようなお嫁さん欲しいな』と思ったら、今の奥さんと出会って、そういう風にしたので。やはりマニュアルが自分の両親なんですよね。自分が生きていても、子どもにどうのこうのと言うよりは、自分たちが楽しく生きて、仲良くして、一番の子育てになるんじゃないかなと、僕は思ってるんですけれども…」美「そうそう、大正解!☆大正解ですよ。…馬鹿のフリしてるだけよ☆」つ「…そうです…☆」美「素晴らしいことをおっしゃっているのよ、あなた。そうそう、それが何よりの子育てなの。おっしゃる通り」国「どうですか、ちょっと体調の方はもう…肩の方は?」柴「いや…ないんですよ☆ないんですよ、これが不思議なことに☆」☆ 親も一人の人間。未熟でもろい部分を持っていて当たり前。親を一人の人間として見られるようになった時、親子は本当に理解しあえる。読んでいただいてありがとうございました。松田美由紀さんの回も続けてアップする予定です。「オーラの泉の日記」
June 30, 2008
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世界で起こった不思議な現象を紹介する「オーラな出来事」というコーナーもありました。最終回ではその未公開映像も。スタジオにはお三方と、木村多江さん、井上正大さんがいらっしゃいましたので、2009年の3月に放送された「新しい命の誕生」についてのスペシャル企画のときのものかと思われます。「オーラの泉・誕生日の意味」 ***監視カメラが捉えた「天使の光」アメリカのNBCトゥディという番組で伝えられたのは、ある親子に起きた奇跡の瞬間。アナウンス「アメリカ人の4分の3は天使を信じているそうですが、疑っている人も、これを観れば信じるかもしれません」コリーン・バートンさんの娘・チェルシーさんは、肺炎にかかって入院、重体で命は助からないだろうと告知された時、不思議な現象が起きたのだそうです。コリーンさん「監視モニターに、天使が現れたんです…天使が娘を…天国に連れて行こうとやってきたのだと思いました」病院の監視モニターには、背中に大きな翼のある人のような光が映っていましたが、それからチェルシーさんは急激に回復。コ「これは奇跡です。天使が娘を助けてくれたのです」***監視カメラが捉えた「さまよう魂」イギリス北部の町・ヨーク市で200年の歴史を持つ「ライトホースマンホテル」で、監視カメラに映った奇妙な映像。「(モニターを指して)何か…不思議なものが階段を上がっていったんです」モニターに映し出されたのは、右側に廊下、左側に階段の続く室内で、右の廊下から現れた光のようなものが、階段を一段、一段上がってゆく映像。光のようなものが初めて現れたのは夜明け前で、その数分後、今度は床から現れて室内をさまようように動くといった現象が1時間ほどの間に32回も出現したのだそうです。オーナーのスティーブンさん「以前いた従業員から聞いたんですが、物音がして地下の倉庫に行ってみると少女の幽霊がいたというんです。そこは昔、遺体安置所でした。それも何か関係あるのでしょうか」***国「今、全て聞いた後ですけど…なんか僕、少女のような気がするんですよ…」木「…お?…☆」国「あの動き方とかって、何か好奇心を持って色んなものを見たいっていう動きをしてるような気がするんですよね」木「うーん…」国「全て、話を聞いた後ですけれども☆」江「国分さんには申し訳ないんだけれど、私、ちょっと意見が違うくってね…あの…少女じゃなく見えるんですよ…」国「あー…なるほどね…そうとも言いますね…☆」美「(笑って太一くんを指さして)☆」江「それでね…全然違う2体が見えるんですよね…」国「ええ!?違うんですか!」江「うん…で、ひとつは男性で…で、もう1体ね…犬…」国「あ、犬なんですか?」江「でいて、猟犬みたいなの…それが後を追いかけて、タタタターッと上ってゆくのが見えるの」国「…いや…元気な女の子だと僕は思ったんですけども…☆…全然…違いましたね…」美「ドタ勘だったのね☆」 ご覧いただきありがとうございました。続いて完結編の後半をアップする予定です。「オーラの泉の日記」「美輪明宏さんの舞台の日記」
October 1, 2009
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アナウンサーとして活躍、フランスの実業家と結婚された方がゲスト。【スピリチュアルチェック】☆ 小さい頃なりたかった職業→自分の好きな物だけを集めた小さなお店をやりたかったです。☆ 毎日欠かさずすること→ゆっくりと丁寧にお茶やカフェを淹れて飲むことです。☆ パリで生活していて一番大変なこと→やはり言葉の問題です。☆ 運命を感じたこと→運命…これは…今の主人、今の主人というのは変な言い方ですけれど主人と三回の偶然の出会いがあって今こうして一緒にいるというのはもしかしたら運命だったのかなと思います。☆ 不思議な体験→実は以前、江原さんと対談をさせていただきまして、その時に「赤ちゃんが見えます」と言っていただいたんですが…その後、妊娠をしました。国「どうぞお座り下さい…今日はパリからですか?」中「そうです」国「パリから!東京までってどのくらいでしたっけ?時間は…」中「12時間です、およそ12時間ですね」国「12時間ですか…僕は今日、15分でここへ着きましたけれども☆…またはるばる…一度お会いされてるわけですか?江原さんとは…」江「雑誌の対談でご一緒させていただきました」国「その時に赤ちゃんが見えると…」中「そうなんです…あの、2006年の多分、春頃だったと思うんですが対談でお会いして、まあ色々なことを言っていただいた中で『赤ちゃんが見えますよ、近いんじゃないですか?』っておっしゃっていただいて…実は本当に二人が凄く望んでいた時だったから、その言葉が物凄く嬉しくてすぐに彼に電話して報告したくらいです」江「あぁそうですか☆」美「いや…大変でいらっしゃると思う…☆ほら、何処の国でも良いところと悪いところがありますけれどね、ご結婚ってうかがった時にね『これは苦労しに行くみたいなものだな』と思って…」中「あ、そうですか…まあ苦労というか、やはりパリとかフランスのイメージって多分日本のメディアのせいと言ってしまってはいけないんですがやはりとても華やかなイメージがあると思うんですね。特に女性は憬れると思うし実際そういう場所だと思うんですよ、美しいし…でも、そこで生活している人たちは質素堅実で、やはり全く…」美「シビアですものね」中「シビアなんですよ。逆に日本って、やっぱり恵まれているので私たちはのほほんと生きていられるけれどもフランスに行ってのほほんと生きていたら生きてゆけないんです。それが行った時というのは無我夢中だから何とかなるんです。でも今、結婚してもう八年目になったんですが、やはりこれぐらいになってくると言葉もわかってきて、色んなことがわかってくると、逆にわかってきたことによって凄くこう…『え?え?』って立ち止まることが多くなってしまったんですね」美「だから見なくてもいいものが見えてきたり、聞こえなくていいことが聞こえてきたり…」中「そうなんです。綺麗なことだけじゃないのは、もちろん生活をするってことでは当たり前なんですが、やっぱり私もまだ友達がいるわけじゃないし、家族もみんな東京で…もちろん彼がいてくれるし、家族はいるけれども、何かやはり急にこう…凄く孤独なんですよ」1969年に東京で生まれた中村さんのご実家は、明治7年創業の日本で最初の西洋楽器店「銀座十字屋」。2005年にお父様が亡くなった後は、お母様が社長となり楽器販売、楽器教室、コンサートなど音楽文化振興に努めておられるそう。国「実家が日本で最初の西洋楽器屋さんだったんですか?」中「そうなんですね。私もあまり自分の実家の歴史というのは詳しくはないんですが明治7年創業ということで…」国「明治7年…今、お母さんが社長と言っていましたけれども…お父さんは…」中「以前は父だったんですが、2005年の5月に父が亡くなって、突然…まあ母もその当時から銀座で、その十字屋っていうところで仕事をしていたんですが母はどちらかというと…あの、ホールを持っているんですね。で、音楽が好きなのでやはり色んな音楽を発信してゆきたいという願いで仕事をしていたのですが父が亡くなって結果的に自分が社長という形で会社の責任者にならなければならなくなり今に至っているんですけれども…」国「中村さんは日本にいたんですか?お父さんが亡くなる時っていうのは…」中「それが不思議だったのが、2005年の5月に亡くなったんですが、まあ詳しく話せば病気が発覚したのが3月だったんです。3月の末に病院に呼ばれて…という状況だったんですけれど、その時もパリに住んでいる私たち、私も主人も娘もいたんです、東京に。だから家族みんなで父の病気を知って『どうやっていこうか』っていう家族会議というのも、そこにも参加して…それからその後は、もちろん彼は仕事があるのでパリに行ってたんですが私はほとんど東京にいて…で、変な話、父が亡くなった日というのも、彼も娘もいたんです。みんな病院に、全員、父が亡くなる瞬間に揃ったんです。だから普通、日本にいても、同じ東京にいても、なかなか身内のそういう場に立ち会えないことってあると思うんですが、全員が病院に集まれて…だから本当に感謝をしました…やっぱり父が亡くなるということは、とても…今もこう…なかなかちょっと自分の中できちんと消化できてないことなんですけど『でも、そこにいられたんだ』っていうことは『これはもう神様がそういう風にして下さったんだ』ということで物凄くそれは家族みんな『感謝しなきゃいけないよね』って言ってるんですね」江「まあ、お父様の望みでもあるしね…でいて、あの…『生涯、悔いとして残るっていうことのないように』っていう…でいてそれはお父様の願いでもあるし、だからやはりそこも以心伝心。だから『偶然はない』…呼び寄せた必然なんです」中「あぁそうですか…」江「だから逆に言うと、あたたかく語れるのは、そのおかげですものね。でなかったら、それは悔いが一杯残ってしまって…」中「そうです、もう…凄く辛い、辛い気持ちばっかりになってたと思うんですが『辛いけど、悲しいけど…あ、一緒にいられた』っていうのがもう本当に大きな救いになっていて…」江「しかも大らかな方ですからね、お父さんって」中「あ、本当ですか?何かもっと…あ、そうですか…」江「何故かというと、どうして大らかって私が言っているかというと何でもかんでも結局、最終的にはいつも家族に対して『いいよ、いいよ…』って言い続ける人なの」中「はい、そうですね」江「だから自分の我がままを言っていないんですよ、実は」中「そうなんですよ」江「だから、それだけですよ、我がまま…」中「あ、そうだ…」江「『自分の最期に居合わせて欲しい』ね?だから最期にできたお父様の我がままなの。それを私は大らかって言う…何でも寛大で『いいよ、いいよ。お前がやりたい様にやりなさい』『お母さんのやりたいようにやりなさい』ね?自分の主張をするのは最期のそれだけだったはずなの」中「あ、そう思います…はい…」江「そう…だからいい親孝行ができたんですよね…」国「そういうお父さんでしたか?」中「はい…」美「でも、お幸せな家庭にお生まれになったのね」中「はい、本当にそう思います…」美「本当に…」人気アナウンサーとして活躍していた中村さんは28歳のときフランス人実業家シャルル・エドワール・バルトさんと出会うも、最初は結婚には乗り気ではなかったそう。画面には2001年に南仏プロヴァンスでの結婚式の様子が映し出されました。結婚式直後のバルトさんの言葉「あなたと結婚したかった、ずっと前から。でもずーっと前から彼女『いいえ』言いました。今日『はい』言いました。私はすごい嬉しいです」「けんかとかはなさそうですね」という質問に中村さんが「けんかしますか?」と伝えると「はい、いつも毎日。ちょっとヘルシーと思うよ…皆さんに言いたい。彼女、すごく大変!(中村さんに軽く叩かれて)見て見て!」***国「元気なご主人ですね☆」中「明るいですよね、今見ても」国「物凄く日本語も上手くて…」中「今はもっと上手ですね」国「あ、そうですか…最初は断ってたんですか?結婚をするというのは…」中「結婚を断っていたというよりも『別に結婚しなくてもいいんじゃない?』って言ってたのは私だったんですね」国「それは何でですか?」中「別にその…フランス式というわけではないんですが私の中でまだ結婚というのは形になって実感がなかったのと『別に結婚しないでも、このままフランスで二人で暮らしていってまあ時期が来たら…という選択もあるんじゃないかな?』というのが私の考えだったんですが、彼はもう『家庭を作りたい』それから『きちんと国にも認めてもらいたい。教会できちんと式を挙げたい。神様にも認めてもらいたい』という思いが強くて…だから『いいえ』と言っていたわけじゃないんですが、でも初めて、この日初めてまあ教会と役所での式で『はい』って…‘Oui’って言ったので凄く嬉しかったみたいです、本人は」国「そのテンションですか☆さっきのは」中「そのテンションです☆嬉しく…☆」江「でも中村さんは、じゃあ誰とでもそういう感覚で恋愛とかをするかっていうとそうじゃないと思うんですよ。彼だけ特別に何となくね『空気みたい…』自然だったと思うんです、最初から」中「あの…そうですね。格好つけるということは…余裕もなく…そうですね、はい…」江「だから『まあ、ずっとこういられるんじゃないの』っていう自信っていうか変な安心感っていうかね。それには理由があるの☆」中「え?何で、何でですか?」国「何か理由がありますか。これは後ほどにしましょうか」江「ええ」続きます。「オーラの泉の日記」
February 23, 2009
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3月14日(土)は夜7時からの2時間スペシャル。ゲストは、はるな愛さんですね。***日本とフランス、どちらで暮らすのか悩んでいるという中村さんに贈られるメッセージとは。江「中村さんは真面目っていうか生真面目」中「自分でもちょっと嫌になるところがありますね」江「すごい…実はね、その迷い、まあもちろん国際結婚っていう形であれば悩むことも良くわかるけれども…何ていうのかな…本当に今日、この言葉だけ貰えればもう良いぐらいっていうかね…中村さんの場合は自分が本当に迷っているわけではないの。要するに背中を押して貰いたいだけなの。要するにね全然、話が変わるんだけれど中村さんと似た人は、この世の中にいるかもしれない、けれども瓜二つの人はいないでしょう?顔かたちから経験から全部…みんなオリジナルなの。いいの、自分のやり方で。自分の子供さんは自分の子供さんの人生でいいの。同じじゃなくていいの。だから何処かでそれが不安になっちゃって。でね『それで大丈夫』っていうね、その言葉が欲しいだけなの。だからそういった意味では『いいじゃないですか。どちらでお勉強なさろうが、途中で3年来ようが5年居ようが自由』ね?そのご自身の経験と感動が、また一杯あるわけだし。ね?その都度その都度、その思いに任せていれば良いんですよ」中「だから頭でっかちに考え過ぎちゃうんですね、眠れないほど考えちゃうのでそれを…」美「それはね、いま江原さんがとっても良いことをおっしゃっていたんだけどね中村さん自身がね、自分を理解していらっしゃらないのね。何でも片付けてきちっと『これはこう、これはこう』何でもきっちり居士でね、全部境界線を設けてね『これはこっち、こっちじゃないと駄目よ』だけど本当は、中村さん自身はきっちり居士っていうのは、これは後天的な性格なのよね。お家の教育によってそうなっちゃったわけ。『これはこうですよ、あれはああですよ、そうじゃないでしょ』お母様とかお父様とかね周りの人とかそういうもので形作られちゃったの。でも生まれた時に、持って生まれた中村さんの性格は、夢見る夢子さんで、妄想族で」中「妄想族です、そうでした」美「ね?それで得体の知れない綺麗なものや色んなものや何かを追い求めて…その中で生きていたいっていうのが本当は、生まれた時の本性なんですよ」中「でも、それは小さい時は特に強くって…もう自分の世界でお城に住んで…じゃないですけれど『こういう物に囲まれて、美しいこういうもの』っていう絶対あり得ない世界を夢描いているのは、今も時々あるんですけれども…」江「その理由が前に対談でも話した前世に関わるんですよ」中「あー」江「あのね、中村さんの前世っていうのはスイスかドイツか、ヨーロッパのあちらの方なんですよ。でいてね、若くして亡くなっているの、女の子なんだけど。だから病弱で、いつも妄想が友達っていうか、想像力でね『こんなことをやってみたら…』とかね、そういう色んなことでいつも見える美しい景色の中にいて、自然が一杯ある…だから、いつもどっちかと言うと今回はザワザワした所に居たいの」中「東京とかパリの方が好きですね」江「時間がピタッて止まった様なところが怖いの」中「あの…長くは居られないです。あまり居心地が良くないリラックスできないです、はい…」江「それとね、物凄くせっかちな理由は、実は幼くして亡くなってるでしょう?『人生って長くない』っていう感覚が物凄くあって、あとは『そこで後悔したくない』とか…だから要するにキチッキチッと自分で腹をくくって決めていかないと嫌なの、子供のことでも何でも。だから何か取り越し苦労。『先へ、先へ…』スケジュールを立ててゆきたい」中「そうです、そうです…」江「だからそれも、実は前世でそういう幼くしてっていうか、そういうところが見えて…で、全然話は違うんだけど、ご主人ってああいう明るい陽気な方じゃないですか。で、さっきね何で『空気みたいだ』って言いましたでしょう?で、こんなことを言ったら何だけれども実はご主人って凄く甘えん坊でしょ?」中「はい…はい…」江「で、中村さんにまとわり付くでしょう?」中「うん、もう…2分見えないと呼んでます、私を」江「弟なのよ」中「ええ?!」江「やっぱり早く姉が先立っちゃってるでしょう?だから何処かで気になっているの、いっつも」中「本当にね…有り難いんですよ、女性としてはあんな風に思いをぶつけて貰えていつも気にして貰えるというのは有り難いんですが、私は割りとさっぱりしてると自分で思っていて『もういいよ、傍に来なくて』って言う位、凄くこう…傍に居ることが多いですね」江「だからね、そういう意味で『空気みたいで、まあ別に籍を入れなくてもねずっと居られるでしょう、一緒に』って思えちゃうのは、実は弟だからなんですよ。だからね、今は夫婦ですよ。感覚的にフッとね『この人、弟じゃないの?』っていう風な雰囲気っていうか、その…じゃれてきたりこう…ツンツンって引っ張ってるようなところがあるというか…『まるでこれって、お姉ちゃんみたいじゃない?』っていう感覚がね、あって…だからね、そういった意味で魂がね、引き合っていた。だからさっきの、最初のお父さんのことじゃないけれども、何でもテレパシーの人でねだから以心伝心っていうのが常に大事にされているそういう質を持っているっていうかね…」中「あ、私自身が…はい…」江「そうです。だからね、常に引いてゆくのね。だから不思議でしょ今まで全然関係のないことでも『こういうことで、こういう専門の人がいたら助かるな』と思うと出会うでしょう?」中「そう…だからすごくいつも『あ、恵まれてるな』と思います」江「で、『何かのことで教えを請いたいな』と思うとパッと会う」中「本当に今、時期的にそうで、本当にこういうお話をいただいたというのも何処かに行って誰かに訊こうとかそういうことはなくて『誰かから背中を押して貰えたらいいな』っていうのを思っていたら本当にお話を頂いて…実は何年か前に、ごめんなさい、頂いた時はスケジュールも合わなくて『ごめんなさい』だったんです。でも今回は『もう何としてでもお目にかかりたい』と思ったんですね。だから多分もしかしたら…」江「だから何となくね、引き寄せられたように思っているかもしれないけれども、私からすれば(釣竿を投げる仕草で)ヒュッて自分でやってるところがあるのね、手繰り寄せてるっていうかそういうところもあって…先々のことなんだけれども、色々とね社会貢献とか色々なことを中村さんは考えると思う。慌てない、急がないことなんですよ。何故かと言うとね…これ、言わない方が良いかどうかなと思ったんだけど、言うとほらかえって何か詰まらなくなっちゃうことってあるから…ある意味で、お母さん自身のやってきたことを引き継ぎますよ、仕事を」中「あ、何かそんな気はでも…してます」江「アーティスティックなことで。でいて、フランスとかに居ながらもちょっとそういう芸術交流的なこととか、色々と関わってくるプランもあるなあって☆いう位に」国「でも『ちょっとそんな気がする』って言ってましたよね?」中「何となく私の中では『家業を…』じゃないんですけれども…何か『自分がやる』ということではなくて『多分私は一生、何かサポートをしてゆくんだろうな』と。今は逆に言うと全く何もしていないですけれども、でも気持ちの中で小っちゃい時からあったんだと思うんですね、長女ということもあって…というのはあるんですけれども…」江「とにもかくにも、今日はこの言葉だけ覚えておいて下さい。『急がない、急がない』急がない、何事も取り越し苦労しない」中「分かりました」美「だって急いだって、まだお子様が小っちゃいでしょう?」中「そうなんです」美「小っちゃいのにね、どうするつもりです?」中「そう、だからどうにも出来なくて、もがいてたんです☆」美「もがく必要ないじゃないですか」江「中村さんはね『早期教育いいかもしれない』とか『いや、もう少し大きくなってからの方がいいかもしれない』とか『でも、やっぱり文化を身に付けるには早い方がいい』もう行ったり来たり」中「そう、日本に来るっていうのは何か頭のいい子になって欲しいとかじゃなくて色んなことを知って欲しいので『それには10歳より前に来た方が多分言葉も覚えるだろうし人との関わりも』とかって思うと『じゃあ娘が10歳になる前の…逆算してそうすると息子が7歳だから』とかっていうのを物凄く」美「余計なお世話ですよ☆」江「それがね、自分で物凄い勢いで『頑張ろう!』と思ってみたと思ったらガガーン!と落ち込んでみたり、また上がってみたりって連続の人なの。常にジェットコースターみたいな人☆」国「どうですか?」中「だから疲れるんですね☆」江「でも、好きで疲れてるの、それ」中「自分で望んでることだっていう…」美「だからね、それをね、今はインターネットの時代でしょう?パリだってアメリカだって離れていても距離はないわけですよ。だからそれは、実際的に体を運ぶとなると12時間13時間かかりますけれどだけど生活の基盤をね…フジコ・ヘミングさんもパリに居て、日本に居て両方行き合っていらしゃる…融通性を持たせた生活、そういうやり方の時代にもう突入しているんですよ。だから江戸時代の方みたいにね『それはこれはこう。東は東、西は西』っていう風にね、それは時代遅れですよ」中「あ、そうですか☆」江「ただね、ちょっとお父様からのメッセージなんだけれども…あのね、お父さんはねさっきも『最期の我がまま』っておっしゃったけれどもね、今日来ていらっしゃってね『実は子供の教育のこともあるんだけれども、やっぱり今の親を思ってる』って。『やっぱりそのことを自分が少しでもやっぱりきちんと面倒を見てあげたい』とか年代と共に1人ずつ去ってゆくわけでしょう?『そういう見送りとか、そういうのをきちんとしたいという気持ちが娘にはある』ってこうお父さん、おっしゃるのね。だけれどもお父さん、これはまたね『古臭く聞こえるかもしれないけれども嫁に出したんだ』と。『昔の感覚かもしれないけれど、嫁に出したということは自分自身の足場を一番大事にしなさい』って言うのね。『だから今の自分の家族を一番大事にしなさい。そこが足元がグラつく様だったら、親のことを色々心配してもらっても嬉しくない』ってそれは」中「はい…」江「うん。『やっぱりそれはきちんとしなさい』と。『だから優しい子だけに、やっぱり親のこと』特にお祖母ちゃまとかでもお年だしだからそれが物凄く心配になっちゃう…ね?」中「もう…それはかなり…かなりのパーセンテージを占めて私の中にあるので」江「…そこと、子供をどこかでこじつけて理由にしたい自分もどこかにあって…だから人間っていうのは単純じゃなくって色んな考える自分があってねでもその全部を叶えるといったら、なかなか難しいことでね…でもこうやって行き来できるわけだし、ね?それで今日のテーマになっているけど自分が望んで引き寄せていれば必ず悔いのない時間を過ごすことができるはずですから、ね?お祖母ちゃまとも」中「はい…ありがとうございます…」江「それが心配だったはずなんですよ」中「はい…」【スピリチュアル・メッセージ】☆ 子育ては日本でもフランスでも大丈夫。子供たちはオリジナル。どちらでもそれぞれ違う経験と感動があります。大事なことは「慌てず急ず」です。【オーラの言葉】☆ どこの国も良いところはあるけれど、海外に出ると日本の良さがわかる。世界の芸術家が認める日本の文化、洗練された美意識は日本だけのもの。読んでいただいてありがとうございました。
February 26, 2009
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フランスに拠点を移してからは、日本との違いを様々に感じられることも増えたようです。国「フランスは出生率がヨーロッパで1位(2008年のフランスの出生率は2.02日本は1.34)なんですか?」中「いま、1番みたいですね」美「昔はね、最低だったの」中「そうです、だからバッと上がったというのは聞きました」国「それは何で上がったんですかね?」美「政府ですよ。日本の政府なんて、何もしないでしょ?『少子化、困る、困る』って言ってるじゃない?フランスもね、本当に潰れそうだって言われていたの。少子化で、生まれなくて」国「それはどれくらい前ですか?」美「2,30年前から。それでね、政府が全部、対策立てちゃって、全部ケアするようにしたの」国「ケアというのは?」美「お金を払わなくてもいいように…」中「だから妊娠、出産に関わる費用、基本的には決められた額までは只なわけです(公立病院で出産した場合、出産に関わる費用は100%補助される)。だから普通の病院に行っていれば只なんです。検査費用もエコグラフィも出産費用も入院費も。それからさらにすごいのが出産後の女性の体をケアしてくれるというのも只なんです(運動療法士の治療を10回まで無料で受けることができる)。10回までは、そういうトレーニングを受けるんですけれども、それも只なんです。それからやはり当然、働いている女性が産みやすくしなくてはいけないので法的な制度が整ってきているし、保育所とか託児所というのが充実していたりとか…」美「それはもう、びっくりするくらいの細分化した細かーいことまでね…」中「例えば、やっぱり貧しい方たちもいらっしゃいます。そういう方たちも安心して産めるようなものもあるし、一人目を産んだらいくら、二人目から三人目からいくらっていう補助が国から出るし。それは、ある程度の収入があればそこは出ないけれどそうじゃない人は出るとか…すごく細かーい、細かい…かなり恵まれていると思うんですね」美「そこは本当に見事に徹底してね…もうヨーロッパでも世界中でも最低の方だったのよ。それが今はトップになったんですもの」EUの平均出生率が1.52のなか、フランスが2.02にまで上昇した理由とは。17歳、10歳、8歳、5歳と4人のお子さんを持つ48歳のフランス女性コリーヌ・ミシウさんのお話「政府の支援があるから安心してたくさん産みました。フランス人で本当に良かった」ミシウさんのお家の場合、子供が20歳になるまで支給される家族手当は4人分で月に約6万円、所得税は40%減額になるそう。「子供を2人産んだら3人目を産んだ方が得になります。子供が3人以上いると大家族カードがもらえるんです」大家族カードの特典は、鉄道運賃で国鉄が30~70%、地下鉄が50%割引、パリ市立の美術館、プールなどの公共施設の利用が無料に。公立学校は授業料が無料、公立大学は年間登録料2万円で通える一方で消費税は19.6%(食料品は5.5%)なのだそうです。国「逆に不便なところというのは?」中「不便というのは、サービス大国日本から、サービス後進国フランスに行ってしまったために…もう…イライラすることがとっても多かったですね」国「例えばどんな…」中「日本で皆さんが多分当たり前と思っていることは、あちらではあり得ないわけです。まず、24時間のコンビニエンスストアなんてありませんし宅配が届いて不在通知があって希望の時間を電話して『じゃあ10時から12時に来て下さい』『はい、承りました』って気持ち良く来てくれることなんて向こうではあり得なくって…私なんか一度、日本から書類が届くので、大切な書類だったんですけど不在でいなくて電話をしたら『じゃあ明日届けます』『じゃあ午前中に来ていただけますか?』『何時になるか分からないので、とにかく居てください』『…ええ?』みたいな…でも大切なものだから、もう待つしかないので待ってましたけれども…」国「あーそうか、日本だったら…」中「そういうことが…」美「もう日本はね、まあ居心地が良いっていうか馬鹿みたいに…☆」中「ちょっと居心地が良過ぎちゃいますね。良過ぎて…」美「良過ぎてね、ボケちゃう」中「ボケちゃいますね」美「平和ボケで」国「そうですねー」中「何処に行ってもサービスが…」美「世界一」中「世界一で、こんなに居心地の良いところ無いですよね」美「時間も正確だしね」国「昔、外国人のペーパードライバーを日本で、僕が助手席に乗って教習するっていうコーナーがあったんですよ。片言の英語ですけれども、ガソリンスタンドに寄った時に『オーライ、オーライ』とか、最後に帽子を取って『ありがとうございました』って言うことに『何てこんなに親切なんだ!?』って大爆笑したんですよ。でも面白さが分からないじゃないですか、それが普通だと思っていたから。やっぱりそうなんですね、日本っていうのは」中「窓なんかを拭いて下さっても私なんか『ありがとうございます』って本当に今もう…何をされても『やっぱりこれって普通じゃないんだ』ってことが分かったから…もうタクシーの運転手さんが機嫌よく気持ち良く送って下さったら、もう『ありがとうございました』って…」美「だから本当に日本は住むには極楽」中「もう極楽ですね」美「まあフランスもスペインも、イタリーも英国人も全部、向こうの人はね『自分の国が一番』自分の民族が一番なの」中「はい」美「だから私は、フランス、スペイン、ドイツと演奏旅行で行ったりなんかした時に…スペインに行ったらね、私のプログラムが休憩中に捨ててあるわけ。『失礼ね!』って言っていたら『フランス語で書いてあるからいけない』って言うの。『ここはスペインだからスペイン語で書くべきだ』って言うのよ。ね?『そんなにスペイン語って素晴らしいものなの?』って私が言ったらね『そうだ、世界一だ』って言うの。でね『英語は商人の言葉だ』って言うのね、ビジネスの言葉。『フランス語は?』と言ったら『セックスのための言葉だ』って言うの、愛を語る言葉。『ドイツ語は?』と言ったら『馬の言葉』って言うの。『じゃあイタリー語は?』と訊いたらね『これは詩を語る言葉だ』って言うの。『じゃあスペイン語は?』と訊いたら『神と語る言葉だ』って言うのよ。ところがドイツに行ったらドイツに行ったで同じことを言うの。英国もそうだし…みんながそう。よく『人種差別云々…東洋人だから…』とか色々言うじゃない?白人同士も、もう凄い人種差別なの」国「それはどうですか?」美「そうですよね?」中「それは…私自身は幸い、そこまで感じてはいないんですけれどもやはり同じ陸続きで過去に争いがあったりするわけで、その中で生まれたこう…『私たち日本人には何か分からない微妙な感情というのはあるんだな』と」美「歴史とかね、色んなものを全部、引き摺って生きています…現在に生きていないのよ」中「あの…凄くこう…持続しますよね、気持ちが。だから変な話日本人の方がさっぱりしているというか、上手に忘れると思うんですけれども色んなをこう…長く長く…」美「いや、日本人は忘れちゃいけないことまで忘れちゃうの☆」中「そうだと思います☆」国「お子さんはもう、フランス語を喋られるんですか?」中「二人とも…まだ下の子(長男 1歳)は言葉は喋れないんです、でも日本語もフランス語も100%理解しているのは分かっているんです。娘(長女4歳)の方も理解してて、娘の方は今かなり、日本語の方が物凄いレベルで出来るようになってきていますので、毎日褒めています。『あ、すごいね、そんな単語を言えて!』って言って」国「どうですか、将来的には日本に戻ってこようかなっていうのは…」中「ここが凄く迷うというか、これは私個人だけが迷っていて…ただ…いずれは日本で子供たちは2、3年、3、4年なのかな…何か…」江「今、でも一番悩んでいますでしょう?でいて、住まいのことも悩んでいますでしょう?住むところ」中「はい」江「で、どうしようかっていうこともあるんだけれども、先のプランもあるから…家をちゃんとするべきなのか、それとも日本に来ることも…そうすると何も手につけられなくなっちゃって動けなくなって…」中「もう…疲れちゃいました☆」江「…ストレスになっちゃって…」中「もう凄くストレス…ただ子供のことを考えると、やはり最終的に日本に住みたいかフランスに住みたいかは子供たちの選択だと思うんですね。私たちが決めることじゃないので。ただ、日本という国を今、ずいぶん分かってきてくれてると思うけれどもやっぱり本当に住んで学校に通って漢字を書いて読んで、本を読んで舞台を観て…そういう風にしていかないと本当の日本の文化というのは分かってもらえないから…それはいつか、もうちょっと大きくなったところで、まず絶対にやりたいと思ってるんです。2,3年なのか、3,4年なのかは住みたい、私も一緒に住みたい…(江原さんが笑っているのを見て)え?何で…でも、私個人は、どうなんだろうというのは…凄くフランスが好きですし、でもやっぱり離れちゃってからの方が日本が好きになってしまってるんですね。もう…良い国だなと思うんです…」美「みんなね、それはね、中村さんだけじゃないの。ね?向こうの良いところもありますよ。それは素晴らしいところは。さっき言った美意識だとかね、色んなもの…だけど悪いところも一杯あるわけですよ。ね?それで日本の現代の色んな悪いところも沢山あるけれども、歴史的に見れば、もう日本の素晴らしさったら…もう言葉から何から洗練されてね、もう世界一だと思うのね、文化っていうのは。だからモネもマネも、ゴーギャンもロートレックも日本のことを憬れて憬れて…もうジャン・コクトーにしてもね、めちゃくちゃ憬れて…ピエール・カルダンと話した時でもね『日本のそういうもの、どう?着物や何か、文化、どう思う?』『手がつけられないくらい洗練されている、完璧だ』って言うのね。‘C’est parfait!(完璧だ!)’『完全です』って言うの。だからそういう日本の素晴らしさを引き出して、それを皆さんに再確認していただいてそういう仕事が私には残されてるんじゃないかって思ったのね。で、その中で自分が同志のような人たちと生きていれば…その方が居心地が良いなと思ったんですよ」1987年にヨーロッパで公演を行い現地のマスコミから絶賛、中でもフランスは芸術家を大切にする居心地の良い国だったそうですが『一生住むなら話は別』と思われたという美輪さん。海外に住んで初めて分かった日本の良さが、かえって中村さんを悩ませているようです。中「日本にいた時というのは、やはりどうしても嫌な部分の方が目に入ってきちゃう…日本人の嫌なこととか…でもそれが一歩外に出たことで『何て日本人が持っている美しいものっていうのは尊いもので他の国には無いものなんだろう』ということが分かって…それはだからもう、大切にしてゆきたいって凄く心の中で思っていますし…でも、逆に今すごく日本ブームでもあって、フランスでは。やはり私が日本人というだけで、もう色んな方が本当に好意を持って接して下さるんですね。そういう人たちが周りに一杯来て『日本の人と触れ合いたい』『日本の話を聞きたい』ってすごくやってくれるのも楽しいんですよ。『日本のことを、じゃあ私もまた勉強しよう』と思うし…だからそういう形でフランスでこう…また生きてゆくっていうのもいいのかなと思いながら…何か凄く揺れてます」美「分かります」中「でもやっぱり、家族はフランス、彼はフランス人ですし、彼は当然ずっとフランスで生きてゆく人なので…どうするだろうっていうのが…(江原さんを見て)何か…そんなに笑わないで…☆」続きます。
February 25, 2009
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2000年の元旦に入籍、披露宴は全てご自分で台本を作ってプロデュースされたのだそうです。国「運命を感じたのがご主人との出会い」山「だんだんそう思うようになりましたね。1999年に39歳『40歳になっちゃうんだなあ。時代が変わるんだな』」国「籍を入れたのは何時なんですか?」山「2000年になった元旦、真夜中(0時0分)」国「すごい。その日にしようと言ったのはどっちなんですか?」山「私だ☆ほんとだ、私は私のことしか考えていない。そうかも、主人のこと何も聞かなかったもの。最初に夏ぐらいになって『あー、1999年も終りか、夏だなあ、39歳になるかー、結婚だな』と思って。『これ以上1人でいるのも、だいたいやったし』『じゃあ、式場を押さえられるかな?元旦がいいなあ』それで式場を押さえられることになって『次はドレスだな、間に合うかなあ』スタイリストの人と相談して『間に合います』と言うから。『じゃあ、もういいね、じゃあ誰にしようか』」国「相手はご主人ではなかったんですか?」山「その時は結婚と思っていなかったので『誰に申し込みに行こうかしら?』ぐらいな。困ったでしょう?☆『実は式場も取れるし、ドレスも間に合うんだけれど元旦に結婚する?』と言ったら『ああ、しようか』」国「じゃあ、プロポーズは邦子さんが言ってることになりますね」山「そうだよね。でも今、7年たって『これが運命だったんだな』って思う。年々間柄がよくなっていて『こんなに結婚がいいんだったら、もっと早くすればよかった』って思ってる」美「優しい人なの。すごいインテリだしね」山「そう、便利☆図書館があるみたい。私が知らないこと、それこそ『赤穂浪士は何人?』よね☆そういうのがパッとね。歴史のこととか、台本で読めない漢字とか」美「すごく教養がある。インテリで思いやりはあるしね」山「その代わり暗いのよ☆だからその代わり私がお返しに明るさを。それで上手くいくというか」国「教養がある男の人というのは、僕も憧れますものね」山「ケンカもするよ。ケンカもするけれど『恋愛だったら別れてるんだなあ』ということも、やはり分からないものね、結婚だから」ここでふと美輪さんが江原さんを指差されます。少し前から江原さんは目を閉じ、うつむき加減で何かを感じ取っているご様子。国「ずーっとそうなんですよね」山「寝とる?☆入ってる?」国「何か見えてるんだと思うんですよ。これだけ長く目を瞑っている江原さんを、久しぶりに僕は見ましたよ」美「そう」国「今、何が見えてきたんですか?」江「…後ほど…」美「じゃあ、整理してください☆」不思議な体験は、乳がんになったこと。山「これはびっくりした、たけしさんのね、番組で。デビューするときもたけしさんにお世話になったけれどもまたまたお世話になったなと思って。女のスペシャルでね、女といえば乳がん…」お話の途中でしたが、ここで江原さんは立ち上がり、美輪さんに何か耳打ちを始められます。国「ちょっと待って下さいね…大丈夫ですか?」美「どうぞ、どうぞ」耳打ちが終り、お話が邦子さんのご病気のことに戻りました。「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学 女性が気をつける病SP」では「肉まんに梅干の種」を入れて触り、乳がんのしこりを自分で探す方法を体験されたそう。山「コツってなったときに、『あ、これ私あるな』と思ったの、実は、収録中に。帰ってもう1回言われた通りに、手を上げて触ったら、どうしてもそれがあるの。それで手術を2回やったんですけどね。全部取れましたということで、後はのんびりとね放射線などをやっていくんですけど。あのとき触らなかったら行かなかったと思うし本当にありがとうございました」(病SPでの言葉)国「本当にこの番組に出ていなかったら…」山「危なかったよね。でもこの番組は乳がんだけでなく『全てを早期発見しよう』というコンセプトだったので、その通りになったの」国「その乳がんですけれども、日本の女性の30人に1人が…」山「もう20人に1人よ。行ってびっくりしたけれど、若い人が多いよー。もっと年齢の上の人だと思っていたので『私がまさかな』と思ったの」美「食生活が昔と全く変わったからね」山「いろんなことがあるそうです。母乳を出さないとか(出産暦や授乳暦がないことは乳がんのリスク原因と言われる)」美「乳房の形が崩れるからと言って、母乳も与えないでね」国「20人に1人といっても、他人事の方が…」山「『まさか自分が』と思うね、やっぱりね」江「気づけてよかったですよね。全然話は違うんですけれども番組を観ている方に申し上げておきたいのは、割と精神的な世界が好きな人というのは手術とかを嫌う人とかがいるんですよ。『体にメスを入れるな』とか、入らない方がいいけれどもスピリチュアルなことを逃避に使ってはいけない。西洋医学的なことというのも、それはそれで人類が創り上げてきたことであってあるものは受け入れて、きちんと前向きに対処、例えば手術なら手術をして『残りの人生を、生きなければいけない』ということでもあるんですね。私がすごく危惧するのは、逃避で、例えば『別の療法がいいんじゃないか?』それでみすみす命を落とす人もいるんですよ、実際。そういった意味で、前向きに治療してゆくことはとても大事なことだと思うし、必然として『見つかった』ところで前向きに対処なさったことは、素晴らしいことだと思いますね」山「本当に先生に褒められちゃって『よく見つけましたね、こんな小さなの』って。あんまり褒められたから、ショックより嬉しくなっちゃって。『偉いね、偉いね』と言われたので『偉いんだ☆』」江「分かっていても怖くて、どんどんひどくなってゆく人っているんですよ」美「世間で間違えているのは、昔の意識がそのまま残っていてね、思い込みも多いのね。ガン=死と思い込んでいる人たちがまだいるの。昔は医科学が発達していなかったし、死ぬ人も多かったけれども、今は違うのよ」山「今は本当にびっくりするぐらい、もう綺麗だよ。綺麗に切ってくれて、綺麗に治してくれて。祖母が昔、私が子供だったとき乳がんをやっちゃって、可哀想にお洒落なお祖母ちゃんだっだけれど。今はリンパ腺の方に行っていなければリンパ腺は切らないんだけれど昔はあやしければ『先に取りましょう』という考えだったんだって。背中の方まで取っていて、お祖母ちゃんはしばらく落ち込んでいて。それを子供のとき見ていたから『私もあのくらい切るのかなあ』と思って。でも今はとても進歩していて、全然、綺麗」江「いたずらに西洋医学を嫌うというのも、おかしなことなんですよね。そこで逃げてしまうと、厳しい言い方だけれども自殺と一緒になってしまうから。だからきちんと前向きに、山田さんみたいに対処なさった方がいいですね」国「怖い、怖いで内に入るんじゃなくて、早めに治すということが」江「そうそう。私も個人カウンセリングをしていたとき、そういう方がいっぱいました。でも私もお腹を切ったことがあるので。ですから『私だってお腹を手術しているんですよ』ということを伝えるのにいい方便となりましたね。本当に人生に無駄なものはないなと」美「迷信みたいになって、わけのわからない新興宗教だとか、インチキの霊能者だとかそういったところで亡くなった方がずいぶん新聞に出ていたじゃないですか。『治してみせる』『生き返らせてみせる』それはとっても危険なことよね」江「病院も行かずに私のようなところに来る人もいるんですよ。私はそういった人には全部『病院に行ってください。きちんとそういったことはやってもらわなくては駄目。でなければうちに来てはいけない』」美「勘違いしている人が多いのよ。困りますよね、それは」山「そういう人も来るんですか。『何とかしてくれ』みたいな」江「そう。だから『病院に行って何故調べないんですか?』病院へ行くこと、治療すること当たり前のことですよ」山「もうシステムもきっちりしてるし、乳がんは早期発見だったら、90%以上だよ。絶対に治せるんだよ、早期発見、早期治療」美「だから『人事を尽くして天命を待つ』と言うのが、順当な線なのよ」国「邦子さんの場合は乳がんになったことも、もしかしたらメッセージかもしれないですね」山「そうなのかな、そうかね☆」江「明るく素敵な笑顔と裏腹に、見えることというのがちょっと辛らつでしてね…」話を中断された江原さん、祓うかのように下を向いてフーっと息を出されます。山「大丈夫ですか?」美「邦子ちゃん自身はね、冷静だからね、強いし…」山田さんの前世はアジアで、女性ばかり、女の園で生き抜いた方。江「生きてゆくというのは、きれいごとだけでは成らずというところでやはりいろんな確執があるんですよね。人様の心を傷つけることもしたし日本で言えば大奥、ドラマみたいなものですよね。今生においてもそうなんですけれども、山田さん自身どういうわけか女の園なんですよ、常に。女性の中での競争、良いこともあれば、悪いこともある。実は私が今日ちょっと、ずっと苦しいのはどういうことかというと山田さん自身に取り巻く人の念なんですよ」山「念があるの?☆」美「生霊とか死霊とか、生き死霊とかね」江「思いですよね。山田さん自身はすごく朗らかで、ごめんなさいはっきり言っていいですか?ご自身でどう思いますか、すごく優しい、純粋な方だと思うんですよ」山「私?そんなことないですよ」江「でもその反面、ものすごく自分で怖いなと思うぐらいのところ、人を排除したりとか…」山「あります。それはもう、はっきりしてます。もう嫌いだったら、今日から嫌いです」江「だから実は、すごく恐ろしい部分っておありになると思うんですね」山「まあ、恐ろしいとは思わないですけどね」江「いや、思って欲しいんです。何故かというとそれで傷ついて苦しんでいる人もいるんです」山「私ね、学校中で泣かれたことがあるの、中庭で。みんなが集まっているところに呼ばれて『みんなはあなたのことが好きだけどあなたはみんなのことが好きじゃないでしょう?』って言われたの。『みんなは個人個人でしょう?みんなしっかりしましょう。私はそんなにみんなのことが好きじゃないわ』と言ったの。みんな泣いてしまったのね」江「個を大事にすること、それはそうだと思う。ただね、思いやりが必要。要するに、くだらないと思うようなことでも、人はみんな弱くて寂しいからみんな群れになって。例えね、意地悪をする人でもその意地悪は寂しいから意地悪をするんでしょう?幸せな人は人に意地悪をしない。だからそういう人でも、人間としての心を掛ける必要があってね」山「めんどくさいですね…」江「めんどくさいの。でも、それを学ぶために生まれてきたと言えるの」山「えー?めんどくさ…☆」美「あのね、いま江原さんがおっしゃっていたように『後宮三千人の美女』じゃないけれど、前世では、例えば中国だとか東南アジアとかで女同士の生き残るための葛藤、権謀術数(人をあざむくための策略)人をおとしめたり、おとしめられたり、そういったところで生きてきたわけじゃない?だから自分を守るのは自分しかいないと思っているから。私がさっき言ったんだけど、相手が何をしゃべって、どう思っているか冷静に観察することはあっても、心まで思いやって自分の痛みとして『ああ、そうなのか』という風に思うところが抜けてるということなのね」江「間違えないでいただきたいのは、山田さんがそういう人だということではなくてそうじゃない半面もあって、非常に女の子らしいというかね」続きます。***これまでの「オーラの泉の日記」、よろしかったらどうぞ。
September 11, 2007
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鉄砲ゆりが最盛期の頃に台風でしたので、咲いていた花を全てカットして室内へ。6/21トライアンフェター6/22ホワイトトライアンフ6/25イエローウィン6/30パラッツォ7/6コンカドール7/9カサブランカ7/18 シェヘラザード「我が家の庭の日記」
August 18, 2017
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