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2012年04月21日
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カテゴリ: 書評
実家に戻って、そろそろ9カ月。

その間、祖父の残していった骨董品などを整理しているうちに、自分でも集めるようになっていった。

とはいえ、しがない勤め人の身。小遣いの範囲で築く、ささやかなコレクションである。

あれこれ見るようになって改めて感じるのは、日本文化への茶の湯の影響の大きさである。
日本で「骨董」と呼ばれるものは、茶と深く関わっている。上質なものほど、特にそうである。

そして、茶の湯の美意識を体現する存在が、千利休である。

骨董に多少なりとも関心があり、少年期にお茶の稽古をしていたにもかかわらず、私にとって利休は遠い存在だった。

茶の湯の大成者として、また千家流茶道の始祖として半ば「神格化」されたため、逆にピンとこない存在だったとでも言えば、ご諒解いただけるだろうか。
三斎流や不昧流などの武家茶ならともかく、流儀が裏千家とあっては、なお距離感が掴みにくい。



とりあえず、目次を見てみよう。

第一章  異なる利休像
  第一節  現代の利休像
  第二節  徳富蘇峰氏の利休像
  第三節  柳宗悦氏の利休像
  補説   利休略伝
第二章  利休論の問題点
  第一節  歴史の方法
  第二節  侘び茶の道具
    一  茶道具の位置づけ
    二  茶陶というもの――日本のやきもの――

  第三節  証拠と証拠の確かさ
    一  ノンフィクションと歴史記述
    二  久松愼一氏と『南方録』
第三章  常識の非常識
  第一節  侘び茶の道具と黄金の茶道具

    一  秀吉の禁裏茶会
    二  小堀遠州
    三  近代の数寄者たち
第四章  利休は冤罪だったのか
  第一節  同時代の人々の証言
  第二節  新物の茶道具の値段
    一  芳賀幸四郎氏の見解
    二  同時代の人びとの証言
    三  近代の実例
     (一)「若い」という言葉
     (二)加藤唐九郎氏、川瀬竹春氏の作品
第五章  利休はなぜ死罪になったのか
  第一節  自裁なのか刑死なのか
  第二節  政治とのかかわり方
    一  政治の裏面での動き
    二  秀長あっての政治家・利休
  第三節  経済とのかかわり方
    一  堺と博多との関係
    二  境における天王寺屋と千宗易
  第四節  利休の人柄
    一  モラルと思いやり
    二  金銭欲
第六章  利休とは何者だろうか
あとがき
引用・言及文献一覧


この本の著者は、戸上一氏。初期イングランド貨幣史を専門分野とする経済史学者である。
また、茶道具の蒐集家でもあるようだ。    

こうした著者の特質が、この本にもつよく表れている。
その特質とは、茶道具と史料へのこだわりである。


茶道具について論じるには私は力不足なので、ここは史料へのこだわりに限定しよう。

利休の言行の主な典拠となるのは利休の弟子・南方宗啓によって書かれたとされる『南方録』である。
だが、研究の進展によって、この書物は利休の没後百年を経て、利休の言行とされるものをまとめたものであることが明らかになった。
むろん、それらの口伝にも真実は混じっているだろう。
しかし著者は「真偽二分法で分ければ、『南方録』は当然偽書である」(72頁)としてそれへの依存を戒め、利休とその関係者の書状・消息などの同時代史料を中心に、利休像の再構築を試みる。


その結果、著者は「千宗易は、商人、経済人としては二流、政治家としては虎の威を借る狐であった。」(185頁)と言い切っている。
しかもそのあとに「では、芸術家としてはどうなのか。まず、書と文章を見る。書はお世辞にも能書とはいえぬし、文章も上手ではない。」(同)と続くのだから、まことに手厳しい。


では、茶の湯者としてはどうか。著者の見解は、ここでも懐疑的である。
たとえば、「再度、教科書風な記述に戻れば、村田珠光が侘び茶の開山(開祖)であり、千利休は大成者とされる。珠光の生涯、事績に不明な部分が多いため、いきおい利休の存在が大きくなるが、開祖より大成者が偉いとは、一概にいえないのである。」(189頁)といった文から、そう読みとることは可能だろう。
著者は続けて、「なにしろ、創始者はたいへんでありその功績を軽視するわけにはゆかない。くわえて、茶の湯者として、利休が擢んでて偉大だったとは言いにくい事情が二つある。」(同)と書いている。

その二つの事情とは何か。
第一は、利休が権力に寄生して生きたことである。
「侘び茶は、本来生活の資、利殖の手段とすべき芸能ではない。まして、茶の湯をもって権力に寄生するのは、以ての外ということになるだろう。」(190頁)

第二は利休の道義心の欠如である。
著者は秀吉所蔵の墨蹟を無断流用したこと、他人(幹利休)の遺偈を剽窃したことを挙げて、「侘び茶が人間精神のありようを意識した芸能である以上、道義心の無さはなおさら困るという感じをもつ。」(同)とまとめている。


では、利休が文句なく傑出していた分野は無かったのだろうか。
勿論、そうではない。著者も、「それは、美しいものを見出す眼力、天才的な目利き、という一事につきると思う。」(190頁)「真実の目利きを、市井の鑑定業者と同列に扱われては困るのである。それは、市井の茶道師範と利休や織部とが異なるのと同断である。利休の見出した美は、その後四百年間、日本人の美意識のいちばん上質の部分を支配しつづけてきたのである。美しい物の発見者として、彼は数少ない天才といってよい。」(192頁)と、彼の天才的な審美眼を称賛している。


評価の分かれる著作だろうが、この本を読んで、私は利休を一人の人間としてみることができるようになったと感じる。


読んだ本:戸上一,『千利休 ――ヒト・モノ・カネ――』,東京(刀水書房),1998.



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最終更新日  2012年04月22日 11時44分37秒
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