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輝かしい新年を迎えました。
皆様にとって、健やかで素敵な一年でありますように。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
私の実家広島へは子供たちと新幹線で
両親と弟家族と一緒に餅つきして、広島風お好み焼きを食べ、
学生時代からの親友たちと美味しいご飯を堪能し、
忙しないはずの年末をまったりと過ごしました。
睡眠不足も解消して、すっかりリフレッシュ~~
ですが、ひとつ気がかりはありました。
年末ぎりぎりまで休みが取れなかった夫に頼れず、
夫の実家まで子供たちと4人で広島岡山島根と電車で移動すること。
30日に移動するためにJRの指定席を予約しましたが、
夕方からの電車しか取れず、夫の実家である安来に到着するのは午後8時25分
新幹線は短時間だから良しとして、特急やくもの中で子供らは退屈しないか???
寒くないか、乗り物酔いなんかしたらどうしよう
しかし、いざ出発してみると新幹線ではおやつを食べて機嫌よく。
特急やくもでは子供たちはあこがれ駅弁を食べ、ちびすけはすぐに
姉ちゃん兄ちゃんは、一つのイヤホンを片方ずつ付けてDSで音楽を聴いて♪
普段はケンカばかりなのに、こんな時はとても仲良しな二人。
2時間があっという間でした。駅を降りると小雨。
しかし難なく義祖母、義母、神戸から別便一人自家用車で神戸から帰省した夫の待つ実家に到着したのでした。
翌31日大晦日の朝。
前夜までの雨がいつ雪に変わったのか、外は一面真っ白。
そして、日中も止むことなく降り続く雪はどんどん積もり、積もり、積もり。
いつ止むのかしらねぇと気にしながらも、
家族はみんな紅白歌合戦などテレビを楽しみ、年が明けて就寝。
そして、明け方。階下から聴こえる話声で目が覚めた。
どうも停電らしい。
しかし、そんな時は布団の中にいるのが一番!と夜が明けるまでもう一度就寝。
次に目が覚めたのは、夜も明けた7時過ぎ。
やっぱり停電中。そして寒い。
外を見ると、大雪。豪雪。
町中がしーんと静まり返ってる。
我が家の愛車セレナのタイヤがすっぽり隠れるほどの積雪。
元日の朝、新聞も、郵便も来ない。
長靴なしでは家から出られず、家の前の道は普通車が走れない。
農作業用のトラクターがつけた轍をそろりそろり歩く。
市の除雪車が来る気配は全くない。
ここも陸の孤島?
停電が続き、テレビも、こたつも、石油ファンヒーターも使えない。
旧式の石油ストーブが唯一の暖房。
ガスが使えるので食べるには困らなかった。
雪掻きをする。
広島生まれ神戸暮らしの私にとっては何十年ぶりのこと。
実家も含めて農村地帯の町内では、野菜や果物のビニールハウスの倒壊が痛ましい。
夕方になって、電気は復旧したけれど、
家の前に自動車が入れない状態が続き、義妹家族が訪れるのを楽しみにしていたのにすべて取り止め。
なんとも辛くわびしいお正月。
夜になってニュースを見ると、島根鳥取両県ではさらに大きな被害や混乱が起きていたことに驚く。
2日になってようやく雪が雨に変わる。
神戸に戻る方法を模索して、夫と二人でスコップを手に、家の前の道の雪掻きを始めたが、
ご近所のご主人が、職場から借りてきた小型のホイールローダーで除雪してくれた。
これでやっと国道まで出られるようになり、帰途の目処がついた。
3日の渋滞を避けるために、夕方安来を出発することにしたが、米子道が不通のまま。
安来道路から山陰道、鳥取経由、鳥取道から中国道のルートで移動することが出来たが、
鳥取までの道は、乗り捨てたかのように路肩に駐車されている自動車が何台もあった。
途中、渋滞や雪に阻まれることもなく、無事神戸に着いた。
深夜0時前だった。みんな疲れてた。
しかし、家族が誰一人怪我も病気もなく過ごせたことは幸いだった。
寂しいお正月だったけれど、小さな楽しいこともたくさんあったし、
多くの教訓を得ることが出来ました。
子供たちには退屈でつまらなかっただろうけれど、結果的にはいい経験になったと思います。
最後になりましたが、今回の豪雪で被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げますとともに、
「負けないで」とエールを送りたいと思います。