喪中挨拶状がぼつぼつ配達される季節になった。
戦後の苦しい時代、古い兵舎跡で一緒に過ごした、おばさん、10月に94歳で永眠されたとの知らせである。「とうとう親なしになりました」行間に雄ちゃんの悲しみが伝わってくる。
昭和天皇が久留米に行幸の折、おばさんは出産をまじかに控えておられた。復興住宅4住宅の土間から軒数の多いほうを中廊下を歩いてを1戸1戸陛下はお言葉をかけてお歩きになった。
復興住宅は戦災で家を失った者と外地から引揚げた家族の住宅であった。迎える国民はたたみに座して、陛下はお歩きなって、ご苦労様でしたとねぎらいの言葉をかけて回られた。
おばさんはそれから2・3日して女の子を出産された。雄ちゃんの2番目の妹である。おじさんが、玉顔を拝して生まれたので玉美と名づけられた。玉ちゃんも57歳になるはずである。
94歳とは長寿であったと思うけど、お元気なうちに一度お会いして昔話をしたかったと葉書を見ながら思っている。おっとりした、優しいおばさんであった。私の母を姉のように慕い、なにかと相談に見えていたのを覚えている。
機会があったら熊本へお参りに行きたいと思う。ご冥福を祈ります。
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