君ならで 誰にか見せむ 梅の花
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大阪に会津藩の飛び領があったのは知っていました。現在の寝屋川市にかつてあった7つの村がそれだそうです。禁門の変(=蛤御門の変)の時に会津藩兵として皇室を守るために長州藩と戦い戦死した人たちの墓碑を一度見ておこうと思いました。どこかの大河ドラマのゆかりの同志○香里校の隣りの墓地にあるらしい。お墓が多すぎて見つけられませんでした。お墓詣りに来られた地元のお年寄りから中年ぐらいの人まで聞きまくりましたが誰もご存じなかったです。初めて知ったとのことです。歴史教室で地元の習ってるけど聞いたことないという方もいました。 中国拳法の老師兼喫茶店の老板(ラオバン=店主)のお店息吹永世(実名に近い)でお昼ご飯を食べる時にそのことを話しました。「皇室のために戦ったのにその後一転して朝敵となってしまった会津藩。その会津の人からも忘れられて(何人かの会津の人たちに聞いたことがありますが誰もご存じなかったです)、寝屋川の地元の人たちからも忘れられてむごい。戦争で負けるとはこういうことか。きっと大河ドラマでもことのことはふれられてないのでしょうね。寂しいです」 老板さんも「あそこの市にはブランド室があるけど。うちの市には歴史がないと言ってたけどな」私曰く「そんなことはない。知らないだけです。京都の太秦の広隆寺を建てた秦氏の族長の秦河勝の古墳もあるし、戦国時代の戦国大名畠山義豊が戦死した地でお墓が成田山大阪別院にある。それと……いろいろ歴史とか故事が多く長くなるので省略」歴史って忘れられていくものなのかな。
2013.12.30
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