しあわせのかたち

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『新世紀エヴァンゲリオン』観覧記(4)



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 先日何気なく立ち寄った本屋さんで 『エヴァンゲリオンの夢』 (東京創元社刊/大瀧啓裕著)なる立派な装丁の分厚い本を見つける。
 価格は3400円。悩み抜いたすえ購入を見送り。
 高ぇーよ。重いし。

 パラパラとめくると、著者は宗教関連書やそれを元ネタにしたSF書などを翻訳することを生業とした翻訳家らしい。1話ごとの概要とその謎解き、読解などを丁寧に展開している。キリスト、ユダヤ、イスラムなどの各宗教に造詣が深く、エヴァのオープニングに使用されている「セフィロートの図」解説や使徒の構造分析などなど、緻密に解読している。

 最終2話についての考察は読んでみたが、なかなか秀逸であった。
(ミサトさんを「錯乱の女王」と呼ぶのは独断にすぎると感じたし、三位一体説へのこじつけはちょっと無理があると思ったけどね)

 帰りに寄った古本屋で『新世紀エヴァンゲリオン』(マンガ版/貞本義行著/角川書店刊)の1~8巻をまとめて購入。しまった、前傾著(『エヴァの夢』)が買えちゃうぢゃん! と思いつつも、フムフムと読み進める。原作(DVD版)とディテールが違う部分がありますね。
 9~10巻までは既刊のようなので、いずれ買うだろう。

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<13話~16話>(DVD4枚目)

コンピュータウィルスに模した使徒がネルフのマザーPCである「マギシステム」に侵入。赤木リツコ博士がその防御プログラムを作成し撃退するのが13話。「マギ」とは新約聖書でキリストの生誕を予言した東方の三博士のことを指すわけで、作中の「マギシステム」は3つのブロックに分けられていた。

 赤木リツコの母親が開発エンジニアだったそうで、「母はマギを“科学者としての自分”、“母親としての自分”、“女としての自分”の3つに分けた」と解説する。リツコさんも「親」に対してトラウマかあるいはコンプレックスを抱えているらしい、という設定なわけね。

 なんでこう、出てくる登場人物のみんながみんな、親に対して「心的外傷」を抱えてるかなあ。まあわかりやすい構図ではあるんだけどね。エディコンですわ。やっぱりエヴァには「父性」が存在しない。


 14話は1月3日というTV公開時期の都合もあり、これまでの総括っぽい内容。13話までの各話に登場した使徒の各名称がここで明らかにされる。サキエル、シャムシエル、ラミエル、カギエル、イスラフェル、サンダルフォン等々、いわゆる「天使」の名前が使われている。イスラフェルのみイスラムに登場する天使の名前であり、冒頭に記した『エヴァンゲリオンの夢』で著者の大瀧は、「死海文書を物語のキーワードとして配置する以上、キリスト没後に成立したイスラムの天使を配置したのは庵野監督の間違い」と書いていた。

 まあほら、衒学ですから。

 同話ではテストのため、シンジ用の機体である初号機に綾波レイが搭乗。感想を聞かれ、「碇君の匂いがする」と言っている。ありていに言えば、ここらへんから綾波はシンジ君に対し、「同業者」以上の存在を意識し始める。恋ですなあ。嗅覚から入る恋愛感情ってなかなかやっかいだよね。
 体臭は重要です。それはその人の生い立ちに関わることだからね。香水の起源は人類誕生とともにあった。


 15話ではシンジ君と碇ゲンドウ、ミサトさんと加持リョウジというふたつの関係性についての邂逅が中心。どちらの関係もよじれ切っており、前者は寄り添いつつ離れ、後者は離れつつ寄り添う。父子よりも男女の関係のほうが簡単ですか。まあそうでしょうな。男女は「代わり」が効きますからな。

 最後の5分で加持リョウジが内閣調査室のスパイだということが明かされ、ミサトさんの前に「セントラルドグマ」と呼ばれるネルフの地下中枢部が見せられる。使徒と思しき怪獣(?)が十字架に模した拘束具にくくり付けられ、二叉の槍が胸にドカンと刺さっている。加持は「アダム(第一の使徒)だ」とミサトに説明するわけだが、後にそれはアダムではなくリリス(第二の使徒)だということがわかる。
 こういうつまんない嘘つくなよなあ。見てる時はたいそう混乱した。

 旧約聖書に書かれるアダムとイブ(エヴァ)とリリスは、三角関係だと捉えることもできる(ちょっと無理やりだけど)。イブとはアダムの肋骨から作り出された存在であり、ふたりは人類を生み出していく。

 それとは別に、リリスとはイブの前にアダムの妻だったとされる女性。
 リリスは性にたいして奔放であったとされ、アダムに見捨てられて悪魔化されてしまう。
 私としては、イブはアダムから作り出された「人(ヒト)」なのに対し、リリスはもともと存在していた(神ないし天使ないし悪魔だった)、という点に注目していたんだけど、エヴァ作中ではそれに引っ掛けたような話はでてこなかった。

 このアダム-イブ-リリスという関係性をもって、シンジ-レイ-アスカと模すのは無理があると個人的には思う。

 刺さっている二叉の槍は「ロンギヌスの槍」(磔刑に処されたキリストを刺したとされる槍。神殺しの武器であり、傷を治したりする奇跡も起こせる)。これは初出時からピンときた。この槍はのちにストーリー上、重要なアイテムとして登場する。

「使徒」は加持に「アダム」と呼ばれたこの怪物との接触を狙っていること。
 それを防ぐためにネルフは使徒と戦っていること。
 使徒とこのアダム(と呼ばれた怪物)が接触すると「サードインパクト」なる人類を滅亡に導く大惨事が起こるだろうと予測されること。
 実はそのサードインパクトなる事象が、碇ゲンドウとそれを裏で操る「ゼーレ」なる秘密組織が意図する「人類補完計画」の狙いであること。

 などなどがうっすらとだが見えてくる。
 ここにおいては「人類補完計画」の全容、つまり「どういう状態が、“人類が補完された状況”だと言えるのか」という、計画そのものの目的は明らかにされていない。


 16話。見る前からタイトルの「死に至る病、そして」が気になっていたわけだが、それについての説明はほとんどなかった。

 巨大な球状の使徒が登場する。内部に虚数空間と呼ばれる、まあドラえもんの四次元ポケットのような空間を持っており、そこにシンジ君が搭乗する初号機を取り込んで出してくれない。
 救出作戦の甲斐なく初号機の電池は切れ、青息吐息のシンジ君の回想シーンが流れる。夕暮れを走る電車内でシンジ君は自問自答を繰り返している(『暗夜行路』の時任か?)。自意識過剰全開で、両親や友人との関係性に悩み苦しむシンジ君。

 共感される方も多いシーンだと知りつつあえて書くが、自意識過剰による自己嫌悪は、自己を決定的には傷つけない(これは私の信仰なんだけどね)。たとえそれが長く続き終わりが見えなくても、だ。自己を本当に傷つけられるのは他者だけだ。
 自己嫌悪はどこかで自己に甘い。
「自分自身で自己を傷つけ、悩み苦しむ各登場人物」というのは、エヴァンゲリオンという作品全体を覆うキーカテゴリーなんだけど、私は「それは子供の理屈だよ」と思っている。
 平たく書くと、甘ったれてねーで他者と向き合え、ということなんだが。

 他者を傷つけ、傷つけ返されることでしか人間は「人」たりえない。
 これは庵野監督も視聴者に伝えたいテーマだったことは想像に難くない。


 また、同話には重要なシーンのひとつに、綾波がアスカに対して「あなた、人に褒められるためにエヴァに乗ってるの?」と問い掛けるシーンがある。アスカは「そうよ、悪い?」と興奮して返すわけだが、これはアスカが正しい。もっと自信をもって返すべきだった。

「あなたはなんのために生きているのか?」などという質問を他者にするのは、自分が確固たる信念をもっている時に限るべきだ。綾波はなんのためにエヴァに乗っているのか。なんのために生きているのか。それは「他者に自己を認めてもらうため」ではないというのか。

 結果的にこの質問を端緒にして、アスカは追いつめられていく。
 アスカは認められたがっていた。誰よりも「他者からの評価」を露骨に気にしていた。「それは虚しいことなのかもしれない」と気づいた時、アスカは「ひとり」だということに気づき、無償の愛(母からの愛)を求めている自分に向き合うことになる(これにはアスカが幼い恋心を寄せていた加持リョウジとミサトさんのヨリが戻る、ということも重要だ)。

 近代社会成立以後、「そんなもの(無償の愛)は幻想だ」ということになっている。まあそりゃそうだ。江藤淳はその著作(『江藤淳コレクション1』内に収録された「明治の一知識人」/ちくま学芸文庫)で、夏目漱石について「彼(漱石)はエゴイズムと愛の不可能性という宿痾に悩む孤独な近代人として生きなければならなかった」と書いている。

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 本項は前項までと違い、(これまで意識して避けてたわけだが)1話ずつその構造とキーワードを見てみた。案の定、長くなったわりに中身があんまりない。むううううう。

 ただこのあたり(13話くらい)から、数話まとめて考察することが難しくなってきている。1話内に盛り込まれる要素がケタ外れに増えているのだ。おまけに触れる範囲が多様多彩になっている。もうね、あっちにいったりこっちにいったり。
 衒学要素も露骨になってきた。

 具体的にいうと、私が「お、これは」とか思うシーンがメチャクチャ増えているのである。まったく面倒な作品だよ。とほほ。


「衒学的」と書くと大変卑下した言いようだが、「知的好奇心を刺激」と書くと、それを否定することはできないな、と思ってもいる。特に、かつて文学理論系を学んだ身としては辛い。(身についてないのがもっと辛い)

 いまは「意味を求めてしまう病」みたいなことを考えつつ、探しものは続く。



(5/12 12:44頃微修正)>刺さっている三叉の槍は「ロンギヌスの槍」(修正前)
 どう見ても「二叉」です。本当にありがとうございました。

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