夜明けの晩

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2004年11月10日
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カテゴリ: 掌編
 六月の日曜日。包まるように深く布団を被ってベッドでうつらうつらしていた由佳は、遠くの方で聞こえる音に目を覚ました。
 ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、────
 聞こえたのは脱衣場の洗濯機の音。
 眠れないまま朝を迎えて、半端な眠りで身体全体がだるく重い。洗濯が終わったのだと、わかっているけれど起き上がりたくない。
「んー……」
 我知らず出たうめきは、昨夜出たものと同じだった。
 昨日由佳はデート中、彼と大喧嘩した。きっかけは些細だった。自分の話したことへの、彼の心無い応対にカチンときた。それで怒って口論になり、その場を別れてきてしまった。
 ありがちなシチュエーションだけれど、やってみればわかる。不快感が収まるのはほんの数瞬で、やっぱりそんなことだけで気が晴れるわけはなく…。彼のことが気になっても、自分からは連絡できず。結果うめきやらため息やらで、一晩が過ぎた。さっき出たうめきは、その時のものと一緒だった。
 しばらく横になっていたものの、けれども結局由佳は半身を起こした。ぐずついた天気で外は薄暗いけれど、もう大分いい時間だろう。

 でも…。浅い眠りから覚めた時に、その前の嫌ぁな気分まで甦ってしまった。このまま横になっていても、もう眠りには戻れない。
「はぁ……」
 凝り固まった首筋を、無意識に指で揉みほぐした。長い髪もそのまま、だらだらと脱衣場に行き、溜め込んだ一週間分の衣類を洗濯カゴに移す。
「あぁ……」
移しながら由佳は呟き、ひゅるうと力が抜ける気がした。ポケットティッシュまで洗ってしまった。洗濯物が、ちぎれたティッシュだらけだ…。
 梅雨の季節になって付けっぱなしの、寝室のつっぱり物干し竿。そこに角型ハンガーなどを掛けて、由佳は洗濯物を干し始めた。

 昨日の嫌ぁな気分より、もっと憂鬱になった。さんざんやったリプレイを、また脳裏でくり返す。


 三つ年下の彼は、二十六歳の若手デザイナー。勝気でわがままで才能があり、けれど繊細で甘えん坊なところがあって、そこが可愛いと思う。結構いい会社に勤めていたけれど、去年人間関係のトラブルで退社。それからは独立という名の、フリーターをしている。
 彼がフリーターをしていることを、由佳は別に気にしていない。当然収入は少ないけれど、制約が減った彼のもの創りは、楽しそうでいい。
 いざとなったらできる範囲で、自分が生活を支えてやろうとも考えていた。幸い自分は総合職で、普通のOLよりは収入もいい。働き続けるつもりだから、結婚も急がない、はずだった。
 いや、結婚は今でも、急ぐことはないと思う。今の彼には負担になるだろう。籍を入れることで責任感や、余計な重荷を背負わせたくない。

 それでデートの途中でさりげなく軽く、さらっと尋ねようとして、失敗してしまったのだ。
 楽しそうだった彼の顔が、ムッとしたような、不機嫌な表情に変わる瞬間が目に焼きついた。
「それって遠まわしな別れ話?」
「ちが…」
「んじゃせっかく楽しかったのに、なんで急にそんなこと言い出すの?」

「そんなことって…」
 彼にとって結婚は、再就職を促す前振りに思えたのかもしれない。元々退職に反対だった親に、うるさく言われている話は聞いていた。過剰反応する気持ちもわかるとか、自分はそうじゃないんだとか、いろいろな言葉が渦巻いたけれど。
 先の言葉は続かなかった。結婚、とただ聞いただけで曇った彼の顔を見ているうちに、由佳の胸で暗雲が濃くなっていく。
「もういいわよ!」
 それは由佳の中で、怒りにすり替わった。吐き捨ててからその後の、会話はもう覚えていない。
 でもしたことは覚えている。口論の末由佳は、免許のない彼を出先に残して車で帰ってきてしまったのだ。
 大人の男だし勿論、家にはなんとか帰っただろう。気にはなるけれどその点は、心配していない。
 大人気ないのは自分だ。なんであんなことをしてしまったんだろう。
 帰り始めた時は怒りでいっぱいだった心に、運転しているうちに悲しみが混じった。そのうちに自己嫌悪と、よくわからないもやもやしたものまでがごっちゃになって…。
 そうして。自分からは連絡できずに、彼からの連絡もなく。
 自分が悪かった、いや仕方なかったとか、彼が悪い・悪くない。あーすれば、こうすれば…と、由佳は夜じゅう思った。それからこの先をあれこれ考えては、眠れないまま朝を迎えた。
 朝になってため息を吐きながら、適当に洗濯機に洗濯物を入れ、由佳はベッドに入ったのだった。


 タオルの端の両角を掴んで、大きくバァサッ、バァサッと振って、ティッシュと皺を飛ばした。ポケットティッシュは丸ごと洗ってしまったのか、洗濯物に付いた量も半端じゃなかった。普通に干すなら一~二回で済むのに、ちぎれたティッシュのせいで四~五回は振り。更に掴んでいた側のティッシュを振り落とすのに、持ち替えて三~四回。
 洗濯物は一週間分。湿気の多い室内で、由佳はその単調な動作を、何度も何度もくり返した。衣類を四枚程干しただけで、身体が汗ばんできた。
 バァサッとするたび洗濯物から、羽毛のようにティッシュが舞い落ちた。気づくと床だけでなく、自分の服にも、髪にもティッシュのクズが付いていた。
 服に付いたティッシュを掃って、髪の毛のティッシュをつうっと引っぱって取った。そしてまた洗濯物を振った。持ち替えてまた振って、ハンガーに掛けた。
 ティッシュはほとんど床に落ちたが、胸を見るとひとつふたつ、また由佳に付いていた。またそれを掃って、カゴから洗濯物を取った。
「はぁ……」
 もう嫌だと思いながら、由佳はまた洗濯物を振った。振りながらやりきれなさが募って、なんだか泣きたいような気分になった。 
 なんでこんなことしてるんだろう?
 どうしてこんなことしなきゃならないの?
 持ち替えてまた振って、それをハンガーに掛けて。
 原因ならわかっている。それはティッシュだ。
 でもそれがどこに入っていたからなのかなんて、そんな理由はわからない。
 また洗濯物を取り上げて、また端を掴んで振り。
それとも悩みと忙しさにかまけて、こんなに溜め込んだ自分が悪いのか?と思って見たり。
 持ち替えて振りながら、自分が洗濯機に入れてしまったのが悪いのだと思う。
 けれども、また干しながら、でもティッシュは使うんだから仕方ないじゃない。と、否定してみたり。また次の服を取って、捨てたいな。と、ふと思った。
 まだカゴに残る洗濯物と、広範囲に散らばったティッシュと、重だるい自分の身体と、やりきれない気持ちと。
 こんなに散らかったティッシュを、誰が掃除するっていうのよ。床も自分もベッドまで、クズだらけじゃない!
 苛立ちに、持っていた服をカゴに戻したけれど。
 その直後に思った。
 一~二枚ならともかく、こんなにたくさんの服、捨てられるわけないじゃない。
 そう思ったら突然、この洗濯物への気持ちが昨夜の自分とだぶった。
 喧嘩の原因はわかっているけれど、理由なんかわからない。理由に思える行動には、更にその理由があるのだ。遡り続ける理由、喧嘩の原因ができた理由。どこまでも辿ればそれは、彼と付き合いだしたからになり、それをどう思うかといえば、仕方ない。だって必要だったんだから。と、由佳は思うしかなかった。
 こうなってしまったからといって、なったことはどうしようもない。
 面倒だからといって今更、
「捨てられるわけないじゃない…」
由佳はぽつり呟いた。
 猛烈な悲しみとやるせなさが襲ってきて、由佳は干し終わっていた衣類を、力一杯引っぱった。
「そうよ、捨てられるわけないじゃない!」
 バラバラと外れるハンガーと、ドサッと落ちる洗濯物。濡れた洗濯物を抱えて、座り込んだ由佳は号泣した。
 彼と付き合いだしたことも、喧嘩の原因が出来たことも、それはもうどうしようもない。
「捨てられるわけないじゃない。服も、彼も、…」
「由佳、大丈夫!?」
 呟き途中の言葉が、小さな驚きで喉に吸い込まれた。
「ピンポン押したんだけど、返事がなかったから。合鍵で入ったら、由佳の声が聞こえて…」 
 背後に立っていたのは、合鍵を持った彼だった。
 それでまた悲しみが込み上げて、由佳はさめざめと泣いた。
 彼は、由佳を向いて隣に屈み、自分の方を向くように、両肩にそっと手を置いて促した。それから両膝に手をついて座り、そのままふうっと深呼吸して、神妙な顔で話しだした。
「昨日由佳と別れてから、オレ、いろいろ考えたんだ。なんで急に由佳があんなこと、言い出したんだろう?って。結婚なんてしなくてもいいって言ってた由佳が、なんで急にって…」
 彼が由佳の顔を窺うので、しゃくり上げながら由佳は訊いた。
「…それで?…」
「親がうるさいのかとか、お見合いの話でもあんのかとか、いろいろ考えたけど、そんなの、今始まった話じゃないし。────違うんだろ?」
「…………」
「それは由佳にどうしても、結婚しなきゃならないワケができたからで、それってオレの勘違いじゃなかったら…」
 彼は一度咳払いをして、それから言った。
「勘違いじゃなければ、妊娠、したのかなって……」
 由佳は応えず息を凝らして、じっと彼の次の言葉を待った。
 次に来るのはどんな言葉だろう?もし、想像したよくない方の言葉だったら、私は……。
 そうして祈るような気持ちで、彼の顔をみつめながら。何も言わなくてもここまで理解してくれる彼を、やっぱり好きだと由佳は思った。
「オレは年下でこんな生活してて、頼りないかもしれないけどそんなんじゃなくて。由佳がオレに気ぃ遣わせないようにって、黙ってたんだろうって思った」
彼が、由佳の前髪からティッシュのクズを取った。
「こんなになるまで由佳ひとりに負担かけて…」
 そしてちょこっと頭を下げて、
「ごめんっ」
と小声で謝った。
 それから腰を少し浮かせて、パンツの後ろポケットを片手で探りながら、
「オレ……、こんなんだけどさ。昨日の夜から知り合いの工房行って…」
使用後みたいなくしゃくしゃの、白いティッシュの塊を出した。
「作ったんだ。コレ…、もらってくれる?」
 それを見た由佳の口から、声にならない息と、また涙が溢れた。
 ティッシュごと渡されたそれを、由佳は両手で受け取り、目を閉じて胸に押し当てた。
「…ありがとう……」
「初めて作ったからさ。あんまカッコよくないけど、気持ちは入ってるから」
「…うん……、うん……」
 由佳は大きく頷きながら、そっと手を開いた。
「いきなりコレじゃおかしいかな?」
 心配そうに彼が訊いた。だから由佳は大きく、首を縦に振って答えた。
「うん。おかしい」
「え!?」
 動揺した彼に、由佳は優しく微笑んだ。
「よりによってなんでティッシュ?これじゃ落としたら、見分けつかないじゃない」
 確かに二人の周りには、ちぎれたティッシュがいっぱいだった。けれどもいくらなんでもそれはありえない。冗談と知った彼が、ほっとした顔で笑った。
「そっか。じゃ、つけてやるよ」
 くしゃくしゃのティッシュから彼は、いびつな手作りのウエディングリングをつまみ上げた。


                                  〈終わり〉       






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Last updated  2004年11月10日 14時32分58秒
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