実は7月の約一ヶ月間、ひっじょぉーに刺激的な時間を過ごさせて頂いた。
「ロミオとジュリエット」
本当に本当に幸せな時間だった。
蜷川さんが演出する作品は2014年だけで十本以上。当然稽古が同時進行になったり、膨大な打ち合わせを重ねなければならないという、おそらくは日本で一番忙しい演出家。
しかし、先日千秋楽を迎えた「太陽2068」の稽古場でも感じたが、「多忙故の妥協」などというものはどこにも存在しなかった。
稽古場の誰よりも熱量に溢れ、常に冒険心に満ち、役者やスタッフが受け身であることを決して許さず、銃口の様な眼光と、弾丸の様な怒声でカンパニーを遥か彼方の頂へと導かんとする姿は紛れもなく「世界のNINAGAWA」その人だった。
稽古場は常にフリージャズのセッション風景のようだった。
一人一人が作品に対する責任感を持ち、蜷川さんはその誰しもに「発想の自由さ」を求める。
しかし決して野放図にはしない。
「センス」や「感覚」と同時に、表現者としての「技術」を問う。
シェイクスピアを演じるために必要な精神を「手取り足取り」ではなく、卓越された言葉によって示し、「自発的な演技」によって十四世紀イタリアのヴェローナの街を描かんとする。
蜷川さんは稽古場で若い役者達によく「選ばれた人間でなければ舞台に立ってはならない」と言っていた。
その言葉からは、最初から選ばれた都合の良い人間はいない、という意味も含まれているように感じられた。
「自分は選ばれた人間である」
そう信じられるための努力と研鑽を惜しまないこと。
決して受け身にならず、どんなに恐ろしくても発信をし続けること。
優れた才能が多くの経験とこの上ない努力をした先にある、技術に裏付けされた魂の表現。
それだけが世界を変える力がある。
初日の舞台は素晴らしかった。
これまでの戦いの軌跡を感じ、僕自身は何一つ作品に関わっていないのに、無性に胸が熱くなったが、もちろん僕の心を最終的に激しく動かしたのは「その日見た一度きりの作品としての素晴らしさ」だ。
こぎれいなロマンスだけでは決してなく、卑俗性、笑劇要素、シェイクスピアが描いた全てを余すとこなく視覚、聴覚に訴えかけてくる。
さらにオールメールという手法により、演劇性がどこまでも深まっているように感じられた。
古典の食わず嫌いな人にほど見て欲しい。
小難しいことなど何もない。
ただただ面白い演劇が見れるはずです。
PR
サイド自由欄
フリーページ
コメント新着
キーワードサーチ