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先日、PHIエッセンスのワークショップ中 プロテクションというコンビネーションボトルが回されて 皆さんとのんでいて 帰りの船はいつもより楽に帰ってきました。 コンビネーションボトルというのは いろんな種類のエッセンスが目的別にミックスされたもので 例えば、来日してすぐワークショップ、終わればすぐ帰国 みたいなコルテさんは時差ぼけ対策のジェットラグ、なんてボトルがポケットに。 ストレス向け、子供時代のトラウマに向けたもの 男性エネルギー、女性エネルギー、それぞれをサポートするもの 気の活性化のためのもの、豊かさや、美しさのためにと いろんなものが世界中で作られています。 過去に、夜行バスや大型船の大部屋など酔うのが常だったけれど ホメオパシーやエッセンスでだいぶ楽になったのですね。 でも、今回は出がけに元々元気がなかったので ちょっと大変でした。 気にあたるとかいい方しますよね。 そういうと、周りにいる人の持ってる気が良くない気 みたいに、平気でいる人を悪くいうようですが そういうことでもないんです。 ただ、気にあたりやすい人は自分を守ることは大事で それはお互いのため。 みんな騒音や振動に平気でいるところで 私は耐えられないワーってイライラした気を発してるのも できればそうじゃない方がいいわけです。 人ごみや乗り物が苦手な方は オーラにマスクするようなものと思って プロテクション系のコンビネーションエッセンスを使ってくださるといいかもしれません。 ボトルを持ってるだけで呼吸が深くなるのがわかります。 呼吸の浅い大人が多いです。 エッセンスボトルでオーラフィールドに触れてると 呼吸が変わったりするのはセッションでも自分でも多く体験してますが 気の流れとオーラのながれがちゃんとつながってるってことですよね。 1日1回、朝に深い深呼吸をするだけでも 免疫力は活性化するとききました。 ウイルス系の病気は毎年何かしら話題になりますが 名前や情報に過剰に反応せずによいよう 体調に気を配ってくださいね。 何かの形でわたしたちの仕事や、何かしらのことの代わりをしてくれる人はいても わたしたちの体のお替わりはできません。 そう、保護系のエッセンスはオーラのマスクっていってもいいかな。浄化系はシャワーっていったらいいのかな(^^)免疫力を高めてくれるエッセンスなんて言うのもありますよ。病気の心配をするより、内外から健康でいられるようなケアをいろいろ試してみましょう。
2006年12月22日
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新月の晩に新しいホームページをはじめて見ました。こちら→今度の新月はこれまでいろいろがんばってきてどうにか形にできそうなものの上棟式なんだそうです(^^)こちらも一緒のリニューアルです。
2006年12月21日
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まずお花の話題高校生の頃、ひとクラスにひと鉢、お花を贈ってくださった方がいた。扱いやすいベゴニアだったにもかかわらず、枯らしてしまったクラスは少なかった記憶がある。作り付けの本棚を一段占有してビニールを張り、温室にし、枯らすどころか増やした友人がいた。仲が良かったので手伝いもし、彼女の行動が友人として自慢だった。私は、花だらけの庭を愛する祖父のもとで育ったけれど花どころでない高度成長期の両親の気ぜわしさの影響の方を強く引き継いだかもしれない。櫻井よしこさんのブログで荒れた学校がお花を植える、世話をする活動でかわったという記事があった。http://blog.yoshiko-sakurai.jp/2006/12/post_489.htmlそして本、ちょうどクリスマスの季節物質の豊かな国で、数えきれない子供たちが願った通りの贈り物を手ににこやかな笑顔を浮かべる。それはすてきなことだけどもしゆとりがあれば「これは」と伝えたい何かがある本を選んで添えてはどうかとおもう。親のいうことなんて聞きたくないけどプレゼントは欲しいっていう子には特に!そしてその二つをつなぐのがみどりのゆびというおはなし。http://www.amazon.co.jp/みどりのゆび-モーリス-ドリュオン/dp/4001141019/sr=1-1/qid=1165968733/ref=sr_1_1/503-9655766-2715167?ie=UTF8&s=booksよし子さんが記事で紹介してくださったことがそのままの、大人も子供も親子で読んでほしいお話です。
2006年12月13日
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お風呂にフラワーエッセンスを持ち込む。自分で自分のために作ったミックスボトルだから温度が上がっても腐りはしないでしょう。今回のものはアルコールは濃いめにできていると思う。管理は自己責任だわね。不登校の子どもについての担任の先生とのやり取りを思い出す。先生は、依然きつく叱った事を気にしてらした。子どもは全然気にしちゃいない。宿題を溜めている事などもおっしゃっていた。子どもはあまり(^^;)気にしちゃいない。勉強の遅れなども指摘された。子どもは全然困っていないと言う。・・・噛み合ない・・・(ーー;)先生が何か気にしているという重たい気は受け取るようで、学校に行くのが気が重いって言う「気」が出来上がってるかも。私はあまり「問題」として大きくとらえていない。先生にとっては「問題」だから延々と時間を延長して「問題」をつつき回すような会話が続いた。・・・結局のところ「問題」は、この場合先生と私が大きくしている。子どもにしてみたら、頭の上に漬物石積み上げられてるようなものだ。「問題」でない事を「問題」として巨大化させないためになんでもっと早く言ってくれないの?私から言えば良かった瞬間を発見したりもする。学校は無記名アンケートや無記名学校評価が多い。いつからこんな事に忙しい先生たちのエネルギーや時間を消耗するようになったのか?はじめて学校評価アンケートなるものにであった時子は大人たちの鏡なのだからという主旨から親として子を学校に送り出す姿勢などに置き換えて自己評価としてもちろん記名で提出した。通販でも、どこでも、評価評価・・・評価や人の目がなければその人自身の最善の行動がとれないって言うんじゃちょっと情けない・・・と言いつつ、最近来客を迎えていない我が家は掃除手抜きモードが・・・(^^;)子どもを育てるのに、周囲の人たちの対話やコミュニケーション足りなくないかな~って思う。目の前の子どもの気になる事ためてちゃいけないよね。子どもたちに伝わるのはたまった、滞った流れだから。最短、最善の「問題」消化のために「言ったってやらない」「いくら言っても」は禁句と思いたい。だって、これって子育て放棄だわ。相手は子どもで、こちらには教える責任があるんだから。私に言い聞かせてるんですよ・・・。私自身、この子はいくら言っても、と言う親の言葉を聞いて育っているけれど、いくら言っても聞かないと言って、「聞かない」子のままでいいってこと無いでしょう?親のせいにできない、母になった私と子どもたちの間の事。調合したエッセンスの中に《新しい次元での自立》をキーワードとする花がある。自立と言うと、経済的自立が大きくとらえられているけれど精神的自立のわかりやすいところで、自分のどんな選択も人のせいにできないというあたりを確立できていない大人が多いのが現実。行政や企業間でも責任転嫁のたらいまわしよくあるでしょ。不登校にあたって、勉強の遅れや、お友達との距離感など、考えうる事、あるいは、後に面談などで先生方に言われたような事はすべて、「学校に行きたくない」が始まったところでたっぷり話してあった。行き始めて困る事は全部自分の責任、って納得しつつそれでも行かない、行きたくない、とクリアだった息子は偉いと思う。後は、強制的に学校に引っ張ってったところであまり意味をなさないと思った。私は長い人生の中でのたったの1~2週間と考える。先生方は、1日2日、1時間2時間と遅れた分を、ていねいに考えて下さっている。噛み合ないのは当然。先を見越して学校の進度を想像してやれるだけやろうと言ったのに応えてよくやっていた。家の事も普段以上に要求され、よくやったよね。そうやって出て行ったにもかかわらず出て行った息子が何の問題も感じていないにもかかわらず「問題」を最大限にクローズアップしての面談での対話だった。 「問題」はここで行動してたら片付いてたんだね。あなたは悪くないよ。先生には授業以上にいい勉強をさせてもらって感謝です。先生、とにかくためないで下さい!!!これまでも何度言った事か・・・(^^;)それじゃ現実的にどう対処するか、というのでついにメールアドレス置いて来た。間に入るおかあさんのためにも「先生が」問題に感じる事態には「あなたがそう感じなくても」ていねいに対処する事、と、いいきかせたのでありました~~やれやれ。実りの多い不登校体験でした。
2006年12月01日
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