December 25, 2007
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メリークリスマス!

と言いつつ、クリスマスは、終わってしまった~☆



でも、イブは、思いがけない人と映画を見ることができ、なかなかのクリスマス♪

見た映画は、これ。


「いのちの食べかた」http://www.nanagei.com/movie/data/189.html


・・・イブに見る映画じゃないけれど、わたしらしい気がします。

実は、うちの母親もヨーロッパ映画祭のときに見ており、

母親の感想は、「グロイ」でした。



そんなシーンがないことはないけれど、美しい映画でした。





「わたしが今まで、「いのち」だと思ってきたものは、なんなんだろう?」と、言う感想です。


小学校のときの無着先生のことば、「いのちをいただきます。」

友人が、外国人に「いただきます」を教えるとき、

使っていた言葉は「give me your life !」おいのち、ちょうだい!



日本で、野蛮だと思われている「人食い人種」とよばれる人だって、実はとても神聖。

「あなたは、わたしの血肉となり、生き続けます」・・・という最大の供養をしている。



その命をいただくおかげで、生きていられる・・・と

その命をいただいたからには、使命を受け継がせていただきます・・・と


思える食事をしたい。




夏のスペインで、闘牛をみた。

牛は、マタドールと闘って、死んだ。 




その闘牛場の楽屋よこに、教会があった。闘牛士は、試合前に、祈りをささげていた。

どちらも真剣勝負だ。




けれど、映画にうつる牛には、命の尊厳がまったく感じられなかった。


人工的に受精され、生きたまま母牛の横腹を割かれて、生まれてきた仔牛。

ベルトコンベアーで、運ばれ、檻に入れられ、


そのまま、天井から脚を吊され、機械で、運ばれていく。

そして、皮をローリングで剥かれ、つるっとしたら、

人がその牛に刃を入れる。すると、大量の血と、水分がざーっと流れ出る。

吊されたまま、コンベアーは動き、

機械の刃がおなかを裂く。内臓がデロンと出てくる。


今度は、内臓ばかりを集めたものを仕分ける。

食べられるモツと、そうでないものに。


それも、流れ作業。

みんなヘッドフォンをしている。機械の音が大きいからか、

感覚を麻痺させるために音楽をきいているのか。




これが自動車工場なら、こんな違和感がない。


動物、植物をこんな扱い方するということは、自分もそうされるということだ。


死の間際でさえ、命の輝きを尊重して、生きていたいのに、

生きて命があることを無視されている。



今、自分が、生かされていることを忘れている。



・・・でも、結局、命に意味をもたせているのは、自分で、

「あると思う幻想」なのかも知れない。




禅タロットで引いた「無」のカード。

 「自分に人に、何かがあるという幻想をてばなす。」


というメッセージ。

「命」ですら、何かがあるという幻想なのかも知れない。


在ることと、ないことが共存している。


無からはじまり、無へ帰る。

有からはじまり、有へ帰る。



どちらも含むのだった。



意味があるものであり、

意味がないもの。



両極の真ん中を自由に動く。

二元論でなく、一元論。


どちらも含む。

命は、意味があって、意味がないもの。


自分が選べばよい。

生きたい世界、自分とひとつになるたべもの。









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最終更新日  December 26, 2007 02:41:39 AM
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