PR
カレンダー
コメント新着
フリーページ
キーワードサーチ
それ以前のキリスト教の人間観はどういうものであったかといいますと、これはプラトンやアリストテレス以来の考え方なのですが、人間は霊と魂と肉体からなるものということが基本的な考え方でした。日本でいいますと一霊四魂といい、人間というものは4つの魂(「あらみたま」「にぎみたま」「さきみたま」「くしみたま」)と霊があり、霊・魂・体という見方をしていました。
この9世紀の教義は「人間には魂と体だけで、霊は教会の中にある」ということになり、人間の中に霊は存在せず、教会の中に聖霊が生きておられて、信者にならなければ霊性にふれることはできず、異教徒は迷える子羊になり、悪魔の誘惑に堕ちてしまう」というように定められたのです。
シュタイナーはその教義に反するような「霊・魂・体」説を打ち出したものですから、異端者にされてしまいました。いまでも英語では霊はSPIRIT、魂はSOULで、辞典を引くとSOULは心・魂・精神とでていますし、SPIRITと引くと同じように心・精神まれには霊、と出てきます。ことばの上でもSOULとSPIRITとは厳密に区別されていない状況なのです。
しかし、1970年代くらいにアメリカのニューエイジ・ムーヴメントが起こってから、チベットから大勢の人が亡命して、チベットの密教が影響を与えたり、学生運動が盛んになって近代合理主義への批判が生れたり、仏教や東洋哲学を勉強し始める若者が増え始めたことなどにより、人間のなかに霊性が宿っているらしいということになってきたのです。
高橋巌(シュタイナー研究家)
東京シュタイナーシューレ2期生の斉藤工君 2011年01月10日 コメント(8)
雁屋 哲の「美味しんぼ日記」 2010年10月23日 コメント(6)
人生の試練に出会ったら。。。 2010年08月15日