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2008年08月25日
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カテゴリ: ポンポコ日記


三月には一旦は、必要最小限の身の回りのものだけを知人のところに預けることにして部屋から退去することにした。
ところが知人の車を借りて荷物を運ぶ最中に私は物損事故をおこしてしまった。
その後、負債の督促に車の修理代の請求まで重なって、精神的ストレスは募るばかり。
結局友人の弁護士の勧めもあってマンションのオーナーが裁判所に訴えるのを待ち、その判決が出るまで部屋に居座る事にした。
社会人としてはやってはいけない、図々しい卑怯な始末の仕方だ。

そして4ヶ月。
有り金14円で1週間過ごしたり、3日4日食べれなかったり、電気、電話、ガス、水道、ネットを度々止められたが、それは収入を得るために働かなかったから当たり前のことで、むしろ充実した穏やかな癒される時間を過ごす事が出来て私は本当に幸せだった。
読みたい本を読み(半年間に約70冊)、季節を感じさせる川辺の道を散歩し、走り、近くの川で釣りをしながら過ごす事の充実感。ネットの束縛から離れ、煩わしい電話に邪魔されることなく過ごしたゆったりとした時間の流れは本当に貴重なものだった。

実際元『相棒』はよく言った。「自分勝手な人! オーナーの事考えなさいよ!どれだけ迷惑してる事か!」って。
確かにその通りだろう。
しかし彼女にとっては、私の事より、オーナーの事が心配だったのだろうか? 
彼女の常識外の私の感覚をかたきの様に感じたのだろうか? 

五月に判決が出て六月末日までに部屋を退去しなければいけなくなった。
その決定は住宅保障会社の都合で、七月半ばに変更になった。引越し代も無い私は住宅保障会社の言う処理方法に従わざるを得ないのだ。
やはり、熊本に帰ろうと私は思った。

障害者であった妹のために熊本に帰る事は私にとって既定の事で、実際におよそ20年前、一旦は帰熊しようとした。それが色々な事が重なり、その事を果たせず、妹も亡くなってしまった。
妹の事はさておき、それ以来私は熊本での自然との一体感のある生活を望んできた。
平たく言えば、土いじりと釣りの出来ない生活に私は耐えられないのだ。

ところが荷物を搬出する5日前、仕事仲間から連絡があって、熊本に帰るのを一ヶ月位延ばせられないかと言う。三食付けて彼の家に居候させてやるから、今度彼が手がけることになったプロジェクトを手伝えというのだ。

しかしそれから何回も電話がかかってきた。
プロジェクトのテーマ自体は非常に面白い。
すでに失いかけていた、仕事に対する興味が少し復活した。
結局、引越しの前日OKの返事を出し、私は彼の家に3週間居候した。

居候して早くも2日目に私は激しく後悔した。

何の因果で…と思いつつ、それでも3週間我慢した。その間、私は彼から「お前は口を挟むな!」と怒鳴られ続けた。私は貝になって日を送った。本当はすぐにでも彼の家を出たかったのだけど、結局私の主張した方式でプロジェクトを進めていくのが、一番合理的だと彼も納得して、その方式でやる事になったので、言った手前責任も生じて、3週間我慢した。煮詰まったのは彼の方。大体の方向性が定まった日、体制が整ったのでお前はもう熊本に帰って良いよと言われた。態の良いお払い箱。でもホッとした。
同時に困ってしまった。
実は私の熊本の実家はすでに無い。
熊本には姉の家があって、部屋の家財はそこに送った。
ところが姉は東京の人間と再婚しているので、熊本には月の内1週間位しかいないのだ。
そしてその頃、姉は熊本にいなかった。
つまり、熊本に帰っても、姉の家に入ることも出来ず、泊まる処が無いのだ。

そこで以前から暫く過ごさないかと声を掛けてくれていたここ埼玉北部の街に2週間前にやって来たという次第。
友人の父親が一人で暮らすこの家を訪ねたのは初めての事。
父上とも始めて会った。
それから2週間。

人生の道半ばにして 正道を踏み外したわたしは 目が覚めると暗い森にいた(ダンテ『神曲』地獄偏1.1~3より)

ここに来る時には電車でやってきたが、先週末東京に仕事の事で呼び出された帰り、電車賃も無くなったので、親戚に預けておいた自転車を走らせて帰ってきた。直線にすれば約60キロであるが寄り道をしたりしたので約90キロ。
7時間かかった。
12時を過ぎた夜中の道を一人帰ってきた。
数日前までの暑さが嘘の様に肌寒い日であった。
それは熊本まで自転車で帰れるかというテストも兼ねていた。

自転車で熊本まで帰るかもしれないと話すと、周りから呆れられ、リアリティーがないと言われた。
熊本までの航空運賃を出そうかと言ってくれた人間もいた。
それらに対して私は上手く反論出来なかったけれど、私にとって、(実際にやるやらないは別にして)自転車を使って帰熊は凄くリアリティーのあることなのだ。
釣りをしながら帰ることは私には生きる意味のある行動だと思える。
決して航空運賃がないから自転車で行こうというのではない。
第一自転車で帰った方が余程高くつくのだ。

山口県防府市に生まれ、放浪の旅に生涯を送った自由律の俳人、種田山頭火。
彼は熊本でも長く暮らし、熊本の事を第二の故郷と呼んでいる。

分け入つても分け入つても青い山

まつすぐな道でさみしい

昨年仕事で御一緒した著名な劇作家は、以前NHKのためにその山頭火を主人公にしたドラマを書いておられる。
打ち合わせをしている時に、その話が出て、「私、山頭火が好きなんです」と先生に話したら、「君、山頭火に気質が似てるかもしれないね」と笑いながらおっしゃった。

おちついて死ねそうな草萠ゆる

いい気なもんだと思うかもしれないけれど、自転車での帰熊は、私にとって山頭火の放浪吟行と同じなのだ。
自然の呼吸と行為と感覚が一体になること。
それこそが生きる意味だと思う。

熊本では友人に頼んで熊本市から車で2時間程かかる九州山地の山の中(そこは祖父と父の生まれ故郷でもある)と海に面した天草の2箇所で仕事を見つけてもらっていたのだけど、それは、仕事の内容で頼んだのではなく、場所、生きる意味のある感覚を味わえる場所に行きたいと思ってリクエストしていた。
別にどうしてもやりたい仕事だったわけではなかったから、熊本に帰るのを延ばして、仲間の仕事を手伝った。
後から熊本での仕事は他の人を採用したと連絡があった。

仲間の仕事を手伝って、改めて長年携わってきた仕事の面白さに興味を持った。
その意味ではどっちつかずの宙ぶらりん。

今までの仕事をしながら生きていければ幸せだろう。
しかし、現実には、身に一銭の金も無く、オーダーが入っても意に叶わぬ仕事ばかり。だったら、やはり生きる意味を感じられるところで生きていった方が良いのかとも思う。

高村薫の『照柿』の中に「階段を上りながら、この右足は憎悪、左足は未練だ等と考えた。一段事に入れ替わる。憎悪、未練、憎悪、未練」という一節があった。
私は元『相棒』への激しい『想い』の中で生きてきた。つまり『未練と憎悪』。
元『相棒』への想いだけではなく、仕事に対してもそうかもしれない。
意味の無い仕事はもうやりたくないという想いは、ここ数年強くなっていたし、去年会社を辞めた時点でやはり人からオーダーされた仕事はもう止めようと思った。辞めた後仕事のオーダーは幾つかあったし、今でも営業活動をすれば幾つかの依頼はあるだろう。しかし、自分が意味があると思えるテーマ以外のものはもうやりたくない。

この街に来てからも釣りに行った。この時期の私の釣りはヤマベの毛針釣りばかり。私は毛針が一番好きだ。毛針は基本的に『むこうあわせ』である。浮き釣りの様に、駆け引きしてこちらから仕掛ける事はない。相手の魚の引きに単純に反応して竿を上げる。
相手の(魚の)強い引きを待つばかりの釣り。今までの私の生き方もそうであったと思う。相手の思いと行動を待つばかり。こちらからは仕掛けない。行動しない。相手のアタリ-食いつき(想いと行動)を待つばかり。
やりたいテーマを持ちながら、自ら努力してその実現を目指すことの無かった仕事もそうであったし、元『相棒』との関係もそうだったのかもしれない。
3月以来、「いつかは分かってくれる」と、じっと元『相棒』の心の変化を待って、そして結局元『相棒』との距離の遠さだけを感じ、1つの季節の終わりを実感した。
私の彼女に対する想いと彼女の私に対する想いの違い、遠さを実感した。
私は彼女を愛していた。しかし彼女は私をそんなには愛していない。その想いの違いに絶望した。
生きている意味が無いと思ったその絶望から立ち直り、それでも生きていこうと思ったのは、私の中から彼女への愛が薄らいできたからなのだろうか。私の日常から彼女の影が段々と消えていったからなのか?。

「何でそんなにいちいち彼女に過剰に反応したの? 彼女の事はもう放っておけば良かったのに! 人生失敗したね。もっと良い仕事が出来たのに」と言ったのは私の元助手。その言葉が改めて身に染みる。
後悔はしていないが、私は確かに人生を失敗したのかもしれない。
まだ雨が降っている。

けふも濡れて知らない道を行く

われとわれに声かけてまた歩き出す

こゝろつかれて山が海がうつくしすぎる  山頭火






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Last updated  2008年08月26日 15時37分16秒
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