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2003.08.20
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カテゴリ: カテゴリ未分類
家族と晩餐の食卓を囲んで、ふと思った。
以前友人の家に遊びに行った時に感じた、「家庭にも文化」。
やっぱり強くそれを感じる。

その友人の家はお母さんがそういう趣味があるらしく、インテリアのコーディネートがとても素晴らしい。
洗面台にいたっても、あまりに完璧に整いすぎて、タオルで手を拭くのが申し訳なく感じたぐらいだった。

それを思い出して、家族に話した。
「へえ~~~」とみんな感心気。

「おれも将来はそういう家にする」と、兄もいきまく。

兄「その友だちのお父さんは年収いくらだ?職業は?」



ああいうセンスと言うのは職業とか年収よりも(それも多少関係あるのかもしれないけど)、それをコーディネートする人の感性に左右されると思うんだけど。

とにかく家の場合、コーディネートやデコレーションに関しては、センスのかけらもない。
雑多な一般家庭そのものだ。
ざっと台所を見渡すと、私や兄ちゃんの小・中学生時代に書いた絵などがぺたぺた貼られ、ボブの写真は数えてみたら15枚も貼られていた。

兄「うちに関しては、あの棚を入れただけで十分レボリューションだな」

と、最近買った、台所の棚を指差す。
そして、これまた最近新しくした洗面台を指差して、

兄「そんでもってあれが第二次世界大戦みたいなもんだ」

と言った。
確かに我が家の基準でいくと、大改革ではあるけれど、その友人の家のデコレーションに比べれば、たいしたことない。

やはり、「家庭に文化」は根強くあるのだと思う。




問題の発端は、父の「人間ドッグ」の結果。
身体の数箇所の器官に、「精密検査を要します」という結果が出てしまったのだ。

けれど父は病院嫌い。
「病院に行ってくれ」と言っても、「自分で治す!」と言い張って、頑なに病院に行こうとしない。

これは何年も前から続いてることで、今年こそはなんとか病院に行かせようと、家族総出で説得を試みようとしたのだ。





失敗。

父「そういう風にあれこれ言われるのが、一番ストレスになって身体に悪いんて!」

といって、ふて腐れてしまった。

父「自分の身体は自分が一番よくわかるから!自分でちゃんと管理するって!」

私「なんのためにレントゲンやCTスキャンがあると思ってんの?誰も自分で病気がわからないから、そういうもので発見するんでしょうがっ」


何を言っても目をつぶって寝たフリをする。
しまいには、

父「今日は疲れた・・・。ボブの散歩、フイか兄ちゃんが行ってきて」
と言って、本格的に寝だした。


母、兄ちゃん、私の三人で顔を見合わせて、困り顔。
とりあえず、今日の説得はここまでにすることにした。

結局ボブの散歩は、兄ちゃんと二人で行くことに。

兄「っとに、親父も頑固だな~」

と、歩きながら反省会をする。

私「でも、お母さんも言い方悪いと思わない?モノの頼みかたも下手だし。ときどきお母さんいモノを頼まれると、イライラすることある」

兄「そうか?まあ、そう言うなって。それだけ素直な人なんて」

ちょっと驚いた。
兄ちゃんの口から、親をかばう言葉を聞くのは珍しい。

お互いが親の庇護下で過ごしていた時代(私は今もだけど)、ともに戦線を張って親に反抗したときもあった。
「親のどこどこが悪い」、「ああいうところが他の親と違って頑固だ」などなど。

いつのまにか、「子ども協定」の時代が終わっていたことに気づく。

兄「まあ、親父の説得の場合、プライドを傷つけないようにやるのが一番だな。1日2日でどうなるもんでもないし。お前の新潟に帰ってきた最大使命は、免許とることと、親父を病院に連れて行くことだな」

私「よくわかってんね」

兄「まあ、説得を商売にしているようなもんだからな」

と言う彼は、営業マンだ。
社会に出て二年目、来年の秋には結婚もするという。

兄ちゃんに子どもでもできたら、私もおばさんだな。


ボブの散歩に終盤にかかったころ、ぽつりと兄ちゃんが言う。


「おかんって、自分の人生幸せだと思ってるんかな?」

いきなりの質問にちょっとびっくりしたけど、「幸せなんじゃないの?」と答えた。


わがままで子どもみたいけど存外相性のいい父と、二人合わせて(今のところ)余計な学費四年分も払わせられているけど、かわいい子どもたちもいるのだ。


「俺な、あの人には死ぬ時に『幸せだった。いい人生だった』と思ってもらいたいんだよ」

またも、びっくり。
こんな発言をするような人じゃないと思っていた。

社会人になると、人は変わるのかしら?

もちろん私もそう思うけど、まだ両親の幸せを願うより、両親に自分の幸せを願われたい。
まだ私の「子ども時代」は終わっていない。

兄がこんな風になったのも、社会人なったのと、結婚を考えるようになって、別の家庭を持つことを自覚したせいなのだろうか。

少し兄と距離を感じ、そしていずれ私もそこまで行かなければならないのだと痛感した。


兄「お前も新潟帰ってこいよ。親父やおかんに何かあったら、面倒みるの俺だけなんだから」


確かに、新潟にしばらく過ごしていて、新潟もいいな、と思い始めている。
だからって、もうどうしようもないんだけど。

私「じゃあそうなったら、新潟で転職の斡旋してよ。そしたら帰ってくる」

兄「おお。俺の後輩にしてやるわや」


それはやだな。


ボブの散歩が終わり、鎖をつなぎ換えているとき。
よく父が、「ボブとフイの名前間違える」と言っていたのだが、たしかに「フイ!待て!」と、ボブに向かって叫んでいる姿にもしばしば遭遇した。

そんなバカな、と思っていたんだけど、自分も今日、思わず、
「ほら!お父さん、おすわり!」と間違ってしまった。

ありがちなんですね。





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Last updated  2003.08.22 00:28:25
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