ひめのゆめ活動日記

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2009年01月03日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
テレビを見ることがほとんどない私ですが 昨夜は 『寧々~おんな太閤記』

(原作は橋田壽賀子のおんな太閤記)の10時間 時代劇番組 を見ました。

昨年から追いかけていた自分の過去生がある時代でもあったので それぞれの登場人物を

想いを感じ取りながら 10時間をその時代にリンクしてリアルに生きさせていただきました。

一番うれしく拝見したのが 寧々さんのもとに小さい時に預けられ そこで共に成長し

やがてこの時代を動かすことになった武将たちの成長の姿を見せていただけたことでしょうか?



今回発見したことで 寧々のもとに預けられた若者たちが 尾張ものと近江ものとに

別れて喧嘩するのですが それが 子供の時の喧嘩に終わらずに 武者になってからも



尾張の武将たちのようすでした。


私は 毎月東京出張をする度に愛知を新幹線で通ります。


今でこそ 安らかな気持ちでこのエリアを通過できるのですが 最初はこのエリアは

戦国時代の群雄割拠するエリアでエネルギーがぶつかり合って とても苦しいエリアだったの

です。

新幹線はまだいいのですが 高速道路を走るなら もうその感じ方はもっとリアルに

なり まさに昨夜なんどもテレビで出てきた戦国地図の上を通過しているようなものでした。


ずっと この地域を供養したいと思っていたのですが 大きな負の部分と対峙するには

それ以上の光のサポートを繋がらないと 危険であるということで 手が出なかった場所でした。

それが昨年尾張の神々のサポートを受けて やっと関ヶ原に私や私の仲間たちがお祈りに

入れることになりました。



関ヶ原激戦地で各陣営の配置図のパネル前で祈りを捧げる私たちのようすです。

Image015.jpg


ただ びっくりしたことに この地で感じるエネルギーは 予想したほど苦しいものではなく 
むしろ戦いの後の静かな安らぎを 美しい自然の中に感じるほどでした。

それには この近くで 癒しの波動を出し続けてくださっている  南宮大社 の神々のご尽力が




Image036.jpg

この南宮大社の中には 穏やかな光が満ち溢れていました。



一方で 関ヶ原の合戦を見つめて動いている時に その帰りに 新幹線が琵琶湖に近づいた時に

私に強い攻撃をしてきた場所があり その何分か後に京都駅に着いたものの

まったく動けなくなって 思わず駅のマクドにとどまって 考えられる限りの尾張から

連れてきたエネルギーをセパレーションした事があったのですが その場所が

昨夜のドラマでわかりました。

琵琶湖の東南に位置し、彦根と呼ばれる場所なのですが その場所に  『佐和山城』 という

城があったのですね。

私は今までまったく知らなかったのですが  石田光成さま の居城で 関ヶ原の戦いでは

この城を拠点にして 西軍はこの城の少し東の山に陣営を組んだようです。

愛知の城に関しては 愛知にお住まいの方たちで 私のワークを受けてくださった方が

必ずといっていいほど どこかの城と城の対立エネルギーがぶつかるエリアに住んでおられますので

(それほど この地には現在でも山城が残っていますし 戦いのゾーンが細かく分かれています)

ワークの度に見つめるチャンスをいただいたのですが この『佐和山城』には気がつきませんでした。



人々はこの山から飛び降り集団自決したようです。

この時代は男性だけではなく 女性たちや子供達も 戦国の戦いの世の犠牲になっています。



私は今生で いろいろな過去生の生まれ変わりを持つ人と出会うチャンスがあり

この戦国時代を生きた武将たちとも出会っています。 

その転生を思い出した人たちはそれぞれに頑張ってするべきことを一生懸命しておられますが

戦国の武将には必ずといっていいほど  「女人の呪い」 のエネルギーが付きまとっています。


私たちの仲間うちでは  「にょにんのにょろい」 といって 彼らを冗談でからかったり

するのですが やはり 見つめてほしい部分なので 今日はとりあげますね。

この時代には自分の思い通りに生きれなくて 戦いに巻き込まれて亡くなっていった女性が

多く、 そういう意味では その転生をもっている女性が 今生で男性に対して不信感を

持っていたり 自暴自棄になったりする原因にもなっていると感じます。

昨夜のドラマでは さらっと流してしまわれましたが 秀吉さまが晩年狂ったようになって

しまわれてから 豊臣の家族には悲しい出来事が起きました。

その最たるものが 関白にまで自分で押し上げた 豊臣秀次さま を高野山で自害させ

その子供と側室たち39人と家来10人を 三条河原で斬首した出来事でした

京都に住む私たちは この当時の三条河原のことをもっと知らないといけないと思いますが

その当時は 三条河原は処刑場で この罪も亡き人々の首が秀次さまの首の上に積み上げられ

団子のように盛り土されていたようです。

それが 川の流れによる浸食で見るも無残なことになり それを手厚く葬ってくださったのが

大阪の豪商の 角倉了以様 でした。

そのお寺が 三条木屋町の瑞泉寺 です。


一度は皆様におとづれて こんなこともあったのだということに気づいて欲しいお寺です。


私は角倉了以さまと その一族の方には心からお礼を申し上げたいと思います。


彼の京都嵐山の別荘は現在 「花のいえ」 として存在しており 京都の静かな旅館の穴場ですので

もし 嵐山方面へ行かれるかたは こちらのお宿もすごく素敵です。



















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最終更新日  2009年01月03日 16時20分32秒


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