新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

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2005年03月21日
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最近、たまゆら1/f氏とスカイプで歓談中に教えられた一冊の本で
仰天している。「口伝解禁近松門左衛門の真実」(中央公論社)という
のがそれだ。内容については、ひと通り読んだものの到底信じられない
中味である。この著者が、近松洋男という方で、京都の著名大学の出身
で現在も某大学の名誉教授をなさっておられるそうだ。自分は、この
著作については、ついこのあいだスカイプ中に東京からたまゆら1/f氏
に教えられて、知ったというだけの間の抜けた関係である。

ただ、その著述の内容については自分の半生で母親から耳にしていた
血統譚について完膚なきまでに逆転した話題が展開している。つくづく
嘆息がもれでるようなものであった。

アメリカの戦闘機に殺されかけた母親は、京都の病院へ滋賀の実家から
通っていたのだがその郷里は代々百姓でありながら家督を継いだものと
一族で信じられている。

しかるに、この著者の近松洋男氏の述べる著述によれば近松門左衛門に
実子を養子として出しているのであると。さすれば、あの赤穂浪士の近松
勘六行重の直接の末裔だということになるのであろうか。これは母親に
確認しても、これまで見たこと聞いたこともない突拍子も無い話であった。

母は、この著作の言によれば滋賀近松宗家の三女ということになるが
額面どうりなれば福井浅野長政(北政所寧々のご実家)の家臣であり
長政の孫であった長治に藩医として同伴し、転じては浅野内匠頭長直
への代替わりに笠間へ転じた近松伊看の系統となる。近松伊看は、
その後孫に赤穂浪士として吉良邸に討ち入りに参加した近松勘六行重
と奥田貞右衛門行高の兄弟をなすわけだが、ここまでは分からないでも
ない。しかし、その近松勘六行重に二人の子供がおり、よりによって
近松門左衛門の養子にさしだされたというのは余人は知らず、当家の
係累では仰天もの、「晴天の霹靂」というほか無い。

たちの悪いサイエンスフィクションを読んだような気分である。

たしかに母方は、近松家であるが貧乏子沢山のへとへとの戦中戦後を
過ごしている。代々、近松勘六行重につき従った忠実な下僕であった
近松甚三郎(子供がいなかった勘六の家督を継いだ百姓)は親族でも
尊敬をされている。しかし、それは吉良邸に討ち入ったなどという
義挙に直接関ってなどという筋とは少々違うはずである。

近松勘六には、甚三郎という下僕がつき従っていました。いよいよ決行が
近づき、近松は甚三郎に暇を出すものの、甚三郎は討入当日まで離れよう
とせず、討入に際しても吉良邸門前で事が成就するのを待っていて、討入
後、浪士たちに蜜柑や餅を配り、本懐を遂げた喜びをわかちあったという
のです。のち細川家に預けられた近松勘六は、細川家の堀内伝右衛門に対
し、「自分の養子分にして一党に加えてやればよかった」というような
内容のことを語ったということです。
tsuzuさんの「忠臣蔵へのお誘い」より

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この世には「赤穂浪士オタク」とでも言う他ない人士たち。彼らの一部には、
なぜか歴史的な詳細をいたずらに意味もなく追いかけている方々がおられる
ようである。この播磨出身の赤穂浪士マニアのtsuzu氏の「良心的」な要約が
現状母方の一族にいまも抱かれている当主末孫としての想いを的確に反映さ
れているという風に思われる。

要するに母方一族では、赤穂浪士などに対してのちに説明を行うが世評ほど
には永年興味を抱いてはおらず、むしろ戦後テレビ映画で「赤穂浪士もの」
が喧伝されるにつれて不興を生じる事例がむしろ多数惹起している。

赤穂浪士の末孫だなどと取り沙汰されるだけでも相当な迷惑は生じるの
であるが、よりによって直系の末裔だなどと見たことも聞いたこともない
ような表明が他者からなされ、しかもその果てに度はずれたことには、
よりによって係累にあの近松門左衛門の縁戚だなどといきなり書籍に著され
ては高齢の母を含め血が引く思いが湧くのだ。近松家は、今にいたる迄
ながらく百姓出で、従者として篤く奉公家につかえた近松甚三郎の末孫で
あることに十分誇りを抱いている。これからもそのように過ごして行くだろう。
武士が有り難く世間的に名のとおった近松門左衛門とどれほど系図が交差を
しようが所詮は歴史上の偉人との彼我の距離は埋め遂せるものではない。

しかも、赤穂浪士の義挙なるものの余波にはすでに十分振り回されている。

他界した祖母は、GHQからはかなりの圧力は被るわ戦前戦後の一時期の
カルト的な迄の仇討ちブーム。文芸作家や歴史マニアの歴訪は、実家とても
有り難くもなんともない。大衆的規模での迷惑行為の長蛇の列である。
押しかけてくる歴史マニアと、その詮索癖の強い自己中心的な好奇心にどれ
ほど振り回されてきていることか。この嘆息、理解できる空気は当分この国
には訪れないのであろう。




(クリックでジャンプします)
忠左衛門は、煙にむせて、苦しそうに笑った。すると、頻しきりに筆を走ら
せていた小野寺十内が、何かと思った気色けしきで、ちょいと顔をあげたが、
すぐまた眼を紙へ落して、せっせとあとを書き始める。これは恐らく、京都
の妻女へ送る消息でも、認したためていたものであろう。――内蔵助も、
眦まなじりの皺しわを深くして、笑いながら、
「何か面白い話でもありましたか。」
「いえ。不相変あいかわらずの無駄話ばかりでございます。もっとも先刻、
近松ちかまつが甚三郎じんざぶろうの話を致した時には、伝右衛門殿なぞも、
眼に涙をためて、聞いて居られましたが、そのほかは――いや、そう云えば、
面白い話がございました。我々が吉良きら殿を討取って以来、江戸中に何か
と仇討あだうちじみた事が流行はやるそうでございます。」
「ははあ、それは思いもよりませんな。」

或日の大石内蔵助

             芥川龍之介






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最終更新日  2022年11月28日 20時19分14秒
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