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2005年12月26日
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カテゴリ: 汝自身を知れ。





りしたものですが、結婚にいたっては他人がどういう
形態を取ろうと自分自身はありきたりなまったく普通
のことしか思いつきませんでした。

父親は毎週日曜に町の教会に礼拝に行く母親を、
まるでそれが当たり前のことのようにしていましたね。
そして晩年、死ぬ1,2年前、父親も洗礼を受けました。
まるでそれは入信したというものではなく、母親への
精一杯の気持ちを表したものだというのは誰の目に
も明らかでした。


科学万能主義、経済至上主義によって人間の普通
の営み、有機的な感情的なものが古いという一言で
否定されてきたのでしょうか・・・

マリィ ジョー ♪さん
(2005/12/26 07:58:04 AM)


マリィ ジョー ♪さんと思惟世界Speculationでの対話が続く。


なぜ吉本隆明なのか、といぶかしがられる事も多いのだけれども。やはりあの
「共同幻想論」という著作が、学窓にでまわった時代はそれなりに銘記される理由が
あるのだ。

そもそも社会が、男と女でできているということは流石に幼い我々にも体感で理解が
できる。しかし、国家が男と女の「関係」を基礎にしているというような次元となると
やや生活実感からは遥かに遠く、透徹した思惟の敷衍を必要とするに違いない。

日常で「男と女のこと」は、つまるところミソカごとであって極私的なことという風に
思われている。また、事実それで問題ない私的な事柄である。しかし、どうやら社会の内部

成り立ち得ないものらしい。これは、「共同幻想論」が高校時代に教室を席捲した季節
に初めて脳裏におぼろげながら輪郭を与えられ意識化されたように思う。








H2Oは、水で起源はH2水素とO2酸素という激甚なガスが反応してできた物質である。

しかし、ご承知のようにH2Oの悠揚せまらぬ落ち着いた挙動は、以前にもこの日記で相当時間を
かけて話題にした記憶がある。まさしく国家社会は、この激しいガスの反応によって「関係」
して生成したH2Oのように、艶めいた男と女の実存を基礎とした摩訶不思議な存在なのである。

「今はこの人に出会うために生まれてきた」とは、人々の素朴な肉声でありながら一方では、
まことに謎めいた不可思議な呪文なのではなかったか。


古舘伊知郎風にいえば 「奇跡の物質化」 の呪文。「今はこの人に出会うために生まれてきた」とは、控えめに言ってさえも見事な魂の言葉である。





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最終更新日  2005年12月27日 02時42分17秒
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