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2006年10月17日
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海野十三といえば、自分らの遥か年長で仰ぎ見るような作家だ。というのは、
聞こえがいいが、実のところあまりにも爺さん過ぎてよく分からないというのが
本音である。自分らの、兄貴分でどうしても尊敬を集めていた小松左京の
肩越しで、日本のSFの創世記に地ならしをした人たちというぐらいの位置づけ
だったと思う。しかし、このころの爺さまは、なにかカッコいいのである。当時、
知性は、このような爺さまが仕切っていたような気がする。自分らが、爺さま
に片足をつっこんでも、まちがっても中学生や小学生が尊敬することはありえ
ない。自分らは、小学生時代、海野十三にかぎらず中谷宇吉郎、寺田寅彦
は、すでにどうしようもない爺さまたちだったはずだが、依然スーパースターだった

小学生に尊敬されるような爺さまになれるとは夢にも思えない。隔世の感とは
こういうことを言う。海野など、自分のオヤジが生まれる前に早稲田の理学で
電気科学を学んでいたらしい。


とりわけ、押川春浪原作の『海底軍艦』などが映画化されるなどして海野十三
らには追い風になったと思う。なにしろ海軍の残党が、国連の請託で海に潜り
龍を退治するなどという、荒唐無稽な映画に観客が、コロっと参ってしまうような
おまぬけな時代が60年代である。海野十三は、ネクラなSF少年たちの間では
密かに読まれていたと思う。 いまやWEB上で、青空文庫が147本もリリース
してくれている。



↓クリック



その海野十三が、友人としてくりかえし話題にもした林髞は、これまた稀代の

だけでおさまらず、推理小説作家として直木賞をとっちまうという欲深さだが、
このあいまの余技でだされた「頭がよくなる本」が、怒涛のベストセラーになる。
実は、いまの脳ブームの震源は、この林髞が位置すると考えて間違いではない。
そのブームは、相当なもので中学時代毎週月曜日に直立不動で学校長から
延々、林髞の脳についてのコメントを訓辞された。朝飯抜きで聞いていた女子

ふたたび脳ブームが起きたときには、朝飯だけは食べておこうと思ったほどだ。









そのころ、林髞ら生理学者はもう神々しい存在でなにかにつけてはコメントを
求められ、森羅万象芸能ニュースにいたるまで逐一インタビューされていたの
ではないだろうか。それを考えるといま、生理学は風采があがらない。


それに、林髞らが述べていたことはその後の科学の進歩で相当覆ってしまった
面もあると思う。そもそも弁当屋や、大衆食堂でいきなり味の素をふりかける
旦那が多発したのは、林髞の責任だ。白い粉をふりまくことで味の素の株価
を不当に吊り上げた功罪は、しっかりと記してもらわねばならない。




浮気承認制度。 『1958年版現代用語の基礎知識』。

頭がよくなるパンというものが、林髞の論旨から商品化されていたらしい。















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最終更新日  2006年10月17日 09時37分09秒
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