シュタイナーに「社会三分節化」理論というのがあります。戦前、大川周明が「国家三層論」として日本に紹介しています。文化・政治・経済、それぞれの原理があり、すべてに一つの原理を適用出来ないという趣旨です。

私はこの理論を杉山流の表現として、【思ってる事】【言っている事】【やっている事】はバラバラで、それだから人間社会が成立できる。

特に、夫婦に関してはこの原理というよりフィルター(目からウロコのウロコ)を通すとよく見えると思っています。

(2007年03月04日 22時05分46秒)

新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

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2007年03月04日
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一方、滋賀の実家側では父親は相当立派な人になっており、里帰りのたびに持ち帰る金や「家族付き合い」(父親にとっては、家族とは実家との交流のことだったのである。われわれ大阪の一親統は、ようするに分家ぐらいの気分だったに違いない。いま私も、気づいた。父親の実家が、分家に対する処遇の冷淡さを重ね合わせるとよく理解できる。)の手厚さから、家長となっている叔父には手放しで絶賛されている。まあ、麗しい兄弟愛なのだから、ご自由にということなのだけれどこれまで生涯において家族旅行ひとつ実行したことのない父親に、滋賀の実家(父親の実家も母親の実家もともども、野洲市内にある)側が大阪にいる父親の家族を誹謗中傷し続けてまで、守るほどの名誉がわが父親にあるのかといえばおおいに疑問である。葬儀の式中、火葬場の往還に際しても繰りかえし「親らしい扱いをしていなかった」と、われわれ家族の父親に対する態度をとがめだてて演説してくれる叔父(三男)がいる。父親(長男)になりかわり、父方の家督を継いでいる男だ。いつも大阪のわれわれに対して、ことごとく空威張りで気色ばんでつまらない挑発をしかけてくる。ばかばかしくて相手にしていられるものではない。そもそも家族をまったくないがしろして、父親という役務が成り立つものだろうか。民主党が予算委員会で審議拒否しているようなのとは、訳が違う。家族を、まったく忌避して近づかなかった。四十代以降は、次第に酷くなり。五十代以降父親が、妻子に対して夫婦だ、親子だのという実態がどこにも無いのである。どうせ、実家に愚痴をこぼしに行った父親のわれわれ家族に対する誹謗中傷を額面どうりに受け止めているにせよ、贔屓の引き倒しというものである。父親の名誉をもっぱら維持しているのはわれわれ家族の方である。父親の名誉を傷つけるつもりならば、いくらでもその気があれば立派に放蕩の履歴を示すことが可能だ。まあ、そんな野暮なことをするような残ったわれわれでないから、父親はさも世間に通った人格者でいられるのである。父親が、生まれ育った実家にわれわれを誹謗中傷しに帰省している理由は、分かっている。なりふりかまわず自分の主張を通して、実家にデタラメを語りに帰っている姿は、まるで小学生並みである。

昨日も、母親といろいろ打ち合わせていたらまたまたオハコの「お前ら(兄妹)を産むつもりはなかった」が飛び出してきた。最近、年をとって口走っているものではなく、自分が小学生時代から延々言い続けていたので、こちらも慣れっこで笑うしかない。親父の放蕩癖と狼藉は、結婚以前からだというのだ。当然こういう親父に子供は、滅相もない。断固避妊あるのみ、と懸命に避妊策を実行していたのだという。

妹も、自分もあまりまじめに取り合っていない。避妊の失敗で、生まれた兄妹だと言われても妹ともども無視黙殺である。なにせ「鈍感力」を誇る自分である。実のところ、いまだに母親が何を言っているのかよく分からない。望まれず生まれた子供だと言われた幼い時代から、やはり鈍かったのだろう。妹の方はどうだか分からないが、自分にとっては孤立無援の孤独な心象は、両親の不仲から生じたものではないと思っていた。まのあたりにする社会の現実が、およそ「弥陀の本願の広大なる智慧」と縁もゆかりもない空おそろしい諸相を眺めての存在論的な不安のほうが遥かに深刻な問題だと思われた。だから自分は、一度も、自殺を考えたり父母の不仲で悩んだことは見事にない。些事に鈍いというのは、こういう境遇のわが身にとってはいたって重宝である。

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親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏申したること、いまだ候はず。そのゆゑは、一切の有情はみなもつて世々生々の父母・兄弟なり。 いづれもいづれも、この順次生に仏に成りてたすけ候ふべきなり。わがちからにてはげむ善にても候はばこそ、念仏を回向して父母をもたすけ候はめ。ただ自力をすてて、いそぎ浄土のさとりをひらきなば、六道・四生のあひだ、いづれの業苦にしづめりとも、神通方便をもつて、まづ有縁を度すべきなりと云々。
『歎異抄』(5)

私《親鸞》は、亡くなった父母への供養のために念仏したことは、いまだかつて一度もない。その理由(わけ)は、いま現に生きとし生けるものは、あらゆるいのちとつながりあって生きる父母兄弟のような存在だからである。 どのような存在であろうとも、やがて仏の位に到ったときには、だれをも救済することができるのである。もし念仏が自分の努力でおこなえる善行であるのならば、念仏を振り向けて父母をたすけることもできよう。しかし、自分の努力でなんでもでき、ひとを愛せると思っている心に絶望して、すみやかに弥陀の本願の広大なる智慧をいただくならば、その智慧のはたらきによって、どのような苦悩多い境遇に埋没している存在であっても救われるのである。

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最終更新日  2007年03月05日 16時49分04秒
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Re:世間ばなし(03/04)  
杉山巡  さん

Re[1]:世間ばなし(03/04)  
杉山巡さん

>特に、夫婦に関してはこの原理というよりフィルター(目からウロコのウロコ)を通すとよく見えると思っています。
-----


まあ、八十になってまだ親父とHしたくなかったと
熱弁している母親も滑稽な存在であります。(笑)

よく二人も子供を育てられたものだと思うわけです。
妹からすれば、母親はまるで母性を感じない投げやり
な子育てだったと見えるらしいのですが、自分は、
そんな事をいっても、父親も母親も能力の限界まで
頑張っていたと思うわけです。やれるだけのことを
やった両親に、別に子供がとやかくいうことは何も
ないと思うわけです。

母親を選んだのは、正しくは祖父であって役所で
勤務中の母親を遠目から長男の嫁にと、画策したと
いいます。実は、祖母が背が低かったので祖父が
悔しかったらしく、多少背丈のある屈強な母親が
長男だった父親向きだと思ったようです。

解説を関係者から、こま切れに聞いているとますます
われわれの生活は、不条理が日常だと分かってきます。

(2007年03月04日 22時41分35秒)

Re[2]:世間ばなし(03/04)  
杉山巡  さん
シャルドネ。さん

>杉山巡さん

>解説を関係者から、こま切れに聞いているとますます
>われわれの生活は、不条理が日常だと分かってきます。
-----
◆戦国時代の家族関係に近いですね。大きな時代変化の最先端のように思います。

(2007年03月05日 05時17分05秒)

Re[3]:世間ばなし(03/04)  
杉山巡さん
>◆戦国時代の家族関係に近いですね。大きな時代変化の最先端のように思います。
-----



自覚して中世をやっていないのですが、うちの家は
中世とその怠惰な継承としての家長制を再現した
という野洲の特異な家を念頭に置かないと理解が
できないと思います。

従弟の中でも、全容を理解しているものはいないと
思います。理解してもご利益はありませんしね。

なぜ、こういう不思議な家が再現されたのかという
のも自分なりに読めてきました。
(2007年03月05日 06時14分42秒)

Re[4]:世間ばなし(03/04)  
シャルドネ。さん

>なぜ、こういう不思議な家が再現されたのかという
>のも自分なりに読めてきました。
-----


だいたい親父も訳が分かりませんが、母親も相当な
難物ですからねえ。(笑)


母方は、備後三次浅野家の近松伊看の家督を継いだ
滋賀の宗家で以前にも話題にしましたが赤穂浪士が2人
も一族で出ている。しかし、庶子の家系だし惣領が
戦争で他界し、祖父は夭逝しているので女系中の女系
の途轍もなく生活中心主義なところがある。これが
隣接した村落とはいえ、よくぞ親戚づきあいしている
ものだと思います。

当人どうしも当然ながら、家同士も水と油みたいなもの
なんですね。本来ならば・・・

ところが、父親側も当時祖父が養子さん。愚鈍とは
いわないけれど、あまりものごとの道理が分かって
いる風でもなかった。母方も、世間知らずで娘の
嫁ぎ先がとんでもない家だと聞き込みもしなかった
というのです。

なにせ母親の縁談があって、準備を始めたときに
地域の縁者から諌める意見が飛び交ったという風に
聞いています。面白いことに、こういう夫婦が離婚
もせずに終えるんですからねえ・・・(笑)
(2007年03月05日 06時34分52秒)

Re[5]:世間ばなし(03/04)  
杉山巡  さん
シャルドネ。さん


面白いことに、こういう夫婦が離婚
>もせずに終えるんですからねえ・・・(笑)
-----
◆子は鎹(かすがい)と言います。
シャルドネ。さんが鎹になっていたのでしょう。
【とんかちで頭を殴られないように気をつけましょう】

三井寺の別院が近松由縁の寺だそうですが、この三井寺、蓮如を蔭で支持していたとのこと。

錬金術の炉のような家庭、そこから如何なる作品が産まれて来るのか?

楽しみにしています。

(2007年03月05日 23時02分59秒)

Re[6]:世間ばなし(03/04)  
杉山巡さん

【とんかちで頭を殴られないように気をつけましょう】
-----


それ、ピンポーン(笑)


実は、両親ともども私に対する怨念で凝り固まって
いた可能性も大いにあると思います。


鈍いというのも、トンカチで殴られやすい原因に
なりうると思いますよ。


(2007年03月06日 00時22分53秒)

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