
自分が中学時代、校長の浜口は毎週月曜日に朝礼で演説をぶった。中々の熱弁家で鼓舞される面白い話題が多かった。なにしろ四十年たった今も覚えているのだから、浜口の雄弁ぶりが偲べるというものだ。たしかに思い返して、かなりデタラメな内容もあったのだけれども、そもそも彼の朝礼の弁舌が興味深くなければ、その内容を反芻して私が折々に思い返したりすることもないし、内容を吟味精査することもなかったわけである。だから、自分は浜口の朝礼には懐かしさと感謝の気持ちが湧く。
浜口の面白いところは、いくら従順な中学生とはいえ「映画を見るな、タバコを吸うな、色気づくな」などという説教を垂れていながら、われわれにそりゃあそうだ、と納得させてしまう説得力ある畳掛け。話題の展開、その語り口の上手さだろう。中学生も二年、三年になれば男子生徒の大半は毎晩のように指づかいして自涜する奴ばかりだろう。これは生理だから留めようが無い。いまどき、教師や学校長にそんな演説をぶぱなされただけで諾々と従うような学生は払底しているに違いない。また実際の話、当時のわれわれだって、耳では浜口の朝礼で薫陶されても、だれもおのおのの生活スタイルを諾々と曲げたりはしなかったに違いない。そんな中学生に、浜口はくりかえしストレートに「映画などみるとバカになる、映画館では君らをせっせとバカにするための細工がされているぞ。タバコを吸えば脳みその細胞がジャカスカと死んじまう。脳の細胞が死ねば、バカになるのは避け難い。あとで悔やむのも愚かだから、タバコはやめろ。色気づくんじゃない。世間には、お前らが色気づくような誘惑と刺激に満ちているがすべてそれらは謀略だ。そんな謀略を仕掛けている奴らがいるのだ。そのうち自分が言っていたことが本当だと分かるときがくる。分かったときにはおそすぎる、だから絶対早まるな。悪いことはいわない。色気づくな。セックスは強い刺激に決まっている。おまえらの年齢で強い刺激にさらされれば、当然ひとたまりもないだろう。それを分かっていて、強い刺激で包囲してくる勢力がある。いうまでもなくそれは謀略だ」と、まあこういう調子なのである。しかし、校長の語りは面白かった。当時朝礼の場で、校長の言っていることは、どこか真実味があると思った。分かっちゃいるけど、やめられない・・・としてもである。
すでに小学校時代、登下校のコースにピンク映画のポスターが張られていた。実のところ、その内容たるや昨今のそれとは違い、まあ生ぬるいものだったのである。はっきりいって期待に反してその中身はこのごろの週刊ポストや夕刊新聞よりも遥かに淡いものが多かったと証言できる。到底ハードコアとは呼びがたいシンボリックなものばかりだった。しかし、当時はそのシンボリックな表現が権力にとっての挑戦と受け止められていたのである。そして、その旗手。筆頭に位置していたのは、やはり武智鉄二。彼に続くのちの若松孝二、そして日活ロマンポルノだったのだろう。つまり映画「黒い雪」(1965年)などのインパクトは、それなりにあったと思うわけである。そして、中学校長浜口の危惧は、やはり空疎な杞憂などばかりではなく、現在から振り返ってみても謀略の忍び寄る気配を彼なりに推量していたものと思っている。
わたしにとっての謎解きは、意外なところから立ち上がった。
月刊「関西文学」の最新刊、7月号にそれは記載されていた。ほかならぬ武智の近親者からの証言である。
武智鉄二を、いわゆる「武智歌舞伎なるもの」へいざなったもの。市川雷蔵、扇雀(三代目 中村雁二郎) そして、若手歌舞伎陣を武智の下に参集させた「怪力」。それはなんとまさに浜口校長の危惧したとうりだったと思い知った。戦後、占領政策を押し進めていたあの極東米軍、いわゆるマッカーサーの占領軍らは、文化政策として仇討ちだの実子を殺害してまでの果てに貫徹される主君への忠信にまつわる逸話などに含まれる退嬰的な美学を不気味がり、日本の古典芸能を根絶やしにするべく大仕掛けを目論んだ。その尖兵として占領軍が選んだ男。それが武智鉄二だったのだ。ほかならぬ近親者が、それを吐露している。
なるほど武智鉄二の「怪力」の謎の一端、積年の疑問たちが一気に氷解する思いがした。

ありゃりゃ 森栄徹くん逝っちゃってたかぁ 2026年05月10日
ユニクロ帝国 2024年01月11日
三浦十右衛門の課題が終息をしました。 … 2023年12月23日
PR
コメント新着
サイド自由欄
カレンダー