
セブンイレブンで週刊文春を読んでいたら、あの佐藤優がマルクスを読め、とか述べているコラムがあった。ラスプーチン佐藤が、マルクス主義に傾倒していた時代があったのは知らなかったが、最近書店で「私のマルクス」などという表題の書物を平積みしていたので、多少本気で言っているのかもしれないと思い至って、多少の感慨を抱く。よりによって週刊誌上で資本論を読めとは、かなりけれんみのある話と響くのである。社民党の地方議員がいま佐藤優を読んでいたりするので、益々そいうい風に受け取れる。
ところが、どうやら本人は相当真面目にそういう風に考えているらしい。ざっと、彼の著述を読んでいると、彼のマルクスへの傾倒ぶりは相当なもので、個人的にはあの思想家風の吉本隆明よりも、読み解きは知らないが---
ただ、世間の人々が彼のアピールを真面目に受け止めて「資本論」を読もうなどというのは余程電撃を受けた極めて一部の人たち以外では無理だろう。資本論どころか、「共産党宣言」やら「ドイツイデオロギー」あたりでも普通は、こける。この時代であれば、30万都市に1人佐藤優のメッセージに適正な人物がいるか、いないかではないだろうか。週刊文春で、相手の顔もみえない規模で言い放つのは、まずパフォーマンスととられても致し方がないだろうと思う。正直、これからマルクスを手にとるのはなかなか大変だろうと思う。冗談をいえば、世間の20代、30代の青年がこれから「資本論」を手にして読み通すのに比べれば、50代の自分がTOEIC900を取得するほうが遥かに簡単だと思う。
佐藤優にとって、彼の力量と思想的胆力をマルクスの著述や「資本論」が果たした役割は分かるような気がする。しかし、誰しもが佐藤優のように思想オタクがやれるわけでもない。日本人が、「方法」を持つ事が果たして幸せなことかどうか。映画「男たちの大和」などをみていると、日本人の大多数は今だに美しく大きな船に載って北緯30度43分、東経128度04分に沈むことが幸せだと思う体質のままだ。これから何度も大和を沈めることになるだろう。そんな日本人を前にして、佐藤優のように「方法」を説くことは徒労ではあるまいか。
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