新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

2008年06月16日
XML
東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)=殺人未遂で現行犯逮捕=は、 事件3日前の5日に派遣先の工場で、自身の作業服が見あたらなかったことに怒って早退し、それ以降出社していなかったことが9日、分かった。  派遣先である関東自動車工業富士工場(静岡県裾野市)によると、5日朝に加藤容疑者が出社した際、更衣室に自らの作業服が見つからなかったことに激高して、そのまま帰宅した。同社が調べた結果、実際は作業服はあったという。

 同日夜に派遣元の日研総業担当者が電話した際、「もう1日考えさせてください。休みたい」と説明し、翌6日から欠勤したという。 




製造業で支給される作業着は、せいぜい2着だろう。

冬服2着、夏服2着。長く勤務している者ならば、さらに屋外用のコートを支給されるような例も見聞したが、いずれにせよシーズンごとに2着も支給されていれば良いほうだ。



実は、6月7日に大矢かおるさんのブログにコメントを書いた時に自分は本当に不吉な予感で胸騒ぎがあったのだ。いや、加藤智大の「凶行」を予知したのではない。この感覚的なギャップ。どうしてもブログの読み手の大多数には、けっして通じないだろうという予感が生じたこと。その事に不吉なもの。胸裏にドカンと感じたのだ。作業着の件は、昨年の秋から滋賀のハイテク工場を見聞したこともあって、自分には相当踏み込んだ関心事だ。


作業着とは、生産労働の現場ではもはや労働者の「自我の一部」なのである。




これは現場で見てきたものの報告としてレポートしたつもりだったが、理解はされないだろうとう諦観のようなものも同時に涌いた。



 この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、それを見ていたところ、報道人がボクの名を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言っているのを聞いた
 人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は、暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。 もしボクが生まれた時からボクのままであれば、わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行動はとらないであろう
 やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたのである
。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、 透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない  だが単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない
 そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたのである。
 すると彼は、「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある殺人を交えて復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ、そうすれば得るものも失うものもなく、それ以上でもなければそれ以下でもない君だけの新しい世界を作っていけると思いますよ。」
 その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。
 しかし今となっても何故ボクが殺しが好きなのかは分からない。持って生まれた自然の性としか言いようがないのである。殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。

   最後に一言
 この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。よって自分の名が読み違えられたり、自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね
 ボクはこのゲームに命をかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう。だから警察も命をかけろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。今後一度でもボクの名を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば一週間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。
 ―ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている―酒鬼薔薇聖斗 「声明」







酒鬼薔薇少年の「透明」というキーワードを、加藤智大にとっての「作業着の離脱」に外挿すれば気づきが生じるように思う次第だ。派遣労働者に限らず生産現場での就労者にとって、作業着は文字どうり自我そのものだとする指摘がどこかに存在するだろうか。夏場、就労先から身につけた作業着を翌日までに間に合うよう連日洗濯して清潔に維持せよなどと事実上強いられるなどする現実は、村八分、衆目環視の下でなされるある種の虐待と紙一重だ。







私はその「消息」を聞き及び、息を呑み込むほどのリアリティを感じてしまった。









お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008年06月16日 20時12分07秒
コメント(0) | コメントを書く
[お山に雨が降りまして] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: