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2008年07月26日
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「個人の自由」が、実のところ権力ないしは国家の安定と無縁に存在することはありえないと橋爪は指摘する。これは昨今、珍しくない意見だが戦後生まれの自分たちには狡猾に隠されて遠ざけられていた思念である。戦後憲法を、まるごと信奉する人たちは日本国憲法に謳われた箇条が、人類固有の普遍性に立脚したものだなどと夜郎自大に述べ続けた。われわれはその教職者たちの都合のよい妄想のような教壇からの洗脳に無邪気に反応していた時代がある。いまだに、その「幻想」に染まっている人たちも多い。国家が法律を毅然として執行する強権的な実行力、それが結果として我々個々人に「個人の自由」が存在するかのように仮象しているのである。


ところが、この仮象に過ぎない「個人の自由」が戦後肥大した巨大なサブカルチャーとしてあたかも反権力の根拠のように機能している。そこにスターリニズムやら反スターリニズムなどと標榜しつつも、ようするに共産主義の謀略的隊伍が潜り込んだ。吉本隆明は、それらの隊伍の中で極めて不思議な挙動を示していたと思われる。つまりその隊伍の中にありながら、個人の自由と可能性についての根拠を示そうとした。それは不思議な、不思議な努力だったと思われる。



その不思議さは80年代に刊行された「反核異論」という著作で極大化したように印象する。



80年代後半、ソビエト連邦で勃発したチェルノブイリ原子力発電所における核暴走事故が日本にも全国的な反原発運動を引き起こす。その個々の参加者の大多数は、一部は党派を担ってのものであったとしても、現実には高度資本主義社会のヒラの市民たちだった。巨大エネルギープラントににわかにおこった大災害に際して、国家と党派のあいだの垣根は相対的に小さくみえた。吉本隆明の不思議な努力は、一気に滑稽に見え始めた。そんな気がする。








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最終更新日  2008年07月30日 05時44分15秒
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