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2008年09月15日
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都留重人の政治心情はともかく、彼から教えられた大きなポイントは高度資本主義の「現在」が、歴史的な国家や地域経済を徹底的に根絶やしにするほどの挙動を採るということについての危惧と警鐘にあると思えた。



これは他の凡庸なマルクス経済学者らと、似て非なる卓見だと感じた。18歳の冬だったと記憶する。わが身にひきよせれば、すなわち地縁血縁がそのまま地域理解の手立てだというような両親の下に育ったまま世間を読み解けないでいた自分に、ようやくこの世はとんでもない動機で狂奔する金融資本の「劇場」のようなものだという漠たる思いが初めて脳裏をよぎった瞬間だったような気がする。



「社会主義」「国家社会主義」を、それぞれ政治学の範疇で読み解きすればそれなりの議論の厚みが生じることだろう。だが、一旦はそういう議論の「場の力」から離れて冷静にわれわれの生きている「状況」を踏まえて5次元的な理解をそれらに仕向けてゆくことが可能ならば、世界はもうすこし違った風に見えてくるような気がする。



パソコン通信以来、ブログや巨大掲示板2ちゃんねるなどで素朴実感的な「国家主義者」、もしくはそれに類した言動が増えてきているのは感じている。彼らは、学生叛乱期もみてはおらず、「社会主義」への反発をいきなり無反省に「国家主義」的な感慨で言及しているように思えるが、どこまで本気でそういう事が可能だと思っているのだろう。


「社会主義」が具体的に国家権力を目指し、「国家社会主義」が個別の国家の政治に強い影響力を生じて以後の世界史では、素朴実感レベルで「国家主義者」を任じていることは不毛ではないかと私は思う。残念ながら、こういう思いはめったに他者には通じないのである。


「社会主義」の歴史的なまでの退潮を指摘する人は多いがどっこいその影響力はあなどりがたい。また一方、闇に潜んでいるかのような「国家社会主義」の執拗な権力志向は、実のところ高度資本主義の繰り返される再編成劇につねに同伴してきているように思われる。


国境を越える資本の論理とは、つまるところ「社会主義」と「国家社会主義」を併走させるという現象だったのではないか。そんな視点は、都留重人から与えられた。そう思う。




この稿もふくめて、以下の7月18日からの連続エッセーです。
内容の理解のために以下の記事から読み返しくださることを
強く推奨します。


2008/07/18
吉本隆明と「関係の絶対性」





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最終更新日  2008年09月16日 19時15分26秒
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