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7年目の上海生活。スーツケース2つで上陸して、なんとか会社を立ち上げて、現在同時に 6社新規の会社設立のお手伝いを行なっています。ようやく少し上海事情がわかりかけてきたので、これから少しずつ 結果が出てくることを期待してます。きょうは 地下鉄10号線に乗ってみました。ああ、快適快適。
2010.04.18
ある家庭に 極端に楽観的な子供と 極端に悲観的な子供が いた。 お母さんは 案じて 悲観的な子供に 楽しみを与えようと オモチャをたくさん買い込んで、 悲観的な子供にすべて与えた。 一方 楽観的な子供に対しては、 オモチャは与えず、 馬と一緒に 家から追い出した。 しばらくして 子供の様子を見に行くと、 悲観的な子供は たくさんあるオモチャを前にして、 何も遊んでいない。 お母さんは「どうして遊ばないの?」 と問いただすと、 子供は答えた 「だって オモチャが壊れるといやだから」 さてお母さんは 馬と一緒に外に追い出した 楽観的な子供を見に行くと、 子供は 一生懸命 馬糞を掘っていた。 お母さんは言った。 「お前 何をしてんの?」 その子供は答えた。 「馬の子供がいるかどうか 探しているんだよ」 これは中国の古い話のようです。 仕事仲間の弁護士が教えてくれました。 悲観姿勢と楽観姿勢では 行動が違う、ということを わかりやすく説明しています。 楽観的な子供は 馬糞の中からでも 赤ちゃんがいやしないかどうかを 確かめようとするのです。
2009.12.28
クライアントのF総経理に外灘ハイアットでランチバイキングをご馳走になりました。昼間からほぼ満員です。土地問題が解決し、クライアントに億単位の金額の利益をもたらす仕事ができました。そして引き続き それ以上の金額が絡む案件を依頼されました。この先も クライアントの益を最大限に追求していく事を目標に努力していきたいです。
2009.12.26
上海において わたしが 起業家として 本物だ!と 感じているお1人 松江の家具屋の鈴木さんのところへ ごあいさつに行ってきました。 http://blog.explore.ne.jp/suzuki/index.php さっそく 14日のブログ(上海起業家ブログベスト1) にて 取り上げて下さりました。 鈴木さんのすばらしいところは、 成功すればするほど 会社のコストを下げ 利益をあげるために 地理的条件の悪い場所にあえて 引っ越されるということです。 経費を抑えて 最大限の出荷体制を 求めるように動かれています。 来年の本格的 アメリカ市場進出の準備が整いつつあります。 鈴木さん 最初は わたしと同じように 中国で資本金 日本円で数十万円くらいで 6年くらい前に はじめまられまして、 いまは 1500万円くらいになりました。 ぜんぶ機械も中古それを修理して使います。 オフィス家具も すべて自家製。 どんなにうまくいっても、 ひとが住めるのか? という場所で 中国の工員達と 一緒に住んで 油断をしていません。 オフィスには 暖房もありませんでした。 ダウンジャケットをきて仕事をするのです。 仕事場は寒かったですが温かく迎えてくれありがたかったです。
2009.12.15
あすは会社のパンフレット来週早々に会社のホームページが出来上がります。ことし7月に登記を終えて、一発目のお客様がわたし達としてはかなり大きな仕事でしたので、とてもラッキーでした。目標と改善で2010年は 大躍進となるでしょう!
2009.12.12
オフショア大学学長の知人 http://www.offshoringleaders.com/ が今週末 浙江省烏鎮にて シンポジウムを開催されます。 今回は、オフショア関係者に限らず、 大勢の日系企業関係者に参加願いたい、 と思っております。 (NHK中国語講座でおなじみの相原先生の講演会などもあります) 日系関係者にバカンス気分で 気軽に烏鎮シンポジウムに来てくださってほしいというわけです。 http://www.offshoringleaders.com/forum2009wuzhen/ 詳しい内容 お問い合わせは 事務局にお尋ねください。 以上 よろしくお願いいたします。
2009.11.03
バタバタしておましたが、日本に少しの間戻ります。上海に戻り次第、次章が始まります。できれば日本にいる間「おかわりくん」の生ホームランを西武ドームで見てみたいのですが。。。
2009.07.30
京都へ出張予定が延期。来週は 広島からKさん。来月半ばに 一時帰国予定。
2009.06.12
主催:ホテルニューシャロン、メディア漫歩 上海松江区で日系工場関係者を対象としたビジネスセミナー&交流会が4月16日、初めて開催される。 中国経済専門家である三井住友銀行企業調査部(上海)グループ長 薗田直孝氏とGiS 総経理小谷天人氏が講演、ビュッフェ付きの交流会では名刺交換なども行われます。 http://www.shwalker.com/biz/contents/biz_5_1788_20090323161129.html ………………………………………………………… 今度は 初めて銀行さんの登場のセミナーが開催されます。。。
2009.04.03
今年の春節は半ばから少し日本に戻ります。ようやく正月という雰囲気。寒~い。
2009.01.23
けさまで女子アイスホッケー日本代表チームが 長期にわたって 上海松江のホテルニューシャロン にお泊りになっていた。 代表は 2010年バンクーバー オリンピックの最終選考会 に向けて ノルウェー、チェコ、中国と 対戦し、最上位チームだけが カナダのバンクーバーオリンピックに 参加できるのであった。 残念ながら 日本チームは 中国チームに破れ、 オリンピックには 出場することはならなかった。 http://www.nikkansports.com/sports/news/photonews_nsInc_p-sp-tp0-20081110-427884.html ところで、 このアイスホッケーの オリンピックが 上海で 行なわれる、ということが なんともしっくりしなかった。 ですが、松江には 中国でも屈指のアイススケートリンクがあって、 先月から 上海の有名ホッケーチーム 「上海シャークス」の本拠地でもあるのです。 (オーナーはアメリカ人 サンノゼシャークスというNHLの傘下らしい) いまホテルには この日本代表チームと 中国チームとチェコチーム、 さらにノルウェーチームも 宿泊されて 呉越同舟状態でした。 さらに アジアホッケーチャンピオンリーグの シャークスのキャンプ場として も使用されており、 一気に稼働率がアップしています。 ただ毎年この時期に こんなことがあるわけでもないので、 新たな企画を作りましょうと 会議で提案しました。 キノコ狩りとか、 葡萄狩とか サッカー合宿とか 市内から来て 普通の人に 泊ってもらうような パッケージ商品です。 今回 アイスホッケー場で ホテルの販売部隊が サンドイッチとコーヒーを たくさん販売したのですが、 すこぶる評判が良かったので、 総料理長の 日本人Tさんは 赴任以来初めて満面の笑みを浮かべておりました。 日本女子チームの関係者の方々も こんなところに日本の ホテルがあって ほんとうに安心して 過ごせましたと、喜ばれておりました。 今度は 日本から 日光アイスバックスが 来られます。 アイスホッケー三昧です。
2008.11.10
今月半ばに家を引越しして、バタバタしています。17日には中山公園でオフショアセミナー、19日から一泊で松江のホテルニューシャロンでhttp://www.newchalon.com夫婦セミナー。両方とも 大盛況でした。感謝です。23日は火曜アララト会では長いこと日本の同志社大学で神学を学ばれた上海にこの6月戻ってこられたばかりの前日本キリスト教団松江(日本)の牧師 葉先生(上海人女性)の『知ってるるもり?!』を行ないました。この葉先生なんと わたし達に福音を伝えてくれたユメさんの高校時代のクラスメートで、葉さんとユメさんは実に上海で30年ぶり再会を 果たしたのです。この先の葉先生の働きに大いに期待したいです。
2008.09.24
最近の動き松江のホテルニューシャロン正式オープン!(本日発行の『じゃぴおん』に広告掲載)今月14日 引越し ( → 宜山路駅 3,4,9号線 近辺)今月17日 オフショアセミナー今月19日、20日 ニューシャロンにて 夫婦セミナー毎週火曜日 火曜アララト会 来週で10回目毎週土曜日 土曜オリーブの集い 明日で27回目事務所の仕事とホテルの仕事は 同じグループなので兼務しています。10月 『ウェンネバー』 など特集あります。 テレビ東京さんも取材に来られました。11月 仕事も兼ねて アンテオケ世界宣教大会(香港)に出席予定
2008.09.05
久しぶりのゴルフ練習。あさって早朝のお誘いを受けたので、急きょ。台風なので、強風だったけれども、ドライバーがようやく飛ぶ感触を得られた。日中40度近いので、早朝6時スタート。その後 いま市場開拓をさせていただいているホテルで食事を予定。現在 事務所の仕事兼務でホテル開発をしているので、今回の「上海帰国」以降 少しまともに忙しくなってきた。オリンピック期間中は中国国内にいるつもり。
2008.07.29
5月末からほんの数日だけ千葉と東京に戻っていた。両方の家族とゆっくり時間持ててよかった。すごい寒い日の連続だったが、ほんの一瞬上海に帰る直前日がさしたときに千葉の家の庭で撮影した花の鉢の写真。2日のお茶の水クリスチャンセンターでは中野雄一郎、明子ご夫妻と再会。先生のメッセージを聞くことが出来た。またミラノで宣教をされている内村宣教師の証もうかがえた。http://www.enyen.jp/blog/milano/2008/06/001383.htmlJTJ神学校の岸先生のメッセージも引き続き聞き、感謝。I兄とも再会。感謝。心配してくれているSクンそしてNさんとも時間が取れてほんとによかった。特に Sクンのケガが一刻も早く完全復調するように、祈ります。次回は年末か、な。
2008.06.06
「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた。」 (コリント人への第一の手紙2・9)久しぶりにブログの方をのぞいてみると、04年上海登場時に日本語学校で お世話になった方からたくさん書き込みをいただけていた。自分のことのように そんなに心配してくれている、のか と思うくらいいろいろアドバイスしてくれました。4年前こちらに来る直前は、少なくとも そこそこ自分で切り盛りしていた商店主ですからね。そんなに 人から指差されるように人生歩んできたつもりはないのですが、なんか 上海に来てビジネスが 思うようには うまくいかなくて、家内が働きに出ていることまで、あれこれ言われることもないと思うんだけども。今のところ 自殺は考えていませんが、上海で洗礼を受けたので、ある世界では 死んでいますから。でも 先日 家内のお母さんが上海に来ても、「元気そうで、前と全然変わっていない」って、こちらの友人たちに感想漏らしていましたから。ブログの印象と 実際はなかなか整合しないかも。いま 毎日とても 忙しい。04年に上海に来たときに考えていたこととは全然 思ってもみなかった用件で、忙しい。上海にいる召命(ミッション)みたいなことを 家内が受けて、(わたしも そうみたいなのですが自覚が足りません)ここにいることに決めている、ということだけなんです。かつて子供の頃には いろいろな人の 伝記とか読んだこともあったが、マザー・テレサとか新島襄とかシュバイツァーとかナイチンゲールとか、そんな偉人ではないとしても、その人に 与えられた 人生の使命みたいなものが あるのか!と 家内を見ていて初めて知りました。生きていくことはいろいろな苦しみや艱難があるでしょう、これからもきっと。でも、誰に頼めば 乗り越えられるかは上海で得ることができました。そういう証し人(ギリシア語では殉教者)になる、というようです。
2008.04.22
O兄の集会に参加して、 交わりの恵みをいただいて はや2ヶ月が経ち、 充足感が大きい。 わたしがメインに属している 集会は、「伝道」という ミッションには 控え気味なので、 この集会で 宣教師らに触れ合うと、 それだけでも 何か違う感慨に浸る。 今回は黒田禎一郎伝道師が 参加された。 1946年 台湾・台北市で生まれる。 1970年 ドイツ・デュッセルドルフ医科大学病院留学、 トリア大学精神衛生学部、ヴィーダネスト聖書学校卒業。 1975年 旧ソ連・東欧宣教開始。 1976年 ドイツ・デュッセルドルフ日本語キリスト教会初代牧師 1981年 帰国「ミッション・宣教の声」設立 1984年 グレイス外語学院設立 1987年 堺インターナショナル・バイブル・チャーチ設立。ミニスター。 1990年 JEEQ(株式会社日欧交流研究所)所長。聖書を基盤に、欧州情報・世界 情報、企業講演等。 1998年 インターナショナル・バイブル・チャーチ(大阪北浜)設立。活動開始。 2001年 韓日ワールドカップ宣教GOOL2002親善大使として活躍 現在に至る 著 書 『世界の日時計』(1~3)『無から有を生み出す神』 『新しい人生』『愛される弟子』 『神のマスタープランの行くへ』韓国語版『聖書と21世紀の秘密』 中国語版『神の聖書的ご計画』、 『ヒズブレッシング』 黒田先生の「主の祈り」という本を 手に入れて、それを 読み終わったばかりの頃の 登場だった、ので ほんとうに これも 人智では計り知れない恵みだな、と 思った。 先生は 特別メッセージを 与えてくれた。 ペテロはガリラヤ湖を 一晩中漁をして、 たった一匹も網にかからなかった。 しかし、 主イエスは、懇願して、 次に命令を下さった。 ペトロは、「でも お言葉ですから」 (But On your words)と 主に 半信半疑をもちながら 従った。 これは、家内が最初の仕事の契約を もたらした時に わたしが家内に示した箇所だ。 聖書のみ言葉を 自分のものとして そこに 網を投げた時、 主は祝福を下さった。 「私は疑い深いものなのです」 わたしも「おそるおそる」 網を投げかけるほどでいいのかも。。。 最近 自信たっぷり 「網を投げかけている」時がありすぎますので。。。 この自信たっぷりの 投網は ペテロがやっていたことですし。。。 やはり 聖書のみ言葉というのは、 ほんとうに不思議だ。 いろいろな時期に合わせて、 多様に用いられるからだ。 「でも、信仰」は隠れた祝福の秘訣なのだ。
2008.04.11
信仰生活が長くなるほど 「義人意識」が強くなり、 み言葉がじぶんの中に 入ってこなくなる、ということを 「パワーローマ書」から学んだ。 聖書の言葉を じぶんに向けた言葉と 受け入れられなくなる (刺されるという感覚が薄くなる) ときに祝福から遠ざかる、 ほんとうにその通りだと感じた。 目に見える周りの世界に 振り回されていくと、 み言葉に立って 歩んでいる意識から 遠ざかる、こともある。 しかし、 空しくなりそうになり、 じぶんの力のなさに 倒れそうな思いになるときでも、 主が支えてくれている、という 気持ちだけは持ちつづける 恵みを生かされている。 感謝なことだ。 CGNTVを通して、 初めてアメリカの有名な クリスタル・カテドラル(シュラ―牧師) の礼拝を見た。 ちょうどイスラエルでの 聖地旅行特集で 息子さんが説教されていた。 説教箇所はヨシュア記。 この中で 簡単だが心に留まった言葉があった。 「恐れ」と「勇気」というのは 感情ではない、ということだ。 「恐れ」とは 主にあって何もしないこと。 「勇気」とは 主にあって正しいことをやろうとする能力、 だという。 あと、生きておられる神は 「聞かれる神である」ということを パワーロ―マ書で 確認した。 じぶんの罪を悔い改めして、 新しい命に 歩める恵みに 今一度 感謝していきたい。
2008.04.08
いま わたしたちの身近な周りでは ちょっとしたリバイバルが起こっている。 リバイバルとは 「信仰復興」のことであるが、 かつては 北朝鮮にもあったし (100年前の平壌リバイバル) 日本にもあった。 (昭和初期) こういう時は、 何が何でも教会に足を運び、 神様を礼拝し、賛美することが 他の仕事を差し置いて最優先になる。 身の回りの、というのはどういうことか、 というと わたしが中国語の家庭教師を依頼している 金くんは先月23日に洗礼を受けたが、 かれは 早速 盲人の方々を 教会に連れて行く ご奉仕を始めた。 今まで「働き人」でなかった人が、 主の働き人に加わったのだ。 そして先週 洗礼を受けられた S夫妻。 わたしたちの「母教会」と同じではないが、 「オリーブの集い」の主力メンバーである。 このご夫人は上海の方で、 同時に洗礼された。 もちろん聖書は中国語である。 先週 彼らの友人のご夫妻が 彼ら宅を訪問した際、 テーブル上に放置された「聖書」に 興味を持った。 この結果、来週 わたしたちに福音を伝えた中国人Yさんの 導きで 中国人教会に行くことが決まった。 このSさんの夫人は、 わたしが 手渡した一冊のトラクトが きっかけで 信仰を持つことになった。 では、この一冊のトラクトは、 どこで 手に入れたのか。。。 それは わたしが昨年6月ビザの延長のために 香港に行った際、 宿泊したYMCAホテルの部屋に あったものだ。 その香港に行くための費用は、 じつに 5月のキャンプの際、中野雄一郎先生が わたしたちに献金して下さったお金と わたしたちを常に支えて下さった 中国人LG牧師夫妻からの献金、 によるものだった。 (出資は 日中牧師からのものだ= もちろん 主から示された、と言われて手渡された) YMCAホテルからチェックアウトするとき、 このトラクトが 役に立つことを祈った。 ほんとうに 主は その期待に応えてくださった。 そして 日本で信仰をもって、 上海に戻ってきて 霊的停滞と自覚されていた中国人Yさんは、 昨日は オリーブの集いに 北京のノンクリスチャンの 友人を招待するまでに 力を回復するまでになり、 中国人の受け皿担当に なるべく 感謝の気持ちで 満ち溢れている。 もし わたしたちが やっていることが 主の御心にかなっていないなら、 どうぞ 取り上げて下さい、という 気持ちでいる。 なぜなら、主の働きをするということは、 自分がやった、ということではなく どういうわけだか、こうなってしまった、という ような感覚で なされていく、 これを 続けざまに 味わっているからだ。 「ひとにはいろいろなはかりごとがあるが、 主のご計画だけが なる」 と聖書ははっきり宣言している。 身近なリバイバルは、 わたしたちが期待していた以上に 早く起こっている。
2008.04.06
昨日20日 第7回オフショア勉強会を行なった。開催告知が わずか5日前という 異常の短期にもかかわらず10名の申し込み。 そして特別参加者 と 上海ウェンネバー誌の取材と、 総計では20名の参加者となった。 このオフショアセミナーは 2005年2月が第1回で そのときから今まで7回 お手伝いさせて頂いているが、 実がなっているひとつは、 主宰の幸地司氏 と この交流会にゆかりある 末富氏、福田氏などが論客をつとめる オフショア開発専門雑誌が このたび 創刊される(技術評論社より)。 「OFFSHORE 開発 PRESS」幸地さんとともに今回のメイン講師をつとめられた カシオソフト上海の勝又さんの 資料と分析が 非常に おもしろかった。今回 秀逸だったポイントは カタカナ問題。 カタカナ用語が 氾濫している昨今、 はたして日本人のどれだけが カタカナを用いた会話を理解しているのだろうか。 何となくわかったつもりで、 話をしている場合が少なくないのではないか。 あすは 上原令子さんのライブ。 福音を 歌声で伝える。 教会の垣根も無く、 信徒、ノンの垣根も無い。 あすは T兄や 先日訪問したF総経理からも 「行っていいですか?」という電話もいただいた。 すごくうれしい。 またオフショアセミナー参加されたことのある 交通大学のY先生も 「ぜひ ご拝聴したい」と連絡をもらった。 ものすごくうれしい。 入場無料 予約なし。どなたでも ぜひ会場へ足をお運びください。
2008.03.21
目立った動きはないが、ほんとうに毎日忙しく働かせて頂いている。 多くの方々と出会い、仕事やその他の行事も進んでいくことは正直にうれしい。 ある事で相談に乗ってもらっている日本のI兄に「よろこびの」ご報告をすると、その隣りに中野雄一郎先生がいっらしゃる、と。 「元気?」と中野節で、挨拶いただけた。ほんと驚いた。 先生には、昨年GWキャンプ時にたくさんの強烈なメッセージを頂いた。アメリカやハワイ、ヨーロッパと各地で事業などに大成功された方々と多く触れられている中野先生の「必ず儲かる聖書のビジネス」(いのちのことば社)をクルマで読みながら営業することもある。 その中野先生がこのイースター(復活祭)に上海に来られる。 そして奥様とともに今回はゲストとしてゴスペルシンガーの上原令子さんをお迎えする。(中野先生が口説いてくれた) 特に22日(土曜日)は上海の機場賓館(虹橋飛行場の近く)でライブコンサートをしていただく。(入場無料) クリスマスに続き、今回のイースターも実行委員事務局をつとめさせていただいている。 22日のライブは一般向けコンサートなので、「ジャピオン」とかの日本語フリーペーパーやウェンネバー上海やスーパーシティ上海のWEB版で告知させていただけるようだ。 上原さんのゴスペルは「癒しのゴスペル」。 きっと素晴らしいライブになると思う。 ●上原令子ライブコンサート●場所 上海国際機場賓館●日時 3月22日(土曜日) 1時半開場 2時開演 3時半終了●入場無料 上原令子(うえはら れいこ) 1952年 沖縄に生まれる。アメリカ人である実の父親の顔も知らずに生まれ。生後4ヵ月で母親の遠縁に当たる上原家の養女となる。5才の時に自分の生い立ちを知り、心の内に孤独を抱えるようになった。理不尽な周りからの差別に苦しみ、自分の存在場所を歌手という世界に求めて上京する。17才の時、テイチクレコードのオーディションに合格するが、デビュー直前に心の空しさを覚えて帰郷する。沖縄クリスチャンスクール時代の恩師が通う教会を訪ね、満たされぬ想いに対する答えをイエス・キリストの愛の中に見出し、1970年にクリスチャンとなる。 以後、オリジナルのゴスペルソングによるコンサート活動を開始。1974年に初のオリジナルアルバム『友よあなたに』をリリース。少年院や刑務所の慰問、学校や教会でのコンサートを含め、国内・海外においてコンサート活動を展開中。1990年『アバミュージック・ミニストリーズ』を設立し、主幹として活動。現在までに、『友よあなたに』『何という愛でしょう』『愛されて』『あの海のように』『I Live You』『Time』『クリスマス・ソング』のCD&テープを製作、リリース。
2008.03.10
儲け話のことではない。昨年晩秋にわたしがお世話になっている事務所の日本人スタッフが、ニセ札をつかまされた。彼は 夜半 路上で販売されているDVDを購入しようと、物色。3枚のDVDを手にとって、100元札を 店主のオバちゃんに手渡した。1枚10元と言われたので、普通なら 70元のおつりを受けとるところだった。ところが、ここで一瞬の 撹乱にあった。オバちゃんは、「こっちにも 最新作が あるからちょっと見てみなよ」と促したらしい。彼は じゃ 見てみるか、みたいな感覚でサッさーっとDVDを漁ってみたが、あまり 食指が動かない。あっつ、やっぱその3枚だけでいいよ、と彼は答えた時点で、オバちゃん「この100元札 新しい100元過ぎるから、気になる。 別の100元と 交換して」と催促した。時既に遅し。その時点で先方のニセ100元とすりかわっているのを気づけず、彼は しぶしぶイヤイヤと思いつつ、その3枚のDVDに心から離れることできず、新たに100元をオバちゃんに手渡した。そして、70元のおつりをもらった。さて、家に帰ってそのDVDを見ようとしたところ、3枚のうち 2枚が観ることができない粗悪品。そして、その100元がニセ札だと わかったのもそんなに時間はかからなかった。それだけではない。おつりとしてもらった70元のうち、50元札もしっかりニセ札だった。「踏んだり蹴ったり」である。教訓としては、夜の路上で安いからと言ってこの手の商品を買うことは初めから避けることだと思うが、では、もらったお札がニセ札かそうでないかを見分けるのはどうしたら良いのだろうか。100元札も、50元札も日々 元に触れていない外国人であれば、おそらく そう簡単に見抜けぬほど精巧に製造されている。わたしは 彼にその2枚をお借りして(50元ならまだしも 100元札のニセはよほどでないと つかまされないだろうから)検証してみた。いろいろ中国人の人から また日本人からも聞いてみたが、チェックポイントと言われる箇所ではおそらく 瞬時に判断できない、だろうと思わされた。昔 日本の両替商ではニセ札をつかまされないように毎日「本物」だけを 片時もその「触感」を忘れないように、触れることをさせていたのだ、と聞いた事があるが、中国元のクチャクチャの汚いよれたお札を毎日触れているなんて、ばい菌を体内に取り入れるようなものなので、そんなことはしたくもないだろう。で、比較的決定的なニセと本物の見分け方を知った。それはお札のニオイをかいでみる、ことである。本物は お札独特のインクのおニオイがする。ニセ札は ニオイがしない。ただ、これだけ。うちにある本物であろう、と思われるお札を数枚かいでみたが、ニオイがした。しかし、お借りしたニセのお札はまったくニオイがしない。イヌでもあるまいし、束の札をいちいちニオイかぐのはばかばかしいが、中国の製品は 一品一品検品することは 基本中の基本である、はずである。食品には異臭がついてまわることで全面撤退になる勢いの中国商品だが、ことお札にかぎってはニオイを放ってもらってるものが本物だということのようだ。「カネのニオイがする」とはほんとうによく言ったものだ。(写真)上二枚が本物 下二枚がニセモノ。 混ぜるとまずわからない。 ニオイをかぐしかない。
2008.02.23
「目に見える兄弟を愛していない者に、 目に見えない神を愛することはできません。」 (第1ヨハネ 4-20) 主にいただいた信仰を 誇って歩んでいるつもりで、 それがじぶんの「高ぶり」に 変わっているさまを 気づかされた。 それは、ある問題をきっかけに 考える対象を与えられたことによる。 その過程で、 主は「万事を相働いて益とされん」がごとく、 いろいろな気づきのきかっけにたどりついた。 まず、天の国がここかしこにあることはない、 あなたがたのただ中にあるのだ、という 福音書の御言葉によって、 天のすばらしい(見ることのできない天上の)国 を想像しようという思い。 一方 地上での天国、 それは 人と人との関係。 後者は これから「交わり」の機会を 増やしていこうと思い立った、 わたしにとって 極めて大きなテーマであった。 それを工藤信夫先生の「よりより人間関係をめざして」 (いのちのことば社)より 学ぶことが出来た。 そして、二度読見終わる頃、 やはり 精神医学的なアプローチに加え、 さらに 霊的な指導が必要と思い立ち、 アンドリュー・マレーの「謙遜」 (いのちのことば社)を 読むことにした。 この中で おのれの 「高ぶり」が あらゆる 人間関係 社会生活の上で いかに 神の御国を 現す 妨げになっているか を深く示された。 このようにブログ(ミクシーはそうでもないが) で 福音を伝えようと やっきになって いるじぶんの 深層にも 「高ぶり」から 発していることが少なくない、 これが 気づかされた。 もちろん、冒頭にあるように、 人との関係を 神の求める視点に根差して 歩まん、とすれば どうしても この主からの 課題は クリアしていかないと、 主は「鍛錬」される。
2008.02.20
週に一度だけ中国語の家庭教師に来てもらっている金くん。春節は 親戚に不幸があり、寧波で葬式2件出席してきた。両者とも老衰らしい。初めて中国のお葬式の様子を教えてくれたが特に都市以外ではなかなか手間のかかる儀式のようだ。この春節は 寧波も上海並に 大雪に見舞われ、毎夜 マイナス3、4度まで冷え込んだ。その中 習慣に従って、毎晩 亡くなった方とともに夜を徹して喪に服さないといけない。だが、もともと暖房設備のそんなに行き届いていない中国のイナカである。神妙に弔いを進めるというわけでなく、「マージャン」や「トランプ」などをしたり、「豪勢な食事」をしたりして一族で 過ごすのだそうだ。メモ帳に描いたスケッチは マージャンやトランプには興味の無い 金くんが手持ち無沙汰で書いた落書き。さすがに 美術大学生。ユーモア交えて中国の葬式の一風景を描いている。
2008.02.16
ニュースを見れば、 わるい話ばかり。 このニュースを見て、 聞いて、 たいてい ほっとすることは 「じぶんでなくてよかった」という ところだろう。 だが、聖書の福音とは 「いいニュース」 のことである。 それは 誰にでも 分け隔てなく 与えられたものであり、 どんな状況であろうが、 豊かに値なしに注がれている 財宝のシャワーのような ものである。 ところが これを聞いて、 「じぶんに関係なくてよかった」 と感じる人もいる。 聖書を手にし、読むうちに なかなか 心の中心(魂)に 入り込んでこないのは、 神のご計画のうちだ。 主は そのご自分の思うままに ある人の耳を開き、 あるいは 閉じ、 ある人の目を開き、 あるいは お閉じになられる。 わたしたちは 状況がよくなったから、 主に用いられた、とか 主の恵みに感謝する、という ことではない。 人間的に一般常識的な 目から見て、 悪くなったような中でも あるいは サタンのように悪いような人間でも お用いになる。 わたしは一年前 まだ聖書もろくに読みこなせない頃 最初に主から 「神の国と 神の義」を第一に求めなさい、 と強く思わされた。 ところが、この御言葉自体、 どうして最初にわたしに 与えられたのか、 さっぱり わからなかった。 もちろん、その答えは 一生かかってもわからないほど 深い恵みだと思うが、 わたしは いつも世俗にまみれる 普通の地上の人間として、 このことばは 「いのちのことば」に感じるのだ。 だから、武士がいつも じぶんの刀を研ぐように、 この御言葉を たえず じぶんの眼前におき、 じぶんを顧みる時が どうしても必要だ。 だから 目の前にそびえる問題のようなものは、 この言葉を取り出す いい機会なのである。 これに従順であれば いいのだから。 (報告:家内がビジョンを与えられた「祈りと福音の館」の雛形がKさん(日本人女性)提供で与えられました。場所は 中山公園からクルマで5分程度のマンションです。今後は仕事を通じて資力を得て さらに 広く 宿泊設備の整ったものにしたいと思い、 さらに お祈りを続けていきます。ハレルヤ。)
2008.02.14
上海生活14年目の日本人S総経理と そのご夫人日本人K姉の お誘いを受けて、 (家内と二人) 嘉定の上海ゴルフ倶楽部で 初めて ゴルフコースを周ってきた。 昨年10月以来ゴルフクラブから離れ、 しかもまだ4回しか打ちっぱなしに行ったことのない わたしたちにはかなり無謀な初ゴルフだったのだが、 池にも落ちず(ボールではなく自分たちが)、 無事 生還できた。 石川遼選手は ハワイでドライバー369ヤードを飛ばした、らしいが、どんな打ち方したらそんなに飛ぶものなのか、やってみないと その凄さはわからないものだ。最初 乗り気でなかった家内もコースを周っていくうちに「軌道に乗ってきた」と大喜び。大変すいていて周りに迷惑かけずに、またプレッシャーもかからずに安堵。お風呂も浸かれて、いい休日でした。写真)Sさんに指導を受けつつドライバーを初めて打ってみる家内
2008.02.11
6日から12日まで春節の休みです。11日にはゴルフに誘われています。(昨年10月以来クラブを手にしてもいないのに)初めてコースをまわるんです。毎日 DVDを観たり( いままで観た映画6日以降・・・「The All Kings Men」「I am Sam」「Primal Fear」「007 Casino ロワイヤル」「13Days」餃子作ったり、友人の家を訪問などして過ごしています。爆竹は今年は 昨年よりも少し 控えめなような気がしました。 (花火の値段が高くなって消費が落ちていると、聞きましたが)3月には家内の両親に来てもらおうかと、予定しています。
2008.02.08
雪道を踏みしめると、山形にいた頃を思い出す。04年1月福島飯坂温泉はちょうどこんな感じのシンシンと降りしきる雪だった。栗子峠を越えて米沢に戻った時、中国に行ってみようという気持ちは固まっていた。(通勤途中の世紀大道にて)
2008.02.02
珍しく上海でも積雪があったので、万が一と思って日本から持ってきた長靴が重宝している。ところで最近「出前」に凝っている。楽でいいのだ。
2008.01.30
(キリスト)わが子よ、世間の体裁のいい 口上手な話のために動かされてはならない。 神の国は文句の中にあるのではなく、 実際の、徳の中にあるのだから(第1コリント4-20)。 人の心を燃やし立て、 理知に光明を与える私の言葉に注意しなさい。 それは悔悛の念を起させ、 さまざまの慰めをもたらすものだ。 けっしていっそう学問があり、 聡明だと人から思われようとして、 その力を得るために私のことばを読むのであっては ならない。 それよりも自分の罪や悪徳を抑えてなくすように 努力しなさい。 なぜというと、このほうが、 たくさんのむつかしい問題を明らめるよりも、 お前にとって益することが ずっと多いだろうから。 (トマス・ア・ケンピス「キリストにならいて」 岩波文庫 大沢章・呉茂一訳 第43章 空しい世間的な知識に対する戒め、より) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 井上薫伝道師ご夫妻が 来られて、 証とメッセージをなさった。 正月のこの時期には この3年、必ず上海にいらして メッセージを語ってくださる。 「生きるとすれば主のため、 死ぬとしても主のため」 というロマ書から、 献身する中で生じた 様ざまな苦しみと感謝を 述べて下さった。 主によって与えられる 一方的な恵みを 全く忘れて生かされていることへの 戒め、そして、 無条件にいただく愛を あらためて感じることができた。 ひとそれぞれ、 全く違った訓練コースを経て、 主に仕えていくことを 教育される。 一見、悲しむべくことや、 まったく 道の開かれない中で 苦しみ悶えることの「荒野」での 鍛錬。 ぜんぶ主からの恵み。 わたしたちは、 大きなふろしきのような気持ちになって、 主からのメッセージを 受け止め、 味わっていきたいものだ。 目先の成功や、 うまくいってるふりは、 この際、まったく意味がない。 とにかく 主の栄光のために 生き、そして死ぬ、 このことをもう一度 深く感じていきたい。
2008.01.13
私は、お前にしじゅう繰り返して言った。 今またも一度言って聞かすのだ。 自己をすて去れ(マタイ・16-24)、 自己というものを捨離しなさい、 そうすればお前は大きな内心の 安らぎを享受できよう、と。 すべてに換えてすべてを与えなさい、 何も報いを求めてはならない、 心からためらわずに私に信依しなさい、 そうしたらお前は私をえられよう。 お前は心中自由になれよう、 そして闇がお前を踏みにじることはなかろう。 この一事のために努力しなさい、 これを祈り、これを願いなさい、 あらゆる我慢をお前が脱し去って、 赤裸になって、赤裸のイエスに従っていけるよう、 また自己に死して、私のために 永遠に生きていけるよう。 そのとき、あらゆるむなしい幻想や、 よからぬ心の乱れや、 よけいな心配などは、 消え去るだろう。 そのときはまた、度を失った恐れは退き、 度を超えた愛は死ぬであろう。 (トマス・ア・ケンピス「キリストにならいて」 岩波文庫 大沢章・呉茂一訳 第37章 心の自由を得るためには自己を全く残さずに捨離すべきこと、より)
2008.01.12
2冊の興味深い本を 入手してきた。 ひとつは C.Sルイスの「悪魔の手紙」 (平凡社ライブラリー 1000円) もう一冊は トマス・ア・ケンピスの 「キリストにならいて」 (岩波文庫 660円)。 「悪魔の手紙」 ・・・「ナルニア国物語」作者の C.Sルイスの傑作。 「現役を引退した老悪魔が、 人間を初めて誘惑する若い悪魔に ほどこした助言」の数々。 第二次大戦とヒトラーを見据え、 人間性について深い省察が結実した代表作。 彼に信仰回復のきっかけをもたらした 親友「指輪物語」の作者トールキンに 贈ったとされる。 次回ディズニーはミルトンの 「失楽園」を映画化すると予定されているが、 そのミルトンの影響を深く受けている。 「キリストにならいて」 ・・・トマス・ア・ケンピス(1379-1471) の自らの宗教体験から 修道士たちの精神生活の完成のために 書いた書物。 「霊の生活に役立ついましめ」 「内なることに関するいましめ」 「内面的な慰めについて」 「祭壇の秘蹟について」の4章から成る。 神への愛を欠く生活がいかに空しいか、を説く。 世界中で聖書についで 最もよく読まれた書物である、と言われる。 おそらく ボクらと同じような霊的体験から 信仰に入った人間は ほとんど全ての項目で 合点が行く。 そして、 聖書の言葉を 説き明かすのにも 非常に有効。 聖霊を侮る終わりの時代だからこそ、 必読。
2008.01.10
オヤジから「Cruden's complete concordance to the old & new testaments」をプレゼントされた。ものすごく嬉しかった。
2008.01.07
・・・だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られたものである。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。 (第二コリント 5章17)自分に失望することはない。あなたは、自分の弱点、固定観念、嫉妬、罪意識、劣等感から抜けだそうと長い間努めてきたのに、うまく成功していないのではないだろうか?それができないのは、自分の力で自分をよくしようとしたからではないだろうか。そんなことは、長く、くたびれはてる、そうして本質的には不可能な計画なのである。しかし、キリストになら、すぐにできることである。キリストに向かい、ただひとこと、「主よ、こんなふうに生きていたくないのです」と告げ、自分も本気でそう考えることである。あなたが、自分でできなかったことも、キリストは、あなたに代わってしてくださる。キリストは、あなたの内部に、変化をもたらしてくださる。「この私を変えてください」と主に願おう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上、ノーマン・V・ピール博士の書物「あなたの人生を変える40のみ言葉」(一粒社)より引用。先日の大川牧師のクリスマスメッセージは非常に皮肉めいていた。神の力とご計画をバカにしてはいけない。侮ってはいけない。メリークリスマス、ほんとにそんなことが言えるのか?主に心の座を全て明渡します、そんなことが安々とできるのか、ひとはみな自分が中心の王様でいたいのに。。。主のみ力をほめたたえよう!
2007.12.31
(つづき)そのころ、皇帝アウグストが全ローマ帝国の住民登録をせよと命じました。これは、クレニオがシリヤの総督だった時に行なわれた、最初の住民登録でした。登録のため、国中の人がそれぞれ先祖の故郷へ帰りました。ヨセフは王家の血筋だったので、ガリラヤ地方のナザレから、ダビデ王の出身地ユダヤのベツレヘムまで行かなければなりません。婚約者のマリヤも連れて行きましたが、この時にはもう、マリヤのお腹は目立つほどになっていました。ベツレヘムにいる間に、マリヤは初めての子を産みました。男の子でした。彼女はその子を布でくるみ、飼葉桶に寝かせました。宿屋が満員で、泊めてもらえなかったからです。その夜、町はずれの野原では、羊飼いが数人、羊の番をしていました。そこへ突然、御使いが現われ、主の栄光がさっとあたり一面を照らしたのです。これを見た羊飼いたちは恐ろしさのあまり震え上がりました。御使いが言いました。「こわがることはありません。これまで聞いたこともない、すばらしい出来事を知らせてあげましょう。すべての人への、うれしい知らせです。今夜ダビデの町(ベツレヘム)で救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。布にくるまれ、飼葉桶に寝かされている赤ん坊、それが、目じるしです。」するとたちまち、天の軍勢が現われ、御使いといっしょに神をほめたたえました。「天では、神様に栄光があるように。地上では、平和が、神様に喜ばれる人々にあるように。」(ここまで)
2007.12.25
じつは、もう数日間 風邪気味で微熱状況が続いています。きのうのクリスマスも だからタイヘンでした。土日なく ずっといろいろ動いていて疲労が蓄積していた上、このプロジェクト準備期間内に主なものだけでも大きな出来事が3つありました。1つ 白酒酔いつぶれ事件お客さんの総経理さんのお誕生日に招かれて、そこで 先方の会社の運転手たちによってかかって白酒攻撃を受けてしまいました。ボクはあまりに常軌を逸した白酒攻撃に多少の「憤り」を覚えつつも、神様いざというときは守って下さい、と祈りつつ、飲ませていただきました。浦東で飲み始めたはずなのに、ボクが発見されたのは徐家ホイ。傍らで警察が保護してくれていたそうです。ボクは 何も記憶がありません。タイタイから「禁酒」条例公布。かれこれ2週間経ちますが、禁酒は守っています。2つめ バス引きずり降ろし事件タイタイの仕事契約の暁には、記念に 中山公園の 釜山料理屋で焼肉でも食べよう、と数ヶ月前に約束していたことをすっかり忘れていました。言われて、行くと順番待ち90番目!ボクは ハラぺコだったし、気遣いのつもりで、ケンタッキー(またか)でさっさと済ませよう、と言うや否や、キゲン悪状況。しばらく 言い合い。帰宅方向のバスに乗り込むも、まだ言い合い。とうとう ちゃぶ台ひっくり返し、気性が爆発。ボクは、タイタイの首根っこをつかまえてバスから引きずり降ろし、ほら、早くさっきの焼肉屋で順番待ちしよう、と大騒ぎ。中山公園の永楽電気の前で大喧嘩していた男と女はこのバカ夫婦です。結局 その焼肉店に入って何事もなかったようにたらふくいただきました。3つめ 怒りの開拓新規のお客さんをつかまえるのに、神経遣っているのに、会計主任が もう一歩で契約に至りそうなお客さんに向って電話口で「大喧嘩」。(財務会計上の指導面でらしい)しかし、相手は 神経の細やかそうな女性。担当女性は、今後この会計士に指導されると思うと沙希が思いやられると、総経理に訴えてきたそう。ボクは じぶんの会計主任に怒りました。そして、その会社さんにフォロー。まだ、両者面識もないのに、勝手にケンカされちゃ困るんですよね。結局その後行き来をその日に2回。メールを入れて、きょう もう一回プレゼンのチャンスをもらいました。ま、ボクの怒るって言うのは、言ってるそばから赦しているんですけど(いちおうクリスチャンですから)。以上3つのダサい出来事から検証すると、「怒りは愚行をもたらす」のですが、ボクの聖霊さまに対する挑発攻撃にボクが乗りすぎるところに問題ありそう。ボクは、ますますイエスさまの力にしか頼っていません、察するに これが悪霊は気に入らないのです。
2007.12.24
プロジェクトリーダーH兄と総合司会A兄、ならびに各出し物のリーダーさんや事務局スタッフら合計11名で打ち合わせを開始してから1ヶ月と数日。とうとうクリスマス祝会の本番を迎えました。この日までいろいろな奉仕のチャンスを与えて下さった神様にほんとうに感謝します。また至らぬことで、少し手違いがあったにもかかわらず、寛大な目で見守っていただいた一同にも 感謝します。今回は 運営方法を大胆にチャレンジしてみました。まず、プロジェクトを立ち上げて、事務局を設け、チームリーダー制度を確立したこと。通常 子供たちの劇から始まるクリスマスの定番を廃止して、バンドと 映像によるコラボレーションを試みたこと。総合司会を据えて、全体の流れを重んじたこと。初めてこういう会に来た人でもなるべく わかりやすくありのままの姿を垣間見てもらうことを目指した、こと。第1部礼拝のあと 第2部までの間に 軽食を提供したこと。プレゼントを全面的に解禁したこと。以上、一見大したことないことなのかもしれませんが、まったく違うスタイルで生活し、あるいは信仰生活をしている大勢の人々の同意を得て、異国で 限られた条件下でこれらを実現することは、容易なことではなかったのです。会場の予定人数は130名以内、ということでしたが、120名以上の来場者があって、まったく ごく身内だけの告知でこれだけ来ていただけたのだから、関係者みな 大喜びでした。クリスマスは いまやお寺や 神社でもするところがある時代。本家本元のクリスチャンの集まりが もっともっと幅をきかせて意外な 楽しみをご提供できれば、神の御力が 示されることでしょう。
2007.12.23
いよいよクリスマスのイベントまであと2日。全体の事務局の総合チーフとしてご奉仕させて頂いてきたこの約1ヶ月ちょい、でしたが、非常に この時点で既に 実りの多いものでした。このイベントの目指すところは、「クリスマス感」お金とか間に合わせでつくり上げることの出来ない「ほっこり感」ということをプロジェクトリーダーから依頼されてきましたが、なんせ クリスマス集会の演出は 初めてですからね。言葉では つかめませんでしたが、奉仕者との打ち合わせ、連絡のやり取り、分裂と一致などを繰り返していく中で貴重な経験を味合わせてもらっています。まず、神の国と神の義を第一に求めなさい、そうすれば あなたに必要なものはすべて与えます、ひとにはできないが神にはできる、神は何でもできるからだ、という言葉を何度も何度もかみしめて、自分ではなく 神の御心がなるようにという思いだけで 進めてきました。ところで、いつものように話 逸脱。タイタイさん こんどは天ぷらの「花楽(からく)」さんというお店にご招待されました。ボクは当然知りませんでしたが、事務所スタッフ、訪問顧客さんに 聞いてみると皆さんご存知の有名店らしく、「かなり おいしかった」らしい。オレはきょうどうすんの?の質問に「きのうつくったカレーがあるでしょ」季節柄 これがほんとの「カレー済ます」(激死)つい先日 「きみのつくった料理ほどボクの好きな食べ物はありません」 と中国語のEメールを送ったばかり、だった。しくじった。ちなみに、そのお店かなり高級なのですが、お客さんほとんど中国人の若いカップルで埋め尽くされていたそうです。
2007.12.21
ボクの一家にたいへんゆかりのある東北の県の代表事務所さんから顧問契約をいただき、来年そうそうその勉強会で「労働契約法のセミナー」を開催することが決定しました。場所は ルネッサンス揚子江というホテルです。その県からの上海進出企業30社ほどが集います。ほんとうは きょう細則が通達される予定でしたが、年内延期 というあいまいな回答でした。当日は細則を盛り込んでの弊所弁護士による説明を行ないます。まるまる一ヶ月半休みなしでクリスマスプロジェクトを準備して、あと3日。仕事もいろいろ連発で 案件をいただいておりますので、感謝です。
2007.12.20
(先日のつづき)さて、父親のゼカリヤは聖霊に満たされ、こう預言しました。「イスラエルの神、主をほめたたえよう。主は来て、ご自分の民を解放し、そのしもべダビデ王の血筋から、力ある救い主を遣わされた。ずっと昔から、聖なる預言者を通して約束されたとおりに。救い主は、私たちの先祖をあわれみ、特にアブラハムをあわれみ、彼と結んだ聖なる契約を果たされた。私たちを敵の手から解放し、恐れず主に仕える者としてくださった。私たちはきよい者、神様の前に立つにふさわしい者とされた。幼い息子よ。おまえは栄光ある神の預言者と呼ばれよう。おまえがメシヤ(救い主)のために道を備え、主の民に、罪が赦され、救われる道を教えるからだ。これはみな、ただ神の深いあわれみによることだ。天の夜明けがいま訪れようとしている。その光は、暗黒と死の陰にうずくまる者たちを照らし、私たちを平和の道へと導くのだ。」ヨハネは心から神を愛し、やがて成長すると、イスラエルの人々の前で公に語り始めるまで、たった一人、寂しい荒野に住んでいました。(ここまで)わたしたちも荒野を長い間 体験しました。これは 厳しい時でしたが、ほんとうに大切な 時間です。主は遅れることなく必ず勝利の右手で私たちを救い出してくださります。これを味わいつづけることに信仰生活の 喜びがあります。
2007.12.18
(きのうのつづき)さて、エリサベツの待ちに待った日が来て、男の子が生まれました。このニュースはたちまち近所の人や親類の間に伝わり、人々は、神がエリサベツをあわれくださったことを、心から喜び合いました。子供が生まれて八日目に、友人や親類が集りました。その子に割礼(男子の生殖器の包皮を切り取る儀式)を行なうためです。だれもが、子供の名前は父親の名を継いで、「ザカリヤ」になるものとばかり思っていました。ところがエリサベツは、「いいえ、この子にはヨハネという名をつけますの」と言うではありませんか。「なんだって!親族にそんな名前の者は、一人もいないじゃないか。」あっけにとられた人々は、父親のザカリヤに、身ぶりで尋ねました。ザカリヤは、紙をくれと合図し、それに「この子の名前はヨハネ」と書いたので、一同はびっくりしてしまいました。とたんに、ザカリヤの口が開きました。また話せるようになったのです。彼は神を賛美し始めました。これには近所の人たちも驚き、このニュースはユダヤの山地一帯に広まりました。だれもがその出来事を心にとめ、「この子はいったい、将来どんな人物になるんだろう。うーん、確かにこの子には、主の守りと助けがあるぞ」とうわさし合いました。(ここまで)
2007.12.17
上海にはいろいろな集りの会があります。たとえば 会員数300名ほどの現地採用日本人女性中心に活動されている「働く女性の会」というのがあります。先日 クリスマスの事務局的立場でお話いただいたI姉などはここでも いろいろ頑張っていらっしゃっています。さて いつも大変お世話になっているS兄が この度晴れて 総経理という立場に昇進しました。彼は「カラオケやらでは社長っ!って 呼ばれてはずっといたけども、実際 ほんまに 社長になるいうのは、けっこう 大変かもしれんけど、うれしいからね。」とご満悦。その奥さん、S姉はずっと 働きたいと思っていたけれども、ダンナさんがこうなって、しばらく また家庭中心でもいいかな、「働かない女性の会」でもつくろうかしら、とおもしろいことを言ってきました。今晩は タイタイともどもA兄 H兄 H姉 その子供さんら、そしてSK姉 M姉 らとともに、「ガス抜き」懇親会。いろいろなお話で 大爆笑の渦の中、夫婦のケンカの話でざっくばらんに心情を吐露。結局なんだかんだ女性の胆の座りっぷりに降参。タイタイ含む女性陣の「わたしたちは『上海ゼッタイに動じない妻の会』でも創ろうか」、という宣言にはダンナ衆 とても頭が下がる思いになりました。
2007.12.16
虹橋花園でのクリスマスCS劇の練習下見に出向きました。2、3歳から参加する子供劇ですが、こんなに大勢の小さな子たちが参加してくれるんですね。歌もしっかり、きっちり仕上がっていました。さて、その後A兄、H兄と 別場所で 打ち合わせ。この議論が今回のプロジェクトの土台。また白熱したものになりました。感謝。その後 夕方から 南京の「宴会董事長」I兄が 幹事になって開催された メンズ主体の忘年会は、合計13名の総経理さんやその奥様らがお集まりになって、遠東国際広場にある 田野(TAYA) 仙霞路299号B棟1F で ちょう盛り上がって行なわれました。幹事のI兄のすごい仕込みのおかげで、次々繰り広げられる余興 ゲームはちょっとした 飲み会の域をはるかに超えてます。ちなみにボクは 「ある事件」(最近あった)のことに懲りてこの席上では ただの一滴もお酒を口にはしませんでしたが、あんこう鍋やら、うどんやら の美味も堪能し、和やかで上気した雰囲気で酔いしれてしまいました。途中で タイタイが「彩寿司」(なんか 最近 常連になってしまっている。。。)から 参加。夫婦の誓いの 宣言を「させられて」しましました。この望燃会はまさにボクらにとってはアメ-ジング・グレースのひとつでした。南京のI兄に非常感謝!
2007.12.15
(前日のつづき)数日後 マリヤはユダヤの山地へ急ぎました。そして、ザカリヤの住む町へ行き、エリサベツを訪ねました。マリヤのあいさつを聞くと、エリサベツの子供は、お腹の中で跳びはね、エリサベツは聖霊に満たされました。エリサベツは喜びを抑えきれず、大声でマリヤに言いました。「あなたほどすばらしい恵みを受けた女(ひと)はいないわ。お子さんが、神様の最も大きな誉れを表わすようになるんですもの。主のお母様がわざわざおいでくださるなんて、身に余る光栄だわ。あなたが入ってきてあいさつなさった時、子供がお腹の中で喜び踊りましたの。神様が語られたことは必ずそのとおりになると信じたので、神様はあなたに、こんなすばらしいことをしてくださったのね。」マリヤは答えました。「ああ、私は心から主を賛美いたします。救い主である神様を、心から喜びます。神様は取るに足りない召使のような私さえ、お心にとめてくださいました。これから永遠に、どの時代の人々も、私を、神様に祝福された者と呼ぶでしょう。力ある聖なる方が、私に大きなことをしてくださったからです。そのあわれみは、いつまでも、神様をおそれかしこむ者の上にとどまります。その御手はどんなに力強いことでしょう!主は心の高ぶった者を追い散らし、権力をふるう者を王座から引きずり降ろし、身分の低い者を高く引き上げ、餓え乾いた者を満ち足らせ、金持ちを手ぶらで追い返されました。主は約束を忘れず、しもべイスラエルをお助けになりました。先祖アブラハムとその子孫を、永遠にあわれむと約束されたとおりに。」マリヤは、エリサベツの家に三ヶ月ほどいてから帰りました。(きょうはここまで)有名なマリヤの賛美の箇所。長々と祈っていない。史上もっともナゾとされる救世主の処女懐胎。クリスマスの出来事はわたしたちの常識とは まったくかけ離れたところからスタートしています。従来 「聖」という言葉これも 人間の常識のレベルともまったく かけ離れたほどの領域。神、そのものにしか用いることができないものとされます。
2007.12.14
約束。わたしたちの世界にはいろいろな約束事がありますが、新約 旧約この 神様との約束をとても大事にするメシヤ信仰。イエス・キリストのお母さん、マリヤにも神様はまず 約束からお与えになりました。(きのうの続き)マリヤへの約束その翌月、神は御使いのガブリエルを、ガリラヤのナザレ村に住む、マリヤという処女のところへお遣わしになりました。この娘は、ダビデ王の子孫にあたるヨセフという人の婚約者でした。ガブリエルはマリヤに声をかけました。「おめでとう、恵まれた女よ。主が共におられます。」これを聞いたマリヤは、すっかり戸惑い、このあいさつはどういう意味なのだろうと考え込んでしまいました。すると御使いが言いました。「こわがらなくてもいいのです、マリヤ。神様があなたに、すばらしいことをしてくださるのです。あなたはすぐにみごもり、男の子を産みます。その子を「イエス」と名づけなさい。彼は非常に偉大な人になり、神の子と呼ばれます。神である主は、その子に先祖ダビデの王座をお与えになります。彼は永遠にイスラエルを治め、その国はいつまでも続くのです。」「どうして子供ができましょう。まだ結婚もしておりませんのに。」「聖霊様があなたに下り、神様の力があなたをおおうのです。ですから、生まれてくる子供は聖なる者、神の子と呼ばれます。ちょうど半年前、あなたのいとこのエリサベツも、「子供のできない女」と言われていたのに、あの年になってみごもりました。神様の約束は、必ずそのとおりになるのです。」「私は主の召使にすぎません。何もかも主のお言いつけどおりにいたします。どうぞ、いま言われたとおりになりますように。」マリヤがこう言うと、御使いは見えなくなりました。(きょうはここまで)いよいよマリヤの登場。なかでも注目すべき言葉は「恵まれた女よ。主が共におられます。」「神様の約束は、必ずそのとおりになるのです。」そしてマリヤの従順。「私は主の召使にすぎません。何もかも主のお言いつけどおりにいたします。どうぞ、いま言われたとおりになりますように。」
2007.12.13
・・・彼はぶどう酒や強い酒は絶対に飲みません。生まれる前から聖霊様に満たされており、やがて多くのユダヤ人を神様に立ち返らせるのです。昔の預言者エリヤのように、たくましい霊と力にあふれて、メシヤ(救い主)の前ぶれをし、人々にメシヤを迎える準備をさせます。大人には子供のような素直な心を呼び覚まし、逆らう者には信仰心を起こさせるのです。」 「そんなことは信じられません。私はもう老いぼれですし、妻もすっかり年をとっているんです。」 「私はガブリエル、神様の前に立つ者です。神おん自らが、すばらしい知らせを伝えるために、私を遣わされたのです。この知らせを、あなたは信じませんでした。その罰に、あなたは神様に打たれて口がきけなくなります。子供が生まれるまで話すことはできません。その時が来れば、必ず私の言ったとおりになるのです。」 外の人たちは、ザカリヤが出て来るのを、今や遅しと待ちかまえていましたが、なぜそんなに手間どっているのか不思議でなりません。ついに出て来ました。ところが何も言わないのです。しかし、ザカリヤの身ぶりから、きっと神殿の中で幻を見たのだろうと考えました。ザカリヤは残りの期間の奉仕をすませ、家に帰りました。まもなく、エリサベツは妊娠し、五ヵ月間家に引きこもっていました。エリサベツは、「主は、私に子供を与えて、恥を取り除いてくださった。なんとあわれみ深いお方でしょう」と言いました。(きょうはここまで)先日I姉と時間とってお話した時、ヨハネの存在は大きい、ということで熱がこもりました。「荒野で叫ぶ声」がヨハネ。注目すべき箇所はたくさんありますが、天使ガブリエルの「逆らう者には信仰心を起こさせる」はスゴイ預言。「大人には子供のような素直な心を呼び覚まし、」はクリスマス会で必ず目撃できることでしょう。。。
2007.12.12
きのうからクリスマスカウントダウンということで、黙想中に思い立った聖書の一部ルカ福音書の中からイエスはどういうようにしてお生まれになったのか、を引用(「リビングバイブル」より)してみたいと思います。 ザカリヤへの約束 私の話は、ヘロデがユダヤの王であった時代にユダヤの祭司をしていた、ザカリヤという人のことから始まります。ザカリヤは、神殿で奉仕するアビヤ組の一員で。妻エリサベツも祭司の家系でアロンの子孫でした。この夫婦は神様を愛し、おきてを忠実に守り、心から従っていました。 しかし、エリサベツは子供のできない体だったので、夫婦には子供がなく、二人ともすっかり年をとっていました。 さて、ザカリヤの組が週の当番となり、彼は神殿で祭司の務めをしていましたが、祭司職の習慣に従ってくじを引いたところ、聖所に入って主の前に香をたくという光栄ある務めが当りました。 香がたかれている間、民衆は神殿の庭で祈るのです。大ぜいの人が集っていました。 ザカリヤが聖所で香をたいていると、突然、御使いが現れ、香をたく壇の右側に立ったではありませんか。ザカリヤはびっくりし、言い知れぬ恐怖に襲われました。 しかし、御使いは言いました。「ザカリヤよ。こわがることはありません。うれしい知らせなのだから。神様があなたの祈りをかなえてくださったのです。エリサベツは男の子を産むでしょう。その子にヨハネという名前をつけなさい。その子はあなたがたの喜びとなり、楽しみとなります。また多くの人もあなたがたと共に喜びます。その子が、主の前に偉大な者となるからです。 (きょうはここまで)
2007.12.11
クリスマスが近づいてきて、 慌しい日々の中にあって、 移動中に電車で瞑想していると、 ひとつの考えが浮かんできました。 それは、これから数日の間、 ブログに 少しずつ 聖書をそのまま 書き写していこうと 思いました。 用いる聖書は「リビングバイブル」(新約) (いのちのことば社)です。 箇所はルカ福音書の イエスの誕生の前後。 クリスマスの 本来の意味を 少しでも 触れていければ、と 思う次第です。 箇所 「ルカの福音書」(医者ルカの記録) 解説) 快復の見込みのない病気で絶望している人。 社会的地位も低く、人からいやしめられ、 軽蔑されている人。 人々に訴える力も、権力もない弱い女たち。 社会の片隅に追いやられ、 存在すらも認められない、 そのような人たちの心を、 イエスは大切になされました。 そして、つらい思いでいる人々の気持ちを理解し、 やさしい励ましと、慰めのことばを 一人一人にかけていかれたのです。 そういうキリストの姿が、 医者ルカの目を通して生き生きと描かれています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 神を愛する親愛なる友へ。 イエス・キリストの伝記は、 最初からの目撃者であり弟子であった人たちの証言をもとに、 すでに幾つかでき上がっています。 しかし私は、すべての記録を、 もう一度初めからチェックし、 徹底的に調査した上で、 あなたのために順序正しく書いて差し上げたいと 思うようになりました。 それによって、教わっていたことは みな正確な事実であるということが、 よくおわかりいただけると思います。 (きょうはここまで)
2007.12.10
クリスマス事務局の ご奉仕のおかげで、 ひとりひとりの 参加者と 以前にはなかった 交わりのチャンスを 与えられております。 今回出し物は 7つ。 そのひとつ 男性だけの歌の練習に参加。その後は バンドの練習の 様子を見学しました。 特にバンドの仕上がりは 上出来で、 キーボードのS姉、 ベース初登場のS兄の 手腕がみるみる うちに 上級者の腕前に。 総合演出、舞台効果など 多くの責任を 受け持つボクの役割ですが、 これだけ 個別出し物のレベルが高いと、 コーディネートが ますます楽しみになります。 23日の本番までに どれだけ さらに積み上げるか、 非常に期待できます。 写真はスタジオ内での参加者の様子
2007.12.09
私の国で重要な公職についている人が、私に尋ねたことがあります。「マザー・テレサ。私のために祈っていると仰いましたね。正直なところをお聞かせください。私がキリスト信者になることを願っていらっしゃるのではありませんか。」私は答えました。「人は、自分がとても大切にしているものを持っていれば、自分の友人と、それを分かち合いたいと願うものです。私はキリストへの信仰を、この世で持ち得る最高の宝と信じています。私がキリストを愛しているほどに、皆もキリストを知り、愛してくれたらと願っています。あなたについても同じことを願っています。しかし、信仰は神からの賜物で、神が与えたいとお選びになった人にお与えになるものなのです。」 (マザー・テレサ「愛と祈りのことば」PHP文庫;渡辺和子訳) ※太字 小生マーク冒頭の今週の聖句に、「謙遜」についてのマザー・テレサのことばを用いました。ボクは 相当な傲慢者で、「謙遜」からは対極に位置するものです。信仰を持ったら、どうなりますか、立派なひとになるのですか?いつも 喜んでいるのですか?いつも へりくだっているのですか?ボクは 瞬間的にカッと 頭に血が上り、相手が どんな人であれ、ちゃぶ台をひっくり返すように大喧嘩を始めてしまうことがあります。これでも、愛してくれる人っているんでしょうか?タイタイだって何度 このボクの性分で 苦しんでいることか.。。。信仰は、ボクみたいに近眼なものにはいつも欠かせないコンタクトのようなものと、なっています。見えていない状況のことが当たり前であったら、あまり問題ではなかった、しかし、こうすればこう見えるんだ、とわかれば、それを外すわけにはいかなくなる。ボクらだって、信仰を持ちたい、と思って中国まで来たわけではありません。そして、最初あるクリスチャンから「あなたのためにお祈りします」と言われても、「同情するならカネをくれ。たのむ、気持ち悪いから祈らないでくれ。」と正直思いましたもの。。。そういう世界があるんですよ。
2007.12.05
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