宇宙は本の箱

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あいつのこと〈1〉


友達でもなく、恋人でもなかったから、つきあったというわけではないけれど、
たまには話をした。気楽だった。

あいつが、一目惚れしたからつきってくれ と言ってきた時、
私はあいつを知らなかったし、好きな人もいたし、独身主義だったし、恋人も欲しくなかったし、断った。しかし本当は、しんちゃんのことやらなにやかやで、男性とつきあうのは、それが誰であろうと、どんな関係であろうと気が重かったからだ。

気が重くて、沈んでる私を見て、
あんたが悩むことないよ。俺、すぐに次を探す人間やから 気にすることないよ 
と言ってくれた。

私はよく知らなかったけど、あいつは確かに誰や彼やとつきあっていたらしい。
時には思いつめて、恐い目を益々恐くさせて、誰かを刺したかったのか、ナイフを持ち歩いていたような時期もあった。それは少し知っている。

私十八の時、私の友達があいつを好きになったが声をかけられずにいた。
私が口利きをしてあげると、後日、俺、あのこよりあんたの方がええんやと言った。
うん、知ってるよって私が言って、それで図らずも付き合うみたいなことになった。
俺、わかってしもうたんや。
誰かとつきおうても、ずっと本当はあんたが好きやったってことに。
あんたが一生好きやってことに気がついてしもうたんや。
後にあいつが言った。
そんな時、私はどういったらよかっただろう。
黙っている以外にはなかった。
そして離れる以外になかった。あいつもそれは承知していただろう。
あいつはある女性と同棲をはじめた。
私は相変わらず噂でしか知らなかったけれども、
やがてあいつは妊娠中の彼女を捨てた。裁判して、慰謝料の500万を借金してまで
別れた。

二十歳を過ぎて、あいつは人間としての私が好きだからと、思われなくてもいいからと、
人に馬鹿だと言われながら、私を護ってやりたいとそばにいた。
あいつには気楽に何でも話せたし、肩も凝らなかったから、とても生きてはいられないくらい苦しい時はあいつを呼んだ。あいつは私の為ならなんだってしそうだった。
あいつは女の子が手鍋さげてもというくらい男らしい男だったから、ただ単に僕ではなかったが、私の為ならなんだってしてくれそうではあった。
私は生きて行き辛い時、あいつに甘え、あいつを確かに利用した。
それが私の心を重くした。

あんたは俺の中で、こうなんていうか、もう女でなくなってしもうたんや。
あいつは言った。
あんたはもう俺の中では女を越えた別の存在なんや。そんな生き物になってしもうた。
そやないと、こんな女に手の早い男が、五年もなんにもせんとつきおうておられへんよ。
あいつはそう言った。

私はあいつの中で、私がそうなっていった日のことがわかった。
一緒に那智の滝に行った時だ。あいつは夜熱くて寝られヘンと言っていたが、
私は自分をひどい女だと少し悔やんだが、朝起きたて「おはよう!」と言ったあいつの顔は綺麗で、目はすがすがしい色をしていた。
あの時からだ。






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