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「聖山公園」 今回は『うつのみや遺跡の広場』さ、行ったときの話だど。 ここには『縄文時代の遺跡』と『うつのみや遺跡の広場資料館』が、あるんだど。 探索日は 2016年12月10日。 風っこ強くてな~。寒かったど~。 場所は 栃木県宇都宮市上欠町151-1。 宇都宮市の中心部からだと『楡木街道』をまっつぐ西に。 鹿沼市の方向へ向かってくと、楽にいけるど。 そうそう。ここは、見学できる時間がきまっててな。 午前9時~午後5時(4月1日~10月31日) 午前9時~午後4時30分(11月1日~3月31日) 入園は閉園30分前まで、なんだって。 月曜日と祝日の翌日、年末年始(12月29日~1月3日) が、休みなので、公園内にゃ入れません。 入園料は無料なんだけど、見学できないときがあるので、 気~つけとこれね。 さてと。 『うつのみや遺跡の広場』は、『舌状台地』っつう高台にあるんだ。 だもんで、台地を上がりきるちょこっと手前で、左折する。 脇に入る坂道があってな。『聖山公園』って看板があっから、 そこさ向かって、曲がってくど。『うつのみや遺跡の広場』は『聖山公園』の奥。 南のほうに、あるかんな。『聖山公園』の横さ通り抜けると、近いんだ。 らくがき地図さ、描いてみた。 こんな感じだったかな? イメージなんで台地の形がちょっと違うかもしんないけんど、 こったら雰囲気のとこだよ。 今回は、迷うとこなかったな~。 と、安心してたら、とんでもない。 この細道が、急なんだ~。 両脇は、切り立った土壁でな。 道もぐいっと勢いよく曲がってて、直角に近い。 きっと道を通すために、掘り下げたんだろな。 高い壁が迫ってくるようで、おっかなかった~。 坂道を上りきると、『聖山公園』の正面にでる。 ほっ。一安心だな。 と言いたいとこだども、ま~だ困難は残ってた。 実は『聖山公園』っつうのはな。 ピクニックを楽しんだり、運動をして リフレッシュするような公園じゃないんだよ。 何かっつうと、『市営墓園』なんだ。 だから、半端な数じゃないお墓が ずら~っと並んでる。 幸いなことに、墓地の周辺は木で囲まれて、 直接中は見れないんだけんど。 気まずいな~。 これは『うつのみや遺跡の広場』からみた『聖山公園』。 卒塔婆がめ~るね。 こりゃ、間違いなく、お墓だ・・・。 綺麗に整備されてるから、鳥肌のたつような恐怖は、 ないんだどもな。 な~んか、変な感じ。落ち着かないな。 どうも、現代のお墓は、苦手だなぁ。 ここは、片側通行になっててな。 車は時計回りにしか進めない。 だもんだから、丸く設営された墓地を、 時計回りに、とろとろ進む。 あんましスピード出すと、 墓参りや散歩に来てる人がいた場合、危ないかんな。 それに、左っかわも、危ない。 崖になってんだよ。『舌状台地』の高さは、約15メートルあんだって。 車ごと落っこったら、死ぬかもなぁ。 右手に墓地。左手に崖。 どきどき、どきどき。 こりゃ、いやでも運転が慎重になっちゃうよ。『聖山公園』をほぼ半周したところに、ちいさな山をめっけた。『将軍塚古墳』だ! これさえ見っければ、目的地は目の前。『将軍塚古墳』の横に設置された駐車場に車をとめれば、『うつのみや遺跡の広場』が、目の前に! 公園の柵越しに、復元された建物がめ~るよ。 やっと、到着~。 道にや迷わかなったけんど、神経が疲れたよ~。 《参考》 よみがえる太古 うつのみや遺跡の広場 (資料館でもらったパンフレット) 関東・甲信越古代遺跡ガイド [ 東京遺跡散策会 ]価格:1944円(税込、送料無料) (2017/2/27時点)「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」 最後まで読んでくれて あんがと~♪ にほんブログ村「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」「:」
2017.02.26
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「富士浅間神社」『太平山城の本丸』にゃ、建物がひとつある。『富士浅間(せんげん)神社』。『あさま』と呼ぶとこもあるみたいだけんど、 太平山にあるのは、『せんげん』って呼ぶみたいだど。 浅間神社は富士山を神様としてあがめる、 富士山信仰からきてるらしいんだどもな。 こっから富士山が、め~るのかな? 残念ながら今は、木に囲まれちまっててな。 富士山どころか、真下の景色もめ~ない。 下はともかく、富士山はみたいな~。 聞いた話じゃ~、下の『謙信平』から、 富士山、め~るらしいど。 スカイツリーも、め~るんだよね。 そういえば。『太平山城』の名前も、 戦国時代は『富士山城』って言われてたらしいしな。 きっと、頂上からも、富士山がめ~たんだろね~。 城に詰めてた兵たちは、富士山を眺めて、 疲れをいやしていたんだべか? 神社の裏ものぞいてみた。 少し盛り上がって、丘になっててな。 上に続く道があったよ。 登ってみようかな? だども、帰りの坂道もあるし。 太平山の下まで歩くことを考えると、 ここは体力さ、温存しといたほうがいいな。 なので、丘の向こうはどうなっているのか、 謎のまま。 次のお楽しみに、とっとくことにしたよ。 なんで盛り上がってるのか、気がかりだったんだどもな~。 無理して怪我しちまったら、つまんないもんね。 ほけ~っと山の雰囲気を楽しんでいたら、 急に人が増えて来た。 ハイキングで太平山まできたみたい。 今までの山道じゃ~、人っこひとり、いなかったのに、 いったいどこから来たんだろ? あ、『大中寺』のほうから登ってくる ハイキングコースがあんだっけ? そっちから来たのかな?『太平山』周辺にゃ、いくつかハイキングコースが設置されてて、 北や東方向からも、登ってこれるらしいんだ。 今回は『あじさい坂コース』から登ってきたんだけんど、『大中寺方面』からの道も、面白そうなんだよな~。 素人でも、登れる道なのかな? 挑戦してみたいな。 さ、そろそろ、疲れもとれたし、下山しよう。 帰りは来たときと、おんなしコースを戻ります。 あ、また人が沢山、歩いてくる。『太平山』って、人気があるんだね。 うん。緑は綺麗だし、日差しも直接あたらないし、 慣れないとちょっと怖いとこもあっけど、 歩きやすい山だよね。 ダイエットや運動不足の解消。 筋肉トレーニングなんかにも、効くんじゃないけ? 頂上にゃ、城址もあるし。 謙信平までいけば、売店もあるど。 ほかにもいろんな歴史が隠れてるから、 捜してみるのもいいな。 ぐるっと歩きまわると、結構楽しめるよね。 ということで。今回の『太平山城散歩』はここまで。 なんといっても、『太平山城の本丸』まで 行けたことが、一番うれしかったです。『本丸の下』んとこ。 ぐるっとめぐらされた曲輪みたなとこから、『本丸』まで登る道乗りが、 好きだな~。 あの辺、特に城址っぽいもんね。 また機会さこさえて、挑戦したいな~。 みたいとこも、残ってるしな。 さ、次の機会に備えて、体力作り、がんばるど~。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 最後まで読んでくれて あんがと~♪ ブログ村のランキングに参加中。 ぽちっと、押しとこれ~。にほんブログ村^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
2017.02.20
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「太平山城 本丸」 とうとう『太平山城の本丸』へ、到着しました。 だども、ちっとば~り、疲れっちまったもんでな。『本丸』の隅っこにあったベンチで、一休みすることにした。 おやつのチョコを食べながら、周りをみると、 あ、崖っぷちに、きれいな花が咲いてるど。『ホタルブクロ(キキョウ科)』だね。 太平山の標高は、341メートルあるそうな。 こったら山の上にも、咲いてんだね。 癒されるな~。 さて。『本丸』の中も、みてみんべ。 まず南のほう、かな? 方位磁石さ持ってないから、ちと不安だけんど。 こったら感じで、ちいさな空き地になってた。 赤い矢印のあたりが、登ってきたとこだと思うんだどもな。 記憶があやしい~。 ここで目についたのは、先端の部分だな。 少し高くなってるような気がする・・・。 んでもって、少し前に突き出してるような?『横矢』かな? 周りの木がなかったら、下までよくめ~るべな。 見張りを置くにゃ、良い場所だな。 青い矢印の場所は、登って来るとき急な石段があった場所。 上からみっと、どうめ~るのかな? げっ! 下からみるより、おっかね~! 絶壁だ。こりゃ、降りるのも、無理だな。 あ、隅っこに案内版があるど。 これによると、東のほうにゃ『榎本城』や『藤岡城』が 西のほうにゃ『唐沢城』が、め~るらしい。 んで、北っ側にゃ、『皆川城』があってな。 連絡をとることができたんだって。『太平山城』は、戦国時代には『富士山城』って呼ばれててな。『皆川氏』に属する城だったんだそうな。 だどもな。 普段はあんまし、役に立たない場所だったらしいど。 確かにな。こったら険しい道のりだもの。 いったりきたりするだけで、一日終わっちゃうど。 暮らしていくにゃ~、しんどいな~。 だもんで、『城』っつうより『物見の砦』として 使われてたんじゃないか、って話だど。 でもな。こったら険しい城でもな。 攻め落とされちゃったらしいんだ。 天正13年(1585)ごろの話だどもな。『北条氏』が7,000人の兵を引きて、 攻め込んできたんだと。『藤岡城』に集結した『北条軍』は『太平山城』を占拠。 さらに『皆川城』も、狙い始めた。 ところがそこで、『常陸国の佐竹氏』が『国府』の近くまでやって来た、と知らせをうける。 この『国府』は『下野国の国府』だべか?『下野国府』は、栃木市の東んとこにあっかんな。『太平山城』と『国府』じゃ、目と鼻の先ぐらい近いど。 『北条軍』も、落ち着かなかったんだべな。 軍の一部を『佐竹軍』に向けたもんだから、 小競り合いがおきちまってな。 総社が焼けちゃったんだと。『北条軍』対『佐竹軍』の戦いは、 小競り合いくらいですんだらしいけど。『皆川軍』対『北条軍』は、簡単にゃ治まんなかった。『太平山城』から降りて来た『北条軍』を、『皆川軍』は防戦。『北条軍』が有利だったんだどもな。『皆川軍』は抵抗を続けて、寄せ付けなかったんだと。 3か月の間戦い続けても勝負がつかず、 和議を似て、一時的に終結したんだそうだど。 そして、天正14年(1586)。『徳川家康』が『北条氏政』と、伊豆国の三島で 会見したときの話。『徳川家康』は、『皆川氏』と『北条氏』が親密になれないか、と 提言したんだと。 そんとき『北条氏政』は、『皆川軍』と戦ったときの強さを思い出してな。『徳川家康』の提言を、快く受け入れたらしいど。 『北条氏』と同じくらい、『皆川氏』は強かった ってことだよね? すごいな~。 そったら武将が栃木県にも、いたんだね。 そったら強い武将が取りあった城。『太平山城』って、役立たずどころか とても重要な城だったんじゃ~なかんべか?《参考》 下野戦国史 皆川広照の生涯 大森隆司・著 大阿久岩雄・指導 下野新聞社^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 最後まで読んでくれて あんがと~♪ ブログ村のランキングに参加中。 ぽちっと、押しとこれ~。にほんブログ村^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
2017.02.15
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「曲輪かな」『石の祠』をまわりこんで、奥へ行ってみた。 お? なんだか平な場所にでたど。 さらに奥へ進んでいくと、 先は結構広かった。 建物をたてるほど、広くはないかな? ぎりぎり建てられるかな? それに、妙に地面が平だど。 こりゃ、人の手で造られた平地だね。 もしやここは『腰曲輪』じゃ~なかんべか? 右手には『太平山城の本丸』がある崖。 少し出っ張ってめ~るけど、『横矢』ってやつかな~? なんだか突然、城跡っぽくなってきたな。 いつもなら、ここで写真さ撮りまくってな。 あたりの景色だの、位置だの、写しておくんだけんど。 今回は写真が残ってなかった。 どうも、ここさ来る前に登った 崖坂の疲れが、残ってたみたいだな。 歩くだけで精一杯。 写真さ撮る余裕が、なかったんだ。 仕方がないので、 らくがき地図さ描いてみた。 イメージ図なので、実物と違うとこもあっけど、 こんな感じだったんじゃないかな~。『本丸』を囲むようにぐるっと、広場が取り巻いていたよ。 反対側はどうなっていたか、ちょっとわかりません。 向こっかわまで見に行く体力が、残ってなかったんだ。 こんどいったら、覗きにいってみよう。 曲輪のような広場の先には、上へ登る坂があった。 目的地は、目の前だ! と、あんまし見ないで通り過ぎちゃったけど、 この坂道。 もしかしたら『虎口』だったのかな? ぐるっとまわりこんでいたし、 登りにくい坂になってたような、記憶があんだよな~? そして、待望の、『富士浅間神社(ふじせんげんじんじゃ)』。『太平山城の本丸跡』、到着~! やった~。 は~。 くたびれた。 いったい何時間ぐらい、歩いたんだべな~? え? 太平山神社から、まだ30分ぐらい? や~、2・3時間ぐらい歩いた気分だよ。 足は、だいじなんだけんどな~。 頭(神経)が、疲れちゃった。 ちょっくら休憩すんど。 探索は、そのあとで。^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 最後まで読んでくれて あんがと~♪ ブログ村のランキングに参加中。 ぽちっと、押しとこれ~。にほんブログ村^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
2017.02.10
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「虎口はどこだ?」 石段の厳しさに、しばし呆然。 さて。どうしよう。 これは、どうみても、人が登れる石段じゃないど。 そもそも、ここは、『太平山城の虎口』なんだべか? 兵士たちは、こったらとこ、登ったのけ? なんだか『富士浅間神社』さ行く近道に、 後でくっつけた石段みたいな気がするど~? そういえば。小さな土城の場合。 わざと虎口をこしゃらない場合が、 あんだってね? たとえば、境目の城とか、山奥の見張り用の城など。 住みやすさよりも、攻撃や防御に重点を置かれた城に 多いらしいんだどもな。 虎口を、こしゃっちまうと、 そっから敵が、侵入しやすくなっちまうべ? すると、虎口を守るために、兵を置かなきゃならない。 小さな城で、少人数しか配備出来ない城の場合。 虎口の数を減らして、防御を強化するって方法も あったらしいんだ。 え? じゃあどうやって、出入りしたかって? そんときゃ、梯子を掛けんだよ。 で、敵がきたら、さっと引っ込めちゃうんだな。 と『土の城指南』という本に、書いてあったよ。 へ~。そったら面白い城があるんだ~。 見てみたいな~。 本を読んだときは、のほほんとあこがれてたんだどもな。 まさか、こったら近くにあったとは!『太平山城』は、虎口のない城なんだべか! どきどきどき。 こりゃ、テンションあがるね! となると、やっぱし。 石段をよじ登らないといけないんかな? 今の時代は梯子も綱も、ないもんな。 いやいやいや。そったらことは、ない。 ネットの情報じゃ大勢の人が、 ちゃんと本丸までたどり着いてるんだからな。 それに、石段をよじ登ったって話も聞いてない。 どっかに道が、あるはずだど。 少し落ち着いて、周りを見てみよう。 あ、左のほうに、『石の祠』がある。 そして、『石の祠』の後ろ。 なんだか広場みたいな、平地があんな。 もしかして、あっちから行ける? のかな? 広場は崖を周りこんで、奥のほうへ続いてるけど。 石段のところからじゃ、 先がどうなっているのかわからない。 行き止まりだったら、どうすんべ? ここまできたら、行き止まりでも、おんなし? う~ん。ここで引き返しちゃうのも、もったいないよな~。 だめでもともと。 よし! 行ってみよう!《参考》土の城指南 [ 西股総生 ]価格:1620円(税込、送料無料) (2017/2/6時点) 電子書籍・楽天koboにもあります。土の城指南【電子書籍】[ 西股総生 ]価格:1300円 (2017/2/6時点)^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 最後まで読んでくれて あんがと~♪ ブログ村のランキングに参加中。 ぽちっと、押しとこれ~。にほんブログ村^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
2017.02.06
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「本丸へ登るの道」『太平山城の本丸』まで来た。 ところが、あと一歩と言うところで 最大の難所が現れた。 これが『本丸』へ登る道らしい。 ほんとに? 崖崩れじゃないのけ? こったら難所があるなんて、ネットの情報にゃなかったど! それとも他に、道があんのかな? 周囲を探ってみたけんど、他に道らしいものはない。 やっぱりここさ、登るのかな。 近づいてみた。 あ、岩が突き出てる。 あそこをうんまく利用して、ゆっくり行けばのぼれるかな。 ちょこっと足さ、かけてみる。 岩はがっちりと地面にくいこんで、びくともしない。 うん。これなら、足場に使えるな。 杖をふるに活用して、ゆっくり、登る。 おお~。重力が~。 下へおっこどそうと、引っ張ってくるよ~。 山登りの醍醐味だなw。 だども、こったら岩場じゃ、あぶないど。 やめとこれ~。 尖がった岩場と、引き戻そうとする重力。 これも『太平山城』の、防御装置なのかなぁ。 むう。こりゃ、負けらんね~な! えっちらおっちら。 なんとか無事に、上についた。 ええ~と。たしか。神社に登る階段が、あったはずなんだけど。 どこかな・・・? 呼吸を整えながら、辺りを見回す。 うわ~。これ? 崖道を登りきった正面に、上に向かう石段があった。 でも、これは・・・登れないよ。 一応石段がついてるし。 しっかりすえられてるから、崩れないんだろうけど。 角度が尋常じゃないど! ほとんど90度に、め~るんだけど? 手摺もないし、こったらとこ、足さかけたら あっつうまに、重力に捕まっちゃ~ど。 安全第一のぼげぼげ散歩。 これは・・・リタイヤけ? う~!『太平山城の本丸』は、もうこの上だっつうのに~。 悔し~。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 最後まで読んでくれて あんがとね~♪にほんブログ村^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
2017.02.01
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