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ここの管理人は、正木氏は小見川の大根塚を根城にしてそこから船で利根川を遡上し大崎城を攻撃したと考えていたのですが、全く予想もしていなかった大崎城の南方である多古町から進撃したという説に驚いたものです。
その説はこちら。
https://www.city.chiba.jp/kyodo/katsudo/kenkyuin.html#siro12
城址にある日蓮宗勝栄山能満寺は勝浦城主正木時通が天文5年(1536)に創建したとのこと。
https://temple.nichiren.or.jp/1011045-noumanji/
また、ここの住所は多古町東松崎ですが地元民は「まつさき」とは読まず、「まっさき」と読むそうな。「まっさき」は「まさき」に通じます。
https://takojokaku.jp/images/008matsu.pdf

こちらが能満寺。
さて、その遺構ですが、能満寺付近には城郭遺構と思われるものは乏しいのですが、その西側台地には土塁や段差や平坦面が残されています。ただ、改変が激しいせいか、縄張りの全体像は掴めません。現地に行ったものの、正木氏多古発向説についてはなんの情報も得られませんでした。
遺構の写真をどうぞ。


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