第4章 モトヤ


第4章 モトヤ


 「……」
 ピーチの能天気な問い方が気に入らなかったのか、少年からの返答はなかった。
「んもう。何かイエよなー」
ピーチは少年が座っているベンチに並んで腰掛けた。
「…なんだよ。うるさいおばさんだな」
「カチーン!おばさんってなによ!まだまだピチピチの200歳よ!」
よく考えたら変な台詞だが天使の200歳は人間でいうと18~9歳位なもんだ。と、いう事にしておこう。
「冗談はいいよ」
ものすごいテンションの差だった。これはちょっとてごわいぞ。
「私、ピーチ。君の名は?」
「……」
「おなか減らないの?」
アプローチを変えてみた。
「へらないよ」
 グウゥ~ッ。
 こういうとき少年のお腹が鳴るというのはよくあるがこの場合、鳴ったのはピーチの方だった。
「もう!おなか鳴ってるじゃないの。正直に言いなさいよ」
「そっちのだろ!ひとのせいにするなよ!」
「あら?わかっちゃった?エヘヘ~」
「…モトヤ…」
少年がボソリとつぶやいた。やったねピーチ。
 「モトヤクンはここで何してるの?」
「べつに…ただ座ってるだけ」
かわいくなーい!
「学校が終わったら、この近くのおばあちゃんちに行くことになってるんだ。だけど、おばあちゃんちって何もなくってヒマだからここにいるんだ」
おっ、いい感じになってきたぞ。
「でも、座ってるだけじゃない?」
スルドイツッコミだ。確かに何もない公園だが、カケにでたのか?
「あんたこそ何してるんだよ?」
おっ、意外といけたのか?
「私はねー。おしごと」
「仕事?仕事ってどんな?」
食いついてきたか?
「私は天使。仕事はキューピッドよ」
「ウソばっかり。そんなものあるはずないよ」
「いや。ウソじゃないから、目の前にいるのがまさにそれだから」
 ピーチは延々と天使とキューピッドの説明をした。
「それならどうしてぼくの想いは誰にも伝わらないんだっ!!」
あちゃーっ。ここにもピーチの犠牲者がいたようです。
「うそつきーっ!」
少年は走ってどこかへ消えていった。

 「ふぅー。困った子ね。でも相当深刻な感じ…」
もとはといえば、あんたのせいじゃなかったのか?
「さて。今日の宿はどうしたものか…」
ほっとくのかい!
 天使の家はもちろん天の上にある。翼のない今のピーチには家に帰るのは不可能であった。
「あっ、そうだ!神様ー見てますか?お家に帰りたいんですけどーぉ」
 ……………………
返事はなかった。
「なーんだ。やっぱり見てないのか。神と言ってもこんなものよねー」
 ドスッ!
 背後で重量感のあるものが落ちてきた音がした。
「あっ!神様!?」
振り返ったがそこに神様の姿はなかった。
 かわりに大きなダンボール箱が置いてあった。箱には大きく

天     恵
-GOD BLESS-
MADE IN HEAVN

と書かれていた。
「やった!ありがとー神様!」
ピーチはまさに神の恵みのその箱を開けてみた。

 「…なに?コレ…」
箱の中身は寝袋と飯ごうと生米(5kg)とマッチとカンヅメとカンヅメとカンヅメと…カンヅメばっかりじゃん。他には何か、…スプーンが一本。
「オーマイガーッ!!」
ピーチは絶叫した。
 神はうら若き天使に野宿しろというのか?しかも、キャンプ生活?
「せめて…せめてテントを…」
ピーチは神様に祈った。
 ……………………
返事はなかった。
「もう一度言います。せめてテントを…」
 ドスドスッ。
 背後で複数の物体が落ちてきた音がした。
「おっ!来たか!?」
振り返るとそこには数本の薪が落ちていた。
「テントは却下。たき火をしろ。ってことね。ふーん。やってやろうじゃない」
 薪を組上げて、先程のダンボールの切れ端を焚き付けにしてマッチで火をつけた。
 ちょっと時間はかかったがうまく火がついた。
「へへ~ん。どうだ。私ってやればできるのよネー」
ピーチは適当に米を取って飯ごうに入れると公園の水道で米をといで、これまた適当に水を入れて火にかけた。
「あとは待つだけ♪」

 数十分が経った。もう米の炊けるいいにおいが広がっている。そろそろいいだろう。
「知ってるわよー。ここで一度ひっくり返すのよねー」
残ってた薪とスプーンをうまく使ってベンチの上に飯ごうをひっくり返して置いた。
「蒸らし時間は5分位でいいかしら。えーと、今日のおかずは何缶にしよっかなー」
サバの水煮。基本はコレでしょう。
「あれ?カン切りないじゃん」
プルタブにもなってない。
「神様ぁー」
 ポトッ。
今度は神様を呼び終わるまえにカン切りが落ちてきた。
「わぁ、けっこうベンリかも…」
カンヅメのふたを開けながらふと思った。
「神様ぁー、テントー」
 ……………………
返事はなかった。
「そこは譲れないのねー。何のコダワリなんだろ?」

 ごはんは水が少なかったようで、ずいぶん硬く、下の方に至ってはほとんど焦げていた。それでも腹ペコのピーチは見事に完食。サバ缶も結局、二缶たいらげた。
 「ふぅーっ。満腹。ねるかー」
ピーチは寝袋ごとベンチの下に潜り込むとすぐ眠りについた。
 モトヤのことはすっかり忘れていた。

 翌朝、朝食の支度をしているとサチが現れた。
「おはよー!やっぱりここで寝てたんだぁ」
サチは元気いっぱいの様子だ。おそらくこんな気分で朝を迎えたのは久々だっただろう。
「おはよう。早いのね、サチ」
まだ半分寝ぼけ声だった。
「うん。早朝練習しようと思って。今までの遅れを取り戻さなくっちゃ」
すごいやる気だった。瞳が燃えて見えたのは初めてだ。
「自炊…っていうか、キャンプみたいだね。たのしそー」
ピーチの様子を見ながらサチは言った。
「楽しい訳ないわよ。いやいやよ。せっかくの服も煙臭くなっちゃったし」
腕の辺りのにおいを嗅ぎながら言った。
「あっ、着替え持って来ればよかったね。明日持ってくるね」
「えっ、ホント!?うれしい。じゃあ、洗濯して返さないとね」
「いいわよそのままで。洗濯も大変だと思うから。それより、昨日の男の子どんな感じだった?」
 ぎくっ!すっかり忘れていた。。昨日の成果と言えば少年の名前を聞いたくらいだ。たしか…トモヤ?いや、モトヤ。そうだ、モトヤ君だ。
「あっ…ああ。モトヤ君ねうんうん。大丈夫よ。きっとうまくいくから」
もちろんでまかせ。もしかしたら、あれ以来あの少年とはもう話もしてもらえないかも…そんな思いもしないでもなかった。
「へぇ~。あの子モトヤ君って言うんだ。すごいね。もう名前も知ってるなんてさすが天使ね。よかった、ピーチならうまくやってくれそう。そうだ、コレ、私のお弁当。お昼にでも食べてね。帰りにまた寄るから、入れ物はその時にもらってく。それじゃ、時間がなくなっちゃうからもう行くね。またね」
 サチはかわいらしい巾着に入ったお弁当を置いて足早に去っていった。
「ばいばーい。…そうだった。モトヤ君のことすっかり忘れてた」
と、言いつつも、気になるのはお弁当だった。お昼までガマン…しようと思ったが、ついついのぞいてしまった。
「わぁ。かわいい。それにおいしそー。お昼が楽しみっ!」
つまむのはなんとか堪えることができた。
 ピーチはお弁当をしまうと、炊きあがったばかりの飯ごうのご飯をたべた。昨日より出来が良かった。おかずはさんまの蒲焼きだったが、さっきのお弁当に入っていた卵焼きのことを思い描きながら食べていた。

「よし。今日も頑張るか~」



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