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日本銀行が九月二十日発表した2018年4-6月期の資金循環統計によると、個人(家計部門)が持つ金融資産の残高は、18年六月末で、3月末に比べて17兆円増の1848兆円です。17年12月末の1854兆円に次ぐ過去二番目の規模となっています。現金、預金が971兆円で、過去最高を更新、金融資産の52.5%を占めました。株式は203兆円、投資信託は73兆円です。五年前の日本の金融個人資産が、1,453兆円ですから、395兆円でした。当時、小泉政権が郵政民営化で、郵貯を民間会社にして、株式をアメリカのハゲタカ金融会社に売り渡し、個人の郵便貯金の金を投資の名目で、アメリカに送金直前でしたが、政権が変わり、郵貯の金があまり減っていないのがわかり、ほっとした記憶があります。当時、国の借金が、880兆円ですから、差し引き573兆円が残り、アメリカの国債も200兆円?はありましたから、いまは、もっと増えているので、売ればアメリカが倒産します。ただ、台風や地震による災害や米中摩擦で、で景況感が3期連続悪化が心配です。
2018.09.24
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九月四日の台風21号により莫大な被害を受けた関西空港は昨日21日で、第一ターミナル北側の再開により、旅客便の運行が被災前の水準に戻りました。一か月以上掛かると言われた鉄道も18日に初発から正常運転に戻り、前回の第二室戸台風では、高潮で、大阪市内の水が引くまで、一か月以上かかったのに比べ、その速さに驚いています。高潮の高さは、第二室戸台風では、3メータ足らずでしたが、昨日の土木学会の発表では、大阪南港では、最高6メータ、淡路島や和歌山港で、4メータ、西宮市や神戸市は2-3メータ、関西空港は調査不能でした。因みに、気象庁の観測潮位は、大阪南港南港は3.29メータでした。今回の被災で、関空では国際便役4200便が欠航、4日から13日までの、訪日客は通常の1-2割、14日から20日までは、4-6割、だとすると、経済損失は、約500億円だと試算されています。連絡橋に衝突した、タンカーによる片側は架け替えが必要で、来年の五月ごろになり、平成年代の再建は無理で費用も100億円以上掛かるそうです。当時、大阪湾内に53隻の船が、海上保安庁の勧告を無視して、錨を下して、流されています。しかし、タンカーは禁止されている空港の近くに錨をおろし、海上保安庁の退避命令に、大丈夫ですと、無視しています。船会社の弁償になると思いますが、保険は精々数十億円しか出ないので、会社の存続は、資金次第になりそうです。
2018.09.22
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台風21号が大阪の市街地を吹き荒れた二日後、地震が無いと言われた札幌近辺で地震があり、阪神淡路大震災と同じ、震度7と分かり驚愕しました。阪神淡路大震災まで、最大震度は6まででした。私は戦争中、難波国民学校の集団疎開先の滋賀県栗太郡老上村野路(現草津市野路)で、昭和十九(1944)年12月7日に、三重県南東沖合、昭和東南海地震、M7。9を経験しました。当時、難波国民学校が間借りしていた、老上国民学校の木造校舎がガタガタになり、運動場が大きく上下に膨らんだり、沈み込んだり、息をしている様で、怖かった情景が今でも、アリアリ思い浮かびます。戦争が終わり、堺市に引っ越した翌年の昭和二十一(1946)年12月21日には和歌山南方沖のM6。0の昭和南海地震を経験、家の杉の木が倒れました。数分間激しい横揺れが続き、家が壊れると怖かったです。次に、強い揺れを経験したのは、淡路阪神大震災です。神戸市の破壊力の強さで、今までの最大震度6が7になりました。1995年一月十七日早朝、ベットが大きく揺れて、目が覚め、収まるまで、じっとしていました。
2018.09.12
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前回心配した通り、台風21号は第一次、第二次、室戸台風と同じく、室戸岬から淡路島の洲本市を通り神戸市に再上陸という、大阪市や神戸市にとって最悪のコースを通り、甚大な被害を受けました。昨日、脳梗塞の定期検査のあと、車で、堺市の中心街を廻りましたが、街路樹の枝が折れていましたが、信号機が風の力で、あちこち向いていました。交差点では、警官が小型のはしご車に乗り乗り、直しているので、大渋滞していました。それから、用事で難波に出ましたが、高島屋の向かいのマルイの御堂筋側の入口は、あの道幅の広い御堂筋の反対側にある建造物、広告塔と思われるものが入り口にへばりついています。ロータリーにある、バス停の屋根のアクリル板も半分飛んで、無くなっていました。御堂筋のイチョウの木は、枝が折れて、銀杏は全て落ちたとテレビが言っていました。道頓堀や御堂筋は外国人観光客が少なく、なんばパークスは閑散としていました。昨年の年間訪問客1,100万人を超えた大阪市は、年内、関空が駄目なら、訪日外国人が、233万人が減ると、今朝の朝刊に載っています。関西空港の計画段階から、大阪市の船で、埋め立て海域や、連絡橋の柱の回りを、見学、完成したA滑走路を岸和田のだんじりと歩いたり、後で出来たB滑走路の端から端まで歩いたり、貨物機の操縦席に座る経験させて頂いた関空には思い入れがあります。今日からB滑走路の国内線の6便が再開しました。外国便も今週中に再開予定だそうですが、連絡橋の電車線は再開に四週間以上かかり、タンカーが当たった空港に向かう片側三車線は変える為に、いつ再開出来るか分かりません。関西空港では、四日、午後1時38分、風速58.1メータを記録、午後二時十八分に大阪港の潮位は3メータ二十九センチと過去最高になり、浸水したので、関西空港が閉鎖されました。今では、毎日7万8000人が利用する関西空港は、航空便の貨物も止まり、企業も大打撃です。特に、泉佐野市と連絡している連絡橋に、関空に油を供給するタンカーが衝突して、片側、三車線と、JRと南海線の線路が通行不能になったのが痛手です。。タンカーの船長は海上保安庁から二度も注意を受けているのに、大丈夫ですと湾内に停泊しました。過去の強い台風の経験のある人は、素人目でも湾内停泊の危険性が分かり呆れています。船長は天災で不可抗力だと言っていますが、海上保安庁は調べるそうです。
2018.09.07
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今、猛烈な台風21号が日本に向かっていますが、釜ヶ崎騒動のあった昭和三十六(1961)年にも、その一か月後の9月十六日(土曜日)に襲来した第二次室戸台風や、日本最強の戦前の昭和九(1934)年9月21日に高知県室戸岬付近に上陸し、京阪神地方を中心として甚大な被害をもたらした台風の進路に近いので心配しています。室戸台風では、聖徳太子の時代に作られていた四天王寺五重塔が全壊したのをはじめ、人的被害は、死者2,702人、不明334人、負傷者14,994人。家屋の全半壊および一部損壊92,740棟、床上・床下浸水401,157棟、船舶の沈没・流失・破損27,594隻という大被害を出しました。9月21日午前5時頃に高知県室戸岬西方に上陸した室戸台風は上陸時の気圧として911.6ヘクトパスカル、(684水銀柱ミリメートル)という日本の台風観測史上記録的な数値です。風速計は飛ばされて、風速は暫定値です。台風は淡路島付近を通過し、午前8時頃に阪神間に再上陸、京都付近を経て若狭湾に出ました。暴風の為、比較的大きな建築物に被害が相次ぎましたが、木造の小学校校舎では児童・教職員に多数の犠牲者を出しました。大阪市内の小学校244校と実業補習学校2校のうち、被災を免れたのは鉄筋コンクリート造り及び昭和三(1928)年以降建築の耐震型最新式木造校舎の66校のみで、古い木造校舎の180校480棟全てが全壊・半壊・大破しました。台風の警報等無かったので、最大の風速に達したのが登校時刻の午前8時前後で、強風が直撃した木造校舎が一瞬にして粉砕崩壊、あるいは押し倒されるように倒壊し、中にいた児童や職員、心配して迎えに来た保護者に多数の犠牲者を出しました。大阪市内の小学校内における死者は合計267名(職員7名・要員2名・児童251名・保護者7名)で、重軽傷者は合計1571名に上りました。校外における死者18名、重軽傷者610名に対して、大阪城公園には死者を慰霊する塔(教育塔)が建てられ、毎年、全国の教職員の殉職者を、慰霊しています。JR尼崎駅南口(兵庫県尼崎市)に立つ室戸台風時の水位としてOP+5.10mを示しています。再上陸時には満潮を過ぎていましたが、まだ潮位は高かったことと最大瞬間風速60m/sという強風により、4メートルを超える高潮が発生、大阪港の築港路上の記録として30分の間に2mを超える海水の流入があり、地盤沈下の影響もあり滞留した内水と押し寄せる海水の影響で、大阪城付近まで浸水したと言われています。あまりの急な水位の上昇に、避難が間に合わず、大阪湾一帯で溺死した者は1,900名以上と推定されています。。京阪神地方における被害は「関西風水害」の名で呼ばれています。枕崎台風、昭和二十(1945)年、と伊勢湾台風、昭和34(1959)年と並んで昭和の三大台風の一つに数えられています。昭和三十六(1961)年の第二次室戸台風は9時過ぎ室戸岬西方に上陸、中心気圧925 hPa、室戸岬で最大瞬間風速84.5m/s以上。死者194名、行方不明者8名、負傷者4,972名、住家全壊15,238棟、半壊46,663棟床上浸水123,103棟、床下浸水261,017棟など大阪で33.3m/s(同50.6m/s)、和歌山で35.0m/s(同56.7m/s)、新潟で30.7m/s(同44.5m/s)など、各地で暴風となりましりました。大阪市では高潮により市の西部から中心部にかけて31平方kmが浸水したが、過去の同様な規模・進路であった室戸台風、ジェーン台風に比べると浸水面積は小さく、人的被害も小さかったです。兵庫県、和歌山県、四国東部でも高潮による浸水被害がありましたが、台風の通過した近畿地方と吹き返しの強い風の吹いた北陸地方で暴風による家屋の倒壊等の被害が特に大きかったようです。私の工場の大屋根が飛ばされて、修復に、当時の金で、500万円かかり、後始末大変でした.
2018.09.01
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