2006.03.15
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カテゴリ: 絲綢之路
夕方、中国の西の果て、カシュガルに到着した。さすがに、一気に510キロを移動してきたため、いささかぐったりしている。車窓には、くたびれたツアー一行とは対照的に、活気溢れる景色が流れている。

もう、ここは中国ではない。ウイグル人、キルギス人がほとんどで、漢民族はほとんど見かけない。遊牧民が、杖を振るい、何十匹のヤギと街を闊歩している。そうかと思えば、多くの屋台がひしめき合い、バザールを開いている。ウルムチに、着いたときより、明らかに濃い。匂いも、街の喧騒も、土や空の色も。

カシュガル02

カシュガルには、古くからインド=ヨーロッパ語族の白人が住んでいた。白人達は、俺が生まれる二千年も前に「疏勒国」を建て、その都がカシュガルだった。中国の西の果てに、白人の国があったというのは、本当に驚きだ。その後、モンゴル高原で活躍していたトルコ系遊牧民族のウイグル人が、国を奪われカシュガルに大挙して押し寄せ、白人との混血を繰り返したといわれる。

カシュガル03

だから、同じウイグル人の顔を見ていても、いろんなウイグル人が居る。漢民族に近い顔立ちの人、明らかにヨーロッパ系の顔の人、トルコ系の顔の人。まさに、民族の博覧会のような場所だ。

俺は、最初、考古学的な興味からシルクロードを旅したいと思った。遺跡を見て、そこから伝わってくる遠い昔の息遣いを感じたい。そう思っていた。ところが、旅してみて、シルクロードは過去の遺物ではないことに気が付いた。飛行機で、街を転々と回ったのであれば、気づかなかったかもしれない。北京から離れていくにつれ、ジワジワと本当の姿を見せてくれた。シルクロードは、今も何も変わらずに生き続けている。

カシュガル

俺は、いつの間にか、遺物よりも人に興味を覚えるようになっていた。気の遠くなるような工事をして、天山山脈から水を引いたり、1日5センチしか織り上げられない絨毯を作ったり。国のまとまった力ではなく、この地に住んでいる人々の、祈りや思い、生活の知恵がシルクロードの歴史を織り上げてきたと言っていい。

中国の西の果て、カシュガルには、まじりっけのないシルクロードが生きている気がした。





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Last updated  2006.03.15 22:47:51
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