2006.03.31
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カテゴリ: 絲綢之路
1991年9月9日

昨晩飲んだ白酒の余韻が、体のあちこちに残っている。俺がウイグル人のオカマの手から逃れた後のことは、あまり良く覚えていない。おぼろげに覚えているのは、バスでホテルに戻ってきたとき、シノダさんがなぜだか蛙の真似をして、道の真ん中でぴょこぴょこ跳ね回っていたことくらいだ。俺は、飲んだ量が少ないが、嗚咽が止まらなかったため、背中が痛い。白酒の独特な匂いと吐いた自分のものの匂いが混じって、服に染み付いていた。

今日はカシュガル滞在の最終日だ。旅なのだから、終わりが来る。終わりのない旅は、旅とはいえない。放浪だ。ここまで良く来た。今後、車でこんなに長距離を一気に走りぬけることはないだろう。ツアーだから、旅の大変さを感じることはあまりなかったが、その分、見るべきものをじっくりと見、シルクロードを肌で感じられた。このツアーに参加して本当に良かった。

午前の少し遅い時間。ツアー一行は、バスで唐代の疏勒の都城「ハンノイ遺跡」を見学に行く。南北6キロにもわたる、大規模な都市遺跡だ。遺跡の見学は、トルファンの交河故城に始まり、カシュガルの都ハンノイ遺跡で終わる。この遺跡も、土と日干し煉瓦で造られており、ひっそりと大地と同化する日を待っている。

日本では、古いものを敬い、できるだけ原型をとどめようと気をつけながら残していく。しかし、ここでは、古いものは打ち捨てられ、省みる文化がないのだろう。むしろ、過去の抜け殻は、塵となって大地に帰るのが自然だと考えるのかもしれない。

オオハシ教授は、ぼろぼろだ。まだ、顔が赤く、酒臭い。遺跡を解説する気力すらない。遺跡の上に登り切ると、俺もオオハシ教授の隣どっかりと腰を下ろし、果てしなく広がる砂漠を見ていた。しっかりと目に焼き付けておかなければ。

すると、どこからともなく、ウイグル人の子供がやってきた。古銭を売ろうとしている。子供の手に握られた古銭は、土で汚れ、さびた銅の緑色がリアルだ。どこからどう見ても本物に見える。

物売りの子供物売りの子供

しかし、オオハシ教授は、俺を制した。

「そうなんですか?でも、こんな手の込んだ偽物をわざわざ作るんですね」
「そう。ウイグル人がどんなにお金を使って偽物を作っても、観光客が渡すお金に比べれば、たいしたことないからね」
なるほど。手の込んだ偽物を作っても、外国人が持ってくるお金に比べれば、安いモノなのだ。
「ま、記念に買うなら、買ったほうがいいかもな」
「ははは。そうですね」
そういって、俺は子供から偽物の古銭を買った。

その後、中国最西にある仏教遺跡、モールの塔に向かう。この遺跡には、仏塔しか残っていない。今まで見てきた仏教遺跡の中で、一番インドの様式が強く残っている遺跡とのこと。北京よりもパキスタンやインドのほうが近いことを実感させられる。

モール寺院中国最西の仏教遺跡:モール寺院

日本から7000キロ。今夜、そのとてつもない距離をとんぼ返りする。帰りもバスに乗って帰りたいくらいだ。そうすれば、見逃した景色をもう一度見ることができるのに。機会があれば、ツアーではなく、自分で同じ道を歩いてみたい。





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Last updated  2006.03.31 23:01:57
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