「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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宇宙航海日誌
第二章(1)
ダンダンダン!
ダンダンダンダンダンダン!
閃光とともに数十発の銃声が鳴り響く。
ダンダンダン!
素人でもすぐに分かるほど、攻撃が一方的な音だ。一方が攻撃した後の、反撃の銃撃音が極端に少ない。
「ぐ・・・!」
一人の少年が5発の銃弾を受けて倒れこんだ。また少し反撃の音が減った。
「しっかりしろ!」
別の壁際から応戦していた銀髪の少年が駆け寄る。しかし、倒れこんだ少年から返事が返ってくることはなかった。抱きかかえられた少年の首は低く垂れ、口元から赤い鮮血が流れ落ち、銀髪の少年の黒いアーミージャケットに染み込んだ。
「クソッ・・・・・・!」
銀髪の少年は死んだ仲間の銃弾をかき集め、自分の皮製のウエストポーチに投げ込んだ。そして再び銃を構え、反撃を開始する。
銀髪の少年の名はロキ。ただし、本名ではない。両親の顔も知らない彼に、もともと名前などなかった。「ロキ」とはスラム街のドンから彼に付けられた通り名だ。ロキという名は北欧神話の邪神ロキから取ったものである。邪神ロキはその狡猾さと残忍さで北欧の神々をラグナロク、つまり破滅に追いやったことで知られている。それだけ銀髪の少年はスラム街のドンからも一目置かれていたということだ。
確かに彼はスラム育ちにしては異様に頭がキレた。混沌が混沌を生むスラム街では単に「頭がいい」だけでは生き残れない。彼の頭の回転の速さは尋常ではなかった。常に最悪の結末を考え、そうなった時の対処法を五個か六個ほど用意し、例え全ての味方に裏切られようと生き残るだけの頭をもっていた。
それだけではない。彼はスラム街の「理」を理解していた。それが肌に合ったと言っても良い。彼のゴッドファーザーであるスラム街のドンが抗争の果てに車ごと爆破され、新たなドンが上に付いた時も、そのままその街で生き続けた。噂ではドンの勢力の衰退を知った彼が、別の勢力のドンに手引きして爆破を手伝ったとも言われる。
ロキは今までどんな「仕事」もこなしてきた。殺し、誘拐、運び屋、ボディーガード、盗み・・・。彼はたった5人の少年たちを指揮する盗賊団のリーダーである。5人とは、可能な限り裏切られず、お互いに見張ることができて、尚且つ仕事をこなすことができると思われる最大限の数だ。また、あまり勢力が大きくないという点で、妬みや恐れから他の勢力に攻撃される可能性が小さい。
彼の盗賊団は人数の少なさ故に、あらゆる意味で「スピード」という利点があった。作戦を遂行するスピード、万が一の状況にも対応できるスピード・・・。ロキにとっては最も扱いやすいタイプのチームであったに違いない。
彼の盗賊団は順調に成果を上げ続け、時には表舞台に立つ資産家や貴族にまで依頼を受けるようになった。しかし、いくら頭がキレても、人間にはいつか隙が生まれる。人間の心に生まれる「驕り」という隙だ。それは彼の頭がキレれればキレるほど、彼の盗賊団の仕事が上手くいけば上手くいくほど、いつかは陥る、人間の罠だった。
ダンダンダン!
ダンダンダン!
彼に残された仲間はあと一人しかいない。ロキのもつ武器は今や時代遅れのリボルバー一丁。スラム街では比較的手に入りやすい量産型の年代物だ。仲間の少年がもつ武器に至っては、闇工場でつくられた質の悪い短銃だ。対する敵の数は二十数人、20mmライフルを主力に一台の装甲車、その上に機関銃二基を備えている。敵は正規軍だ。ロキの盗賊団は政府という大きな組織を敵に回してしまっていた。
彼らは袋小路に追い詰められ、もう二時間以上も戦闘を続けていた。一盗賊団にしては十分すぎる善戦だろう。しかし最早、戦況が覆ることはない。
残された仲間の少年の名はラクールと言う。だがロキは「ク」の後を伸ばすのが面倒くさいという理由で彼を「ラク」と呼んでいた。彼はもともと優れたナイフの使い手で、銃を扱うのは苦手だった。
ダンダンダダダン!
ロキは右肩を負傷したが、止血をする余裕もなく、再び銃を構える。もう銃弾も残り少ない。
ラクールは右肩から夥しい血が流れ落ち、血にまみれた端正な横顔のロキを見た。明らかな劣勢だが、ロキの澄んだ青い瞳にはまだ闘志の炎は消えていない。
既に死んだ他の三人はロキとは金の繋がりでしかなかった。スラムの理とはそういうものだ。ラクールも例外ではない。しかし、彼はロキと仕事をしていく内に、ロキに憧れ、金銭的な関係を超えた忠誠心のようなものを抱くようになっていた。頭が恐ろしくキレ、何者にも動じず、戦の神様のような闘争心をもち、それでいて端正な容姿と美しい銀髪をもつロキ・・・。ロキも彼の気持ちを承知していたし、彼にはそれ相応の信頼を置いていた。
「ロキ」
ロキはラクールの呼び掛けに銃を撃ちながら応える。
「なんだ?」
「死ぬ時まで君の手下でいれて嬉しいよ」
「馬鹿!まだ負けとは決まっちゃいねぇよ!敵はたかだかライフルとマシンガンだ!バズーカ撃ちこまれたわけじゃねぇだろ!」
ロキは何とかラクールを安心させようと、血にまみれた頬で笑ってみせる。
ダンダンダンダン!
「もう少しだ!向こうは焦ってるはずだ!俺が手榴弾投げ込むから敵が怯んだ隙に敵陣まで突入する!白兵戦に持ち込んで混乱を誘えばお前の天下だ!」
その瞬間、耳をつんざく爆発音とともに、地面が吹き飛んだ。ロキは爆風で叩きつけられた身体を左腕でどうにか持ち上げ、足元に落ちているはずの彼の銃を探った。
「チッ・・・。バズーカも持っていたのか」
彼の自慢の黒いジャケットも黒いレザーパンツも、黒い高級品の革靴も埃と血にまみれてドロドロだ。
爆煙が去って視界が漸く晴れたとき、ロキの目の前に銃口が突きつけられていた。眼前に市街地戦用の白い特殊スーツを着た軍人が二人立っている。恐らく背後にも数人いるのだろう。それでもロキは反撃の策を頭の中でひたすら考えた。その時――
「あ・・・」
軍人の背後に夥しい血にまみれた人間の片腕が落ちていた。ナイフの使い手特有の鍛えられた掌が彼の方を向いている。ラクールの腕に間違いなかった。
ロキはそれでも次の一手を考えようとした。仲間の死くらいで動じていては、これまでスラムで生き残ることはできなかっただろう。だが、ロキの頭の中は考えれば考えるほど真っ白になっていった。頬から流れる落ちる涙が止まらない。
スラム街の寵児、ロキが戦意を喪失した瞬間だった・・・。
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