宇宙航海日誌

宇宙航海日誌

第四章(2)


 エレベーターの扉は手動のお粗末なもので、鳥籠に乗っているような感覚だった。政府の研究機関とは思えないボロさ加減だ。恐らくこれから向かうのは長らく使われていなかった施設なのだろう。
 金属の軋む音とともに、床が大きく揺れた。どうやら目的の階に着いたらしい。近衛兵が手動でノブを回し、再び扉を開ける。そこに見えたのは意外な光景だった。
「ふぉっふぉっふぉ。どうじゃ、見事なもんじゃろう」
重量感のある巨大なシャンデリアが延々と廊下の端まで続き、床には黒と白の高価な大理石がチェック模様に敷き詰められ、赤い絨毯が細く伸びている。
「すげぇ、お城みたいだ」
お城を見たこともないはずのラクールがそう感嘆する。
「ここは地下幽閉施設じゃ。王族や貴族を投獄する施設なんじゃ」
「じゃあ、何で魔女を入れるんだ??」
ラクールはこの施設にも、魔女という存在にも興味津々なようだ。
「魔法使いになるには貴重な魔術書と訓練が必要じゃ。その魔法書を手に入れるだけでも人生10回遊んでくらせるような財産が必要じゃ。だから歴史上、有名な魔法使いは皆貴族出身じゃ。平たく言えば魔法使いも貴族も同じということじゃ」
ロキはさっさと歩きだした。後にラクール、テレーズ卿、近衛兵が続く。説明されなくとも、何人もの軍人が控えている場所を見れば目的地は一目瞭然だった。
「ロキ、ラクール、覚悟はできたかのう?」
扉の前に立ち、テレーズ卿が二人に呼びかける。
「リーダーは最強だ!魔女なんて怖くねえぜ!」
「ほむ。ではロキに先頭を歩いてもらおう」
「・・・・・・(後で覚えてろ)」
ロキは渋々扉を開く。両開きの扉を手前に引くと少しづつ中に光が差し込んでいく。
「誰もいないじゃないか」
「奥にもう一つ扉がある。まず中に入ってからこの扉を閉め、次に奥の扉を開けるのじゃ」
近衛兵が部屋の明かりを点ける。豪奢な模様な施された絨毯と左右の壁には勇壮は騎士の油絵が見えた。奥の扉は木作りで頑丈そうには見えなかったが、古代文字の書かれた札が一枚貼ってあった。
「・・・・・・!?」
急に空気が重くなるような感覚に襲われた。息苦しくなり、冷や汗が頬を伝う。扉の奥から強いプレッシャーを受けている。
「ふぉっふぉっふぉ。だいぶ警戒されているようじゃな。一つ注意しておこう。魔法使いの『気』にあたらないことじゃ。それだけで魔法に対する抵抗力がなくなる」
背後で近衛兵が扉を閉め、4人は奥の扉の前にまで進んだ。テレーズ卿が二言三言、呪文の言葉を呟き、そっと札を外す。白髪の老人はロキの方を振り返り、ニヤリと笑う。
「・・・・・・また俺か」
「ふぉっふぉっふぉ、そのために連れて来たんじゃからの」
ロキは覚悟を決め、両開き扉の金属製の取っ手に触れる。ひんやりとした感触から寒気が走った。戦っている時は無我夢中で忘れていたが、魔法使いと相対すること程、恐ろしいことはない。魔法使いがどれほど畏怖される存在であるか、今に伝わる伝説は数多い。ロキは意を決して扉を開ける。全身に感じるプレッシャーは更に強くなる。ロキを先頭に4人は扉の奥に進んだ。
 黒髪の魔女は黒い瞳で4人の来訪者を睨みつけた。着替えさせられたのか、黒い装束は白い夜着に変わり、ベッドの上に上半身を起して横たわっている。両手は鎖で繋がれ、シーツで見えない両足も同様のようだった。右腕や頭に巻かれた包帯が痛々しく、睨む目の凄みを増長させた。
「居心地はどうじゃ?」
テレーズ卿がまず切り出した。魔法使い同士の駆け引きは既に始まっているのかもしれない。
「・・・・・・」
「そう睨むこともないじゃろう。ワシはワシの研究所に侵入したお主が何者か知りたいだけじゃ」
「・・・・・・」
残り三人はじっと二人を静観することしかできない。テレーズ卿も魔女に対抗して魔力を発動させたからだ。二人から発せられるプレッシャーで三人は立っているのもやっとだった。
「お主が魔族でないことはだいたい分かっておる。だが、人間の魔法使いであったとしても謎が多い。ワシは世界の魔法使いの全てを把握しておる。それほど魔法使いは稀少なのじゃ」
「・・・・・・」
見た目には分かりにくいが、形勢が圧倒的にテレーズ卿に傾いているのが感じられた。年の功なのだろうか、単純に技量の差なのだろうか、テレーズ卿の大きなプレッシャーが魔女のプレッシャーを飲み込んでいくのが感じられる。魔女は焦燥にも似た表情を見せ始めた。方やテレーズ卿はまだまだ余裕の表情だ。ロキはこの時初めてテレーズ卿の本当の実力を垣間見た。
「他国の人間兵器なのか、それとも秘密裏に育てられた魔法使いなのか、どの可能性を見ても謎が残る」
「・・・・・・」
「まぁ、それはまた後でいいじゃろう。ワシが一番知りたいのは、お主が軍の施設に侵入してまで何故あの指輪を盗りに来たかということじゃ」
二人の間に暫し、沈黙が流れる。完全に追い詰められた魔女は少し怯えたような表情でテレーズ卿を睨むことしかできない。魔女はその時になって初めて、小さな声ながらはっきりと言葉を発した。
「あれは私の物だからだ。あれは私に必要な物だ」
「・・・ほむ。なるほど。あの指輪がお主の物なら、それを取り返しに来るのは当然じゃのう」
魔女のプレッシャーが完全に追い詰められ、存在感がほとんどなくなったところで、テレーズ卿はプレッシャーを解いた。二人の攻防を見守っていた三人は安堵した。緊迫した状況に変わりはないが、テレーズ卿はいつもの執務室にいる時のような調子で衛兵に何やら耳打ちしている。
「ロキ」
唐突にテレーズ卿はロキに呼びかけた。
「・・・なんだよジジィ」
「お主に魔女の監視係を命じる」
「・・・は?」
「ワシは多忙の身でのう。これ以上仕事を増やせんのだ。腰痛も心配だしの。ワシ以外でこの仕事ができるのはこやつを倒したお主だけじゃ。だからお主に任命するのが道理じゃ!」
「な、なんだその理屈は・・・・・・!そんなのできるわけねぇだろ!」
先ほどの魔術師同士の戦いを見ていたロキはテレーズ卿の命令に理不尽さを感じた。
「あーあとお主は今日をもって正式にワシの私設部隊に所属し、ラクールをお主の部下とする。命令は以上じゃ!」
そう言うとテレーズ卿はさっさと部屋を出て行こうとする。後ろから衛兵が付き従う。
「やったー!またリーダーの子分になれる!」
喜ぶラクールをロキはきっと睨みつける。魔女はただ一人、困惑の表情を浮かべながら来訪者のやり取りを見ていた。

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