全16件 (16件中 1-16件目)
1

昨夜のNHKスペシャル。「マネー氾濫(はんらん) ~世界経済に異変~」内容をチョー簡単に説明すると、アメリカがリーマンショックから立ち直るために始めた量的緩和政策により世界中に投資マネーが流れ、そのマネーが再び自国へと向かいアメリカにバブルを起こしつつあるというのだ。それから遅れること4年の日本も同じこと始めたらしい。アベノミクス?日本は再びバブルとその崩壊を繰り返すつもりなのだろうか。だが。僕が懸念してたことが世界規模で起きているようでとても残念で無力感を感じた。人はなぜカネを欲しがる?動物の欲求は基本的に「食欲・性欲・睡眠欲」の三つしかない。およそ一年前にココで書いたように、だが人間の場合には第四の欲求と言える強力な「欲望」が進化してしまった。それが、「他者の欲望による欲望」というものである。つまり例のフランスの精神科医、ジャック・ラカンが言うように、「人間の欲望は他者の欲望である」というものだ。誰かが欲しがってるから自分も欲しがる。そういうレベルの欲望により人間の経済活動は支えられている。フェラーリが欲しい。それは本能的な人間の欲求であるはずがない。フェラーリを手に入れても人より多くの睡眠時間が得られる訳ではないのだ。それにフェラーリに乗っても基本的に制限速度は僕の軽トラと同じ速度でしか公道を走れない。なのになんでそんな余分な馬力の車が欲しいの?それはみんながフェラーリを欲しがっているからだ。みんなの羨望を集めたいから。つまり他者の欲望が自分の欲望へと変化している。もしフェラーリに乗ることが大バカ者の代名詞であり、形も大きさも珍妙でカッコ悪くて誰も欲しがらなかったら50万円でもヘンジン・ヲタク以外には売れないだろう。良く考えてみな。欲しいなぁ、と思うスマートフォン。デザインや機能に砂糖や水のような絶対的な価値観なんてない。それは人が後から付けた価値観であり、また他者の欲望であり、更に広告戦略である。誰かが付加価値をつけてマネーを得ようとするその広告戦略に踊らされてないで、そろそろ本当の価値を自分で考えて見出す努力をしようではないか。スマートフォンがたくさん売れても、株価が上昇しても、動物の三大欲求の一つである食べる物の確保、食糧自給率は1%も上がってないんだぞ!さて。本日ホームページのリニューアルをしていた。一年半ぶりに販売店の紹介を書いてみた。いよいよニワトリノニワが現在も存続している最大の理由である、そごう西武さんとの取り引きのいきさつを書いた。まだこのブログでも詳細は書いてなかったと思うのでココに転載しておく。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~◾株式会社そごう西武(セブン&アイHLDGS.)2012年2月20日に放送されたNHKプロフェッショナル「デザイナー・梅原真」の番組内で「池田なません」が紹介された。その放送直後から知人から携帯電話に、そしてどこで調べたのか農場の電話が鳴り続けた。身は一つしかないので仕方なく一旦電話線を抜いて携帯電話にかかってくる知人だけに対応することに。知人の最後にかかってきたのがモンゴリア楽天店の水野さん。状況を伝えると「商売なんだから出た方がいいよ」と言われ、一件だけ出てみようと電話線を繋いだ直後にかかってきたのが当時の食品統括部長である内山 晋さんであった。実は内山さんはその一年前2011年2月21日のプロフェッショナル「魂のデパ地下、情熱の売り場」百貨店食品フロア開発・内山 晋で放送されたその人だったのだ。NHKのホームページで過去のプロフェッショナルの当該ページを見つけて、私もその放送を見ていたことを思い出した。そしていきなり池田なませんを当社で取り扱いたいとおっしゃられて、放送直後の混雑が終わる5月からで良いからと、まず西武池袋店と渋谷店で販売がスタートした。その後市価の8倍の価格である池田なませんを並々ならぬ情熱で拡販してくださり、7月までに全国6店舗(西武:池袋店・渋谷店 そごう:横浜店・千葉店・広島店・神戸店)へと拡大した。その後お得意様向けの通販カタログにも載せて頂き、放送から一年以上経過した現在(2013.09)もニワトリノニワがなんとか経営しているのは、放送直後にかけてくれた内山さんの一本の電話が奇跡的に繋がったからに他ならない。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~実に僕はあの番組で二人のプロフェッショナルから援助されたのだった。その内山さんは僕の卵を「未来の食卓に残したい食材」というコンセプトで販売したいとおっしゃってくださった・・・マネーゲームで残るのは紙切れ?右肩上がりの折れ線グラフ?それとも膨大な国債?もっと生命の基本的な所を今のうちに抑えておかなくて大丈夫なのかな。↓↓クリックして応援
2013.09.30
コメント(0)

どうも僕はフェースブックが苦手だ。フェースブックは誰でも手軽に情報を更新できるという良い点もあるのだが、その分だけ情報の質と信憑性に著しく欠けるからだ。僕がフェースブックにアカウントを持ったのは確か2009年のことだから、例の日本ブレークのきっかけになった映画「ソーシャル・ネットワーク」の2年も前のこと。当時身近な人はおろか日本国中のユーザーは現在の10分の1しかいなかった。だから一体これ、何が楽しいのか?という感じだった。当時アメリカでFB(フェースブック)がはるかに先行しておりネットビジネスに有効だというニュースを見てアカウントをとってみたのだ。その後3年もかかって昨年初めくらいからこの高知県でもユーザーが増えて周り中FBだらけになった。今更僕が言うまでもなく、色んな所でFB依存症やらFBの弊害やらが騒がれている。確かに僕がこの夏に参加したある集まりでも、例えば乾杯の際に一斉にみんなでスマホを持って写真を撮り乾杯が終わった後でみんなで下向いてFB投稿していた様子は依存症そのもので異様だった。また精神衛生上の問題として言われているのが、FBに投稿する内容がうまく行った情報に限られ失敗談が投稿されることは少ないため人の投稿を見ていると鬱になるというのだ。うーん・・・そして私個人の感想では、正直に言って一般の人達の投稿する情報なんてフライデーのゴシップ記事よりも読むに値しないと思っている。それは2000年頃乱立して検索エンジンの障害になっていたくだらんブログたちと同様のことだ。大体、「いいね」ボタンってなんだよ・・・人の評価なんかに頼らない生き方をしろよ、とか思う。僕は正直な人間だから滅多に「いいね」ボタンとか押さない。だって何がいいのか分からないんだもの。たまに人から催促されるので仕方なくまた嫌々ながら押すのだけど、そんな「いいね」を集めて一体なんの価値がある?内容の是非はともかく、なんとなくみんな義理というかほとんど義務感でボタン押してるもんだから疲れる。まして自分が投稿した時には間違いなく必ずボタン押してもらいたいから友達の投稿全てをチェックして片端からボタンを押して義理を売りまくる・・・・病気だな。いや、ボクの場合はブログに書く内容が知人の投稿内容を批判するような内容だと書きづらくなり自由な発言ができなくなるという理由からずいぶん前からFBの投稿なんて見ちゃいない。FBの現在の役割はブログに投稿したことをお知らせする手段のみ。以前。僕が批判した内容が、たまたま友人が少し前にFBに投稿したものを対象とする形になってしまったことがあった。個人の信条なんて自由で良い。だからボク自身も自由に発言する権利があると思うのだが、しかし友人からネット上で批判されるのは嫌なものだろう。結果的にそうなってしまうのは仕方ないとしても、FBの投稿を見ていたら友人を批判対象としてしまう可能性があればやはり筆が鈍る。そんな訳で僕はFBを止めようと思っている。僕があなたの発信した信条を知らなければ僕がブログで何書いても傷つきにくいでしょう。それにミクシーの流れと同様、数年以内にFBもLINEも必ず廃れる。実際東京では既にユーザー数が減少に転じているのだ。あ、今日の内容は多くの人に嫌われそうだけど許してくださいな。繰り返すが、誰かを念頭に置いて書いてる訳じゃない。ともかくみんなシステム(SNS)や機械(スマホ)に利用されて疲れてしまうのは賢くないよ。じゃ、昨日のレポート。昨日は朝からピカピカチュ~☆四万十の山々も輪郭くっきりでヨーロレイヒー♪ な感じだ。あ、ヨーデルね。さて、昨日はA子のさんじゅうウン回目の誕生日。要するにアラサーを脱出しそうな年齢なのだ。そこでおめでたいと言うよりも可哀そうなので最寄りのコンビニでケーキっぽいヤツを買ってきて誕生日をみんなで祝ってやることに。ま、結婚して子供も二人も居るので女の曲がり角だとしても大して人生に支障はないのだろうけどな。パチリと写真を撮ってからタオルを巻いた格好で撮らないでくれと言うのだが、それは撮る前に言ってくれ。何やら遠近法とかでみんなより一メートルも下がって顔を小さく見せるのだそうなので茶番に付き合ってもう一枚撮ってやる。たまたま飼料米を持ってきたウェインさんも一緒に。だが、繰り返すのだがそういう茶番は一枚目を撮る前に言ってくれ。大体写真撮るのに遠近法だとか言ってる時点で20代でピチピチヤングなM子の失笑をかっている。ウェインさんがとれたてのお米を置いて行った。夕日。日が落ちるのが早い。もう秋だな。本日は未明から雨が降り、気温を一層下げた。風邪引いたチキンさんらも寒そう。キチンと風邪治せや。↓↓クリックして応援
2013.09.28
コメント(0)

人の心は不思議である。たった昨日まで輝いて色鮮やかだった景色が今日目覚めてみると急に色あせて白黒写真のように見えることがあるのだ。それは例えて言えばまるでラッセンの画のように見えていたものが実は鉛筆で描いたデッサンだった、というようなギャップが心の在り方次第で本当にあるのだ。そう、ラッセンがデッサンだった、 みたいな。・・・・。ハイ。ともかく心の在り方次第で僕らは赤い色が白くも見えるし、そこに確かにある家や木が全く記憶に残らないこともあるのだ。しかも厄介なことにその心の在り方は人ざまざまで本当は全く同期していない。僕が見ている雲は僕独自の色をしており、あなたが見ている雲は僕のそれとは実はまったく違う。この世は心を映す幻である。というのは般若心経の「色即是空 空即是色」の概念に近いのだけど、人はそれぞれの心にそれぞれの世界を持ち、それを安易に客観性があり普遍性があると思い込みがちである。何を言いたいのか分からないと思う。つまり、僕らは五感から得られる情報をフルにキャッチしてラジオをチューニングするように、カメラのピントを合わせて行くように他者の感覚を知ろうとしなければお互いの理解は甚だしい誤解でしかない。ま、そふいふことだ。いや、自分に自虐的に言い聞かせているんだ。さて。9月前半のレポート。いや、もう月末じゃねーか。8月後半から涼しくなった。と思ったら7月に来たばかりのニューチキンどもが風邪を引いたらしく、咳だかクシャミだかしておる。そして産卵数は激減。本来なら350個産んでるところをたったの20個、とかそんな感じだ。確かに激暑の40℃から一気に10℃くらい下がったからな・・・つーことで心配になり、家畜保健所に検査を依頼した。口内の粘膜を採り、真っ先に鳥インフルエンザの検査。もちろん陰性だった。翌日ウィルス検査のサンプリングにも来て京都の会社に検査依頼したとのことだが未だに結果の連絡が来ない・・・ひとまず先週末辺りから産卵数がすこーしずつ回復してきたので風邪が治ったのかも知れない。さて。前々回の台風が近づく前に事務所の壁と床下が再びネズミーランドと化していたので壁を引っぺがして虫干しならぬネズミー干しを実行した。壁に入られると音がうるさくて厄介なので(お陰で実は2ヶ月位寝不足だったりした)床下と壁の間の隙間を板で完全密閉。丸三日くらい壁を全面開放してネズミちゃんの気配が消えた後、台風が来るってんで泡を吹きながら大急ぎで壁を波トタンに張り替えた。板よりシックな感じになったね。そして台風が接近して大雨が降った。心配してた風の影響は全くなく、翌日にはツルッペロンと晴れた(表現方法が間違えてるような・・・)数日で草がワッサーと生えてきた。チキン運動場のフェンスに可愛らしいちっちゃな花が咲いた。いつの間にか夕日が早く沈むようになり、中秋の名月が四万十の丘の上で金色に輝いた。例えこの満月の輝きが思い込みだったとしても、僕は心にその美しさを焼きつけ夏が終わった。~9月これまでのレポート~ 完↓↓クリックして応援
2013.09.27
コメント(0)

9月前半のレポート。もう半分あるんだけど。でも今日はちょっと休憩する。親父の死期が近いらしい。こんなことを書くと縁起でもないと叱られるかもしれない。でも僕はその気配をうっすら感じている。だがそれには条件があるのだ。親父は今朝、夢をみたらしい。その夢には亡くなったお父さんとお母さんとお兄さんが三人揃って出てくる。親父は病室から携帯で僕にメールを送ってくるのだ。親父の既に亡くなった家族たちは親父を振り返りもせずに歩き去ろうとする。そしてもう足が悪くて自力歩行のできないハズの親父だが、夢の中で歩いてついて行こうとすると三人は振り返りもせずこう言い放った。「お前にはまだやることがあるだろ?」そして親父を残し消えてしまった。親父には既に時間の感覚が部分的に消失している所がある。僕のブログのファンである彼は未来の僕のブログを見て感想を送ってきたりする・・・われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのかゴッホの親友であり、仲たがいによりゴッホの耳を切り落としたという説のあるゴーギャンは遺書替わりにこの代表作を残した。死、そして食べ、生まれ、悩み・・・ということは表裏一体の出来事に過ぎず、ある次元では全てが折りたたまれ同質のものとして存在する。それはユングの言う集合的無意識、アカシックレコードと呼ばれる深層心理学から導き出した宇宙論と、デビット・ボームの唱えるホログラフィック宇宙論の交差点。オギャアと生まれあなたは普段死を意識しないで過ごしているが、でもその持ってるカードの裏側には必ずジョーカーが描かれている。人間は100%死ぬ。いや人だけじゃない。では、何のために生まれてくるのだ?↓↓クリックして応援
2013.09.24
コメント(4)

じゃ、9月前半レポート続きもサラッと流します雷の翌朝。快晴。ワンコたちも大喜び。二代目真っ黒なニューチキンさんも元気。と思ったが実は何故か上がる一方であるはずの産卵数が落ち始めていた。それは・・・・一週間ほど降り続いた雨。7月と8月に全く降らなかった雨。毎年異常気象が続いてるけど、この先僕らはこの変化に追いついて行けるの?農業は大丈夫?A子が、7月に新しく作った飼料庫の床が歪んできてるというので見てみると真ん中の左側が傾いているようだ。床を引っぺがしてみると・・・折れてる。志半ばで折れてる。お米をたくさん積んだりしたからさすがの10センチの柱でも4mの長さは支えきれなかったか。つーことで真ん中にブロックを置いて補強。床を支える柱全部を補強したのでこれでもう折れることはないだろう。一安心。雨が大量に降ったのでカボチャの花が一斉に咲き始めた。僕ら動物より進化した細胞を持つと思われる植物はとても柔軟で、そして我々が思うよりスピーディに環境に対応しているようだ。ほとんど8月で収穫を終え、続々と運ばれる飼料米でいよいよ我らの農場のコンテナは満載御礼となった。そういえば。例の日帰り湯、平和の湯温泉同好会の漁師のオッチャンにハネ卵とお魚さんの物々交換を申し出たら快く快諾してくれた。従って。現在は定期的に今が旬のメヂカ(宗田鰹)が届けられており、僕の物々交換生活にお魚さんでフィッシュなメニューが加わった。三枚におろします。一番上の一枚は君らに。僕は骨がない所をお刺身で頂くよ。んめぇ~そうそう、上野のイカレポートのブログで。僕が無類のイカ好きであることを恥も外聞もなくさらしたら数日経ってちょっと遅れた誕生日プレゼントが届いたのだ。福岡在住の卵のお客さん。であり、既に電話やメールで一年越しのお付き合いがある友達から。水イカの一夜干しと薄塩のウニ。水イカは四国ではモイカ、全国的にはアオリイカのことで、非常に旨い。早速炙って何もつけず食べた。本当に旨い。九州には玄界灘に剣先イカというスゲーうまいイカもいる。僕は出向で一年間久留米に住んでた時、確か唐津の国民宿舎で剣先イカのフルコースを食べてぶったまげた。だが、アレは刺身で食べるに限る。刺身だとコリコリとした食感でそんじょそこらのイカとは別格だ。ああ、禁断症状が。い、イカ喰いてぇ・・・・もう一つ誕生日プレゼント。脱サラして実家に居た一年半通った美容院のネーさんが未だにたまにブログを読んでくれていて、また卵もたまーに買ってくれる。そのネーさんからプロ仕様のセルフカットのセットが送られてきた。ブログで散髪を自分でやってるのを知って送ってくれたのだ。今回実家に戻った際もカットしに来いと言われてたのに行く時間が取れず、不義理をしてしまっていた。スマン、次は寄るから。因みに。入退院を繰り返す親父は入院の度に救急車で毎回いろんな病院に運ばれる。ネーさんの家はたまたま今親父が入院してる病室から見えるとこにあるらしい。↓↓クリックして応援
2013.09.22
コメント(0)

東京から戻ってからのレポートはサラッと流します。なんつったって戻ってからもう3週間も経つのだからな。あ、僕としては旅行記みたいなのが好きなんだよ、きっと。東京から戻った翌日、僕は四万十市を南下していた。そして、そこには美しい砂浜があった。土佐清水の大岐海岸です。この美しい砂浜の近くの、とある施設へ現在進行中のプロジェクトの商談に来たのだ。土佐清水でこの時期メヂカが獲れる。メヂカとはソウダガツオのことである。サバとカツオの間みたいな40センチほどしかない小さなカツオである。ま、これもサラッと流す。商談のことについてはいずれ分かる。8月の最終日。タケちゃんが精米したての新米を持ってやってきた。タケちゃんの無農薬の新米とニワトリノニワの卵の初玉セットを予約購入してくれたお客さんに9月から発送を開始するため。その朝精米してきたという作業服姿のタケちゃんの顔はワラの粉まみれのようでもある。なるべく精米したての美味しい米を届けたいと言うタケちゃんの思いが顔に表れていた。朝早くからご苦労さん。9月に入り、激しい雨が続いた。ある日の未明に近所で落雷があった。ピカピカしながら1時間以上にも渡りゴロゴロと鋭く激しい音が続いた。朝から鶏さんもずぶ濡れ。未明の落雷で二度停電した。一度目は10分ほどで自動復旧したのだが、その直後に狙い撃ちしたように同じ所に落雷。ブレーカーが上がらなくなった。朝一で四電を呼んだら案外早く10時過ぎに工事のニーちゃんがきた。50mほど離れた電柱に落ちたらしくヒューズがとんでいるから交換すれば復旧するらしい。その後も大雨の日が続いた。7月8月と全く降らなかった雨粒が9月にまとめて落ちてきた。この日は山口で記録的な大雨になったとニュースで言ってたけど、いつも見てる四万十川の川幅が・・・9月の前半は雨だらけだった。お陰で夏に伸びきらなかった草が・・・↓↓クリックして応援
2013.09.20
コメント(0)

四万十も昨日と今日、朝晩寒いです。じゃ、大してウケが良くないようなので上野博物館巡りのレポートはそろそろ切り上げるためにサラッと流しましょうね。本当は僕が学んだ生物の仕組みを分子レベルで多少細かく語って、それでも解せない生命の不思議みたいなことについて考察してみようと考えてたけど。ま、余り小難しくなってもイカンのでDNAとかタンパクとかそこらへんのことは写真だけでスルーしよっと。はい、↓の写真は真核生物の遺伝子からタンパクが合成される仕組みを示している。まず核内でDNAがほどけてmRNAに情報がコピーされ核外に出て来たところでrRNAにキャッチされ、mRNAの情報に基づいてtRNAが各種アミノ酸を情報通りに結合させてポリペプチド=タンパクを合成している様子です。あ、スルーするんだった。いけねお次はDNAが複製される様子。これは細胞分裂の際、つまり我々の細胞内で日夜行われている。因みに、DNAと遺伝子の違いはDNAは物質名、遺伝子はその物質を情報として捉えた時の呼び名。DNAの鎖の中には意味のある情報単位(遺伝情報)が点在しているため、遺伝子はDNA鎖の中に存在するという言い方が正しい。だがしかしこれらは単なる化学反応である。人を物質と化学反応で理解はしたものの、僕には矛盾するある事実をその時既に知っていた。それは生物なんかよりもっと単純であるはずの物理、量子力学の実験では人が観測することによって力学の実験結果が変わるというのだ。これは単純に言い換えれば、人の意思が物理の実験、例えば時速100キロで進む物体の移動時間が計測する人によって変化する。みたいなことだ。人の意思や思考は脳内の電気信号で処理されている。茂木さんがよく言うシナプスの発火というヤツだ。その電気信号が、作用するハズもない箱の中で行われる実験結果を左右するとは?そしてその実は良く分かっていない物理学と化学の無数の原理によって成り立っている我々生命を、これで理解したつもりになって良いのだろうか?と、結局ある程度言いたいことを言ってみた。さ、さっさと国立博物館の地球館レポート終わらせよっと。はい。生命の基本を押さえたところで、松ぼっくりの展示へ。小学生の頭よりでかいボックリさんがあるんだ、へぇ。お次はカブトムシ。その次は、てふてふ。大小、色形、様々。次、植物。シダ植物から水中、草、樹木と多様である。そして甲殻類。哺乳類と鳥類。生物とはなんと多様性に溢れているのか。ということ。更に過去にさかのぼり、恐竜も。ダーウィンの進化論によると、ランダムな遺伝子の突然変異と環境変化による自然選択が進化と多様性を生み出すというのだが・・・ならば同じ環境下では単一の生物だけが支配していても良いのでは?だが深海で見たように深海というかなり条件が均一な環境下ですら生物は多様性に溢れている。種を絶やさないための保険?確かに魚類だけじゃなくイカやカニも居た方が環境変化に対応できやすいと言える。ということは、結局我々生物はDNAを保持するのが究極の目的でありその配列には特に意味がないということだろうか?つまり我々生命はDNAの乗り物に過ぎないということ?ともかく、地球誕生から46億年の時が流れ我々人類がいる。だが、その間の道のりは平坦ではなかった。地球において過去5回あった、大量絶滅の危機。これはビッグファイブと言われる。一度目は約4億4370万年前で、二度目は約3億6700万年前、三度目は2億5100万年前、四度目は1億9960万年前、五度目は6550万年前。五度目は有名な、小惑星の衝突による恐竜の絶滅である。しかし恐竜はその前に鳥類へと一部進化しており完全絶滅を免れる。それ以外の四回も含めて隕石や大陸移動による火山の大噴火など天変地異によって地球上の生物はその都度70%以上もの種が絶滅したと言われる。だがその大絶滅のタイミングは実に絶妙に起きており、例えば一度目の大量絶滅ではベンド生物という三葉虫の仲間がほぼ壊滅している。彼らの生物の特徴は袋状の体節構造を持ち左右対称で扁平である。最後まで残った三葉虫がエビ・カニ・昆虫など節足動物に進化したと言われるのだが、実際は良く分かっておらず、その後このような特徴を持つ生物は見られない。生命が何故多様化するのかは実際良く分からないのだが、ただ一つ言えるのは生命はこの地球において大繁栄と大量絶滅とを繰り返してきたということである。そして六度目の大量絶滅は現在~100年後にかけて起きており、既に地球上の50%以上の生物種が絶滅したと主張する科学者もいる。その、原因は人類が引き起こしている生物圏の破壊である、と。ボクの夏休み~上野公園編~ 完↓↓クリックして応援
2013.09.18
コメント(8)

続きから。再び国立科学博物館へ。今度は常設展「地球館」を見ようと思っていた。熱帯の森林から始まり、生命の多様性が解説されて行く。その前に、生物とは何であるのか?左が植物の細胞。右が我々動物を含む真核生物の細胞。中央が遺伝子を格納する核。共通する構成要素の代表がミトコンドリア(縞々のソーセージ) 異なる部分の代表が葉緑体(左縦中央の米粒の入った膜)ミトコンドリアは核にある遺伝子情報とは異なる独自のミトコンドリア遺伝子を有することから真核生物に後から細菌が入ってきて共生したと考えられる。パラサイトである。ミトコンドリアの細胞内での役割はエネルギーの源であるATPを生成すること。実はミトコンドリアがなくても緩やかにエネルギーが産生される。しかしミトコンドリアがあることにより分子的に19倍も効率よくATPを生成することができるのだ。つまり、元からの真核生物にとってはミトコンドリアが共生してくれたお陰で19倍も活発に活動できるようになった。そしてミトコンドリアの寄生により真核生物は酵母のような単細胞微生物から我々人類のような60兆個もの多細胞化が可能となる。一方、葉緑体。葉緑体も独自の遺伝子を持つことから細菌が真核生物に後から寄生したものだと考えられる。葉緑体では二酸化炭素と水から糖と酸素が生産される。植物の細胞にはミトコンドリアと葉緑体が存在するが、動物の細胞にはミトコンドリアのみしか存在しない。つまり植物はミトコンドリアを獲得した後で葉緑体を取り込んだと言える。因みに葉緑体で生産された糖はミトコンドリアでエネルギーへと変換される。我々はただ、動くという理由から植物より動物の方が優れていると思ってはいないだろうか。それは甚だしく間違いで、植物は動けなくても空気中の二酸化炭素と水があればエネルギーを生成でき、生命活動を維持できる。しかし、我々は植物や他の生物が生成した糖を取り込むことによってしか生命活動を維持することはできない。ココらへん、ちょっとゆっくり話そうか。自分ってなんなんだろう?その疑問が根底にあった。僕は幼い頃、小さな昆虫を見て生命に興味を持ちファーブルやシートンなどを読んでいた。その後小学校高学年から中学を経て興味は生命そのものである自分へと向かう。その間に人の心をテーマとする哲学や心理学へと少し浮気するものの、生命を物質的に完全に理解したいという欲求が強く大学そして大学院へと進む。大学院の基礎教科の勉強では遺伝子から細胞の造り、そして細胞同士の相互作用まで生命の基礎を誰よりも熱心に学んだ。当時茶髪でナンパな外見から落ちこぼれっぽく見られていたが成績は主に関西地区の有名大学から集まった学生の中でトップクラスだった、らしい。卒業後にある学会で隣の研究室の教官が教えてくれたのだ。いや、成績がどうなんてあんまり意に介さなかったのだが、ともかく生物が面白くて熱心に勉強したのだ。そして、一つの答えを得た。自分というのは、人間というのは、他の生命となんら変わりない物質的、化学的、機械的な反応により構成され、動いている、と。つまり人間なんてエラくも何ともないと思えた。それが物質的、科学的な観点から得られた人間観であった。落としておくと。奈良先端という大学院大学は入学後の約3ヶ月で2年分の座学を終えてしまい、その後一年半を研究生活(実験だらけ)をみっちりするようになっている。僕はたった3ヶ月で生命を根底から学びたい、という大学院に来た目的を達成してしまったので後の肉体労働者と大して変わらぬ試験管洗いの実験生活とか、狭苦しいニッチな分野に特化した研究とか、には余り興味が持てずテキトーに1年半を友達と楽しく過ごした。つまりココでも落ちこぼれたのよね。ウフお陰で修士論文の評価以外優秀という異色の成績を残してベンチャー企業へと旅立つ。続く。(いや博物館レポートをね、続けるよ)↓↓クリックして応援
2013.09.16
コメント(0)

昨日は9時過ぎにうっかり寝落ち。後でレポートするけど、久々に大工仕事を一日中してたので疲れたらしい。それもこれも台風前にやっておかねばならなかったのだ。ま、今回も直撃は避けたので全く問題なし。じゃ、「僕の夏休み~上野公園編~」続けるよん。僕は再び上野の森を歩いていた。そして最も奥にある美術館へやってきた。女子中学生らしいギャルたちとキャァキャァ言いながら館内へ。ま、オレはキャァキャァとは言ってなかったけどな。目的はコレだ。ルーヴル美術館が所蔵する200点を超える美術品を地中海4000年の歴史を追って展観するもの。もちろん写真はNGなので一枚もない。のでざっくり概要を主観的にレポート。エジプト文明を起源とする古代ヨーロッパ文明は地中海周辺で展開して行く。地中海は温暖で良く晴れる居住しやすい風土があるため文明の発達に向いていたようだ。また、地中海は大きな湖のような閉じた環境であるため地中海周辺に広がり尽くし多民族化した文明はやがて狭い領土の奪い合いから北へヨーロッパ全土へ。そして地中海から大西洋へと向かい、更にアジアやアフリカ、アメリカ大陸へと進出して行く中で文化を多様化させていく。と、いう文明の流れの中で展開されたキリスト教を中心に据えた美術品が展示されていた。言うまでもなく芸術はその時代の中での人間の思想を表わしている。西洋文明を美術の観点から見直してみたいという方にはルーヴル美術館展、お薦めします。さて、例によって館内の冷房で冷やされブルブル震えながらお外に出てきて野口さんにご挨拶。「野口英世は細菌の研究で、ガッチリ!」 とは言ってないわな。もうちょい歩いて再びお隣の国立科学博物館へ。今度は特設展じゃなく常設展を見ようと。長くなるし、もう眠いのでおしまい(続く)↓↓クリックして応援
2013.09.15
コメント(0)

じゃ、「ボクの夏休み~上野編~」続けるよ。国立科学博物館の夏休み特別展「深海」のチケットを握りしめて上野公園の地下へと僕は潜って行った。エスカレーターで。ま、ボクはイカも好きだが深海にも非常に興味がある。それはSF作家が宇宙と同様に深海を舞台に作品を描くことからも人間の興味は未知なるスペースへと向かうということなのだろう。とりわけ、深海と言うのは身近なのに僕ら人類の手が伸びていないお隣の宇宙的な魅力があるのではないだろうか。宇宙人と同様、僕は地底人とか深海人とか居てもおかしくないと思っている。僕らが住むこの地表の遥か下で地底人が今、ダイオーイカを肴に晩酌してると思うととても愉快な気分ではなかろうか。さて、深海の世界へ。写真OKとのことで全部の展示とパネルをパチパチ激写して行く。この第一章は深海の環境について説明している。太陽光は水深200m以下はほとんど届かないとか、水温は冷たい(何度だか忘れた)とか、水圧はモノスゴイ(やっぱり正確な数字は忘れた)とか。その水圧の凄さを具体的に示す例として、深海に持ってった鉄球がどうなるかを展示してあった。しかも、触れる・・・はい。良く分からない人は一子相伝の北斗神拳2000年の歴史をこちらから学んでくだされ。サクッと次へ。第二章ではチッポケな人類が船や潜水艇で深海に挑んできた歴史を振り返ってます。その中でも確か最新の有人潜水調査船「しんかい6500」の一日を追ってみよう。とか、そんなんじゃなかったと思うけど取りあえず解説つけてみた。プッはい。第三章へ。深海に生きる生物を紹介。まーるい展示場の真ん中にはでっかいタカアシガニが。その周りにはお馴染みの得体の知れぬ細かったり平べったかったりする真っ白な生き物が展示されてた。ハイ次。第四章では生命が豊富とは言えない深海で生物たちはどのようにエサを獲っているのか、を解説。展示は・・・ハッ、こ、これはデンドロカカリヤではありませんかね?デンドロカカリヤ、知りません?安部公房のヤツ。そーですか。いや、正解は海底から温水がわき出てるチムニーってやつです。じゃ、次。第五章は生物としてどうやって深海に適応していったかを解説。まずは巨大化する。マッコウクジラの模型が天井から逆さ釣りになってた。小ぶりのダイオウイカさんのホルマリン漬け。うん。まずそ続いてダイオウグソクムシ。フナ虫、デカっ大王・愚息・無視。ええ、それが宜しいかと。最後。第六章の深海シアターは例のNHKのダイオウイカの映像が流れていた・・・ように記憶しているが。ま、そんな感じだ。展示が終わって深海生物写真館。そう、驚くほど深海生物は美しい。いや、この写真館の目的は実はこの次にあり、そこではいわゆる記念のお土産品としてポストカードやぬいぐるみ、今見た美しい深海生物の写真集なんかが安くない金額で販売されているのだ。抜け目ない商売してますな。と頭で分かってはいるのさ。だがやはりキンピカのダイオウイカ氏とチレーな深海生物の写真集を買ってしまったのだった。トホ館内の冷房のせいですっかり身体が冷えてしまったので上野公園を散策。だが一瞬で額に汗が。いと涼しげ。130年前に東大病院が建設されるのをもったいないと言って上野公園建設を勧めたオランダのお医者さんボードワン博士の像。動物園。そういや、幼い頃パンダが初来日したとか言うて見に来たよな・・・ゲート前で係りのオネーさんがカメラ小僧に何やら説明している。とかやってるんじゃないかと。続く。↓↓クリックして応援
2013.09.12
コメント(0)

私は無類のイカ好きである。とかなんとか言っても、週に一回スーパーでイカの刺身を買うくらいのもんでしょ?バカ言っちゃいけない。私がどれだけイカを好きなのかというと例えば先週一週間で、気付くと、「ああ、今日一日イカのことしか考えてなかった」という日がなんと5日もあったくらいなのだ。(働けよ)ま、そんなイカ・マニアな僕が上野駅構内で天井を見上げて口をアホのようにパックリ開けて放心状態であったのは仕方のないことなのだ。何故なら・・・天井に、イカさんが。そう、上野ではこの夏深海フェアというのをやっている。それは1月に放送されたNHKスペシャルのダイオウイカのドキュメンタリーとタイアップした企画が上野国立科学博物館で開催されているからだ。・・・その前に。僕は言っておきたいところがあった。それは国立西洋美術館。ここで「ル・コルビュジエと20世紀美術」展が開催されている。ル・コルビュジエはこの国立西洋美術館の設計者でもある。彼は建築をはじめとして画家でもあり、総合芸術を目指した天才である。と、いうことを3時間くらいかけてみっちり勉強して腹が減ったので出てきた。出てくるとフルチンで弓を引くオッサン、いや「弓を引くヘラクレス」(アントワーヌ・プールデル)とその奥に「地獄の門」(オーギュスト・ロダン)のオブジェが迎えてくれる。(あんま嬉しくない)ともかく腹減ったので上野の街をブラリと歩き、記憶をたどってお蕎麦屋さんへ。その蕎麦屋は富士そば。頼んだのはカツ丼セット。ああ、ウマくない。そばつゆがしょっぱくて美味しくない。このしょっぱさがサラリーマン時代を思い出す。当時そこそこの収入があったのだけど、僕は毎日昼はオフィスの近くにある富士そばへと通い、疲れたオジサンに紛れてカツ丼セットをかきこんだ。考えてみると、当時から僕はお金にはあんまり興味がなかった。収入よりも遣り甲斐を重視して業界でアッと言われるようなプロジェクトを立ち上げようと業界の動向や最先端技術を満員電車で揉みくちゃにされながら必死で研究してた。さ、僕にとっては美味しい昼飯を食べたらいよいよイカさんに会いに行くゼヨ。ワクワク↓↓クリックして応援
2013.09.10
コメント(0)

昨夜は四万十市の花火大会でした。田舎の花火大会とはいえ、9千発も打ち上げる本格的な花火大会。ま、僕は一人淋しく(?)農場でやや小ぶりの花火を眺めてました。ビール片手に。対岸の丘の上に打ち上げ花火は見えるんだよな。でも、来年は誰かと四万十の花火大会デビューしちゃうかも知れないぞ。よーし、レッツ・コンカツ~☆さて、9月も一週間過ぎたのにまだ8月のレポートやってる。いかん、幾分涼しくなってきたぞ、急げ。思いがけず僕の誕生日を妹の旦那のご両親を含めて祝って頂いた翌日。折角だからご両親に千葉らしい所を見せようということで、九十九里海岸へ。ご両親は佐賀県在住である。待てよ、千葉らしいって何だ?落花生のお花畑の中とかじゃねーのか?ま、いーか。8月の終わり、しかも月曜日の砂浜は人が余りいなかった。と、思ったらどこのヒマジンだか分からねーが若い男女の団体とか案外人がいて驚いた。月曜日のマッピルマっから砂浜であたかもウミガメのように遊んでいるとは、まったくいいご身分なもんだゼ。あ、俺もか。とは言えローニャクニャンニョで構成される池田家御一行様は昼間の砂浜をまるで何かの宗教のごとく逝ったり来たりしても全く愉快ではない。若者と言ったって30代のカップルが一組と残念なことに昨日41歳を迎えてしまったオッサンである。冷静に考えて夏の砂浜は僕らに似合わないという結論にいたり、移動することに。移動先は・・・お寺。ここなら僕らもベストマッチ。なのか?このお寺は浪切不動。九十九里浜の海岸線から8キロほど内陸に入った所に位置するのに浪切不動とは?実は縄文時代前期まで千葉県の海岸線は今より8キロも内陸にあったのだ。位置関係をマップで見ると・・・Aが今居る浪切不動。僕が引っ張った白い線がかつての海岸線。実家は赤い点で示した。緑の濃い所が現在台地と呼ばれており、縄文時代まではココだけが陸地だった。従って千葉には縄文遺跡や弥生遺跡がたくさんあるのだが、これらは台地にまとまっている訳だ。実家の周辺にも全く無名の縄文時代の古墳のようなモノが林の中に点在している。もう一つ驚いたのがこの浪切不動のお隣はかつて昭和初期まで成東館(なるとうかん)という温泉旅館があり、その温泉がラジウム温泉だったらしい。千葉にラジウム温泉があったとは。さてこのお寺は真言宗。と、言うことは・・・山門をくぐって右手にお大師像がある。その足元にはお四国が。大師像の後ろには四国八十八ヶ所札所の御神体の石碑が並ぶ。全国各地に弘法大師の伝説が残っているけど、人の心を救うために空海は日本中を歩き回ったのだな。僕らは飛行機や電車で日本全国どこでも大体その日の内に辿り着いてしまうけど、それでも四国と東京は遠いとか思ってしまう。空海は自分の足で津々浦々を歩いたのだけど、遠いという感覚を持っていたんだろうか。それとも自分の足で歩いて数週間なら近いという感覚だったのだろうか。僕がお四国1300キロを歩いた感覚から推測すると、案外近いと思っていたんではないだろうか・・・ところで、この浪切不動は名前の由来となった浪切石が存在する。正面の岩が波によって削られた証拠である。この寺の本堂はこの岩山の上に存在する。岩山は石塚の森と名付けられている。登る。そして上からは成東の街が見下せる。ここから九十九里浜までおよそ8キロはほぼ真っ平らだ。本堂は全面覆われて隠されており、お賽銭を投げいれる所だけ口を開けていた。なーに、それだけ空いてれば自称酸っぱいスパイなオジサンには充分内部が撮影できるというものよ。つーことで内部。内部は真言宗の総本山、高野山金剛峰寺の根本大塔の内部のように柱に装飾が施されてリッパだった。このお寺の正式名称は、不動院長勝寺というらしい。・・・・と、一人でお遍路気分に戻って浸っている傍らで彼らはミーハーなことに記念撮影とかやってやがる。ハイハイ、撮りますとも。この日の午後一でご両親が帰るので昼ご飯をみんなで食べてお開きすることに。ランチのレストランに選ばれたのは「ばんどう太郎」というチェーン店のうどん屋さん。坂東太郎というのは利根川の別名である。でも何故か味噌煮込みうどんのお店らしい。なんだそりゃ?味噌煮込みうどんだがや~ が、何故利根川の名前を?余りに違和感があったのと、この暑い季節に鍋焼きうどんなんか食えるか、ってことで僕は天丼とザルそばのセットを。だが、みなさんは疑いなく味噌煮込みなウドンを・・・汗流しながら美味しそうに食べて帰って行かれました。千葉のイメージおかしくなったんじゃね?ま、いいか。僕も少し遅いバスでまた東京に戻る予定にしていた。まだ少し時間があったので実家の陶芸店に寄り、母の作った作品を眺める。ああ、だいぶ上達したな。かつては縄文式土器だったものな。相変わらず夏休みには子供たちが宿題作りにやってくるようだ。・・・あの頃は親父もまだ元気でめんどくさそーに子供たちのに相手してたよな。その親父が一年ほど前から入退院を繰り返すようになった。お蔭で陶芸店の隣の園芸ハウスは荒れてしまった。僕がここで写真の練習をしていたのはたった4年前。 見る影もない。ボクの夏休み~帰省編~ 終わり↓↓クリックして応援
2013.09.08
コメント(0)

誕生日の前日。僕は高速バスで千葉に向かった。母と共に真っ先に親父の待つ隣町の大網病院へかけつける。以前もお話したけど親父は肝臓を患い、この数年入退院を繰り返している。特に今年に入ってからは悪化する頻度が上がった。今回は僕に実家で会うのを楽しみにしてくれていたのだけど、残念ながら一週間ほど前に救急車で病院に運ばれてしまった。肝臓がほとんど機能していないので、例えばアンモニアが無毒の尿素に変換されるように解毒作用が働いていないため尿毒症の状態になり、意識が朦朧として倒れてしまうのだ。ともかく、病院から外出許可をもらい車いすに乗せてまずは陶芸店に連れて帰る。病院では昼夜が逆転するらしく、座って暫くするとうたた寝を始める。この夜は自分の家に帰り自分の布団で良く眠れたようだ。翌朝。僕の誕生日ということで母が赤飯を炊いてくれた。41歳になるオッサンの誕生日を本当におめでたいと思ってくれるのは親ぐらいのものだろう。親父は前夜張り切ってたくさん食べたためか朝から元気がなく、点滴を打つため再び病院へ。点滴を打って暫く眠ったら元気になったようだ。また、外出許可をもらい家に連れて戻る。その夜はあるイベントが用意されていた。そのイベントとは、妹が今冬に結婚(再婚)するので相手のご両親と妹夫婦が集まり、うちの両親と顔合わせをするのだ。因みに妹夫婦は前夜から実家に戻っていた。首尾よく顔合わせが終わり、僕も疲れていたけどそれなりにお酒に付き合い深い眠りに就いた。翌朝。僕はいつもより少し遅いけど6時に目が覚め、3年半ぶりに実家の周りを散歩。特に変わってはいないが、樹木が一段と伸びている。植物は、切らなければ一年一年確実にその枝を、幹を伸ばして地上を緑で覆う。僕は実家に帰るといつも玄関の前にしゃがんで暫く佇んでいる。なんでもない景色だけど、僕の脳裏には一瞬にして30年の時を遡り、思春期と青春期のノスタルジーが甦る。残念なことにその風景は夢と同じく既にモノトーンなのだが。↓↓クリックして応援
2013.09.06
コメント(0)

今回もまた台風をハンドパワーで消滅。させた、マリック池田です。キテマス、キテマス、MAXキテマス。そう、僕が最近ハマってるのは復活MAXが三年ぶりに発表した新曲「Tacata’(タカタ) 」ジャーパネット ジャーパネット~ 夢のジャパネットタカタ~♪ じゃねーぞ。あ、24時間テレビで流れたらしいから知ってる人も多いのか。このMAXの新曲TacataはイタリアのDJグループのカバー曲。でも、これ死ぬほどダサい曲って一ヶ月くらい前に紹介されてたぞ。っていうか、MAX再始動してたのね・・・ともかく聴いてみて。結構ハマるから。んじゃ、続き。アグリフードEXPO二日目。あたかも東京のサラリーマン時代に戻ったようにビルの間を抜けシャキーンと出勤。シャキーン、シュキーン!・ ・ ・ 。なんとビッグサイトのお隣のブースではジャパン建材フェアなるものが開催されている。イキテー。サボってイキテーこの日はアグリフードのステージでは出展者プレゼンとかをやっていた。なんかロン毛を後ろで縛ってポマードでギラギラしたJAのおっちゃんがホエー豚のPRをしてた。 ホェー? ってなもんだ。僕もこのプレゼンに応募したかったんだけど申込みが締切に間に合わず断念。現代日本農業の抱える問題についてアツく語りたかったんだが。そういや、今回の出店で驚いたのがもう一年半前にもなる例のプロフェッショナルを観ていてくださった方が数多くブースを訪ねてくれて中には一緒に写真を撮る人もいた。お隣のテキトーY氏こと八尋社長もそう言えば観てたよ、と二日目に言ってた。この八尋氏は開催前日に僕が、現代の卵の価格は間違っている!とアツく語ったら共感してくれた第一人者でもある。そしてうちの卵を高いと言ったお客さんに対し横から、高くないです!とか応援してくれた。一緒になんかやりたいよね、八尋さん。左がテキトーY氏で右が彼が経営するレストランの共同経営者でマドンナの公門さん。二人ともお世話になりました。そして反対隣のブースでお世話になった、高知県は香南市香我美町のブランドみかん、山北みかんの小田農園から来た田村さんご夫婦。山北みかんって僕は20年以上前から知ってたんだけど、横で話を聞いてたら知名度がそんなに高くないらしい。ウソだろ?YKYMみかんとかEHMみかんより旨いぞ。南国だぞ。この二人は社長の弟さん夫婦でとっても仲良し。アグリフードの後二人でディズニーランドで遊んで帰ると言ってた。楽しんだかな?色々ありがとねーさて、現在開発中の加工商品のマーケティングとしては充分な手ごたえを得られた展示会であったのでひとまず満足とするか。おまけに養鶏関係の新聞とか雑誌とかに取材を受けたりもして。ちょっと意外だったのがブログを読んでいる関係者が結構いるらしい、ということだ。普段はあんまりコメントないけど、ま、みんな陰で応援してくれてるんだ。そう思えたのでとても心強かった。書いてる側にとってはコレが面白いのかつまらないのか、反応が全く分からないから結構独りよがりになったりするもんだ。帰りは豊洲まで延長されたゆりかもめの東行き方面に乗ってみた。これが見たかったんだ、築地市場の移転先、土壌汚染がヒドイという埋め立て地。ガラス工場の跡地で汚染されたらしい。あの白い巨大なテントの中で何やってんだか・・・この夜は例によって卵のお客さんやらブログの読者やらで新宿で飲み会。今回は前の会社の同僚で関東で出世してる旧友が来てくれた。(写真なし)宿泊した池袋のホテルに向かう途中、駅前の雑踏でこんな写真が撮れていた。僕の背後を撮ったみたいだけど撮影した記憶なし。多分何か違うものを撮ろうとしてカメラが反対向いているのに気付かず背後が撮れたと思われ。しかし東京の人は違う格好をした人たちがたくさん集まって同じ方向に歩いているのにみんなソッポを向いている。いかにも東京らしいな。一人ぽっちは寂しいけど余り近づきすぎて欲しくはない。人間は心の距離をフェンシングの間合いのごとく測りながら生きようとする。それはユングの言う、心にペルソナをつけたり外したりして生きているからだ。本当の自分。仮面を外してそれを見せることができれば、雲の上の自由が掴めるのに。孤独死は人が多い都会で多く起きている。↓↓クリックして応援
2013.09.04
コメント(0)

はい。今日は写真メインでサラッとレポート。続きから。アグリフードEXPO第一日目。展示会は朝10時から。なのでいつもよりゆっくり起きてと言いたいところだが無駄に朝6時に目覚めてしまい暫くモーニング読書。やることもないので朝風呂にゆっくり浸かり朝食をとり、9時半過ぎにようやく出勤。300mほど離れたビッグサイト(東京国際展示場)に向け、大塚家具のサラリーマンたちと歩いて行く。まるで公園のようだな。そして整然としたビル。再度言っておくが、ココは僕が生まれた40年前は海の上だ。そして東京のごみの山になり、その上にチョロッと土を被せて埋め立て地になり、その上にコンクリートでフタしてパンパンして今に至る。ベッグサイトや。この建造物は20年くらい前に流行ったピラミッドパワーに影響を受けていると思われ。そして内部へ。ズラッと群れ受付嬢たちが迎える。でもそんなたくさん要らんでしょう?ブースに着いたら机の上のディスプレーをセッティングして完成。この、「大変ヒマなので話しかけてください。」なヤツのお蔭で何人も笑いながら話しかけてもらった。案外こういう小賢しい仕掛け効くんだよ。サンプルも展示して。戻ると隣のテキトー社長こと、テキトーY氏が真面目にディスプレーをセッティングしてた。ん?更生したのか?あ、今更遅いけど僕と関わるとオモシロおかしくイジられてブログのお笑いキャラになるので注意してくださいな。開会式。例の農業俳優で売ってる長嶋なんとかさんも来てた。俳優オーラが全くないような・・・・・・・と眺めていると、その二つ右に座ってるいるのはもしや「歩く百億円」こと吉川社長ではないのか!なんだ、ソックリさんか。僕は一人ぽっちのブースなのを見て憐れんでくれた日本政策金融公庫の高知支社の方が留守番しててあげるから見学逝っといでと声をかけてくれた。高知支社に融資関係の話で以前お世話になっている。てな訳で晴れて会場を回ってみた。大手生産者の卵のブース。受付嬢が居る。卵黄を洗濯バサミで挟んで吊るしたディスプレーが中央にあった。それを見て僕は卵が絞首刑になっているようで目を伏せて通り過ぎた。しかし、卵に爪楊枝をぶっ刺したり指で摘まんだりする写真とかをよく見かけるのだけど、それと卵の鮮度・美味しさ・価値と一体どんな関係があるのだろうか?科学的な根拠は全くないのでそんな見かけ倒しのディスプレーには気を付けてくだいね。暫く歩いていると人だかりが見えた。テレビカメラなんかも数台狙ってたりして何事かと思ったら農林水産大臣がいたのだった。ふーん。実はこの時まで農林水産大臣がこの林さんであることを知らなかった。全く興味なし。しかし正規のブースでは試食が可能なためあちこちで試食用に温めたり焼いたりしていい匂いがプンプンしてた。焼肉ジュージューしてるし。たくあんの缶詰なんてのもあった。どういう意図で缶詰にしたんだろ?それに引き換え我らのチャレンジコーナーは・・・狭いし試食禁止だし会場の隅っこだし、な感じで人の流れが少ない。活気がない。たまたま人通りが多い僕らのスラム街。でも、いいのさ。僕らは虐げられた者同士の連帯感、いわばスラム街の団結がありみんなで結構ワイワイやって楽しんでいるのだ。会場を見て回って帰って来るとお隣のテキトーY氏が珍しく真面目に接客していた。このY氏こと八尋さんは、実は農業生産法人をはじめとして直売所やレストランなど3つの会社を経営するヤリ手経営者だ。ま、だからと言ってテキトーなことには変わりないのだが。続く↓↓クリックして応援
2013.09.02
コメント(0)

続きから。僕は東京に向かう機内で高知龍馬空港の小さな書店で出会った書物を一心に読んでいた。その本は高知のあるユニークな経営者について書かれたものである。「経営」という二文字に対しアンテナが立っているビジネスマンならどこかで聞いたことがあるかも知れない。それほど日本のビジネス界でも注目を浴びている人物が高知にいたのだ。その名は横田英毅氏。ネッツトヨタ南国というトヨタ車のディーラーを経営する社長である。僕もこの名前をどこかで聞いたことがあった。だが、所詮車のディーラーだろう、くらいにしか思っていなかった。その書店でもまず目に入ったのは7/31に発売されたばかりの横田英毅氏自身の著書「会社の目的は利益じゃない」このタイトルに少しだけアンテナが反応した。最近ずっと経営について考えていたからだ。でも一旦スルー。その隣に目を移した瞬間アンテナ三本総立ちとなった。そのタイトルは、~「教えないから人が育つ」横田英毅のリーダー学~ 天外伺朗天外伺朗氏といえば僕がこのブログ内でも何度か紹介しているメンタル、或いはスピリチュアルな本を書く元ソニーの異端な技術者、土井利忠氏のペンネームである。この時はタイトルだけを見て手にとり、著者とまえがきをサラッとみて即決。真夏の空の旅のお供となったのだった。その内容に少しだけ触れる。横田氏は高知の資産家に生まれ大学を出て3年くらいサラリーマンを経験し、父親が起こしたトヨタの販売店の副会長、実質的な経営者になった。こんなボンボンな経歴しか持たないので普通ならうまくいくハズがない。だが横田氏の場合人間性というか精神性というのか、非常に成熟した持ち主だったため独自の経営理念「全員社員を勝利者にする」によって優れた社員を育ててきたのだった。その経営方針は、現在日本で主流の成果主義に見られる合理主義経営、の真逆である人間性経営。上意下達ではなく本人の内発的動機を大切に、人間性を尊重して経営して行くというものだ。これは僕も自分がサラリーマンだった経験から考えていた経営方針に近い。だが一つ大きく異なるのは、採用時点でとても厳密に丁寧に優れた人材を選び抜くというのだ。目的が会社の理念と一致した人材を採用すれば後は彼らが働きやすいような環境を整えてやれば優れた人材に育つ、という訳だ。僕は人間というのは誰でも性善説を信じて褒めたり言動を認めて行けばいずれ燃えるような意志とまっすぐな情熱で突き進むようになると信じていた。のだが、最近その信念が揺らぎ始めてもいた。だから僕は経営についてここしばらくずっと悩んでいたのだ。そしてこの本を読んで思った。ニワトリノニワは創業したての吹けば飛ぶようなアグリベンチャーである。そんな創業時期に人を育てるなんて悠長なことを言っていてはいつまでも軌道に乗らないのではないだろうか? と。そんな次第で僕は右腕となるような相棒を募集することにした。雇用とか経営パートナーとか共同事業とか、コラボレーションの形は問わない。ニワトリノニワの目的は一つ。誰もが幸せになれる社会を実現すること。そのために農業主体の半農半芸的なコミュニティを作りたい。幸せの原点は食にあると考えるからだ。そして余裕のある農業スタイルを可能にするために、四万十のブランドを確固たるものにする。そのために都市部への拡販ができるパートナーやネット販売をガツガツやってける強力なパートナーを欲している。従属する必要は全くない。できれば独立したままで対等にお互いを尊敬して付き合える関係が望ましい。従業員が希望ならウェブデザインができる人が希望。もし、一緒に日本を変えてやろう、くらいの勢いがある人が居れば一報ください。と、なんだか分からない方向に話が逝ってしまったな。ともかく横田氏の経営方針は、なんだか社員に嫌われてる気がする・・・という経営者やこれから事業を起こそうと考えている方には一度触れてみることをお薦めします。さて、東京出張レポート 「おら東京さいぐベシ2013真夏編」 を続けましょう。(そんなタイトルだったっけ?)チレイなスッチーさんが微笑んでくれるので(もちろん勝手な思い込みだが)楽しい空の旅だったのはいいが、いかんせんハーフパンツでは寒い。四万十では夜寝る時以外全く冷房とは無縁な生活を送っている僕は今回の出張で思った。都会の夏は寒い、と。建物の中はもちろん、乗り物もほとんどクーラー効き過ぎ。ハーフパンツで2時間居ても寒くならないくらいの温度でもいいんじゃない?都会は電力会社のマーケティングに落ちている、と思った。羽田からめんどくせーからバスでお台場へ。すると・・・・お台場の交差点を群れギャルたちが歩いている!オーお台場変わったな。僕の記憶にあるお台場は、夏でもカモメくらいしか横切っていない寒々とした光景の10数年前。冬なんてまさに、ヒュ~ルリ~♪ と森昌子が歌ってる感じだったはずだ。それもこれもコイツができたからだな。ま、昔は確かここらは夢の島とか言ったんだよ。ゴミの埋め立て地。関東大震災とか来たらスンゴイ凄惨なことになるんじゃないの?怖っつーことで、ビッグサイト到着。この日は展示会前日で会場設営時間が13-17時である。僕は飛行機の時間があったのでギリギリの16時半頃ブースに到着。ところが両隣さんがいらっしゃらない。しかしニワトリノニワのプラカードの前に机も椅子もない。仕方ないので隣の隣さんで熱心に見事なディプレーを作っている長崎から来た「しあわせしいたけ」のサンエスファームの社長さんに机とイスはどこですか?と尋ねてみた。ここのチャレンジブースは狭くて何にも用意されてない。机とイスはゴンドラに乗ったままそこらに放置されていた。あたかもスラム街のように雑然としている。ともかく机とイスを引きずってきて立てグッドなタイミングで到着したカタログを開封し、ポスターを貼ることに。これがニワトリノニワ初の本格的カタログ。印刷だけ外注。机の前面ポスター。うん、目立っとる。背面のポスター。いいんでないかね。「日本のサラリーマンは捨てるために働いている。」というのは、このブログでも随分前に紹介した日本の食糧事情について述べている。即ち。年間食糧を5800万トン輸入し、1940万トンを廃棄している。実に1/3を捨てている訳だ。そして廃棄量の半分1000万トンが家庭から。額にして11兆円分。これは日本の農水産業の生産額とほぼ同額。その処分量に2兆円もかかっているのだ。つまり、日本人は食べ物を輸入して捨てるために税金を払っているようなものだ。という皮肉である。このインパクトのあるフレーズに気づいて話を聞いてくれた来場者も結構いた。ところで左隣りの福岡のグリーンハンドの社長氏が17時を回った頃ようやく登場した。手ぶらで。そして何もない所に机を組み立て折りたたみイスにどっかりと座って一言、「うちはなんにもないのかね?」知らんわ。思わずこのテキトーなオッサンに初対面ながらツッコミを入れた。この時は6,7歳くらい年配だと思っていたのだけど、フェースブックを見たら僕の一つ上だと判明。その後30分くらいこの初対面のテキトー社長氏と冗談話に華を咲かせてこの日は近くの高級ホテルにチェックイン。深夜。北西の空がゴロゴロと不気味に響いてはピカッと光っていた。明日から楽しくなりそうだ。(続く)↓↓クリックして応援
2013.09.01
コメント(2)
全16件 (16件中 1-16件目)
1
![]()
![]()
