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登歩十歩さんコメント新着

▲このページは社会正義に基づいて、当方が抱える功績奪取 (霊的な意味も含めて)
とも云える
事件を公開したものです。が、単なるばくろものではなく、現在進行形の事件ですので警察にお申し出いただくことにより、事件解決に向けて参加していただけば、場合によっては参加報酬と云ったものも生じますので、ごゆっくりとご覧下さい。
▲参加報酬は、当方や誰かが用意すると言うものではなく、参加してご自身や皆様方が協力して、勝ち取っていただくと言う性質のものです。簡単に云えば、功績は否定のしようがない形で存在しているのですが、私にはどうすることもできないものとなってしまったのです。取り返せれれば、報酬として分配できると云う意味です。現在に至っては国際問題に発展しましたので協力いただいたと云う国連の証明が必要になります。
▲労を取っていただく必要がなくなれば自然消滅します。(警察の判断によります)協力いただいたにも関わらず、報酬が得られなかった場合(空振りに終わった場合)ロス経費、ロス労力などは国家が支払う義務があるものと思います。
詳細は⇒ 悪事をばくろする法則があります
補足と説明をします
失われた功績とは?
カルト宗教に入った理由と養育環境
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でご覧下さい
私の宗教では神は人間の手を通して賞罰を行うとしています。但し、人間の支配が及ぶ箇所に限ります。事前環境の維持に関しても同じことが言えると思います。(現在の地球に於いては神と云えども他の生命の手を通して自然環境を護ることがではないのは明白です)神は人間の手を通して賞罰や指導を行うのであれば、神など存在しなくても存在しても同じではないか?と云う感想もあると思います。しかし、神が存在すれば賞罰や指導を行う方も賞罰や指導を受けることになります。間違った審議や指導を行うとお叱りを受けることになります。(不都合が起きる)別々の人間が同一事件をお同じ規則に則って評価や判断しても、神の裁断はそれぞれに違いが出てくるのです。評価した人にも評価される人にも違った結果がでてきます。(裁判官が人によって違う判決は出来ないが神の審議があれば可能になります)上記に示すように人間の審議や裁断は不確かなものです。より確かにするためには神の審議が何処にあるか?知らなくてはならなくなります。未来の社会では裁判官も宗教を知らなくては務まらなくなると思います。上記はカルト思想でも同じになりますのでご注意ください。(何処が違うか?)検証出来る人は検証してみて下さい。上記自然環境の保護は、人間の手の及ばないところは神が行っていると云えます。
「一口メモ」自然環境に限らず、道徳や社会風潮も人間が手を出した以上人間の手で護らなくてはいけないのです。神の管理にするには全てを一度破壊しなくてはならなくなる場合も考えられます。原則を離れて道徳の回復はできません。原則とは自分に不都合が起きない以上相手の意志を尊重することです。(ご都合主義で生じた不都合ははかんけいありません)以上の論理は竹下の本能=神の支配する技もしくはは神は本能の中に存在するとの論理に対とても「お前は神紙か?」「神の技は神にしか操れないのだ!」「人間には操れないのだ!」と反論できます。主張ができます。間接的に竹下を利する姿勢は矛盾が生じますので、率直な姿勢で彼の支配下にはいることをお勧めします。