PR
Keyword Search
Comments
Freepage List
昨日は午前中特別講義。午後は出かけ予定を中断し書斎で仕事をしていた。お客様ですよと家内に呼ばれ家に帰ってみると、高齢の男性が「私を覚えていますか?」と名乗って挨拶。
48年前にお嬢さんたち3名が日曜学校に通っていたときのお父様だった。もちろん娘さんたちは結婚し孫も9名もいるという。一昨年最愛の奥様を召されて今は一人暮らし。悠々自適に、「奈良の文化と交通を考える会」とか、「日本ナショナルトラスト永久会員」として、様々な活動にも取り組んでいる。
また奈良フロイデ合唱団でも活躍され、今でも1万人の第九合唱のときは大阪城ホールで鍛えた歌声を響かせていると言う、お元気な84歳の方でした。
若いときからキリスト教会に出入りし、様々な活動にも参加していたが、洗礼を受ける機会がなく高齢に至っている・・・・とのことなので、洗礼を受けていただくことにした。
長年の念願がかない喜びの中を自宅までお送りし、来週の日曜日から礼拝に出るのが楽しみだとの声とともにお別れした。
86歳の高齢の教会員の家がすぐ近くだったので、ちょっとだけお寄りして健康と長女の祝福をお祈りした。
朝から動き回ってはいたが1万歩歩いていなかったので、夕方遅く6000歩を歩き目標達成。夜は今日備えて聖書を読み熟睡。今日は水曜礼拝と夜がリバイバル集会。夕方にダンスホール経営者と会い、夜の集会にいっしょに参加。今日もすばらしい出会いや思いがけない喜びの知らせに胸を弾ませつつ、ハレルヤ。ありがとうございます。感謝します。
ルカの福音書
11:2 そこでイエスがお教えになった祈りは、こうでした。
「天のお父様。 あなたのきよい御名が、あがめられますように。
あなたの御国がすぐに来ますように。
11:3 私たちに日々必要な食物をお与えください。
11:4 私たちの罪をお赦しください。
私たちも、私たちに罪を犯した者を赦します。
私たちを誘惑に会わせないでください。」
11:5 -6祈りについての教えはまだ続きました。 それが、このたとえ話です。
「真夜中に、どうしてもパンを三つ借りなければならなくなって、友達の家に駆けつけたとします。 戸をどんどんたたき、大声を張り上げて、『迷惑をかけてすまないけど、突然のお客でねえ。 あいにく、家には一切れのパンもないんだよ。 お願いだから貸してくれないか』と頼みます。
11:7 友達は何と答えるでしょう。 中から、『おいおい、かんべんしてくれよ。 いま何時だと思ってんだい。 戸じまりもしてしまったし、もうみんな寝てるんだ。 何も出してやれないよ』とどなり返すだけかもしれません。
11:8 だが、これだけは言えます。 友達だからというのでは何もしてくれなくても、しつこくたたき続けるなら、その根気に負けて、必要な物をみな出してくれるでしょう。
11:9 祈りも同じです。 あきらめずに、求め続けなさい。 そうすれば、与えられます。 捜し続けなさい。 そうすれば、見つかります。 戸をたたきなさい。 そうすれば、開けてもらえます。
11:10 求める人は与えられ、捜す人は見つけ出し、戸をたたく人は開けてもらえるのです。
11:11 パンをねだる子供に、石ころをあげる父親がいるでしょうか。 魚が食べたいと言うのに、毒蛇を与える親がいるでしょうか。
11:12 卵がほしいと言うのに、さそりをあげたりするでしょうか。 もちろん、あげるはずがありません。
11:13 罪深い人間でさえ、子供には良い物をあげたいと思うのが人情です。 そうだとしたら天の父が、求める者に聖霊を下さらないということはありません。」