PR
Keyword Search
Comments
Freepage List
新しい日のスタートです。夜は夜もすがら泣き悲しむとも、朝とともに喜びがやってきます。
女子中学生4名が母親の財布からお金を抜き取り、カラオケで歌ったり食べたり・・・。子どもたちが帰って来ないので母親たちが連絡をし、お金がなくなったことも分かり、携帯電話をかけ続けてやっとカラオケにいることが分かり、みんなで駆けつけました。
どのように処罰を与えるか子どもたちとも話した結果、お金を持ち出した子ともう一人が深い反省をしたので、頭を丸めることにしたそうです。ちょうど茶髪だったので本人たちも了解し、あとの二人は誘われただけだたとのことで断髪はしないで反省だけだったと言うことを昨夜聞きました。
罪の意識も無く楽しかった!面白かった!美味しかった!だけで、これからも繰り返すかもしれない、母親たちにとっては深刻な悩みです。
キリスト教会に誘ってもなかなか言うことを聞いてくれいとのことで、二人の住所を聞いたので取りあえず手紙を送り、会うチャンスが与えられるよう祈っています。
留置場や鑑別所、少女の家、少年院や刑務所に行かなくても、人生をまっすぐに生きる力が与えられるのに、聖書のことばを聞く機会のないまま転落していく子どもたちの救いを心から祈りながらの朝です。
土曜日に徳島刑務所から届いた手紙に、出所してもまた再犯を犯すのは、社会復帰をしても仕事がないからだ。警察官の天下りを止めて建設会社や職場を設立し、犯罪者更正に手を差し伸べて欲しい。犯罪者のことをよく分かっている警察官なら、きっと働き易い会社となりに違いないと書いてあった。来年には出所予定だが出ることに不安を感じているとのこと。
本質は自分が本当に悪かったと罪を罪として認めることが先決です。環境や社会、親やだれそれのせいにしている限り、本当の更正はないことに気づき、腹の底から悔い改める時、新しい人生が始まる。
コリント人への第二の手紙
5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。
5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。
5:16 ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。
5:17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
5:18 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。
5:19 すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。
5:20 こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。
5:21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
