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秋!を身体中で感じるさわやかな朝です。日曜日は朝4時おきで1万歩を祈りつつ歩き、シャワーで汗を流して、メール返信。ブログに書き込み、テレファンメッセージ2分30秒を録音、それから普段は野菜ジュースだけだが日曜日は軽く食事をとり、礼拝に備えます。生駒聖書学院教会礼拝がインターネット放送のため、富雄キリスト教会は月一度の礼拝になりました。
書斎からチャペルまでは2分で着き、礼拝前の祈り会に参加します。礼拝が終わると家で家内が用意してくれた昼食をいただき、午後1時には大阪エリムへ。大阪の礼拝が終わるとすぐ26号線で堺エリムの午後5時30分の礼拝へ急ぎます。
月曜から聖書学院がスタートし、チャペル説教とオリエンテーション。午前中2つの講義、今日は午後から12月のラジオ録音で朝日放送スタジオへ・・・・。毎日充実のときをお祈りに支えられ元気に過ごしています。朝の目覚めもスッキリ。この日は主が造られた日!この日を楽しむ喜ぼう!(詩篇118:24)
ヘブル人への手紙
13:20 -21偉大な羊飼いである主イエス様を、死人の中から復活させてくださった平和の神様が、どうか、あなたがたに、神様の意志にそった行ないをするのに必要な、すべてのものを満たしてくださいますように。 神様とあなたがたとの間に立てられた永遠の契約の血によって、このことが可能となりますように。 また、キリスト様の力によって、主に喜ばれるものだけを、あなたがたのうちに造り出してくださいますように。 どうか、キリスト様に、栄光がいつまでもありますように。 アーメン。
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やがて年度代わりになり、社長から直々の辞令が下りた。女性だけの営業所を作るので、所長になれということだった。長年勤めて成績も良い社員ではなく、入ったばかりの者になぜと、私も最初は辞退した。ところが社長は「榮さんが牧師さんだから、安心してお願いするのです。ぜひ新しい試みを成功させてください」と、ビルの八階のフロアにナショナル・ミュージック・センターという営業所を設置してくれた。本社採用の女性が、事務担当として派遣された。この仕事は結果的には成功した。もう三十年も前のことだが、女性パワーは他の営業所の男性に負けないくらいの好成績を上げてくれた。
その間に、富雄キリスト教会には新しい会堂が与えられ、私は仕事を辞める時が来たと聖霊に促された。信徒も会社も仕事を続けるように望んだが、主の時は今だと確信し、惜しまれつつ会社を辞め、フルタイムの牧会伝道に戻ることにした。
この二年間は、実に多くのことを学んだ貴重な時間だった。信仰によって生きることは会社でも通用すると知った。イエス・キリストのことを仕事の場で話しても、問題はないことも分かった。酒や宴席も、自分は飲まなくても、にこやかに対応すれば座をしらけさせることもないし、そのような時こそ、主のあかしができることも体験した。何よりも大きかったのは、見ず知らずの人と何のわだかまりもなく話せるようになったことだ。「自分は田舎者で、歌も歌わず、スポーツもしない。学歴もないし、知識も足りない。貧乏で・・・」といった劣等感も、主の恵みでうそのように消え、自信にあふれていた。心を開いて交われば、どんな人も心を開いて、自分から悩みを打ち明けてくることも知った。まさしくこの二年半は、もう一つの神学校だったのだと今でも思っている。