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暗いニュースが続くこの頃です。政治も経済も、学校も家庭も・・・・、一つ一つのニュースを具体的に報じるテレビを見るのもイヤになります。殺人事件も多く、人の命の尊さがますます失われる感がします。「殺してはならない」と、聖書は明言しています。自殺も「殺してはならない」教えに従えば罪です。
イエス・キリストを信じて義とされ、正しい人生を生きる健やかで、祝福されながら天国への道を歩める幸せを体験してください。
テサロニケ人への手紙
5:3 人々が、「万事順調で、何もかも平穏無事だ......」と、たかをくくっている時、突然、災いが襲いかかるのです。 それはちょうど、出産の時、母親に陣痛が襲うのに似ています。 その災いから逃れうる人はいません。 身を隠す場所など、どこにもないからです。
5:4 しかし、愛する皆さん。 あなたがたは、このことについて皆目わからない、暗やみにいるわけではありません。 ですから、主の日が来ても、強盗に襲われた時のように、あわてふためくことはないはずです。
5:5 あなたがたはみな、光の子供、真昼の子供であって、暗やみや夜に属する者ではないからです。
5:6 ですから、ほかの人たちのように眠りこけないで、目を覚まして見張っていなさい。 主が再び来られる日に備えて、慎重に行動しなさい。
5:7 夜、人々は眠り、また酔いつぶれます。
5:8 しかし、私たちは、昼の世界に生きる者らしく、信仰と愛のよろいで身を守り、すばらしい救いの望みのかぶとをかぶり、慎しみ深くふるまいましょう。
5:9 なぜなら、神様は、怒りをぶちまけるために私たちをお選びになったのではなく、主イエス・キリストによって救うために、選んでくださったからです。
5:10 主イエス・キリストの死は、主が再び来られる時に、私たちを、その生死の状態にかかわりなく、永遠に主と共に生かすためでした。
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良い知らせを伝える足に翼ができたような気持ちで、新しいバイクで熱心にトラクトを配り、教会案内のポスターを市内全域に張りめぐらした。少々疲れ気味になったので、生駒市上村のほうへ走った。人家は見えないのに竹やぶのそばにポストがあったので、そばの電柱に「日曜日は教会へ」と大書したポスターを貼り、むだかなと思いながら、一日の伝道活動を終えた。
当時、日曜日の礼拝出席者は八名ほどだった。次の日曜日、これからメッセージを語ろうとした時、真夏なのに白い麻のスーツに身を包み、パナマ帽をかぶった上品な紳士が、スッと空いている席に座り、身じろぎもせずまっすぐに前を見て、話を聞きはじめた。私はてっきり引退牧師が来たと思い、あがってしまった。しどろもどろの話が終わると、老紳士は、自分はクリスチャンだが、もう三十年以上も教会へ来たことがなく、山の中の一軒家で妻と二人、世捨て人のように暮らしていると話しはじめた。昨日のポスターを見て出てきたのだ。自分は救われているし、十六歳で召された娘すみれも信仰をもっていたが、妻がまだキリストを受け入れていない。五十年も連れ添った良い妻だが、信仰だけはどうしても自分の言うとおりにしてくれない。若い時、未信者の女性と結婚すれば、自分の愛と力でクリスチャンにできると自負して結婚した。自分は傲慢だった。人間の力で人を救うことはできないとよく分かった。これからぜひ妻が救われるように助けてほしいと、若い牧師に涙ながらに切々と訴えた。
翌年、この老紳士、大森米吉兄は八十六歳で倒れた。戦艦南雲の元海軍軍人にふさわしく、病院のベッドに最後の力を振り絞って座ると、妻にこう語りかけた。「美乃や、長い間ありがとう。良い妻であってくれた。私はこれからすみれに会いにいく。私たちに天国で会いたかったら、イエス・キリストを信じておくれ」。そしてそれだけ語ると、そのままの姿勢で天に召された。倉病院の看護婦さんが「今まで多くの臨終を見てきたが、この方はいったいどなたですか?」と尋ねるほど、立派な臨終だった。
半年あまりのつき合いだったが、この老聖徒を通して、多くの教えと生きざまを学ぶことができた。そして牧師として初めての召天式を、建ったばかりの教会堂で行なった。聖書には「主の聖徒たちの死は主の目に尊い」(詩篇116:15)とあるが、まさしく厳粛な時だった。
その1週間後の伝道会に、美乃姉は毎晩出席し、イエス・キリストを主として受け入れ、救われた。今まで一度も山の家から出なかったのに、主人が死んだら日曜日毎にいそいそと山から下りてくる美乃さんは、きっといい人ができたに違いないと噂され、村中の評判になった。ほんとうにイエス様が恋人になってくださったのだ。七十八歳でバプテスマを受け、九十三歳で召されるまで、いつも「感謝、感謝」と言いながら、小さな体にほほえみをいっぱい浮かべて、牧師よりはるかに多くの教養を身につけていたのに、どんな話をしても「アーメン、アーメン」と聞いてくれた。
八十四歳の誕生日には、韓国製の講壇を教会に献品し、翌年には感謝だと言って、学院にまで立派な講壇を献品してくれた。今でも私はその講壇からメッセージを語り続けている。
だれも死後の面倒を見る者がない大森米吉・美乃夫妻は、わが家の後ろにある納骨堂に、約束どおり静かに眠っている。一つの悲しさは、だれ一人納骨堂を訪れる者のないことである。人間の悲しさと浅ましさを思う時、この老夫婦が教会を訪れたのは、まさに神の摂理と導きであり、牧師としてその晩年をみとれたことを心から栄光に思う。
いかに生き、いかに死すべきかは、すべての人の課題であり、天国か地獄か、そのどちらかに行かなければならないのである。イエス・キリストを信じる時、すべての罪は赦され、贖われて、永遠のいのちをもち、天国に行く者とされる。
また私は、天からこう言っている声を聞いた。「書きしるせ。『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである。』」御霊も言われる。「しかり。彼らはその労苦から解き放されて休むことができる。彼らの行ないは彼らについて行くからである」(黙示録14:13)
若い日の伝道牧会で、多くの忠実な老聖徒たちを導く特権に出会えたことは、大きな感謝であった。彼らの寛容と忍耐の中で、牧師を続けることができたと思っている。