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モタさんの楽々人生術という本の中に、「逆境を乗り越えるたびに、人は強く、やさしくなれる」とあり、逆境と言うのは実は大事な存在なんです。と書かれていた。
「大正3年に家事になり一挙に貧乏生活。思春期に両親が別居生活。第二次世界大戦では空襲で自宅も病院も丸焼けになりました。
戦争が終わって自宅の焼け跡を訪ね、焼け残った金庫をこじ開けてみると、中にあったのは借金の証文ばかり。彼はへなへなとその場に座り込んでしまいました。でもその借金を返さなければという一心で一生懸命働く気持ちになり、戦後の窮迫から脱却できました。
そう考えるとこの借金の証文が逆境を乗り越えるための宝物だったんですね。
私の過去には、挫折も失敗も不幸もいろいろありましたけれども、今日まで何とか生きてくることができたのは、そういった逆境をばねにして、うまく乗り越えたからではないかと思います。ですから逆境というのも大事な存在なのですね。
どうように病気になることは不幸なことですが、その逆境を克服し乗り越えることも大事です。そして、病気や不幸を経験することで、人間的に大きな、思いやりのある人になれるのではないのでしょうか」
聖書には、「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます』(第一コリント1013)とあります。
またその試練を乗り越える力を、イエス・キリスト様が与えテくださり、助けてくれるとも約束されています。
ヘブル人への手紙2:17 そういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。
2:18 主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。
4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。
4:16 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
人生にはどうにもならないような出来事も多くなります。人間関係や仕事、経済的な試練や家族の問題、健康も事や病気なること、数え上げたらキリがないほど試練に出会うこともあり、今日も途方にくれるようなことに出会っているかもしれません。
しかし、イエス・キリストを信じる人生は、どのような時にもすべてのことを感謝しつつ受け止め、喜び祈りながら前進することができるから幸いです。
ローマ人への手紙
5:3 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、
5:4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
5:5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
リビングバイブル訳
5:3 私たちはさらに、さまざまの問題や困難に直面した時も喜ぶことができます。 それは忍耐を学ぶのに役立つからです。
5:4 忍耐によって、私たちの人格は筋金入りにされ、ひいては神様への信頼を深められるのです。 こうしてついに、私たちの希望と信仰は、強く、何ものにも動じなくなるのです。
5:5 そうなった時、どんなことが起ころうと失望落胆せず、また、万事が益であるとわかります。 それは、神様がどんなに深く愛していてくださるか、わかるからです。 私たちは、そのあたたかい愛を全身で感じています。 それは、神様が聖霊様を与えてくださり、その聖霊様が私たちの心に、神様の愛を満たしてくださっているからです。
パラダイスの孤児たち
