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聖書の一言=出エジプト記20:8-11 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。--あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も。--それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。
第四戒です。安息日は今でも土曜日です。だから土曜日を休まないと救われないと主張する宗教もあり、聖書の真の救いから逸脱し、日曜礼拝を守るキリスト教会を攻撃し、混乱を起こしたりします。
新約聖書をしっかり読めば、すぐ解決できます。十戒を守らなければ救われないという教えに近づかないように。真の安息は、イエス・キリストの十字架の救いによって完成しました。心も体も癒やされ、この地上の労苦は、天国で永遠の安息を与えられます。
ローマ人への手紙 14:5-8 ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。
日を守る人は、主のために守っています。食べる人は、主のために食べています。なぜなら、神に感謝しているからです。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。
私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。
ヘブル人への手紙 4:3-10信じた私たちは安息にはいるのです。「わたしは、怒りをもって誓ったように、決して彼らをわたしの安息にはいらせない。」と神が言われたとおりです。みわざは創世の初めから、もう終わっているのです。
というのは、神は七日目について、ある個所で、「そして、神は、すべてのみわざを終えて七日目に休まれた。」と言われました。
そして、ここでは、「決して彼らをわたしの安息にはいらせない。」と言われたのです。
こういうわけで、その安息にはいる人々がまだ残っており、前に福音を説き聞かされた人々は、不従順のゆえにはいれなかったのですから、
神は再びある日を「きょう。」と定めて、長い年月の後に、前に言われたと同じように、ダビデを通して、「きょう、もし御声を聞くならば、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。」と語られたのです。
もしヨシュアが彼らに安息を与えたのであったら、神はそのあとで別の日のことを話されることはなかったでしょう。
したがって、安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。
神の安息にはいった者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。
アーメンと信じれば、だれでも救われ、平安を与えられ、霊的精神的に、また肉体的にも安息を与えられます。
クリスチャンが日曜日に礼拝するのは、イエス・キリストが死を打ち破り復活されたことを祝い喜ぶためです。日曜礼拝は毎週が、復活記念のお祭りなのです。だから、イエス・キリストを信じる毎日は、安息の日です。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
詩篇118:23 これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである。
118:24 これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。