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聖書の一言=出エジプト記34:19 最初に生まれるものは、すべて、わたしのものである。
父は鹿児島県奄美大島郡徳之島(伊仙町阿権)の生まれで、外国航路の船乗りでした。神戸が寄港地でオーストラリアやヨーロッパへ帆船で出かけ、各港に美しいキリスト教会を見かけていました。
徳之島から花嫁を迎え、神戸に新居をもちました。自分が外国へ行っている間、信用できる場所はキリスト教会しか無いと思い、新婦と連れ立って訪ねた教会は、竹田俊造牧師の教会でした。竹田牧師に洗礼を授けてもらい、熱心なクリスチャンになりました。1929年に長男誕生。「最初に生まれるものは、全て、わたしのものである」のことば通りに、牧師として神に捧げ、竹田牧師が一仰と命名。
榮一仰牧師は、11月の誕生日で84歳。大阪救霊会館(年中無休の教会。数十年間毎晩ホームレスに給食提供)現役牧師として活躍中です。
牧師としてささげることをさえ願わなかった(父はその後、信仰を離れ共産主義者になり、60歳を越えて100歳で召されるまでクリスチャンとして生きる)私も、神に召されて牧師になりました。
神のみことばにアーメンと応答し祈り行動するとき、人の思いをはるかに越えて。神のみこころが実現される恵みを感謝します。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。
毎年、クリスマスの最初のメッセージに、ルカの福音書1章13節「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです」の箇所を話します。
ザカリヤは祭司、妻はエリサベツで子どもを祈り願っていました。ふたりとも年寄りで、さらにエリサベツは石女でした。しかし、人の不可能や思惑を越えて、こわがることはない。あなたの願いが聞かれたのですと、神が祈りに答えてくださいました。
まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである」(ルカの福音書2:9)の約束通りです。
アーメンとは、本当ですという意味。日本語ではハイ。漢字では、真、誠です。特に誠という字は、言+成る。アーメンとは呪文でも題目でもなく、神のことば=聖書のことば=が、そのとおりになりますと、信仰告白のアーメンです。
イエス・キリストのお名前によってアーメンと祈リ願うとき、其の祈りは聞かれると信じてアーメンなのです。
イエス様の約束は、[またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう」(ヨハネ14:13-14)
また、「その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねません。まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。
あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです」(ヨハネ16:23-24)
心から素直に、神の言葉を信用して、約束通りにイエス・キリストのお名前で祈る時、その願いは必ず聞かれます。
銀行頭取実名入りの白紙の小切手を、受け取ったと同じようなものです。
夏に沖縄の高級ホテルを予約してもらい、快適な5日間を過ごしました。すべての支払や予約を招いてくださった方が済ませてくださり、そのことばを信用しホテルへ行っただけです。もし信用しなければ行かないし、自分で別のホテルを探したかもしれません。でもそんな愚かで無駄な努力ななしでした。
救いも同じです。本音でアーメンといえば救われます。天国行きの予約はアーメンです。イエス・キリストの十字架と復活により、救いの道は備えられ、そのことをアーメンと言えば救われます。そして、罪赦され、神の子とされ、正しく健やかに、幸いで豊かな永遠のいのちが保証されます。いつ死んでも、その霊魂は天国へ召されます。ばかりでなく、毎日が天国の日々に変わり、神と語らい祈りつつの平安と喜びの日々に変わります。
あなたの祈り、願いはきかれるので、毎日、毎時間、毎瞬間、人生のすべての時が、ありがとうございますと、感謝の時になります。
ヨハネの第一の手紙5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。
5:15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。