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今日は、高槻市にある緩和病棟まで、お見舞いに行きました。待合室に70代の男性おり挨拶すると、69歳の弟が危篤で時間の問題とのこと。牧師ですと自己紹介し、握手し平安を祈りました。
57年前の11月24日に、種子島の城之浜海岸で洗礼を受けクリスチャンになりました。
その後、生駒聖書学院に導かれ今日に至っています。なぜ牧師になったのですか?と、ときどき聞かれます。
大きな理由は、牧師として神様の召命を受けたからです。召命=神に召されて新しい使命につくことを意味 するキリスト教用語=
山の中へ薪(たきぎ)を運びにいきいました、いつもポケットに新約聖書を入れており、その日も重い薪を背負っていたので、一休みしたとき聖書を出し読みました。ローマ人への手紙10章13~15節が、心にしっかり入って来ました。
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。
しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。
遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」
牧師になるとは、良いことを伝える人になることだと確信しました。のちに生駒聖書学院に入学し、その確信は今日も変わりません。
「アーメンと言えば救われます!」を信条に、良いニュースを伝え続けています。聖書が伝える良いニュースとは何でしょうか。
それは、「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力で」(ローマ1:16)信じるすべての人に、救いを得させる神の力です。
福音とは具体的に何でしょうか。コリント人への第一の手紙15章1-5節に書かれているとおりですのことです。
「兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。
また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。
私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、
福音=良い知らせ=とは、イエス・キリストが聖書に書いてある通りに、全人類の罪を引き受けて死なれ、墓に葬られ、聖書に書いてあるとおりに三日目に復活され、今も生きておられることです。
そのことをアーメン=真実、誠にその通りです=と、本音で信じるならだれでも救われます。
そのことを本気で本音で伝えているのが牧師であり、すべてのクリスチャンなのです。イエス・キリストの」十字架と復活こそ、この世で最高の良い知らせでありニュースなのです。
「イエス様を信じます。私の心にお迎えします。アーメン」とお迎えください。人生が根底から救われ、新しい人生になります。真実に幸せな神の子として、永遠のいのちを持ち、天国に行くことができます。
そればあkりではなく、今日もまた天国の一日です!と、復活のキリストとともに満たされて生きる天国人生を歩むことができます