PR
Keyword Search
Comments
Freepage List
荒野に呼ばわる声として、ヨハネはヨルダン川でバプテスマを授け続けていました。
私は悔い改めの。水のバプテスマを授けているが、私のあとから来る方は、私より力があるお方で、、私はその方の履物を脱がせるねうちあありません。その方は、あなたがたに聖霊と火のバプテスマをお授けになります。ヨハネは川岸に集まる人々に野太い声で語り続けます。
ヨハネの声に打たれて、夜だヨルダン川へ下りて、次々バプテスマを受けます。ある日のこと、ヨハネが語ろうと川岸に立つと、そこにイエス様がいました。ヨハネは「この方がメシア!だ」ヨハネは声が上ずり、体さえがたがた震えました。
でも大声で、見よ。この方こそ、世の罪を取り去る神の小羊!と叫びました。
イエス様もヨハネに近づき、ヨハネに洗礼を求めました。ヨハネは固辞しました。なぜならこの世に洗礼が必要でないのは、イエス様だけ。罪のない処女降誕の神の子だけです。
その個所を聖書はこう記しています。
マタイの福音書 3:13-17 さて、イエスは、ヨハネからバプテスマを受けるために、ガリラヤからヨルダンにお着きになり、ヨハネのところに来られた。
しかし、ヨハネはイエスにそうさせまいとして、言った。「私こそ、あなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたが、私のところにおいでになるのですか。」
ところが、イエスは答えて言われた。「今はそうさせてもらいたい。このようにして、すべての正しいことを実行するのは、わたしたちにふさわしいのです。」そこで、ヨハネは承知した。
こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。
また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」
この日から、イエス様の公生涯がスタート。 30 歳のときからです。
いつら財産があり、豪華な邸宅に住んでいても、神と共に生きなければ、冷たい牢獄と同じです。不平不満、不満足、いらいらと焦り、ぶつぶつ文句を言い、人を裁きまくり、恐ろしい地獄です。
いつも神に近づき、神に祈ってこそ、心は晴れ晴れです。心が晴れて笑顔でいることが、人生最高の幸せです。
マルコの福音書 16:16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。
へブル書 10:22-23 そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。
約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。