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最近愚痴ばっかです。わたしの痰ツボ(汗)みたいになっている彼も、うんざり気味。「頑張って見返してやれ」って一蹴されます。でも、ここをご覧の女子のみなさんは聞いてくださいますよね?このブログでも書いた益若似のA子がらみのことです。http://plaza.rakuten.co.jp/ichigom/diary/201107250000/思いだしたくもないことですが、A子には散々いやな思いをさせられました。。そもそも要領が悪くて空気が読めないわたしは、ただ都合よく利用されるばかり。あからさまにバカにされたり、自慢されたりもしたな・・・。そのたび、自分の情けなさに悔しい気持ちになりました。でも、A子はわたしには本音を言っていました。たぶん、誰のことも信用していなかった。成功願望が強くて、貪欲な子だった。目立つことが大好きで、いつも華やかなグループにいて、地味でまじめな人は踏み台にする感じだった。あーやだ。そうです、地味でまじめなわたしは、そんなA子にも好かれようと頑張っていましたが、用がすんだら無視されたり、失恋したと聞きつけてバカにされたり、あからさまに悪意を感じるようになって、さすがに距離をおくようにしていました。といっても、誘いを断るくらいのもんですが。それから数カ月、A子のことなんてすっかり忘れていた今日、ランチでA子の話になりました。一緒にいたBちゃん、A子とは知り合い程度の仲ですが、A子のことを「いい子」とか「リア充」とかほめるほめる!そしてわたしに同意を求めてくるので、わたしも困ってしまいました。嫌いな人に対する良い評価に同意させられるのってほんと苦痛ですよね。しかも、A子が青山在住のセレブ(たぶん?)と付き合って同棲間近らしく、それもわたしのカンに障るんですよね~A子はサル系のイケメン好きだったので、その彼もそういうタイプでしょう。や、どーでもいいけど。そしてBちゃんですが、A子とわたしがなんかヘンだってことに気付いていると思います。なぜなら、FBでわたしとBちゃんが銀座でお茶してまーすって互いにチェックインした投稿で、A子はわたしにはコメントしないけど、Bちゃんにはコメントしてるから。だってA子とわたしはしょっちゅう一緒にいたし、旅行までいったんですよ。不自然じゃないですか。でもそんなの彼女の勝手なので仕方ないのですが、そういうの見て知ってるのに、わたしに「A子ちゃんに彼氏いるって知らなかったの?」「A子ちゃんっていい子だと思わない?ねえ?」って聞いてくるBちゃんって意地悪~って思ってしまうのです。そこで大人だったらどうするんでしょうね。わたしはひきつった笑顔で、「飲み会の誘いがなくなったと思ったら、そういうことかあ~(‥;」「A子って貪欲なんだよね。半端なものに妥協せず欲しいものをどんどん手に入れてすごいと思う!(‥;」という感じで回答したら、微妙な空気になってしまい・・・話を変えました。そういうとき、はっきりと「わたしA子苦手なの」って言えたらなあ・・・けど悪口になるのがいやなんですよね。シーンとなっちゃうしさ・・・なんかいい切り返しないかな?以上、長いつぶやきでした。
2012/03/16
前の彼はわたしを性欲処理の道具として扱っていた。一方わたしは、彼のことを薄々軽蔑しながらも、イケメンでエリートという条件に心を完全に奪われてしまった。お互いに相手を利用しようとした。それにわたしは負けたのだ・・・惚れてしまった。挙句の果て、結婚をエサに利用されるだけになった。残酷だけど、単純に言えばそういうことになる。こんな関係は今すぐやめなければいけない・・・どこかでそう思いながら、惚れた弱みで1年もずるずるしてしまった。その間、あまりに辛く、他人に相談しても呆れられ、藁にも縋る思いで恋愛指南本を読んだり、宗教・哲学・社会学・カルトなどなど、さまざまなジャンルの世界を覗いては思考し、悩み、糸口をつかんだと思ったら、思いもよらぬ場所へ出たり、とにかく彷徨い続けていた。わたしが気がついたこと、それは、いままで見ていた世界は幻想でしかないということだった。ずい分大げさな言い方をしたけれど、シンプルにいえば、世の中を相対的に見ていたということ。勝ち組と負け組経済力家柄美人度女子力モテ度年齢などなど。こういった相対的なものに対するこだわりを捨ててはじめて、本質が見えてくるということ。さらにいえば、本質が見えないうちは、表面的な幸せしか感じられないということだ。まあ、普通は頭でわかっていることだろうし、誰も口には出さないんだけど、「結婚したい」というその言葉の裏には、人並みに家庭を築きたいとか一生独身はヤダとかオールドミスはみじめだとか、上っ面の理由が透けて見えてしまうのです。もちろん、そういうノリで結婚して幸せになってる人もいれば、わかっちゃいるけど他人と比較して独身の自分を憂えてしまうという人もいる。実際、わたしの周囲のアラサーにも、常に婚活で悩む人がいるけど、情けなくて喝を入れたくなる。自分の人生なんだから、自分の力で幸せになりなよと。かつてはわたしもその一人だった。結婚しない人生なんてありえないし、一生独身でいるなんて縁起でもないって思っていた。それは結婚を甘く見ているということにほかならない。別の見方でいえば、自分が本当に手に入れたいものを見失っていた。結婚したら、まず赤の他人と一緒に生活していかなければならなくなる。価値基準の違うふたりが一緒に生活したら、よっぽど相性の合う相手でなければ煩わしいことこの上ないであろう。子供ができたら、出産の苦しみを味わわなくてはならない。子育てはもっと大変だろう。全く興味のない相手の家族とも関わることになるし、赤の他人の介護をしなくてはならないかもしれない。これほどの苦労をして手に入れるべき幸せなんてあるだろうか。いや、ある。あるとすれば、それは、結婚相手を本当に愛したときだ。彼のためなら死ねる、それほどの愛なら、上記の苦労は補って余りある幸せが手に入るかもしれない。もうひとつ、結婚が独身でいるよりも有意義だとすれば、自分の成長のためと割り切ってする場合である。この場合、苦労は成長の喜びにはなっても、幸せというのとは違う。と、30代独身女が強がってみたところで僻みとしか捉えられないかもしれないが、結婚したいけど相手がいなーい、なんて困ってる人は一考してみてほしい。しかし、ここまで読んでもピンとこない、別にわたしは世の中を相対的には見ていないし、女とか男とか勝ちとか負けとか下世話な事情は論外で、純粋に人を愛したいから結婚したいんだ、なんていう人もいるかもしれない。それはわたしの口から言わせると、人生の究極の難題である「孤独」との戦いを放棄しているのではないだろうか。そう言ってるわたしも、果たしてそこまで強くならなくてもいいのではないかと思うけど、ごく純粋に考えれば、一生ひとりぼっちでいるのが怖いというのは、弱くてなんとも心もとない、依存的ではかない、自己中心的な欲求だと思うのです・・・。この世でいちばん弱い立場にいるもの、それは子供だと思う。結婚という社会制度はその子供を育むためというのが第一義的であるのであって、自分が誰かを愛するため、ひとりぼっちじゃ淋しいからというのは結婚する理由としては弱い。そんな気がします。とはいえ、わたしたちは社会貢献のためだけに生きているわけではないし、互いにニーズが合っていれば、市場としてはアリなのでしょうけどね。それゆえ、離婚するカップルも増えることでしょう。崇高な志がないところには、何をも継続しがたい。それが一生をかけた結婚生活ならなおさら。と言いつつ、もしいまの彼がプロポーズしてくれたら結婚すると思う。いまのわたしは幸せだし、彼となら運命共同体として生死をともにする価値があると思うから。エッ、矛盾してるって?いや、わたしは自力で幸せになる自信あるし、孤独も怖くないからさ!最近、どうして落ち着いてるのって聞かれることが何度かあったので、結婚に焦ってない人はこういう感覚だろう、ってところを語ってみました。
2012/03/08
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