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先日、ありえない程おかしい事が起きた。その日、私は夜勤明けで、いつもよりクタクタになって帰ってきた。というのも夜勤中に利用者のトイレが詰まり洪水になるわ、う○こは流れてくるわで非常に忙しかったのである。そんな事もあって早く家に帰りたかったのだが、帰る途中で彼から連絡があり、用事があるので家に寄ってほしいと言われ行く事となった。何も無ければいつもは午前中には家に着いているのだが、用事を済ませ家に着いたのは午後を回っていた。「やっと着いたぁ~すぐに寝よ・・」と思いあと一歩でマンションの中に入ろうとしたその時・・・マンションの敷地内を歩いて来たおじいちゃんに呼び止められた。「○○のバス停は何処かね?・・・」ここは先程も言ったマンションの敷地内だ。そしておじいちゃんの言っているバス停はまったく逆方向・・・「おじいちゃん!あっちだよ!ここはマンションの敷地内だからね。」と教えたが理解していない御様子・・・。先を指差し「この先かぁ~?」と言っている。私は身振り手振りで「こっちは×!マンションの敷地内だから先に行っても行き止まり!あっちの通りに渡ってずっと向こう!」と教えてみたがおじいちゃんは「○○駅から川沿いをずっとまっすぐ歩いてきたのに迷子になっちまった・・・」と笑っている・・・。こりゃダメだ・・・と思い、分かりそうな道まで案内する事にした。しかし、○○駅からここまで歩いて来たと言っても相当距離がある・・私が歩いても30分はかかるのに・・・。私は夜勤帰りなのでたくさんの荷物を抱えたまま取り合えず歩道橋を渡って反対の道まで付き合った。おじいちゃんは83歳。奥さんと二人暮し。息子は千葉で某自動車会社の部長をしているんだと大事にしまっていた名刺を見せてくれた。今、千葉に家を建てていてもう少ししたら一緒に住むんだと嬉しそうに語っていた。そして老化防止の為に雨の日でも毎日歩いているそうだ。おじいちゃんの嬉しそうな横顔を見ると鼻水が垂れていた・・・。「おじいちゃ~ん・・鼻水出とるよ・・・」と言うと「おぉ~そうか・・・」とティッシュを取り出し拭いていた。おじいちゃんの鼻はご立派に鼻の穴が上を向いていたので私は心の中で「今からこのおじいちゃんを「サブちゃん」と命名!」と勝手に決めた。「おじいちゃん、ここから真っ直ぐ行けば○○のバス停に着くけどかなり距離あるよ!大丈夫?」と聞くと「毎日歩いているんだ!大丈夫!」と自信満々・・・しかし、すぐそこのバス停を指差し「あそこで乗れば○○駅に着くか。」とまた違う事を言い出した。「ダメだって!それに乗ってもこの先また行き止まりだし。さっき言ってたバス停に行かなきゃ○○駅には着かないよぉ~・・・」説明するも首を傾げたまま・・・ふと・・・おじいちゃんから酒のニオイがした・・・。コイツ・・飲んでやがる・・・手に持っていたビニール袋を覗くとワンカップ酒の瓶が空だ。「おじいちゃん!昼間っから飲んだでしょ!」と言うと「えへへ・・・」と照れている・・・ボケ&酔っ払いではこのまま見捨てて行けない・・・仕方なく目指すバス停まで付き合う事になってしまった・・・喋りだすと歩きが止まってしまい30分後、ようやくバス停に到着。早速時刻表を見ると目的地行きのバスはさっき行ったばかり・・・しかも土曜だったから次に来るのは30分後・・・おじいちゃんがまた違うバスに乗ってしまうんじゃないかと不安なので一緒に待つ事にした。二人でベンチに腰掛け色んな話しをしていると私の頭に何かが当たった・・・何気なく触って、見ると・・・鳥糞だった***なんだっつ~の?わたしが何をした?やっと目的地行きのバスが来ておじいちゃんを乗っけて見送った。おじいちゃんは振り返って窓からずっと手を振ってくれた。私は鳥糞が付いた髪の毛をティッシュで拭きながらまた来た道を重い荷物を抱えて帰った。一人で歩けば15分とかからない。やっとマンションに到着・・・。さっき、あと一歩早くマンションに入っていればこんな事には出合わなかったのに・・・ポストに寄り、チラシや手紙などを眺めながらエレベーターに乗り自分家の7階を押して、扉が開いたのでそのまま降りて2、3歩歩いたところで何かが違うと気が付いた・・・。なんと6階で降りてしまっていた・・・なんで?ありえない。私は確かに7階を押した。それなのに6階で開くなんて・・・誰も乗って来ないのに。。。エレベーターを見るとやっぱり7階で止まっている・・・。なんだっつ~の?わたしが何かした?やっとの事で家に着き弟が帰ってきていたので全てを話すと「厄年だからじゃない?こ~ゆ~地味ぃな嫌な事がずっと続くんじゃない?」と言われた・・・。すっごいイヤなんですけどぉ~・・・早く厄払いに行かなくてはっっ!!
2007年02月03日
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彼の家の近くに「一休庵」という昔ながらの定食屋さんがある。しかし先日、閉店してしまった・・・。このお店はとにかく「早くて、安くて、ウマイ!」一番美味しいのは「豚の生姜焼き定食」と「チャーハン」。私も彼も超お気に入りのお店だった。私の「お気に入り」になるには条件がある。その条件とは・・・まず、「米が美味しい事!」硬めに炊いたごはんがBest!茶色い柔らかい部分など入っていたらもぅOut!!どんなにおかずが美味しくとも、もぅ食べる気などしなくなる。その次!「お冷はおいしくて冷たく、自分で注げる事!」私はご飯を食べる時は必ず水を沢山飲むので店員を呼ばなきゃ水がもらえないところはめんどくさい。セルフサービスの方が良い!そして絶対においしくて冷たい事!ぬるい水など飲めるかァアアっ~!!さらに、テレビにマンガ、週刊誌などが沢山置いてあり読み放題!!これサイコ~!!!(私の大好きな「いな中」のマンガが置いてあった。彼と行くとお互いマンガに読みふけり店を出るまで会話も無くなるが特に問題なし。)↑↑↑以上・・・これらの条件をクリアしていた「一休庵」だったのでヒジョ~に残念でならない・・・。いつも行くとお客さんが沢山居た。私は2、3年ほど前から食べに行っていたが今まで、女のお客さんが入っているのを見た事がない・・・。彼も小さい頃から食べに行っているが一人も見た事が無いという。確かに女の人が入るようなお店ではない。お世辞にもキレイとは言えない。でも私は大好きだった。閉店までの3日間。彼は通いつめることを断言した。大好きな「豚の生姜焼き定食」を食べる為に・・・。最後の2日間は私も一緒に通うことにしたのだが、閉店当日・・・・彼の会社の人と三人で行く事になった。閉店1時間前に行ったのだが、行く前に「今日は最後の日だからって超混んでたらど~するぅ~?!もしかして食材が無くなって作れないとか早仕舞いとかしてたりしてぇ~!」と私達は笑いながら話していた。「そんなんだったらオレ~泣いちゃうかもよ~!!」と彼も笑いながら話していた。私は内心「いくらなんでもそんな事ないやろ~っ」と思っていた。行ってみると店はまだ開いていた。しかし店の前はやたら車やバイクが置いてあり不安がよぎった・・・・扉を開けてビックリっ!ほぼ満席状態:::。店のおじさんが出てきて「せっかく来てくれたのにごめんねぇ。今日はずっとこんな状態でもうご飯も何も無くなって作れないんだよぉ~・・・」 ・・・ガぁ~ン・・・ガぁ~ン・・・ガぁ~ン・・・彼を見るとホントに泣きそうになっていた・・・・。「分かりました・・・じゃあまた・・あっ「また」は無いのか・・・」もう二度とあの「豚の生姜焼き定食」は食べられない・・・。それからと言うもの彼は私に「あの一休庵と同じ味の生姜焼きを作れるようになれ。」と言う・・・。あの味が出せたら私が「一休庵」を継いでいるに違いない・・・・。
2006年12月19日
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先日、ついにビールを飲んだ。う~ん・・・やっぱり***美味しくはない・・・・350缶を1本飲んでみたが、かなりベロベロになってしまったようだ。顔から腕からお腹、足の先まで真っ赤っかになり、動悸は激しく頭の中がぐるんぐるんしていた。体にまったく力が入らず、ふにゃふにゃになり部屋でひとり楽しくてニヤニヤしていた。ビールは体に合わないのかもしれない・・・しかし、「酔っ払う」という事に少し楽しさを覚えてしまった。次の日、早速またビールを2缶買ってきた。美味しいとか美味しくないとか関係なく、部屋でひとりで飲むのがクセになりそうな気がする・・・
2006年11月29日
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飲めるようになりたい。何度か挑戦はしているのだが、やっぱりマズイ。お酒自体は「カクテル」のみだったら少しは飲めるのだが、それでは、チェーン店ではない居酒屋などは飲める物がない。もちろん、焼酎を飲めるようになる。でも良いのだがやっぱりマズは ビールっしょ。店員さんに「とりあえずビールね。」とか「生中ねぇ~!」とか言ってみたいのだ。ただそれに憧れているだけなのだが。先日、夕飯の買出しに行った時、家で密かに飲んでみようと思い、缶ビールを2缶買ってきた。うちは、母も弟も私もお酒は飲めないほうなので冷蔵庫で冷やされたビールを見つけた父は「このビール誰のだ?」と不思議そうに聞いてきた。「私のだけど」と言うと父は「そうか・・・」」ととても飲みたそうに切ない顔をしたので「飲んでもいいよ」と言うと喜んでいた。その時、ふと、「そうかァ~そういえば私も弟も母もお酒は飲めないからいつもお父さんは一人で晩酌しているんだよなァ~・・・なんかかわいそうかも・・・」と思った。別に飲めなくても晩酌に付き合っても良いとは思うが、やっぱり飲めたほうが楽しいだろう。訓練すれば飲めるようになるモンなのだろうか・・・。それとも、長年食べれなかった生物が食べれたようにある日突然、「ウマイっ!!」と思い飲めるようになるモンなのだろうか・・・。いまだ、冷蔵庫で冷やされているビール。しかし、飲むには色々条件が揃わないと。「夜にゆっくりお風呂に浸かれる日で、次の日が休みの日。」やっぱり誰に聞いても「風呂上りのビールはうまい!!」と言うし。しかし、飲んでみたら次の日どうなってしまうか分からず怖いので、次の日休みじゃないと。いつ実行しようかなァ~ととてもくだらないことを考え毎日カレンダーを見ている・・・。また父に飲まれてしまう前に実行しなくては・・・・。
2006年11月12日
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この時期になると必ずやってくる 「静電気」仕事で「シーツ交換」というのを行っている。午前中いっぱいかけて、30床近くのシーツ、包布をひたすら交換するのだ。体に電気が溜まりビリビリするし、手の先からバチっ☆足のつま先からバチっ☆っとなり、すごく痛く大変なのだ。ある日、母親宛てに届いていたミセス向け通販雑誌をチラっと見たら静電気防止のブレスレットが載っていた。「ほんとに効くのかね・・・?」と思い、雑誌を閉じた。数日したある日、母がその雑誌を見て、欲しいものがあり、注文するというので私は「ついでにそのブレスレットも注文しといてよ!」と頼んだ。つい先日、その物が届いたのだが・・・付けるのにためらっている・・・それは、ブレスレットの一部分に平べったい金具が付いているのだがそこには なんと「開運」 と書かれていた。はずかちぃ・・・。ちゃんと見なかった自分が悪いのだが静電気にも・・・ましてや「開運」にも効きそうもないそのブレスレット。どうしてくれようか・・・・。でも、案外、「開運」に効いて静電気に効かないって事もあるかも・・・?
2006年10月27日
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数年前、仕事もせずにプラプラしていた頃、友達が勤めている洋服屋さんで期間限定のアルバイトを頼まれた。そこは、「日比谷シャンテ」の中にある高級な洋服屋さんだった。一枚が数万円もする服・・・。店員になったからには私もその店の服を着なければならない。私の趣味ではない服なのでかなり悩んだ。しかも買い取り。社員割引とはいえ、えらい高い・・・。して、やはり似合わない。友達はもう数年そこで働いているので、そこに染まっているというか、とにかく着こなしていた。「こんな高い服どんな客が買いに来るんだろ・・・」ある日、お得意さんらしき親子で来た客。店長が接客していた。会話を聞くと、店長「しばらくですねぇ~お待ちしておりました」客「えぇ、少し海外の方に行っておりましたの。新作が入ったと聞きましたもので娘が急いでこちらに伺いたいと言いましてぇ~・・・」「うわァ~・・セレブや・・・」その客の娘とやらは私より全然年上だったが、いかにも「お嬢様」ってカンジ。結局新作の服を何十万も母親が買っていった。その他の客も「今、宝塚を観に行ってまいりましたの。」とかって。私にとっては会話がチンプンカンプン。「ここは・・私のいる場所ではないなあ・・」そう、ここは私の好きな「ダイエー」でも「セイユー」でもないのだ。似合わない場所での仕事は本当に疲れる。私は仕事が終わるとシャンテのすぐ隣の噴水のある広場で一休みしてから帰るのだが、そこは店の中のセレブの雰囲気とはかけ離れた光景が広がっているのだ。ベンチのいたる所に住むところも無いような人々が横たわっている。おじさんが、私の飲み終えたジュースを拾って飲んでいたっけ。「このギャップはなんなんだ・・・・」と切なく思った。でも、こっちの方が落ち着いちゃうかも・・・なんて思いながらいつもおじさんの間に挟まれ傍から見たら一体化?する位にボ~っとしていた。私はいつも早番だった為、店を開けて、店内の掃除をし、釣銭の計算と商品の在庫管理、ディスプレイの模様替えなど裏方仕事を任されていた。基本的に「接客」は任されていなかったが、店がオープンしてから1時間位は一人でいるのだ。早い時間に客が来る事などめったにないので安心していたある日、夫婦連れの客が来てしまった。さすがに接客しない訳にはいかないので「どうですか~?色違いもございますよ。」など、店長&友達の見よう見まねで近づいて行った。その奥様も「いいわねぇ~この色。」旦那様も「似合うじゃないか。」と言って、買ってくれる事になった。一着数十万もする服をお買い上げ~。旦那様から名刺を貰ったが、どっかの会社の社長さんだった。「さすが、社長!アンタ見る目あるねっ!!・・・。」遅番でやって来た友達に話すと「すごいじゃ~ん!!よかったね~!!」と、褒めてくれた。でも、私の接客によって買ってくれた訳では無いと思うんだが。私もしばらくそこで働いていて、少しずつ染まってきていたのかお客が「あなたの着ている服と同じものってあるの?」と聞いてきてくれたりした。仕事が少し楽しくなり、店の服も好きになり始めた頃に、期間終了の日が来た。本社から「続けますか?」と聞かれたがお断りした。やはり私は接客仕事は向いていない。数年経ち、今、その洋服屋はシャンテには無いと聞いた。友達も私が辞めてからすぐに会社を辞め、今は私と同じ介護の仕事に就いている。店長はまた違う洋服屋さんで店長として働いているらしい。ほんの数ヶ月だったがとてもいい経験だった。買い取ったあの服は一度も私服としては着た事が無い。着ないで何年も経っているが、高かったし、思い出なので捨てられない。たまには着てみようかな・・・。またしても「似合わん・・・。」と思うのであろうが。
2006年10月26日
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仕事中や、どこかへ出掛けた時、夜寝る時・・・私はいつも考えている。いつかくる大地震。今、きたらどうしようか。どうやって逃げようか。生き延びる手段はあるだろうか・・・と。夜勤中などは特によく考える。もし今、大地震がきたら私はどうするのか。もちろんまずは自分の身を守る。それから利用者さん達を助ける。うちの施設は10年以上経っているし建て増しをしているらしい。職員の間でも建て増し部分は大地震がきたら崩れるだろうと話している。ならば、大地震がきた時はみんなをこっち側に避難させよう・・・あの人とあの人は軽いから抱えて外に出よう・・・あの人は歩けるけど車椅子に乗せた方が早いな・・・順番はあの人からで・・・等々 自分なりに妄想避難訓練をいつも実施している。震度6や7がきたら街は壊滅状態になるだろうか。もしなってしまったらすぐに助けは来ないだろうし、まして交代しに来てくれる職員もいないだろうし、まさか、助かった利用者さん達をほっておく訳もいかないだろうからずっと帰れない事になるんだろうなァ~と思ったりする。家族や彼や友達・・・私の知っている人全てが無事ならいいがきっと携帯などはパンク状態で連絡が取れない状況になるんであろう。こんなに地震において危機感を持っているにも関わらず、我が家には何の地震対策グッズもない。唯一、今年の正月に買った福袋に入っていた「手動発電」のライト、ラジオ&携帯充電だけだ。これでは人を助けるどころか確実に死んでしまう・・・近いうちに東急ハンズにでも行って防災グッズを手にいれてこよう。いつかくる大地震が、いつきてもいいように・・・。
2006年10月22日
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今、飼っているうちの犬「さくら」。この子はすごぉ~く可愛いのだが、どぉ~しても納得出来ないことが、ひとつある。それは、私にではなく彼の方になついているということ。たまに彼が家に遊びに来ると狂ったように喜ぶ。彼が今日は家に来ると約束した日は、分かるらしくソワソワして落ち着かない。何時間も前から玄関先に座って待っている。うちの親にも、もちろん私にもさくらはそんな行動はしない。私よりよく出来た彼女みたいだ。なぜ、たまにしか来ないアンタになつくわけ?絶対、ウラ金・・いや、ウラ餌渡してるよ。彼が来てから、私は夕飯の支度をする為に部屋を出る。支度が出来て部屋に戻ると彼とさくらは一緒のフトンでイチャイチャベタベタしている。。。ちょっとシットする・・・。今、さくらは「想像妊娠」そして「想像出産」し、クンクン×2うるさい。ぬいぐるみをあかちゃんだと思っていて常に銜えてウロウロしている。アナタの子供が生まれたみたいです。責任取ってくださいね・・・・。
2006年10月15日
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我が家は今まで絶えず動物を飼い続けてきた。小さい頃、お祭りの夜店で、あの頃流行っていた?「ひよこ」を飼った。やがて、当たり前のように「ニワトリ」に成長し、怖くなり田舎のおじいちゃんに引き取ってもらった・・・。なぜうちの親は飼っても良いと言ったのだろう・・・?次には、やはりお祭りの夜店で、その頃流行っていた?「ミニウサギ」を飼った。ミニウサギはどんどんデカくなった。普通のウサギよりもデカくなりまったく可愛くない。気持ち悪いのでまたもや田舎のおじいちゃんに引き取ってもらった・・・。これじゃ「ウサギ」でなく「サギ」だな・・・(ウマいっ!)毎年、おじいちゃんの家にコケコケと鳴くニワトリと益々デカくなっていく元ミニウサギを見に行っていた。おじいちゃんも迷惑だったろうなァ~(;。;)それからインコを飼った。ペットショップでヒナの時から飼い、手乗りインコに成長し、そして逃げた。またインコを飼った。今度はつがいで。そして逃げた。二匹とも。そしてまたまたインコを飼った。手乗りにし、言葉も覚えた。なのに病気になり死んでしまった。その後、またインコを貰って飼ったが、また逃げた。インコと同時に十姉妹も5,6匹貰って飼っていた。長い間飼っていたがみんな死んでしまった。スズメのヒナも拾って飼ったし、猫も拾った。そぉいえば、カメも飼ったなァ~・・・逃げたけど・・・。それでまたカメ飼ったんだよな。川に逃がしたけど。(いずみ川に・・・)それから犬も飼った。マルチーズ犬の「ちび」。ちびが亡くなってから15年位経つかな。今、我が家には「さくら」というヨークシャテリアとチワワのMIX犬がいる。今度は、病気や事故に合わない様大切に育てていきたい。もちろん、逃げないようにも・・・。
2006年10月13日
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今日は、母とお休みが合ったので前々から連れて行ってあげようと思っていた「マッサージ」に行って来た。マッサージに行く前に私はとてもお腹が空いていたので母とお蕎麦屋に入り、たらふく食べてしまった。50分の全身マッサージコースを受けたのだがなにせ食べたばかりで背中を押されると何もかも出てきてしまいそうになるぅ~。「お、お、おねぇさん・・・」うつぶせにされていたので私のか弱い声は届かなかった。担当してくれたおねぇさんはかなり力が強く、何度と無くツボ外しをされ、わき腹~おしりらへんのマッサージは声が出ない程、痛く、くすぐったかった。「力加減はいかがですかァ~?」と聞いてくれるが、小心者の私は「あっ ハイ 全然 だいじょぶです・・・」と答えてしまい、おねぇさんは益々力を込めてマッサージをやってくれた・・・・。しかし、足のマッサージはかなりキモチ良過ぎてニヤニヤしてしまった。「ま、まずい!おかしな人だと思われるっ!!」私は、「気持ちよさに我慢する」という変な行動に出てしまった。しかし、我慢の限界・・・ニヤニヤしながらいつの間にかZZzzzz。しかし、50分間、休み無くマッサージするのって疲れるだろうなァ~と思う。なんだか申し訳ない気がしてしまう。が・・・・・お金払ってんだからいいのか・・・。人の疲れを癒す仕事ってちょっといいかも・・・と思った。マッサージが終わっておねぇさんが「左の肩が硬くてこってましたねぇ~」と言ってきた。「こってる」と言われるとなんだか嬉しい***。母も「気持ちよかった。」と喜んでいた。ってゆ~か・・・母は毎日、父にマッサージをしてもらっているらしいので今度は、父に是非マッサージを受けさせてあげたい!足のマッサージのワザを2,3個ほど盗んできたので今度、彼にマッサージしてあげよう。50分間、1万円でいいですよっ!!
2006年10月12日
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どうやら今、私は「前厄」というものらしい。半年程前に友達が「私、本厄だからさ~厄除けに行ってきたよぉ~!!」と言ったので「えっ?!今年って厄年なのっ?」と思い、調べてみるとしっかりバッちり☆「厄年」だった。私は「早生まれ」ってやつなので「前厄」とやらになるという。どぉ~りでツイてない訳だ・・・・。ってゆ~か生まれてこの方ずぅっと厄年な気がするんですけど何か・・・?で、その友達は三千円も払って厄除け祈願しに行って来たと言っていた。神社に行って「厄除け祈願申し込み」とやらの用紙に名前と住所を書くとそれを「祈とう師?」みたいな人が読み上げてくれるらしいのだが、友達は名前にフリガナをふったにもかかわらず名前を読み間違えられた・・・。祈とう師は慌てて訂正してくれたらしいが、彼女は「なんだか厄除けされてないカンジぃ~。」と怒っていた。来年、私も「本厄」とやらになるらしいので、厄除け祈願に行こうと思う。読み間違いされない様しっかりとフリガナをふっておこうっと・・・。
2006年10月10日
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今、連日放送されている「24」にハマリにはまっている。彼が最初のほうから見ていて「すんげ~おもしろいんだよ~!!」と話していた。私はもともとテレビをあまり見ないし方だし、ドラマ等にハマったりした事がないので、「おもしろい」と言われても興味が湧かなかった。ある日、彼と一緒に「24」を見た。なにコレ!ちょ~おもしれぇ~っっ!!(^0^)今は毎日見ている。知らぬ間にうちの家族もハマっていたらしく弟がDVDで録画をしていた。昨日私は仕事がお休みだったので朝から夕方まで今まで録画した分を一挙に見た。今日は夜勤なので見られない・・・(>。<)録画してあるから別にイイんだが「事件はリアルタイムで起きている」んだからやっぱりリアルタイムで見たい。「コイツが怪しい!」と思う人がそうでなかったり、事件のカギを握っている人がことごとく直前で死んじゃったり・・・最近見てるとイライラしてくる。「どぉ~せコイツも死んじゃうんだべ?」みたいな・・・。朝4時に見終わるとだいたい彼から電話がくる。電話に出ると彼は必ず「バウアーだ。」と名乗る。仕方がないので私は「クロエです。」と言い返すとそれからくだらない小芝居が始まってしまう。少しするとお互いつまらなくなりどちらとも無く「もぅ 寝ようよ・・・」「そうだね・・明日早いんだった・・・」「でも・・バウアーは寝ないけどね・・・」明日で、「24」が終わってしまう。どういう結末になるのか楽しみだ。
2006年10月09日
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私と彼は時々格闘技ごっこをする。「ごっこ」と言うと遊びのラブラブな感じに聞こえるが、とんでもないッ!二人とも超~っ真剣なのだ。追っかけて捕まえて ローキック、ミドル、ハイキック・・・。 ジャブにアッパー、ストレート・・・。お互いに蹴っ飛ばし、ぶっ飛ばし、押し倒し・・・ゼーゼー ハァーハァー たまに オエっ!となりながらも止められない。ホントに痛くて泣きそうになる。しかしお互いの日頃のストレス解消になっているようだし、痛いけどけっこう楽しい。私はここぞっ!とばかりにちょいと本気で彼に向かっていく。たま~に上手い具合に彼の頭に「パッチ~んッ!!」とヒットするとひじょ~にスッキリするッ!!しかし・・そのあと何倍にもなって返ってくるが・・・お互い忙しくてなかなか遊べる日もないし、スポーツをする時間もないので、この「格闘技ごっこ」が唯一二人のスポーツになっていていいかもしんない。でも、もう少し手加減してほしいかなァ~。一応女の子なんで・・・。あッ・・・念の為!!これは「DV」ではありませんので・・・ご心配無く~!!
2006年10月08日
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先日、「川崎タツキ」というボクサーのドキュメンタリー番組が夜中にやっていた。前にもやっていて、彼がたまたま見ていて「すげ~ボクサーがいて、そいつがイイ奴なんだよぉ~!オレ、その番組見てカンドーしちゃってすぐネットで調べたら「はぐれ者」っていう本が出てたから買っちゃったぁ~!」と話していた。「私も読みたいから貸してくれ。」と言っていたのだがなかなか貸してくれる機会が無かった。そして数日前の夜中に「急いでテレビつけて!!川崎タツキやってるよ!」と彼から電話がきた。そのドキュメンタリー番組はホントに感動ものでウルウルきまくった。そして私もタツキの大ファンになってしまった。番組を朝の4時に見終わってから彼から電話が来て二人でタンタン(タツキ)についてお互い興奮しながら1時間も熱く語り合った。彼はまたもや影響されすぎで、「おれもタンタンみたいに壮絶な人生歩んでみようかなぁ~・・今からヤクザになって、背中に刺青彫って薬物依存になって施設に入って出て、カンパしてもらったお金で手術して消してボクサーになるまでを1年間位でやれないかなぁ~。」と、おバカなことを言い出した。「薬物依存の施設を出てくるまでタンタンの彼女(今は奥さん)の優香ちゃんは待っててくれたけどお前待てる?」と聞いてきた。薬をやる人などもう二度とゴメンだ。しかもそのダるんダるんの体でどーやってボクサーになるつもりなのだ。すると彼は自分がそーゆー事はやはり無理だと察したのか私に将来、男の子を産んでくれと言い出した。男の子が出来たら名前は「竜希」。1歳で刺青を入れて2歳で薬物中毒に。3歳からボクサーに育てると、とんでもない事を計画し始めた。そんな子供・・・・私はいらん。タンタンのそのドキュメンタリー番組のDVDやビデオがないかと色々ネットで調べてみたが分からなかった。試合も見に行きたいのだが今度いつ行われるのかも分からない。どなたか知っている人がいたら教えて下さい。
2006年10月07日
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先日、エキストラとしてドラマの撮影に行ってきた。前回の「声だけデビュー」と同様、友達に誘われて参加する事となった。秋から始まる火曜9時の新ドラマ「役者魂!」の撮影で、「舞台を観に来たお客さん」という設定のエキストラだ。埼玉の「芸術劇場」という所まで行ってきた。(実費・・・)大和駅からロマンスカーに乗り、車内でコンビニ弁当を食べ、ウキウキ遠足気分!(嬉)主演は 松たか子、藤田まこと、森山未來、加藤ローサetc・・・芸術劇場に着き会場に入り私達は芸能人見たさにダッシュで前から2列目の真ん中の席をGet!!他の人も同じ事を考えていた様でスタッフの人が「前に集まりすぎですねぇ~・・・じゃあ~どうしようかな・・・申し訳ありませんが1月生まれの方と2月生まれの方~!2階席の方へ移動してくださぁ~い!!」と言ってきた。「冗談じゃねぇ。」私は2月生まれだったが知らんプリして居座った。ウシシ・・・。しかしそれでも移動した人が少なくて今度はスタッフの人がランダムに指名してきて強制的に2階席や端っこの席へ移動させる手段をとってきた。私と友達はスタッフと目を合わさない様努力した。そのおかげで席替えを免れた・・・。シメシメ・・一安心!しばらくすると・・・藤田まことが舞台へ登場!まぁテレビと変わらない顔だったが「売れない舞台役者(シェークスピアの劇)」だった為か衣装がへんちくりんでヅラをかぶっていて超笑えた!!松たか子と森山未來も一瞬だけ舞台上で挨拶をした。そして撮影は始まったのだが、松たか子はずっと観客席の一番後ろで撮影を行っていて全く見えなかった。私達はその時気付いた・・・。舞台を観に来た客としてのエキストラ・・・一番前に座っちゃったと言うことは・・・まことしか見れないっっ!!案の定ほとんど「まこと」オンリー・・・。未來くんもローサちゃんも少ししか見れなかった・・・。トほほ・・・まぁそもそも「舞台を観に来た客」だから仕方ないけど今度エキストラ出演する時はそのドラマのストーリー(配役)も考えなければイカンな・・・フムフム・・・!!でも 藤田まことはさすが大物俳優だなと思った。若手の役者達は待ち時間でも立ちっぱなしで居たけどまことは付き人がすぐに椅子を持ってきて扇子で扇いでもらっていた。さすが「はぐれ刑事 純情派」しかし、ドラマの撮影ってのはくたびれる・・・。同じようなシーンを何度も撮るし、飛び飛びだし、待ち時間は長いし。12:00~18:00の6時間だったのでかなり疲れてまたもや途中でZzzz・・・でもなかなかいい経験だったなぁ~(嬉)というか、せっかく前から2列目の席に居座ったのだからちょっとはテレビに映ってるといいなぁ~・・・。そしたら今度は声なし映像デビューだな・・・。帰りは新宿に降りた。新宿はすごく都会だった。「これが眠らない街 東京新宿かぁ~・・・」と思いながら友達とはぐれない様くっ付いていくので必死だった。なぜ、新宿に降りたかと言うと、友達が新宿の駅の近くにガード下の飲み屋街みたいのがあってそこに体操のおにいさん「弘道お兄さん」の家族がやっている焼き鳥屋さんがあるんだよと言うので行ってみたのだ。そこは「弘道お兄さん」の弟さんがやっていた。お兄さんよりも優しそうなお兄さんだった。焼き鳥も美味しかった。私達はずぅずぅしくも写メールを撮らせてもらい、一杯飲んで、ほろ酔い気分で家路に着いた。次の日、彼に話したところ、彼は「おまえら、一体何になりたいの?」と冷たくあしらわれた・・・。ホントは自分も超行きたいクセにさ・・・・。
2006年10月05日
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先日、彼と映画を観に行った。「ワイルドスピード・3」私的には車が特別好きって訳でもないし、ドリフト好きでもないので彼が初めにこれが観たいと言った時、正直「え~~っ・・・」という感じだった・・・。しかし、テレビでやっていた映画の宣伝で、妻夫木聡が「Goっ~~!!」と言っていたっ!!「えっ~~!!ブッキ~出てんのっ?!こりゃあ~観るしかないっ!!」私はブッキー目当てに映画を観に行った。映画のほとんどが車でかっ飛ばしているシーンばかりだった。それにかなりありえない事が多すぎる・・・。車が大破しても死なないドライバー達・・・。渋谷の交差点に突っ込んできても一人も車に轢かれない事、して、あの合成、人が多すぎる・・・・。映画が始まってわりと早くブッキーが登場!!私のテンションは早くも最高潮に達し隣で観ていた彼に「出たよっ!!出た!出た!!ホラっ!ホラ!」・・・彼は「ウルサイんですけどぉ~・・・」・・・・私はニヤニヤしながら観ていた。あのあま~いマスクで「Goっ~~!!」と言われちゃったら「よぉ~し!いっちゃう!いっちゃう!」と言うしかない!!しかしブッキーの登場シーンはそのほんの一瞬しかなかった・・・・。テレビの映画の宣伝をみただけで充分だった気がする・・・。しかし~「ハン」が死んでしまったのはショックだったなぁ~・・アイツなかなかいい奴だったのに・・・・映画を観終わり駐車場に向かう彼が「カギよこして」と言ったのでカギを投げると受け取った瞬間からまたもやいつもの通り映画に影響されやすい彼の小芝居が始まった・・・・。「しっかりシートベルトしとけよっ!!」とセリフを吐き颯爽と車に乗り込んだ・・・。映画のシーンと同じく立体駐車場だった為ますます影響されたご様子・・しかしまったく迫力のない彼の運転さばき・・・・でも主人公になりきっているので私は彼のヘタクソな小芝居にのってあげた・・・。「私を賭けてもいいわよ。」とセリフを言ったら「じゃあ、俺 負けてもいいや。」ざけんなっ!!(怒)こうして家路にたどり着くまで、ストーリーが良くないだの、俺が監督だったら、俺の方が運転が上手いだの早いだの等々永遠と語っていた。家に着いた彼の車庫入れは何度もきりかえしナナメに停められていた・・・
2006年09月30日
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数ヶ月前まで奇妙な夢を見続けていた。それは 1.クマ蜂らしきいかにも猛毒のありそうな大きな蜂に 刺されそうになる夢 2.目の前でジャンボ旅客機が墜落、炎上 破片や火の粉が自分に降りかかってくる夢 3.目の前の山が大噴火し、マグマに飲み込まれそうに なる夢 4.空を飛ぶ夢 (最初は高い位置で飛んでいて 気持ちいいのだが最後は飛びたくても低くしか 飛べなくなっている。)これらの夢のどれか一つをほぼ毎日のように数ヶ月にも渡って見続けていた。これは何か起こる前兆に違いない!と思い私は本屋へと走った。「夢占い」と書かれた本を手に取り調べてみると全ての夢において共通な事が書かれていた。「私の周り、もしくは私に何か予想も出来ないトラブル、もしくは運命的なトラブルに巻き込まれ、それは人生が180度変わってしまうような悪いことが起きる夢。」と書かれてあった。その後もその夢はしばらく見続けていたが、最近は見なくなった。今のところ、トラブル続きの人生ではあるが180度変わってしまう程の事は起きていない。「夢占い」の本を見たおかげで知らずのうちにトラブルを回避出来ているのだろうか・・・・・。
2006年09月26日
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もう10年も前の事になるが、事務の仕事をしていた頃の話。某飲料メーカーの問屋の会社だったので、取引先のお客さんが商品を取りに来ることがあった。そこでセクハラおやじと出会った。そのおやじは「武田鉄矢」と「和田勉」を足して車で二度轢いた感じの風貌でとても気持ちの悪いおやじだった。だが、私と同じくらいの息子が居るらしく、とても話しやすく楽しいおやじだったので私はそのおやじが来る度に友達の事や彼の事など色んな話しをした。おやじはアドバイスをくれたり、彼とここへ行ってきなと旅行のパンフレットをくれたりと、とてもよくしてくれていた・・・・。が・・・・ある日 おかしな事を言ってきた・・・・。「今度、二人で旅行に行こう・・・・」「?・?・?・・・」その場は笑って済ませたがほんの少し怖くなってきた・・・。次に会社へ来た時には「昨日、彼氏と会ったのか?今日は女の顔をしているぞ。」等々・・発言がさらにおかしくなってきた・・。しかし、このおやじはうちの会社にとって1,2番を競う大口のお客様だった為、手荒に扱う事は出来なかった・・・・。私はだんだんおやじと話しをする事がイヤになってきていた。すると、口数が少なくなった私に、「最近元気がないなぁ~。どうしたっ?!」と言いながら私の肩をポンポン叩いたのだ。それからというものおやじの半径1m以内に居てしまうと必ず肩をポンポン背中をトントンされてしまう・・・。私は出来るだけおやじとの距離を開けることにした・・・。しかし・・・おやじの行動はさらにエスカレートし、ある日「アンタの髪は長くてキレイだなぁ~・・」と髪の毛をナデナデ触ってきたのだ!!怖くて動けなかった・・・。その場は泣きたいのを我慢したがもう限界だ・・・・・私は次から一切おやじと話す事を止め、距離も必死で保った。商品を渡し終えたらさっさと事務所に戻ることに徹した。おやじはずっと「元気ないぞ~っ!」と言っていたが「そうですか?そんな事ないですよ。」と言い、心の中で「お前のせいだよっ!!このエロおやじっ!!」と叫んでいた。その何ヶ月か後にうちの社長が亡くなり会社を自主閉鎖する事になり私は退職した。あのおやじは今も何処かで誰かにセクハラしているんであろう・・・。今や、セクハラ問題は大きく取り上げられ慰謝料が貰える。私も訴えていれば良かった?!かも・・・・・・。
2006年09月25日
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数週間前、私は初めてテレビの観覧、収録というものに行ってきた。前から興味があり、行ってみたいと思っていたら丁度友達が誘ってくれたのだ。その事を彼に話すと「ミーハーだな・・・。恥ずかしくないの?!」とあまりいい顔をしてくれなかったが聞こえないフリして行くことにした。その番組は本日PM7:00から放送予定の「平成教育委員会・2006夏休みスペシャル!!」だ。芸能人は割りと近くに居たが観客席との間にカメラが6台ほどあっち行ったりこっち行ったりと動き回るしディレクターやら関係者やらが沢山居てまったくジャマで見えず、ほとんどの観客が足元のモニターを見ている始末・・・。結局家でテレビを観ているのとそう変わらなかった気がする。唯一、観客席の間に何本かマイクが置いてあり、観客の笑い声を拾ってくれるらしい。私はあまりおもしろくない場面でも極力笑うように努めた。今日のO.Aで私の「声だけデビュー」するかもしれない・・・・。あまり「おぉぉ~~っ!!」と思うゲストは居なかったがやっぱり芸能人は芸能人だ。「山田優」や「菊川玲」はとにかく細いし、「キリコ」はちっちゃくてキレイだった。そして「大林素子」はデカイっっ!!そして「世界のたけし」はやはりおもしろい人だった。私の中で一番会えて嬉しかった芸能人がいた。その人は・・・・湯浅先生っっ!!ほんとにこの人地球上に存在するんだぁ~~と思ったくらい不思議な生き物だった・・・・。頭もすごい速さで回っていたっけ・・・・・。観客はトイレ休憩なしの6時間座りっぱなし・・・・。結構つらく、私は途中で空腹と睡魔と闘っていた・・・。期待していた芸能人との交流も無く収録は無事終わった。そして建物を出た私達は正面玄関でタクシーに乗り込む「アヤパン」を見た!!さっき観客で来ていた女の子が何人かウロチョロしていたので「もしやこれが<出待ち>ってやつ?!」私達は急いで玄関先へ走った。まるで不審者のようにキョロキョロと出て行く車を覗き込んでいた。すると・・・山田優がタクシーで。。。大林素子がマネージャーの車で。。。女優の多岐川ゆみが自分の車BMWで。。。次々とさっきみた芸能人が帰って行く・・・しかし私のお目当てはあなた達ではない・・・・。そう「湯浅ひとすじっ!!」他の出待ちをしている子達は絶対に湯浅待ちではないだろう・・・。私達が湯浅待ちだとバレたらちょっと・・・いや、かなり恥ずかしいかも・・・・。そう思いながら待っていたが結局、電車の時間が迫っていた為泣く泣く帰る事になった・・・・。ともあれ、結構楽しかった。この話しを彼にしたら「俺も行ってみたいなぁ~!!」と・・・しめしめっ!!(笑)今度は「笑っていいとも!」に彼も連れて行きたいと狙っている・・・・。
2006年08月27日
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私はこの「楽天 日記」を3年程前からやっている。しかし、ここ何年かはお休みをしていた。この事を彼や周りの人達にも内緒にしていたのだが、「ブログ」という言葉が流行りだしたこのごろ彼も「ブログを始めたんだっ!」と話していた。彼の弟さんやその奥さんまでもが始めていて皆その話題で楽しく盛り上がっていた。私はついポロっと口を滑らし「私もやってたんだよね・・・」と言ってしまった・・・・彼は驚きと怒り?で「そんな話し聞いてねぇ~ぞっ!!」彼の弟さんも「えっ?!そうなの・・・?」そして弟さんの奥さんまでも「なんで教えてくんないのっ!!プンプンっ」そして今月初め、全てバレてしまい、見られてしまった・・・・結構、彼の事を私なりにおもしろおかしく書いてしまっていた為に「怒られるっっ!!」と思いドキドキしていたが「面白いじゃん!!こんな事もあったっけねぇ~・・・!」と笑ってくれた・・・。まずは怒られなくてよかった・・・。今では彼の弟さんやその奥さんにまでバレ、かなり恥ずかしさ満点。しかし!!その話しが回りまわって先日、彼が「うちの母ちゃんも見たらしいよ・・・!」大変な事に彼のお母さんにまで見られてしまったと言うではないかっっ!! ひょぇ~~っ!もぅダメだぁ~~・・・ 完全にダメだぁ~~・・・ どうするっ?!どうするよっっ!!あたしっっ・・・ 等・・延々と彼に訴えていると、「大丈夫だよ!母ちゃんもおもしろいねっ!って笑ってたよ!」と言ってくれたが、「そんなの本音かどうか分からんじゃないかぁ~~!!」と言い返すと彼が「確かにっ!いつも俺の事に関しての日記は良い事一つも書いてないからなぁ~・・・・」と言った・・・。たしかに一つもないっ・・・いやいや!あるぞっ!!とかとか・・・・と話すと「そんな事・・・?!」と言われた。これでも精一杯なんですが何か?!・・・次、彼のお母さんに会った時どんな顔していいか分からないよ・・・と彼に相談すると「そのデコっぱちの顔はどうしたって治らねぇ~よ・・・」あっそうですかっっ!!(怒)そして先日とうとう夕食にお呼ばれした。私はかなり動揺していたが、最後までその話しには触れなかった・・・。ちょっとホッとした・・・。今度から彼の事を書く時は良い事ばかりを書こうかなぁ・・・え~~っっと・・・う~~んっっと・・・どこ・・・かなぁ~~?・・・あっ・・・またこれも読まれちゃう?!・・・・・・
2006年08月26日
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ピッピピィーピッピピィー・・・目覚ましが鳴り、かなり眠かったがあれだけおじさんが「日の出を見てくれ!」と言うから頑張って起きてみた。空はまだ暗かったが外に出て日の出を待ってみた。「そうだッ!風呂に入りながら日の出見たらサイコーだよなぁ~!」とひらめき、風呂にお湯を張りながら日の出を待った。30分たった・・・まだ出ない・・1時間たった・・・・まだ出ない・・・さらに30分・・・・・ようやく出てきたッ!!オイコラっ!おっさん!!日の出の時間~間違っとるやないけ~っ!!!私はせっかくまれに見れる日の出だろうからと思い彼を起こしに行った。彼を見るとヨダレが川のように頬を伝い流れている・・・・・・それが・・・朝日に照らされて・・キレイイヤっ!!ちがうっっ!!あまりにすごい事になっていたのでテーブル拭いたぞうきんでぬぐってやった・・・・そして彼を起こしたら「おぉ~!!すごいキレイだねぇ~!」と感動し、しばらく布団から顔を出して朝日を見ていた・・・。ぞうきんで顔を拭かれたのも知らないで・・・・私は早速一人で風呂に入ることにした。 あぁぁっ~~癒されるぅぅ~~!気付くと彼はまた眠りについていた。その後、再び起きた彼に「キレイだったねぇ~!日の出~・・・」と言うと、「えっっ?!見たの?!よく起きれたねぇ~!!」とトンチンカンである・・・「あんたも起きたじゃんっ!!」と言ったがさっぱり覚えていないと言う・・・・・アホかっ!!そして、布団を片付けに来たあのおっさんが「日の出見れましたか?」と聞いてきたので「とてもキレイでしたっ!」と話すと彼も「キレイでしたねぇ~!」といかにも自分も見たかのように話してるからムカツクっ!!「覚えてないクセに・・・」おっさんも「私も見ましたよ。久々ですよ!あんなにキレイに見れたのは。よかったですねぇ~」と言ってくれた。そして朝食時、またもやあの妖怪おばぁちゃんの仲居さんが料理を運んで来た。朝っぱらから分厚いお化粧で。今度は9割くらい何言ってんだか分からず、「ははは・・・そうですねぇ~・・・」とテキとーに答えた。帰る前にもう一度風呂に入ることにした。また、この旅館とは言わないが、部屋に露天の付いているところに泊まりに行きたいなぁ~!旅館を後にして、私達は名前は忘れてしまったが、アスレチックランドみたいな所に寄った。彼は子供の様にはしゃいで、木で作ってある乗り物に乗りたいと言って走って行った・・・。それは、木と木の間にロープが張ってありロープで吊った木の椅子で端から端まで滑っていくというような乗り物だった。が・・・かなりアブなっかしいもので勢いよく乗ってはみたものの途中で椅子が止まってしまい怖すぎてどうする事も出来なく、へっぴり腰になっていた・・・・ かっこわるぅ~~どーにかこーにかやっとの事で彼はその乗り物から降りる事が出来た・・・降りてくる姿がヨボヨボ死にかけのじぃさんみたいだった・・・・こうして今回の旅は彼の将来の姿が想像できたところで終わるのであった・・・・。 おわり
2006年08月22日
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去年の夏に彼と伊豆・熱川へ旅行へ行った。奮発して部屋に露天風呂の付いている旅館に泊まることにした。その旅館は外観は割りとキレイなんだが、中はあまりキレイではなかった。旅館に着いて二人ともものすごく汗をかいていたのでとりあえず、下にある大浴場へ風呂に入りに行った・・・が・・・入ってみると、「せまっ!汚っ!」・・・・風呂から上がり脱衣所に行くと・・「そして、暑っ!!」・・クーラーも扇風機さえも付いていなく、とてつもなく暑くて風呂に入ったばかりなのにまた汗だくで部屋に戻ってきた。「大丈夫なのか?!ここの旅館・・・・」しかし、部屋に付いている露天風呂はなかなかキレイだった。どうやらリニューアルして間もないらしい。そして、夕飯がきた。この旅館は「金目鯛の姿煮」がご自慢らしい・・・ここの旅館のパンフには「金目鯛の姿煮」の絵がでかでかと載っているだけありとても美味しかった。しかし、パンフの表紙に「金目鯛の姿煮」って、ちとおかしくないか?!して、またもや私達はよく食べた。仲居のおばちゃんがなかなかのキャラで、おばちゃんというより、おばぁちゃんみたいだった・・・。かなり分厚いお化粧で妖怪みたいでちょっと怖かった・・・・。話し好きなようで色々話してくれているんだが、8割位は何言ってるんだか聞き取れず私達は愛想笑いでやり過ごした・・・。夕飯を食べ終わりいよいよ部屋の露天風呂に入ることにした。すんげぇ~気持ちよかった!! 目の前は海で静かだし・・・。彼はあまり長湯が出来ないらしくさっさと上がってしまったが私は指先がフニャフニャになるまでずっと入っていた。すると・・隣から声が聞こえてきた。どうやら隣の部屋も客が泊まっているらしく若い男女らしい。きゃッキャきゃっキャ言ってどうやら部屋の露天に入るらしい・・・。私は年寄りのように「あとはお若いもの同士でねぇ~・・・」と言いながら風呂を出ることにした。前回の旅行のように私達は貸切風呂を予約していたのにもかかわらずその後二人とも寝てしまい気付いた時には予約の時間をとうに過ぎていた・・・・。まぁ部屋に露天があるのだからそっちに行かなくてもよかったんだが・・・そして、布団を敷きにきてくれたおじさんが「ここから見る日の出はとてもキレイなんですが、いつも雲がかかっててあまり見れることがないんですよぉ~でも明日はどうやら晴れて見えそうですから、是非見てくださいよ!」と話してくれた。おじさんに日の出の時間を聞くと4時半くらいだと教えてくれた。私はケータイの目覚ましを4:00にセットし眠りについた・・・・ つづく
2006年08月21日
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昨日、久しぶりに彼がうちに泊まりに来る事になった。私は久しぶりに彼のために夕食を作ろうと思い、仕事の明けの帰りにそのまま買い物へ行った。何を作るかはもう決まっている。「しょうが焼き」前の日に彼に何が食べたいかと聞くと・・・「肉がいい!!」と言う・・・肉ったって色々あんでしょ!?と聞くと、「しょうが焼きに決まってんじゃん!」と言ってきた。内心・・・「またか・・・」と思った。たまにうちに来るときの夕飯はいっつも「しょうが焼き」を作ってるように思う・・・。でも!今日の「しょうが焼き」は美味しく出来たらしい・・・。イヤ、いつも美味しいと思うがいつもより特別に・・・ということだ!まるで、よく行く「一休庵」という定食屋さんのみたいに!彼は「美味しい!美味しいっ!」と言って、ご飯超~大盛りを二杯半も食べ尽くした・・・。ほんっとによく食うなぁこの男・・・。ダイエット中の私は少々ムカつき気味ではあったがよく食べてくれるのはやっぱり作り甲斐がある・・。でも・・・そんなに食べると・・お腹が・・と心配していると・・・案の定・・・朝方「うっっ・・・腹痛てぇ~~・・」おいおい、始まったよ・・・「トイレ行ってきなっ!」「え~っ・・まだ誰か家に居る?行こうかなぁ・・どっしようかなぁ・・」よく食べ、よく出し、そしてスッキリして彼は帰って行った・・・。危うくまたもや、う○こに負けるとこであった・・・。
2006年08月19日
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映画を観に行った同じ日に、箱根までドライブもしに行った。有名な「甘酒茶屋」に行き、甘酒を頂いたとてもおいしかった帰りの途中で、ひと休みしようという事になり車を駐車出来る場所に着いた。そこには池が作ってあり、鯉が数匹泳いでいた。彼がいきなり「エサやろうよ!エサ!何か食べるもの持ってないの?」と言ってきた。私はカバンをあさってみたがチョコレートのお菓子しか持っておらずそれを彼に手渡した。何個か投げ入れたもののやはり鯉達は食べてくれなかった・・・・。内心・・・「わたしのお菓子が~~」という思いであった・・・。すると彼が突然・・・「ミミズ探そうよっ!」と言ってその辺の石やら土やらをほっくり返して必死に探し始めた・・・・・「そっち どうよっ!?」と聞いてきたので私も慌てて近くにあった石をどかしてみたが・・居ない・・・土をほっくり返しても・・居ない・・・。「あれ?案外居ないモンなんだなぁ・・・昔はすぐに見つけられたような・・・」と思ってくるとだんだん「見つけてやるっ!!」という思いにかられ雲行きの怪しい中、二人で必死にミミズを探し続けた・・。やっと一匹見つかり投げ入れてみたが、ミミズが大きかったようで鯉たちは見向きもせず、あっけなく底に沈んでいった・・・彼が「よしっ!次は少し小さくしてあげてみよう!!」とますますやる気モードになってしまった・・・・。「う、うん。そうだね・・・」と私もまた色んな所をほっくり返した・・・すると・・・・今度は私の足元にでっかく太いミミズが現れたっ!!「うわっ!いた!いたよ!いたよっ!!」彼は「マジでっ?!どれ?!どれっ?!」と叫びながらすっとんで来て今度はそのミミズを小さく切って投げ入れてみた・・・・・すると・・・・!!鯉たちは食べてくれたではないかっ!!「やった!やった!食べたね!今、食べたよね!?」「おぅ!おぅ!食べたなっ!! よしっ!もう一匹探すぞっ!!」「えっ!?・・・まだやんの?」彼は遠くで子供の様に目を輝かせ必死でミミズを探している・・・・・私は「ここまで来てなんでミミズ・・・・」と思いもぅ帰りたくなっていた・・・・。一時間以上そこでミミズを探していただろうか・・・・・・彼もやっと気が済んだらしく帰る事となったが30過ぎてミミズと戯れるとは思わなかった・・・・。まぁ少し童心に帰れて楽しかったのも事実だが・・・・
2006年08月10日
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先日、彼の休みの日に久しぶりにお出掛けをした。一年ぶりくらいに二人で映画を観に行った。「M:I:3」ハラハラドキドキの展開アクションでこれまたトム・クルーズがカッコよくとてもおもしろい映画だった彼は、影響されやすい性格のようで、映画を観終わった後映画館を出たフロアーで、壁という壁に背を向け、人差し指と親指を立て、ピストルのまねをし、「敵」を探していた・・・・・・ハッキリ言って恥ずかしい・・・・そのうち、そのちゃっちい銃口が私を狙い始めた・・・おいコラ わたしゃ敵なのか?!今度は「パイレーツ・オブ・カリビアン」を観に行きたいと言っている・・今度は海賊にでもなるつもりなのであろうか・・・・・。
2006年08月09日
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私には大嫌いな食べ物がたくさんある・・・。まずは、メロン・・スイカ・・柿・・梨・・。それから、セロリ・・春菊・・ミツバ・・紅しょうが・・。これらの食べ物は何でこの世にあるのか意味が分からない・・・。と、まぁこのくらい嫌いな訳だ・・・。そして・・もう一つ・・生もの!刺身やら寿司やら・・・!だって生臭いし~味だってしないし~結局醤油つけんだから醤油の味じゃん!・・・・って思ってた・・がっ!ここ一年前位から私の体に変化が現れた・・・!今や、大好き大好きになってしまった・・!と、言うのも彼が大の寿司好きで、しょっちゅう「今日は寿司食いてぇ~!あっ・・・嫌いなのか・・なんで嫌いなんだよぅ!俺の好きな食べ物好きになって、一緒に味わえるようになってくれよ~!」と言われ続けたある日・・お寿司屋さんに連れて行ってもらった。初めはいつもの「玉子握ってください」・・そして次は「玉子お願いします」もひとつおまけに「玉子・・・」・・・お前は~寿司屋に来るなっ!!そしてとうとう見かねた彼氏が「違うもの挑戦してみなよ・・・」私だって今まで全く食べようとしなかった訳ではないのだ・・・何度か挑戦し「やっぱりダメだ・・・ダメだこりゃ」という結論に至ったのに・・・。「これなら食べやすいと思うよ。」彼に言われるがまま取り合えず「かんぱち」を食べてみた・・・。「あれっ?食べれる・・・」それから「はまち」・「鯛」・「鯵」・「サーモン」・・・「あれれっ?食えるぞ?ってゆ~か・・なかなか美味しいかも・・・?」そして大御所!「中トロ」・「大トロ」・・・「やっべぇ~!!ちょ~うめぇ~~!!」自分でもビツクリしたっっ!中トロ、大トロの奴らったら・・!「口の中でねぇ~・・・」と中尾彬が参上ですわ・・・・。こんなうまいもんなんでっ?なんで私は食しなかったの?「ばか!バカ!馬鹿ぁぁああ!!」まだ、貝類やイクラ等は食べれないが全制覇するのも近いであろう・・・。今じゃ、私から彼に「寿司屋連れてけっ!中トロ食べたいっ!!」とおねだりしている・・・。さぞかし彼は喜んでいるかと思えば・・・「金の掛かる女になっちゃった・・・・・」と、嘆いているが、そうさせたのは・・・あ・な・た・よっ!
2006年08月08日
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今日はこれから夜勤の仕事です私は老人ホームで介護の仕事をしています。働き始めて2年になる・・・。夜勤をするようになってから色々な事に遭遇する・・。霊現象ってやつ?もともとうちの施設は病院だったらしいからそーゆー事があってもおかしくないのかもしれないなぁ・・・。特に多い現象としては、トイレ、手洗い場などはセンサー反応で水が流れる仕組みになっているのだが、だれも入ってなくても「シャーッ・・シャーッ・・」と流れている・・・。夜中に誰も乗っていないエレベーターが勝手に上がってくる・・・。誰も押していないナースコールが鳴る・・・。誰もいない部屋のセンサーが鳴る・・・。等々・・初めは怖くて仕方がなかったが、そのうち慣れっこになってくるもんだ・・・。「ま~た誰か遊びに来たな~・・・」位にしか思わなくなってきた・・。私は霊感など無いほうなので姿を見た事ないからまだ怖くないのかもしれないが、私にとって霊なんかより徘徊し部屋のカーテンに包まっているおじいちゃんや足音なく出てきて部屋の隅に座っているおばあちゃんのほうがよっぽど恐ろしく怖いのだ・・・。
2006年08月07日
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今日は、夜勤明け・・・。さすがにこの歳になると疲れるわぁ・・・。若い頃は寝なくてもへっちゃらだったのになぁ。ま、無事に仕事が終わってなによりです!今度の水曜日にテレビの観覧に行ってくるんだ!ちょ~楽しみ!芸能人たくさん見れる!今まで芸能人なんて小さい頃遊園地にサイン会だか何かで来てたケント・デリカットくらいしか見た事ないし・・自慢にならないし・・覚えてないし・・・。そぉいえば、この前友達と遊んだ夜中の帰り、車で走ってたら道路の真ん中に犬がいて轢きそうになったの。あぶねぇ~と思ってみたらその犬、首が異常に曲がってて今にも倒れそうにフラフラ歩いててしかも、首が曲がってるから真っ直ぐ歩けなくてグルグル回ってるの!「なんだ!この犬~こわっ!」って思ったけどこのままにしといたら他の車に絶対轢かれるしと思って、取り合えず車降りて触るのは怖いから手をたたいて「ポチ!ポチ!」って呼んだらかろうじて反応ありで近づいてくるんだけどすぐにグルグル回ってまた道路の方に出ちゃうから飛ばしてくる車に手を上げて避けてもらったりと大変だったの。彼氏に電話して軽トラで来てもらって見てもらったら「車に轢かれたのかもしれないね・・・」って話しになって、取り合えずおまわりさんに電話して来てもらうことにして、その間に動物病院に電話して聞いたら「あなた達が飼ってくれるという保障が無ければ診察する事も出来ません」といわれてしまった・・・。そしたら彼が「分かりました。飼いますよ。」って言ってくれて連れて行くことが出来たんだけど、後で彼に「飼えるの?」って聞いたら「飼えないとは思ったけどそう言わなきゃ見てもらえないからね・・。まぁいざとなったらちゃんと考えるよ・・。」と言ってくれて感謝・・・。その後おまわりさんが来て犬でも、拾得物扱いになるからって私は警察に連れて行かれ書類を書かされた。彼は動物病院に犬を運んで行ったんだけど、動物病院の先生が「外傷がないから車に轢かれた訳ではなさそうで多分神経からのものだと思うけど、取り合えず入院して検査してみないと分からない」との事だった。入院費3万!払ってきたよ!そしたら次の日動物病院から「飼い主さん見つかったよっ!」って電話がきた!そこの病院の患者だったらしく担当の先生が見て「うちのかかってる犬に似てるなあ」と思ったらしく飼い主さんに電話したら「昨日の夜から居なくなって探してたんですっっ!」との事だった。犬の名前は「しんちゃん」だった・・・。かなりの老犬で、首が曲がってるのも元々だったそうだ。もちろん払った入院費も返ってきた!飼い主さんから御礼の電話がきて、とても喜んでいた。こっちとしてもいざあの犬を飼うとしたら大変な事だったから見つかって本当によかった・・・・。今度、しんちゃんに会いに行ってこようかなと思う・・・。
2006年08月05日
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ちょ~久しぶりの書き込みですな。書き込みしない間に転職したりと何かと忙しかったモンで・・・。今は、ヘルパーの免許を取って老人保健施設で働いてます!まさか自分がこーゆー仕事に就くとは思ってなかったけど、毎日充実して楽しく働いてます!例の彼とは、約一年半前に一度別れたんだけどまたくっついたりして今だ、結婚もせずに取り合えず一緒にいる感じで・・・。まぁ今は仕事楽しいし結婚とかしなくてもいいかなぁ~・・って思うし。ちよっと負け惜しみに聞こえるか・・・。これからまた、仕事のこと、彼のこと、遊びのことなどたまに書いてストレス発散させようっと!!
2006年08月01日
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ってゆうか、あけましておめでとうです。ってゆうか、今日は何日だ?ボ~ッとしてたらこんなに日にちが過ぎてしまっていたっけな。友達からの年賀状・・・誰にも返していない・・。ってゆうか、メールで済ませてしまった。毎年毎年送られてくる友達からの年賀状・・・心が温まると同時に空しくもなる。「二人で迎える初めてのお正月」とか「家族が一人増えました」とか写真入りで送られてくる。私には皆に報告出来るような去年も過ごしていないし、今年も過ごさないであろう。だから年賀状を出すのに気が引けるのだ。でも新年の挨拶をメールばかりでしていたら今後一枚も年賀状が来なくなってしまいそうなので来年は手書きで出そうかな・・。何の報告がなくとも・・生きていますって事で・・・。去年同様、良いことなくてもいいから取り合えず生きています様に・・・。これ、今年の目標。以上・・・。
2004年01月14日
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先日、彼と久しぶりに会いご飯を食べに行った。夜中3時頃、車が一台しか通れない様な細い道を通っていたら前から人が歩いて来ていた。「こんな夜中に、こんな道で・・・」と思いながらすれ違うとそれは・・・・顔面血だらけのおじいちゃんであった。私と彼は驚いてしまった・・・。私は怖くなり「どうしよう!どうしよう!うわぁぁ~怖いよぉぉ」と叫んでいた。彼は「戻るか・・・」と言ったが私は怖さのあまり「いいよ!いいよ!怖いから!ほっとこうよ!」と言ったが彼は「やっぱそれはマズイよ」という事になり戻る事にしたのだが、狭い道だったので取り合えず先の広い道まで出て、何度も車を切り返しやっとUターンをしておじいちゃんを探した。おじいちゃんは少しヨロヨロしているものの取り合えず歩いていた。彼は車の窓を開け、「おじいちゃん、大丈夫か?」と声をかけた。するとおじいちゃんは右手を振り「大丈夫、大丈夫」と言う。「酔っ払ってんの?」と聞いても「大丈夫、大丈夫」と言う。「でも、血だらけだよ?転んだの?」「家近いの?」「救急車呼ぼうか?」何を聞いても「大丈夫、大丈夫」と答えている。彼はおじいちゃんを車に乗っけて家まで送ってあげようかとも思ったらしいがなんせかなり血だらけだったのでやめたらしい。「本当に大丈夫ね?」と何度も念を押し、「大丈夫、大丈夫、ありがとう。」という言葉を聞き、私達はその場を去った。次の日の朝すぐに新聞を見た。どうやら事件にはなってなさそうだ・・・。あのおじいちゃんはどうなっただろうか・・・。家族もよほどビックリしたに違いない。しかし、私一人でなくて本当によかった・・・。一人でそんな場面に遭遇していたらどうしていたか分からない・・・。怖さのあまりおじいちゃんを車で轢いてしまうかもしれない。私は今でも車のライトに照らし出された顔面血だらけのおじいちゃんの姿が鮮明に焼きつき頭から離れないでいる。
2003年12月02日
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今日、鹿児島から帰ってきました。帰ってくると皆、「鹿児島は暑かった?」と聞いてくる。それがどっこいこっちと変わらない位寒く、ストーブをつけたりしてこっちより暖かくして過ごしていた。鹿児島でも珍しく寒いと言っていた。9年振りに会ったおばあちゃんは90度に腰が曲がり、小さく小さくなっていた・・・。もう会えるのは最後かもしれないと思うと切なくなる・・。いとこ達も大きくなっていてビックリした。9年前は幼稚園生でお迎えに行って手を繋いでいた子がもう今は中3で受験生になっていた。みんなお年頃になり忙しく、なかなか話が出来ずに帰ってきてしまった事も心残りだ。一番ビックリしたのは携帯の電波が無いっ!って事。電波が立たないどころではない。完全に「圏外」と表示される・・。家に居ても、外に出ても。こっちにいる時は圏外を探す方が難しいのに。一日目は不安で仕方なかったが二日目になると諦めもつき、時計代わりになっていた。掛からない携帯ってのもいいのかもしれない。いつも彼からの電話を待っていたが連絡が取れなくなっても耐えられる気がしてきた・・・この先もずっと・・・。観光もいろいろ連れて行ってもらった。車ごとフェリーに乗り桜島を一周したり、霧島という所にもいった。知覧町にある特攻隊平和記念館という所にも行った。二十歳そこそこで特攻部隊として戦争に行く事になった彼達の家族に宛てた遺書などはどういう思いで書いたのか計り知れない。涙を流しながら読んでいる人も数多くいた。三十何年振りかに海から引き上げられたゼロ戦が展示してあり、操縦席から後ろは無くなっていたが、弾の跡が無数にありとても心が痛くなった。鹿児島と言えば西郷どん。西郷さんの墓にも行ってきた。「西郷隆盛は・・・本当の名前ではない・・・」へぇ~へぇ~へぇ~!93へぇ~である。「へぇ~」の番組で見たが、隆盛って父親の名前であるらしい。じゃあ本当の名前は?って忘れてしまった・・・。誰か知っていたら教えてほしい。また夏にでも鹿児島に帰ろうと思っている。その時は宇宙センターに連れて行ってもらう約束をした。
2003年11月25日
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とうとう彼の誕生日がやってきた。私と迎える二度目の誕生日である。一週間程前から「一緒に過ごそうね」と予約しておいた。2、3日前に友人Kと横浜に行きプレゼントを買った。散々迷ったあげく、 GUCCIの財布にした。そして今回はケーキは作らない事にした。去年みたく会えなかったら悲しいからね。彼が仕事が終わり家に迎えに来てくれた。まずはご飯を食べに行こうって事になり、私が「何食べたい?今日は私がおごるからさ!」と言うと「まじで?やった~!何食べようかな~」と考えている。すると彼は「ラ~メン!」と言い出した。私はズッコケた。「誕生日なんだからさ~もっと良い物にしようよ~」と言うと「だって今食べたいものはラーメンなんだもんよ~」と言う・・・。「そうだね。食べたい物がごちそうだよね。」と、仕方なくラーメン屋に向かっていると彼がバーミヤンを見つけ、「ここにしよう!」と言った。「バーミヤンとはこれまた安く済むなぁ~」と思っていたが彼はどんどん注文する。果たしてこんなに食べれるのか?テーブルに乗り切れない程に注文し店員が隣のテーブルをくっ付けてくれた。結局ファミレスなのに二人で6千円近くもかかった。そんなに出すならもっといいディナーが食べれたのに・・・。そしてレジに向かうと彼が「やっぱ俺が払うよ」と言い出した。彼は昔から「女には払わせない」というポリシーがあるらしく結局払ってくれた。店を出て私は「さて、これからどうするのかな?ドライブでもするのか?彼の家に行くのか?」とプレゼントを渡すタイミングを待っていた・・・。すると家に帰る方向へと車を走らせている。「この信号を曲がれば彼の家、真っ直ぐ行けば私の家。ってゆうか私の家に行くという事はもうバイバイという事だ・・。」信号が青になった・・・。彼の車は迷わず直進した・・・。案の定家に送られた。私は彼にプレゼントを渡した。彼はすごく驚いてその場で開けて「財布欲しかったんだ!」と喜んでくれた。それはいいんだが・・私はあまり納得がいかなかった。なんかせっかくの誕生日なのにご飯食べに行くだけ?みたいな・・・。家に着いた彼から「本当に有難う!大事に使うね!」と電話がきて、メールもきた。相当嬉しかったらしいがよく分からない。こんなんでいいんだろうか・・・・結局今年もいい思い出には出来なかったな・・・。
2003年11月06日
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来月に父の実家の鹿児島へ里帰りをする。家族みんなでは行けないので、父と私が行く予定である。おじいちゃんが亡くなってから帰っていないのでもう7、8年ぶりになる。親戚一同が集まるらしくとても楽しみだ。田舎って時間がとてもゆっくりと過ぎていく・・・。すこし色々考えてリフレッシュしてこようかと思う。暇なのも2、3日なら耐えられるかと思うが今回は一週間程行くので耐えられるのか心配だ。遊びに行く所なんて街まで出なきゃないしなぁ。子供たちの中で私がダントツトップで年上だ。きっと田舎に行ったら皆に「結婚は?」と聞かれるであろう・・・。「相手が居ない」などと言ったら「このまま鹿児島に残れ」と言われてしまいそうだ。でもちょっとそれもいいかな?と思う。しかし~一週間も彼に会わないし地元に居ないとなると、ここぞとばかりに暴走されそうで気が気ではない。行くのが楽しみでもあり憂鬱でもある・・・。
2003年10月14日
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先日また見てしまった。仕事の帰りバスを待っていると、「さむいよぅぅ~」と言う女の猫なで声が聞こえてきた。振り返るとそこにはどっからどう見ても暑苦しい巨漢の女が彼だか旦那だか分からないが男に甘えているではないか!「ちっ、また出たよ。バカップル!」と思いしばらく観察していた。女はジャージだか寝巻きだか分からない格好をし、髪はぐちゃぐちゃでとにかく汚い。30代前半だろうか。男の方も見るからにオタッキーってやつで顔も体系も双子か兄妹かって程によく似ている。よくいう似たものカップルってやつだ。巨漢の女はとうとうダダをこね始めた。「さむいのぉ~」・・・もぅウザイ!寒いわけねぇ~だろっ!その姿暑苦しいんだよ!男は気持ち悪いその顔をニヤニヤさせながら「もうすぐバスくるからねっ」と言い彼女の手を取りスリスリ暖めていた。「お前らの乗るバスなんてナイっ!ダイエットの為、歩いて帰れ!」彼はタバコに火を付けた。すると彼女がそれを奪い、自分が吸い始めたのだ!ある程度吸ってそれを彼に返し、彼が吸っていた。キモッ!たとえ今、私が死んで生まれ変われるとしてもあの二人の子供にだけはなりたくないと願ったのであった。
2003年10月10日
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私は毎週土、日と通勤に一時間ほど掛かる街まで仕事に行っている。先週の日曜の仕事帰り、駅までの地下街を歩いていると、柱にスーツを着た男が誰かを探しているかのようにキョロキョロしていた。一瞬目が合ったその男が近づいてきたが、私は気にせず駅に向かっていた。男が突然、後ろから声を掛けてきた。「すいません。あの~・・・」私は(なんかの勧誘か?めんどくせ~な~)と思い、「急いでますから・・」と言ったのだがそいつも引き下がらない。「急いでるようには見えませんよ。」と言い返してきた。なんだコイツ・・・男は「あの~、スカウトなんだけど・・・」???はっ???「いったい何のスカウトですか?」と聞くと「パブ・クラブ」水商売のスカウトだった。「暇なら一度お店に来てもらって見てくれてもいいから。」(だから暇じゃないって!これでも急いでるっちゅ~の!)「あ~結構です~。興味ありませんから~。」と断ったがしつこい男だ。今の仕事で満足してるか?とか水商売やった事あるか?とか・・・大きなお世話だ。ぶっちゃけ私は水商売を2,3ヶ月だけやった事がある。2,3ヶ月ではやったうちに入らないだろうが。確かに普通の仕事より金はいい。だが私が水商売をやったきっかけは金ではない。あ~ゆう世界には年齢制限がある。その年齢を過ぎたらもう経験出来ない事だ。だったらギリギリ今のうちに社会勉強のつもりでやる事にした。正直言って自分が経験するまでは水商売なんて飲んで、歌って、喋ってりゃ金が貰えていいじゃん!楽じゃん!と思っていた。しかし現実は違った・・・。かなりキツイ。お客は若いのからオジサンまでいる。若い人にはそれなりの、オジサンにいたってはゴルフや競馬、たまには政治の話しさえ出てくる。そんなのチンプンカンプンなんでんねんである。しかし10年近く水商売をしてきたベテランは全ての話しに対応出来る。酒癖の悪い客もいる。触ってきたりするヤツもいる。同伴だ、アフターだと誘ってくる人もいる。それらをうまくかわしながらも逃がさない。すごい事だと思う。私はもともと愛想がない。人見知りもするし。愛想がない為話す事が辛口に聞こえてしまうらしい。2、3ヶ月やってみて、うん!向いてない!という事が分かった。向いていないという事が分かっただけでも経験してよかったではないか。少々話しが脱線してしまったが、その男は名刺をくれた。名刺には「支配人」という肩書きが書かれていた。一週間後またもや仕事帰り、地下街を歩いていると、階段から降りてくる男と一瞬目が合った・・・かと思うとその男は指をパチンッ!と鳴らし、私を指差した・・・なんなんだこの男は・・・男は真っ直ぐに私の所へ来て「見~つけたっ!」と言った。その男は軽々しくも体系はおでぶちんだった。「なんですか?」と不機嫌に言うと、そいつは軽~いノリで「スカウトなんだけどさぁ~・・」と言ってきた。またかよ!「なんのですか~?(この前の水商売の店か?と思いながら)」と聞くとまたもや軽~い調子で「風俗です!」と元気一杯に答えていた。「まったく興味ありません!」と言って私は逃げた。階段を足早に駆け登ったがおでぶちんも必死で着いて来る。彼は「デブには階段キツイんだよな~」とフゥ~フゥ~言っているので、「だったら痩せたらいいんじゃないですか?」と言ってしまった。それでも着いてくるので「お金に困ったら考えますよ。」と答えた。そいつは「今、困ってないの?」と聞いてきた。ほんと余計なお世話!「はい、余裕ですから・・・。」と今月ピンチなくせして、余裕を漂わせた。彼はやっと諦めて去っていった。この街は怖い。お店の人に話しをすると、歩き方を変えたら声は掛かってこなくなるよ。という。それはいかにも誰かと待ち合わせしてるかのようにわき目も振らずスタスタ歩いていると平気らしい。確かに私はいつもふらふらボ~ッと歩いている。スキがあり過ぎるのか?来週はスタスタ歩こう。なんならスキップでも、2ステップでもすりゃ声なんて絶対掛けてこないね!でも逆に病院連れて行かれるかも?
2003年10月09日
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次の朝、私達は少し早めに起き、朝風呂に入った。とても気持ち良く、「帰りたくねぇ~」と言いながら誰も居ない風呂でひと泳ぎした。8時から朝食だった。朝からご飯が美味しい!昨日の仲居さんも気を遣ってくれ、すでにご飯がおひつで用意されていた。やはり私達は食べ過ぎのようだ。「また来ます。(いつか?)」と言って私達は旅館を後にした。今日は帰りがてら釣りをしようという事になった。私はあまり興味もないし、それに私は釣りに行く格好ではない。「えぇ~釣り?」という思いだった。今じゃ趣味の無い彼だが昔は釣りにハマっていたという。車には常時釣竿があった。しかし他の物は何も持っていなかったので、近くの釣具店でハリや餌、魚を入れる物やらを買い込んだ。「結構お金が掛かるね」と言いながらレジに持って行くと店のオッサンが「あんた達こんなハリで何釣る気?」と言ってきた。「こんなでかいハリで釣れる様な魚は海でも出ないと居ないよ~。」だって・・・。私は顔から火が出そうになった。彼も「まじっすかぁ~?」と照れている。「アンタ、さっき、昔俺はつり吉三平と呼ばれてたんだ!って言ってたじゃん!うそつき!」私達はオッサンに釣るポイントとハリなどを選んでもらう事にした。オッサンに御礼を言い早速場所探しをする為に車を走らせた。しかし良い場所が見つからない・・・ってゆ~か雲行きが怪しい・・・そして寒い・・・私は益々やる気を無くしていたが彼は子供の様に目が輝いている。もう誰も彼を止められはしない・・・「とりあえずここでやってみるか!」と彼は車を停めた。車を降りようとした時とうとう雨が降ってきた。そんな事はお構いもせず彼は飛び出して行った。「おぉ~っ!すっげ~っ!いるよ!いるよ!魚いっぱいいるよ~っ!早く来いよ~!」・・・・釣り道具を全て置いていった事も忘れ叫んでいる・・。「早く来いって言ったって・・・」私は釣り道具と傘を持ち、彼の元へ急いだ。「うわっ!ほんとだ!いっぱいいる!」早速「手本をみせてやるっ!」と嘘つき三平が言った。すると・・嘘つき三平のわりにはどんどん釣れる。なんの魚だかよく分からないのだが、はこふぐ?みたいのと、いわし?だかなんかの稚魚?らしい。だんだん私も釣ってみたくなり「竿貸して!貸して!」と言ったがなかなか貸してくれない。この男、超子供~!私が後ろで傘を差してあげてるにも関わらずあちこち動き回り挙句の果てには「傘、邪魔~!」と言われた。私は寒いし、いい服も濡れるの嫌だし、竿も貸してくれないので少し離れたところから子供の様にはしゃいでいる彼を見ていた。バカだなぁ~この人・・まぁかわいいけど・・・すると彼がようやく私に竿を貸してくれた。彼が釣った魚を見てみるといわしの稚魚だかの魚が沢山釣れていた。私もこれが釣りたいと思ったのだが釣れるのは、はこふぐみたいなのばかり・・。この魚、釣り上げると「ぎょえっ、ぎょえっ」と泣く。変な顔だし・・・と思っていたら、「お前に似てるからよく釣れんだな。」なんだとコノヤロ。かなりの時間釣りにハマっていた。晴れていたらもっと楽しかったのにね。帰り道、彼はずっと「釣り~おもしれ~なぁ。もっといい竿買わなきゃな~。俺~!船で海に出て、松方の兄貴と辰ちゃんでカジキマグロ釣りに行きてぇ~よ!そうだ!船舶の免許取ってさ、船買いてぇ~な~。」・・・・松方弘樹を兄貴と呼ぶな!辰ちゃん?なれなれしいぞ!たかだか釣りを2、3時間やっただけで、どうしてこうも夢が広がるかね・・・。アンタ幸せな男だよ・・・。彼はその後も現実離れした夢をアホ顔して語っていた。大磯辺りまで帰って来た時、雨がすごいどしゃぶりになってきた。彼の家はどしゃぶりになると、雨が入り込んできて、洪水になってしまう。「家、大丈夫かなぁ~」と心配そうな顔をし、あっけなく現実の世界に引き戻されるのであった。 終わり
2003年10月08日
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半年ほど前、彼と初めて旅行に行った。行き先は熱海。前々から今度の連休に旅行に連れて行ってやると言っていた。私は楽しみで楽しみで仕方なかったのに旅行に行く前日、私達はとてもくだらない事でケンカをしてしまった。旅行当日、夕方まで彼から電話がなかった。「もう行かないんだな。」と諦め、私から電話を入れると、案の定まだ怒っている。私はケンカの原因もくだらない事だったので私から謝る事にした。私は彼よりオトナなのだ。すると彼は「今から、熱海に行くぞっ!」と言い出した。この男、ほんとに子供だ・・・。私は前日に用意しておいた荷物を持ち、急いで彼の家に向かった。彼はインターネットで泊まる宿を探していた。平日だったのでどこも泊まれそうだ。「やっぱここにしよう!」彼は何日か前からそこにしようと思っていたらしい。その旅館は露天風呂が有名らしくとても綺麗なところだ。彼は早速旅館に予約を取ろうと電話をしたのだが、電話を受けたオッサンの対応が悪く、彼は怒りモードになってしまい「もういいです!」と言って電話を切ってしまった。アヤヤ~(*_*)「とりあえず熱海に向かおう!あっちで宿探そう。空いてるから大丈夫だよ。」と彼が言うのでとりあえず向かう事になった。熱海の街並みが見えてきた。さっき怒って電話を切ってしまった旅館が近づいてきた。彼が「やっぱあそこに泊まりたくない?」と言うのでもう一度電話する事にしたのだが彼は先程の電話で自分の名字を名乗ってしまったので私が掛けて予約をした。宿に着き、彼が宿帳に名前を書いた。彼は私の名字を書き、続けて自分の下の名前を書いた・・。その下の欄には私の名前を書いた。「あっ・・・夫婦みたい・・。」結構嬉しいもんで、私は一人、ニヤニヤしていたが「ちょっとまて・・これじゃ婿養子じゃないかよぅぅぅ~(*_*)」彼の名字がよかったなぁ~。そんな事を思いながら部屋に案内された。仲居さんに「お若いご夫婦ですね。」なんて言われ、ウキウキしていると彼が「いえいえ、ほんとは無駄に歳くってんですよっ~!」などと、余計な事を言う。夕食まで少し時間があったのでお風呂に入る事にした。当旅館自慢の露天風呂らしい。確かに良かった!何が一番良いって貸切状態だったところ!お風呂を満喫し、夕食の時間になった。部屋には料理がどんどん運ばれて来る。最後にド~ンと船盛りが来た!その船盛り・・・・旗がなびいている。「○○丸」・・・。私の名字が書かれていた。どうやら私の船らしい。彼は「うめぇ~!これ、うめぇ~!ってゆ~かうめぇ~~!」と叫び続けていた。ご飯のおかわりを頼んだけれど、なかなか来てくれなかったので、おひつで持ってきてくれる様に頼んだら仲居さんは「こんなに食べれますか?」と心配してくださったのだが心配御無用~であった。私もだが、彼もかなり良く食べる。よく食べ、よく飲み、少しマッタリしてもう一度お風呂に入った。私達は予約してあったカップルの為の貸切風呂に入った。だがその風呂・・・・まぁカップルの為なんだからだろうが、四方八方壁で囲まれている。夜景も何も見えないではないか・・・。私達はこんなの求めていなかった。まぁ他のカップルならばイチャイチャ出来て良いと言うんだろうが・・・。ただでさえ空いてる風呂なのにわざわざ狭いカップル風呂に入らなくても・・・とお互いに思い、二時間の貸切のところ早めに上がる事にした。部屋に戻りマッタリとテレビを見ていてた。ふと、「明日で帰るのかぁ~・・寂しいなぁ~・・今度はいつ来れるのかな?また連れて来てくれるのかな?」と切なくなりゴロゴロと転がって彼の元へ行ってみると・・・・彼はイビキをかいてすでに爆睡していた・・・・・。私は溢れる涙を流しに一人、また風呂に入りに行ったのであった。 続く・・・
2003年10月07日
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私は今、床屋の下働きをしている・・・。下働きというのは見習いやインターンなどではなく、ほんとの下働きのバイトだ。タオル洗いにタオルたたみ、切った髪の毛を掃いたり・・などなどの雑用だ。これだけだととても楽かと思われるだろうが、うちの店は混むので案外大変なのだ。うちの両親は理容師で母が勤めている所で私は雇ってもらっている。私は一応医療事務の資格を取ったのでその仕事が見つかるまで働くつもりだったのだが医療事務の仕事がなかなか見つからない。あったとしても時給が安い。今のバイトの方が全然稼げるのだ。そう思うと辞められないのである。しかしいつまでもこのままではイケナイと思っている。小さい頃両親の理容師という仕事を友達に自慢をするほど誇りに思っていたが、反面好きではなかった。休みも合わず、どこも連れて行ってもらった覚えはない。いつも夜一人で留守番をしていた。停電になり怖い思いもした。運動会などはいつも友達の家族とお弁当を食べていた。授業参観なども来てもらえる事は少ない。毛だらけになる事も嫌だった。だからだろうか・・・両親は一度も私や弟に理容師になる事を勧めてはこなかった。今、こうして親の仕事を目の前で見る事が出来る事は簡単な事ではないと思う。母親など男の人と変わらない仕事量をこなす。この歳になって遅いかもしれないがすごく尊敬する。私も理容師になろうかな・・・今になってそう思う。もっと早く考えていればよかった。理容学校には二年間通わなければならないらしい。この前本屋で少し調べてきた。この歳から二年間かぁ~頭も体もついていけるかなぁ~という思いが止まらせている。親ももう歳だしいつまでもスネをかじっててはイケナイ。今、親がいなくなったら私は一人では生きていけない。それでは駄目だ。私自身ももういい歳だが、嫁にいくあてもない・・もしかしたら結婚などしない人生かもしれない・・。一人でも生きていけるようにしといた方がいいらしい。今、私は人生の考え時にきている気がする。考えているだけでは時間が過ぎていくばかりだ。そろそろ真剣に行動を起こそうと思う・・・。
2003年10月05日
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私の生まれた日・・・本当は2月13日である。しかし戸籍上は15日になっている。母から聞いた話によると、医者が書き間違えそれを気づかずに役所に提出してしまったらしい。きっと母が2月15日生まれなので書く欄を間違えたんだと思う。そして母と同じ誕生日になってしまった。珍しい事なので多少話のネタにはなるのだが、今まで生きてきて良い事はない。私は必ず友達にはこの話しをしてしまうので、友達は混乱する。だから誕生日をなかなか覚えてくれなかった。小学生、中学生の頃などは特にそれどころではなかった。なぜかと言うと、14日に女の子にとっては大イベントがあるからだ。そう・・・バレンタインデーだ。2月に入るとみんなバレンタインデーの事で頭がいっぱいになる。誰しも私の誕生日なんて忘れている。結局、13日でも15日でも忘れられている。大人になってバレンタインデーなどに振り回されなくなったって、やっぱり彼氏にも覚えてもらえない。「ほんとは13日なんだけど15日なの。」などと余計な事を言わずに15日だ。と言っとけばよかった。2月の半ばって事は分かっているみたいなんだが日にちがあやふやらしく去年は「16日か18日?」などと言っていた。いったい17日を挟んでどうするのか・・・。占いなどはいつも困る。星座占いはどっちもみずがめ座に属するので良いが日にちでやる占いなどは両方やってみる。やはり13日に生まれたとは言え、2○年、15日に生まれたと履歴書なり免許証なり書いてきて生きてきた訳だし・・自分も13という数字よりは15の方が気に入っているし・・。占い結果は両方やってみて合ってる方に納得するしかない。なんとなく占いの意味がないように思えてならない。でも考えようによっては占い結果の良い方を信じればいいのだから・・。まぁいいか・・・。
2003年10月04日
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あと一ヶ月すると彼の誕生日がやってくる。彼の誕生日を一緒に迎えるのは二度目になる。去年は最悪だったなぁ。初めて一緒に迎える記念すべき誕生日なのに彼は友達と飲みに行こうとしてたっけ。去年のプレゼントは何日か前に散々悩んで東急ハンズで抱き枕を買った。その頃私はお金も無かったし彼が何を欲しいのか、物の趣味も分からなかった。ただ、私の考えで、彼の家に行くと枕が当然一つしかなく、二人で枕の取り合いになっていたので、それにする事にした。抱き枕なので、形が長く抱きやすい様にうねってる。二人で居るときは枕にし、一人で過ごす時は私だと思って抱いて寝てねって感じで・・・。これだけではちょっとな・・と思いケーキも作ってビックリさせちゃおう!と思った。ケーキなんて何年ぶりに作るかな・・しかも昔の彼に作ってあげてた時はスポンジは買って手抜きをしていた。しかし今回は生地から作ってみようと思い材料を買い込んだ。して、ケーキの中身は何にしよう・・・?やっぱりイチゴだよなぁと思い買いに行ったが売ってないっ!!どうやら時期が早すぎるみたいだ・・・。う~ん・・どうしよう・・仕方なく缶詰のみかんにした。誕生日前日、私は生地の試し焼きをした。うん・・・うまくいきそう!明日は本番だ!失敗は許されないぞ!誕生日当日私は急いで仕事から戻り、早速ケーキ作りに取り掛かった。タイムリミットは4時間。時間はたっぷりある。生地もうまく焼けた。第一段階クリア!次は生クリームを泡立てる。これは大丈夫!第二段階クリア!最後!ここが最大の難関だ!デコレーションに取り掛かる。みかんだからシンプルなデザインにしよう・・・緊張しながら生クリームを絞っていたら・・・「ブリュブリュブリュッ!・・・」力が入り過ぎて沢山出てきてしまった・・・!「ひょえ~!!やべぇ!やべぇ~!どうしよ!どうしよ!」私はテンパった!もう一度表面を平らに戻し再度挑戦したが、もう生クリームの質が変わってしまいかなり表面がボコボコのデコデコである・・・。泣きそう・・・。それでもなんとか仕上げた。「やっぱり渡すの止めようかなぁ。こんなんじゃ笑われるかなぁ。でもせっかく作ったしなぁ、遠くから見れば分からないか・・・。」取り合えず箱に入れ、彼からの連絡を待っていた。その間も私は何回もケーキの箱を開けて見ていた。彼の仕事が終わり連絡が来た。「もしもし?お疲れ!今日○○君が誕生日のお祝いしてくれるって言うから飲みに行ってくるねっ!」は?おいコラ!ちょっとまて。私はなんだ?私はお前のなんなんだ?「えっ?誕生日私と過ごすんじゃないの?」「だって祝ってくれるって誘われちゃったからさぁ~」「だってぇ~・・せっかくケーキ作ったんだもん・・・。」私は泣いてしまった・・・。いったい今までの努力はなんだったのか・・・。さすがに彼も泣いた私をほっとけず飲み行くのをキャンセルしてくれて会う事になった。ケーキをかばい、暖房を入れず、車を飛ばした。日付の変わる5分前、ギリギリだった。彼が「ケーキ作るなら作るって言ってよ。」と言った。私が「だってビックリさせようと思ったから・・」と言ったら、「会えないって言われて自分がビックリしちゃったね。」と言われた。「ケーキ食べようよ」彼が言ったので、「あのね、ほんとへたっぴいなんだ。遠くから薄目で見てよ!」と出すのを拒んでいると、「言われなくても分かってるよ。」と言われた。意を決してケーキをだすと、「なんだ、思ったより平気じゃん。美味いし。」と言ってくれた。プレゼントの枕も気に入ってくれた。会ってよかった・・・。そう思っていたが彼はこう言い放った・・・。「俺~、誕生日とか、まぁ特に自分のなんかね、全然興味ないんだ。自分の誕生日に彼女と会うなんて今までもしなかったしさ。俗に言うイベント事?クリスマスとかバレンタインデーとかって全然興味ないからさ。そ~ゆ~の今後期待しないでおいてね。」が~ん(*_*)そう言われたのに私は彼にプレゼントを渡した瞬間から来年のプレゼントを考えていた。まだ来年も一緒にいるのか分からないのに・・・。悲劇の日からもうすぐ誕生日がやってくる。一年考えた結果、今年のプレゼントは少し奮発して財布にしようと思っている。あくまでも予定だが・・。あと一ヶ月でも何が起きるか分からないからギリギリに買う事にしよう。今年は一緒に過ごせないかもしれないし・・・ケーキは作らない方がいいのかもね。って言っても多分作っちゃうかも・・・。
2003年10月03日
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前の彼氏と付き合っている時、共同でインコを飼った。先に飼いたいと言ったのは彼で、私はあまり興味がなかった。ペットショップに行き、どれにしようかとヒナ鳥を見ていた。私はインコといえば、セキセイインコだし、一般的な青とか緑の色の鳥しか見ていなかった。すると突然彼が「これがいい!」と指差した。その鳥は体全部が黄色い羽で、目が赤い。私はあまり見たことないインコだったので「普通のがよくない?」と言ったのだが、彼はどうしてもこのインコがいいと言う。訳を聞くと彼が小さい時に同じ色のインコを飼っていたが、お父さんに踏まれて死んでしまったという事があったらしい。それでもう一度同じ鳥を飼いたいという訳だ。そしてインコは彼の家で飼う事になった。名前はすぐに決まった「ピーちゃん」だ。ありきたりな名前だがただ単に他に思いつかなかっただけである。最初は興味がなかったけど飼ってみるととてもかわいいもんだ。彼はかなり溺愛していた。出かけて帰ってくると早速ピーの鳥かごを開ける。ピーも嬉しそうにバタバタと飛び回る。私達はいつも部屋で放し飼いにしていた。だがそれがいけなかったのかもしれない・・・。ピーはかなりわがままに育ってしまった。ピーは一人遊び(人じゃないか・・・)一匹遊びも好きで、よくティッシュを丸めて飛ばして遊んでいた。ほったらかしたまま寝てしまっていると一匹遊びに飽きたのか私達を起こしに来る。顔面に登って来て、唇や鼻の穴を思い切り噛む!飛び上がるほど痛いんだなこれが・・・。それで仕方なく起きて遊んであげるんだが、自分が疲れると勝手に鳥かごに戻ってしまう。なんてわがままな鳥なんだ。そんな風に育てた覚えはありませんよ!って感じである。しかもピーは自分が鳥だと思っていない。呼んでも飛ばないでトコトコ歩いて来る。いつも彼の肩に止まっていてそして何か耳元で喋っている。あきらかに内緒話しである。なんだかムカツク。気がつけばピーの鼻はピンクだ。どうやらメスらしい。やっぱり・・・どうもムカツクと思えばライバルじゃないか・・・と恥ずかしい話し本気で思っていた時があった。きっとピーも私に対してライバル心があったのかもしれない。彼にはあま噛みでも私には指に穴が開く程思い切り噛む。誤解しないでほしいのだが私がイジメていたとかじゃない!ピーはコーラとカレーが大好物だった。オレンジジュースとか他の炭酸は一切飲まない。コカコーラが好きなのだ。人間で言うとコーラを飲んだ後に炭酸で「プハーッ」となる事だと思うのだがピーはくちばしを「ホェ~ッ」ってな感じで開けている。それがたまらなく可愛い。それからピーは言葉を覚えた。後になってすごく後悔したのだが、最初に覚えさせたのが当時流行っていた「だっちゅ~の!」だ。根気よく二人で鳥に向かって「だっちゅ~の!」と言い続けたお陰でピーは恥ずかしいほどに「だっちゅ~の!」「だっちゅ~の!」と連呼するようになった。次に彼が私の名前を覚えさせようと努力していた。そしてピーは私の名前も言うようになった・・・のはいいんだが・・・「○○ちゃん、だっちゅ~の!○○ちゃん、○○ちゃん、だっちゅ~の!」まったく意味不明である。ってゆ~か恥ずかしい。もっと意味のある事を教えてやれば良かった。二人して「親失格かもね・・・」と苦笑いをした。ピーを飼ってから一年半位経っただろうか・・私達は別れる事になり、その際どちらがピーを引き取るかとの話し合いになった。まるで、親権争いだ。初めはお互い譲らなかったが私はピーの為には彼の方がいいと思った。彼の家で育ってきたのだから慣れた環境の方がいいだろうという決断をした。別れて一ヶ月位経った頃、彼から連絡が来た。ピーちゃんを引き取って欲しいと言う。なんでかと聞くと、ピーが私の名前を呼ぶので辛いと言う。彼との別れは私が振ってしまったので、ピーが私の名前を呼ぶ度に私を思い出してしまうから彼が辛いという事だった。そしてピーちゃんは我が家に来る事になった。私なりに彼程の溺愛ではないものの可愛がっていた。そんなある日私は二泊の旅行に出かけていた。二泊もしたので「ピーの鳥かご、糞だらけだろうなぁ。帰ったらやってあげなきゃ~」と思っていた帰り道に事件は現場で起きていた!携帯に家から電話だ。なんだろうと思って出ると、父からだった。「ごめんっ!!ピーちゃんが逃げた!」と言うではないか!私は「あっ~?なんでよっ!」と聞くと「ピーの糞が溜まってたから掃除してやろうかと思って鳥かごに手ぇ突っ込んだら隙間から逃げてった・・・」と言う。私は親と話しているという事をすっかり忘れ「何しでかしとんねん!!余計なことしてくれんなっ!!ふざけんなぁぁ~!!」と思い切り暴言を吐きまくってしまった。父は平謝りで「これから同じ鳥を飼ってくるから」と良かれと思って言ったみたいなのだがそれが余計に私の怒りに火がついてしまった。私は「ふざけんなっ!ピーちゃんはピーちゃんなんだよ!他のじゃ駄目なんだよ!」と怒鳴り電話を切ってしまった。その後の帰りの車中は最悪だった。家に着きドアを開けると玄関先に置いてある鳥かごに目がいく・・。「あ~やっぱりピーが居ない・・」ふとよく見ると鳥かごの上に紙切れが置いてある。手にとって見ると父の汚い字で「ピーちゃん逃がしちゃってごめんね。」と書かれていた。私は「言いすぎたなぁ~」と反省した。まぁ父ももちろん悪気があってやった事ではないし、ピーを可愛がって掃除してくれようとした訳だし。もう責めるのはよそうと思った。次の日の朝、ピーが帰って来ないかと空を見ていたが帰ってこない。あんなに慣れていてもやっぱり無理なのだろうか・・・。仕方なく彼に連絡を入れた。やはり「何してんだよっ!」と怒られた。私は「もしかしたらピーちゃん、あんたの所に帰ってくるかもしれないよ。」と少し夢のある事を言ったのだが「もうカラスかなんかに食われてるよ・・・」と痛く悲しい現実を言われてしまったのであった・・・。
2003年09月27日
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完全に寝不足のまま朝を迎えた。親友Kはムカつく程に爽やかな目覚めである。二日目は札幌に向かった。まずは札幌時計台に行った。中に入ると時計台の歴史が展示されていたが、はっきり言ってよく分からん。次は何処に行こうかと道順を調べている途中、助手席に居たKが眠いと言い出した。昨日あれだけ寝ておいて!しかも助手席ってアンタ、運転手のサポート役でしょ?ってな感じで少し険悪ムードになったがそれでも彼女はナビを後ろのMちゃんにまかせ、席を倒して途中イビキをかきながら寝ていた。結局行き先は羊ヶ丘展望台に決まり行ってみたが・・・天気は雨、かなり寒い、人居ない、ついでに羊まで居なかった。景色も何も見えないのでさっさとクラーク博士と同じポーズで写真を撮り、「恋の町札幌」と書かれた歌謡碑の裕次郎?(多分)の石像の鼻の穴に指を突っ込んだ写真を撮った。こんなんでは恋も何も生まれない。生まれてくるのは大量の鼻水だけだ。私達はもう寒さに耐え切れずそこを後にした。二条市場に行き、お土産にカニを買い郵送してもらった。途中、大通公園を車から見物した。夜は一旦ホテルに戻りすすき野に繰り出そう!という事になったが、Mちゃんが疲れていたのでKと二人で出かけた。さすがにすすき野という街は繁華街で、「呼び込み」と言われるお兄さんが街のあちこちに居た。私達が男であったなら相当ウハウハな街である。私達は居酒屋に入り、そこで食べた焼きガニがとても美味しかった。少しほろ酔い気分で帰ってその日はお陰でぐっすりと眠る事が出来た。最終日、飛行機出発までまだ時間があったので、千歳に向かいながら何処か行く所を探していたら、「サケのふるさと館」という所があり、行ってみたがほぼ貸切状態である。もう何を見たのか記憶がない。スプリングファームという牧場遊園地なる所にも行ったが人っ子一人居やしない。仕方なく馬に触って写真を撮って来たが、もう触った手も馬くせ~し、さみ~し。飛行機の時間になり空港に向かったら、私達の乗る予定の飛行機に落雷があった為点検しているとの事で時間が大幅に遅れ、疲れきって帰って来た・・・。この旅を振り返って見るとあまり内容のない旅になってしまっている。多分この日記を読んだ親友KもMちゃんも大体の事は忘れていて、そんな事あったっけ?と言う事態になるだろう。今度はそんな事にならない様にもう一度北海道に行きたいものである。
2003年09月24日
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4年前のゴールデンウィークに女友達3人で北海道に旅行に行った。飛行機で新千歳空港に降り、そこからはレンタカーで自由行動だ。当時運転出来るのが私だけだったので「こりゃ、大変な旅になるぞぉ~」と覚悟していた。気が付けば3人とも方向音痴だ・・・とますますこの旅が不安に思えた。早速小樽に向かい、まずは腹ごしらえだ!って事になり北海道と言えばやっぱラーメンっしょ!って事でラーメンを食べたがあまり美味しくなかった。きっと選んだ店が悪かったのであろう。それから、有名な北一硝子に行った。ここでは硝子コップ作りを体験した。そのコップは今でも大事に部屋に飾ってある。そして!!夜は待ちに待ったカニ食べ放題である。そもそもこの旅の目的は「カニをたらふく食う!」という事だったのでもう昼過ぎからお腹を空かせて待っていた。小樽運河のすぐ近くの店に入り、ワクワクして待っていると・・・目の前に運ばれて来たのはカニではなかった・・。一人につきおにぎり二つと大盛りの味噌汁である。「はて???」と思っていると、店員が「こちらの方食べ終わりましたら御知らせ下さい。カニをお持ち致します。」私達は「えっ?えっ?何?なに?なんだって?」しばらく事態が読めなかったのだが、ようやく「これらをたいらげなければカニさんが出て来ない!」という限りなく詐欺行為に近い事を納得せざる終えなかった。心も身体もカニ一色だったはず・・・カニだけで腹一杯にするはずだったのに。しかし文句を言ってる場合ではない。制限時間があるのだ。私達は黙々と食べ続けた。友達一人はギブアップし、おにぎりが一つ食べられないと言うのでもう一人がたいらげた。食べ終わった頃にはもう満足してしまった。するとようやくカニが出てきた!やっぱりカニは別腹である。またもや私達は黙々と食べ始めた。トイレで出してはまた食べる。いったいそこまでして食べる意味があるのか?とトイレで悩んだりした。お腹が一杯になった私達は帰りに小樽運河を散策し「もうしばらくカニはいいべぇ~」「もう見たくもないよねぇ~」と少し気持ち悪くなりながらホテルに戻った。部屋で談笑をしていて、ふと窓の外を見た。すると向かいのホテルの部屋でカップルがイチャイチャしているのが丸見えである。私は慌てて二人を呼び皆で釘付けになった。ずっと見ていたら、友達が「向こうもこっち見えてんじゃない?」と言い出したので慌てて電気を消しに行き、暗がりの中、女三人カップルを覗き見していたがだんだんアホらしくなり、そろそろ寝ようって事になった。そうだ、私は運転手なのだ。疲れている・・。ぐっすり寝なくてはいけない・・。そう思い布団に入ると・・・「ガガガッ~スピッ~ゴゴゴッ~プシュウ~ッ・・・」親友Kである・・・。私とMちゃんは布団をかぶり眠れぬ夜を過ごすのであった・・・・続く・・。
2003年09月22日
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私は仕事運がナイ・・・。高校を出て就職したが、半年で解雇されてしまった。解雇理由は不況・・・。事務職として入社したはずなのに、いつのまにか工場でパートのおばちゃん達と基盤に部品をハンダ付けしていた。しまいには流れ作業で何だか分からぬ部品をガッチャンガッチャンと圧着していた。おばちゃん達に「あなたハンダ付けうまいわねぇ~」などと褒められニタニタしていたが、ある日気が付いた。「私の仕事ってこれ?」しばらくしてパートのおばちゃんが半分辞めさせられ、社員も何人か辞めさせられる事になり新入社員三人のうち私ともう一人事務の女の子も解雇された。でも私は入社してすぐに辞めたい!と思い、自分から退職しようと思っていたので早まらなくてヨカッタと思った。社長が「私の力不足でこんな事になって申し訳ない・・」と頭を下げていたが私はすっごく辞めたかったので正直・・「とんでもない!逆にそっちから言ってもらってありがとうございますっ!」という気持ちだった。そして初めて失業保険を貰う事となった。三ヶ月後・・・今度は大手飲料会社の事務員になった。面接の時、前はどの様な会社でどんな仕事を?と聞かれたがこっちも「さぁ~?」って感じだ。半年では何の会社だか、何の部署に居たかもさっぱり分からない。大手と言っても就職先は問屋なので社員も社長含め7人という小さな会社だった。私以外全員男なので、とても可愛がってくれ六年間勤めたが、社長が亡くなり会社を自主閉鎖。またもや失業保険のお世話になった。そして三ヵ月後・・・今度は夕食材料の配達員をした。すごく大変なコースを任され不規則な生活と新規開拓のプレッシャー、異常なまでの残業により、体調を崩しストレスによる円形脱毛症になってしまった。もうこれ以上はやってられない!と思い一年弱勤めたが辞める事にした。そして三度目の失業保険。もうハローワークも常連である。私には密かな夢があった。それは寿退社をする事。なんだかそんな夢もどこかへ消えてしまった。
2003年09月19日
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高校生の時謹慎をくらった。理由はよくあるタバコではない。多分聞いた事がないであろう「酒」だ。もちろん校内で飲む程馬鹿ではない。学校が終わると溜まり場である友達の家に行く。そこで毎日の様に酒盛りが始まる。別に酒が美味い訳じゃなくただ酔うのが楽しくて飲んでいた。皆、ベロンベロンになり友達は酔ってコケて、仰向けに倒れたところに、立て掛けてあったギターが「ボロロ~ン」と情けない音を奏でながら顔面にヒットした。私が「大丈夫かぁ~?」とギターをどけると彼女の歯ぐきから血が流れていた。幸い?彼女もベロンベロンだったのであまり痛みを感じていなかったらしい。次の日彼女は「なんだか歯ぐきが痛いのぉ~」としきりに言っていた。しばらく飲み続けていたら彼女がいきなり「吐く!」と言い出した!私は慌てて「待て!何か入れ物!」と周りを見渡したが何もない!限界を超えていた彼女を見て私はとっさに隣にあった鏡台の引き出しを抜いて逆さにして中の物を取り出し差し出した。ギリギリセーフで間に合った。その後の事はあまり覚えていないが、次の日にはその引き出しは元に戻っていた・・・。そんなある日いつもの様に酒盛りをしている所に友達がやって来た。その彼女は彼氏とケンカしたと言いイライラしている様だったのですでに酔っ払っていた私達は「飲んどけ!飲んどけ~!」とあおってしまった。彼女はウイスキィーをストレートで二杯飲み干した。楽しくなってきた所で彼女は突然帰ると言い出した。結構酔っ払っていたので「大丈夫か?」と聞くと「大丈夫、大丈夫~!」と言う。今思えば二度繰り返し言ってる時点で大丈夫ではないのだが、私達も酔っ払っていた為見抜けなかった。友達が原チャリで駅まで送り届けて戻って来たところでまた酒盛りが再開された。お開きになり家に戻ると一緒に飲んでいた友達から連絡が入った。途中で帰ったあの彼女が急性アルコール中毒で病院に運ばれたと・・。倒れた彼女は学校の制服のまま遊びに来ていたのだ。そして電車で倒れたまま終点までを3,4往復していて駅員に見つかり学校に連絡が入り、いつもつるんでいた友達のところに連絡が入ったらしいのである。謹慎決定である・・・。親に言わなくてはならない・・勇気を出して母親に「謹慎くらうよ・・・」と言うと母は「ケンカでもしたの?」と言ってきた。「は?」意味が分からない・・。男ならまだしも私は女の子だ。ケンカをする様ななりでもないのに母がなぜその様な事を言ってきたのか今でも分からない。次の日親同伴で校長室に御呼ばれされた。この時は父がどうしても行きたいと言い連れて行った。そして謹慎生活が始まった。謹慎生活は非常に寂しかった。一般の生徒と会う事が出来ない。こっちが授業の時はあっちが休み時間。帰りは皆が帰ってから・・。クラスの友達や当時付き合っていた彼氏はかなり心配していたらしい。噂でテスト前に謹慎くらうと頭よくなっていい点取れるよと聞いた。謹慎中は一人で真面目に勉強するからであろう。しかしテスト前でもなっかたし、一向に頭は良くならないまま謹慎処分は明けてしまった。入院していた彼女も元気になり学校に来ていた。先生達に「前代未聞だよ!」と言われ私は「我が母校に歴史を刻んだのかぁぁ~」とちょっとある意味うれしく思ってしまった。
2003年09月18日
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先日電車のホームでえらい物を見てしまった。俗にいう馬鹿ップルである。連休最後の別れを惜しんでいるのかホームで抱き合っているではないか!周りの人達は見て見ぬ振りをしていたが私は、「どんな顔してそんな事をこの公衆の面前で行っているのか・・・どうしても見てみたい!」という欲望にかられ、少しずつ近づいていった。見てみて私は愕然とした。女がとてつもなく巨漢不細工極まりない!男の方はというとこれ又しおれたモヤシのようである。これが、そこそこイケてるカップルならば離れて見守るのだが、そんなんだからもう悔しくて仕方がない!電車の入って来る合図がホームに鳴り響いた途端、女が「うゎぁん~うゎぁん」と泣き出してしまった。私は「泣くな、泣くな!すごい顔になってるぞ!」と心配してあげた。男の方もそのだらしのない顔で「またすぐ会えるだろ・・」などと言い女の頭を撫でている。私はムズガゆくなる体を抑えて電車に乗り込んだがその馬鹿ップルは最後にもう一度抱き合い、キスを交わした・・・。私は女の腰に男の腕が周りきれていなかったのをしっかりと見届けた。泣きじゃくりながら女も電車に乗り込んだ。電車が走り出すまでその大きな顔を窓にペタっとくっ付けて男との別れを惜しんでいたがとうとう電車が走り出した・・しばらくは女もうつむき涙を拭いていたが、席が空いた瞬間すごい速さで座っていた。もうすでにケロッとしていて唖然とした。さっきの涙はどこへやら?である。女ってやっぱり怖いなぁ~。
2003年09月17日
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私の中で長年テーマになっている事がある・・・。それは「さげ○ん」という事だ。「さげ○ん」とは付き合った男にことごとく不幸が降りかかるというとても恐ろしい事だ。そう考えると私は間違いなく「さげ○ん」ってやつらしい・・・。昔付き合っていた人は車で4回も事故った。その内3回は相手の不注意による物だ。ケガがなかった事は幸いだったが。仕事も全然うまくいかなかった。付き合う前はわりとハブリがよかったのだが付き合った途端にこうなった。その時から、もしかしたら私って・・・と思い始めていた。約8年付き合っていたが半分以上はそういった外的要因によりうまくいかなかった。ことごとく降りかかる不幸に耐え切れなくなった彼はその現実から逃げ出してしまった。彼の起こした行動により私達は別れる事になった。今はたまに連絡が来るが仕事もうまくいっている様で、別れてよかったのかもしれない。その次の彼とは付き合って一週間で彼の車がぶっ壊れた・・日にちとお金をかけやっと直ったところにローン会社に車を没収された。どうやら車のローンを滞納していたらしい・・。残金を払わないと車が戻らないという・・。車命!の彼は相当落ち込んでいたので付き合ってまだ一週間の私だったが数十万のお金を貸す事にしてしまった。やはりその頃から仕事もうまくいかず半年で別れる事となった。貸したお金は別れてから少しずつ返して貰えたのでよかった。彼とは今では友達だが、私の次に付き合った彼女と最近結婚し幸せになっている。そして今の彼がこりゃまたヒドイ。仕事がうまくいかなくなるのはもう定番の事で、従業員は辞めていくわ、お客に持ち逃げされるわ、怖い人に脅されるわ、副業は駄目になるわ、良くしてくれた人が続けて亡くなるわ・・・。そして彼は気づいた・・。「付き合ってからことごとく悪い事起き過ぎじゃない?厄年じゃないよなぁ~。って事はお前~さげ○んじゃないの?」長年自分でも気にしていた事を言われ私は号泣してしまった。彼は「え?何?何?どうしたの?」とびっくりしていた。訳を話すと彼は笑っていたが、私には笑い事ではないのだ。だってとうとう人の命まで殺めてしまう事態になったのだから・・・。彼自身に何かが起こってしまう前に別れてあげる事も愛情なのであろうか・・・。
2003年09月16日
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高校生の時が一番楽しかった。今でもあまり中身は変わっていないかもしれない。授業をしょっ中中抜けしてたっけなぁ。家に帰りたい一心で、閉まってる門の上を彼氏に頼んで自転車を持ち上げてもらったっけ。よく仲の良い女三人で中抜けなどして帰っていたのだが、いつも一台の自転車に三ケツしていた。一人はサドルに座り自転車をこいで、もう一人は荷台にまたがり、そしてもう一人は荷台に立ち、自転車をこぐ人の肩をつかむ・・・という形になる。はたから見たらかなりおかしい・・・。ちょっとした曲芸みたくなる。かなり目立つので噂になっていたかも知れない。私のポジションはいつも荷台にまたがる人だった。ある日先生に見つかり、教室から叫んでいた。「コラッ~!○藤~!○谷~!お前ら帰るな~!戻って来い~!」あれっ?私が呼ばれない・・・。そう、私は小さいので前の子と後ろで立ってる子のなびくスカートにより挟まれ見えなかったらしい・・・。まったくシメシメである・・。そんな風に調子ぶっこいてたある日いつもの様に三ケツで勢いよくペダルを踏み込もうとした時、チェーンが外れ思い切りコケタ。私と前の子は座っていた為平気だったが荷台に立っていた友達はまんまと落下していた・・・。そんなこんなで高校時代は楽しかったなぁ~。
2003年09月15日
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今日3週間ぶりに奴が家に泊まりに来る事になった。奴の仕事は終わるのが遅い。特に今日は残業をしてきたので夜中0時半に来る事になった。それでも私は嬉しくて、ありあわせの物で夕食を作った。奴の家からうちまでは10分圏内なのですぐに会える。そんなに近い距離にかかわらず最近ずっと会う事が出来なかった。なんだか奴が私の事を避けていると感じていた。心が離れている気がしていたから今日会える日に全てを話し合い、なんなら決着をつけようと思っていた。ほどなくして奴が到着し夕飯を食べ、わりと仲良く過ごせた。そろそろ寝ようかとなり、言い出すタイミングを計っていたら・・・奴の腹が「ギュルルル・・・」・・。嫌な予感がした。「ゴロゴロ・・ギュルルル・・」案の定「腹痛ぇ~!」と奴が言い出した。言っておくが決して私が作った夕飯に中った訳ではない!奴は昔の事故により腸が半分位ないらしくとてつもなく腹が弱いのだ。すぐにトイレへ行けと言ったが奴は拒んだ。なぜかと尋ねると、私は親と同居していてトイレの隣が親の部屋になっている。う○こをするのに音が出るので聞こえたら嫌だと言うのだ・・。呆れた・・・。私は「大丈夫だって!もう夜中の3時だよ。寝てるって!気にすんなって!たとえ音が出たとしても私だと思うかもしれないから平気だって!」・・・。私は何を言ってるんだろう。自分だと思われても・・って。なんだかそれも嫌だなぁ。奴も「俺の音はハンパじゃねぇよ!やっぱやべぇ~って!落ち着かねぇ~しさぁ~」確かに他人の家でう○こするのは落ち着かないよね・・。しばらくそんなくだらない話をしたが奴が急に「自分宅帰ってする!」と言い出した。もう私は何も言う事が出来なくなった。何も言わずに奴の服を支度し下まで車を見送りにいった。帰りのエレベーターの中で私は泣いた・・。「う○こに負けたんか・・・。」家に着き、すっきり爽快気分になった奴から電話がきた。もう何も話し合わなくても答えが出た気がした。
2003年09月14日
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